Now+here Man's Blog

Surf, Run and Trails / Endurance For Fun

Catch A Wave Of Life

2006-08-31 00:20:05 | ThinkAbout..


今日、オレのライブがあったんだ。
茅ヶ崎サザンビーチで。
aioゲリラライブ!!

なんつって!
aikoのライブだったらしい。
オレ?
行くわけないやん!
女性ボーカルで見に行くのは、ハートとマドンナとカーペンターズと中森明菜だけだな。
いろんなブログで見ると、とにかく人人人。。。
ある情報だと2万5千集まったそうだ。


まあ、そんなことはさて置いて。。。
今日はいろんなことがあった。
『こうあるべき』道に会社が進んでいなくてオレは部長相手にまた大声を出してしまった。
オレは会社のために働いているわけでなく、こうあるべき姿を具現化したいだけなんだ。
そうすることでしか真の充実とパワーは満たされない。

だから転職サイトに登録して機会はいつもねらっている。
今日ある企業から正式オファーがあったけど通勤距離がちょっと。。
平日用にアパート借りるのも手かななんて思ったりした。

少なからず、長いものに巻かれ安泰を目指す企業人にはなりたくはない。
どちらかというと自分が望まない体制は破壊して進撃していきたい。

自分自身、企業人に向いているとも思えないけどね。

オイラはこう思う。
才能はクズの積み重ね。
だいたいのやつらに共通することは、マンクゥォーやチンプゥォーが好きなだけで大差はない。
何かできるとしても、それはクズの積み重ねだ。
そんなもんだ。誰しも少しは才能の芽が出る可能性はあるんだ。ということです。

ある方にブログをトラックバックしていただき、記事を読んでいたら、とてもいい言葉を見つけた。

『才能とは努力を継続し続ける能力』

この言葉通り、地で行ってる人は果たしてどのくらいいるだろう。

あきらめないこと。
放棄しないこと。
自分にはできると信じることが根本。

仕事に集中すること。
ウエーブが好きでいられること。
大切な人を好きでいられること。
まずはその状態を継続できるようにがんばってみようか。

くじけるなら、それは本人の問題だ。
会社の問題や道具の問題や相手の問題ではないよね。
自分自身の問題だ。

若さはもはや大事なことではない。
毎日を大切になんて、わけのわからない言い方はしない。
毎日をしなやかにスマートに生きる、っていうのはどう?
風に逆らわず、波に逆らわず。
大きな波が来たら絶対に乗る。
結果がどうあれ、しなやかにその波に乗れたらそれでよし。
人生はまさに波乗りだね。

ずいぶん長い間波待ちしたけど、
そろそろドデカイのが来るだろう。

G★SPOT of MANピー

2006-08-30 00:08:15 | ThinkAbout..


ロックフェス続き。。。
今日火曜日、疲れがピークだ。昨日無理して7キロも走ったので、ライブ疲れと重なっちゃった。
会議で寝てしまった。天井仰いで、腕組んで、思い切り寝てしまった。ま、いっか!

週末のコンサートではサザンが当然のようにマンピーのG★スポットを演奏した。
そして、桑田氏は歌ってしまった。
マンクォーのGスポット!Gスポット!
(ちなみにクォーは、声を小さくして歌ったよ)

6万人は大喜び。
当たり前だ。
マンクォーに喜ばない奴はいない。
6万人で大合唱した。マンクォーがフリースタイルゲレンデ村櫛に鳴り響いた。
ハイテンさんはF-6ブロックで
『チンプォーのGスポット!ギャハハハ!』と騒いでいたに違いない。

さてさて、
遠い太平洋にマンピーが発生した。
アメリカで発生したハリケーンが日付変更線を超えてマンピー12号になった。
このハリケーンは去年アメリカに大被害をもたらしたカトリーヌと同じ勢力だ。
土日、別の低気圧が日本海に進む予報。
南西風とマンピーからのグランドスウェルでウエーブライドができる(かも)。

久々にマンピーに挿入だ。
はぁはぁ。

たちまくってぬれまくろう!!



UMI SONO AI

2006-08-29 00:12:41 | インポート

(加山雄三作/夕映えの光進丸)

巨大ロックフェスの26日土曜、その日は親父の命日だったんだ。
出演者のスタンバイの間、オイラは親父のことを思い出した。

俺の親父は銀行員だった。
30半ばで地方の支店長になり尋常ではない出世スピードでその能力を発揮した。
部下に慕われ、よく部下と俺を連れてスキーに出かけた。

おそらく親父は長年の緊張が緩んだのか少しずつ少しずつ壊れていった。
仲が良かった家族の和に小さな亀裂ができ、やがて大きく裂けて、深い溝になっていった。
母は仕事を持ち、俺は就職活動をし、上の妹は既に上京しており、
下の小さな妹は高校受験だった。
家族がそれぞれの生活を営み始め、みんなそれを理由に親父から離れていった。

ある冬のはじめ単身赴任した親父の様子がおかしく、母と2人で赴任先の札幌へ飛んだ。
生活はすさんでいて、何も食べていない様子だった。
衰弱していて俺は近所の薬局にユンケルを買いに行った。

夜はたんまり時間があったが、話すこともなく行き先のない時間だけが流れた。
俺は親父とお袋の前で泣いた。
オイラが7歳のときスーパーで万引きしてその場を親父に見つかり力任せに殴られた。
そのとき以来始めて泣いた。
行き場のない、悔しく切ない嗚咽だったな。

親父のアパートを後にして、お袋と何も語らず千歳空港から帰った。

時が過ぎ、7月に親父は札幌から帰ってきた。
当時は電車賃の方が安く、電車を乗り継ぎ、青函連絡船に乗り、帰ってきたようだった。
途中、何度も気を失い、駅員に助けられ、這うようにして帰ってきたと聞いた。
親父はその足で二度と家に帰ることなく総合病院に直行した。

親父の移動中、そのやつれた姿にどこかの心ある人が杖を作ってくれた。
ただの白木の棒切れで、手に持つところだけ白いビニールテープが巻いてあった。
その折れそうな杖だけを頼りに帰ってきたのだった。
病室の隅にその白い杖が置いてあった。

親父の病室にはカレンダーがかけてあった。
俺や下の妹が行った日は看護婦に頼んで印をつけてもらっていた。
ある日、か細い声で、俺にこう言った。
『なあ、車何が欲しい?俺は赤いベンツがいいと思うんだよな。車は赤がいい。』
『ベンツいいね。買ってくれよ。』

それが最後の会話だった。父と息子がかわした会話だ。
とてもいい会話だ。
親父はベッドの上で体中に管を通されていたけど、
親父は永遠の青年のようで、赤いベンツにはそのナイスガイが乗る。

その夜オイラはたまたま泊まりで付き添う気になった。
オイラは親父の隣の空いたベッドで寝ていたけど、親父の異変にすぐに気付いた。
親父の呼吸が不規則になり小さくゼイゼイを始めたのだ。

家に戻りお袋と妹を連れて病院に戻った。

親父は尿毒症の症状が出始め、緑の胃液を吐き、細く開けた目は次第に溶け始めてきた。
看護婦があわただしく走り、医者は親父の背中の下に板を敷き心臓マッサージを始めた。
肋骨の折れる音が部屋に響いた。
お袋は、もういいです、と医者に伝えた。お願いだからもういいです、って。
親父が病院にやってきてから数週間での出来事だった。

俺はその場で親父の身体を拭き、髭を剃ってやった。
親父はとても美男子でいい男だった。その男の髭を最後に剃ってやった。
顔がにじんで見えなくてよく剃れなかったな。

しばらくして上の妹がやってきた。
親父に久しぶりに会うため、とてもニコニコしてやってきた。
当時は携帯電話はなかったから、妹は満面の笑みで病室に入ってきた。

とてもとても暑い夏の話だよ。
その白い杖は今でも俺の大事な親父の形見で、
車のルーフトランクにウエーブセイルと一緒に入っている。

ちょっと親父の供養になればいいと思ってここに書いてみた。
親父は横須賀出身で海が大好きだった。

26日、加山キャプテンが海その愛を唄ってくれたけど、
親父への鎮魂歌のような気がした。
まるで昭和の歌謡曲だと思っていたけど、
この曲を聴いて、オイラは茅ヶ崎に住んでいることとウインドサーフしていることを誇りに思った。
コテコテの曲かもしれないけどいいじゃん。オイラは気に入ったんだ。
男というのは所詮はずっと一人だけど、帰るところは海だよって唄ってる気がする。
望みは海にある。

八月の詩

2006-08-27 21:30:51 | インポート


浜名湖で行われた夢人島Fes2006に行ってきた。
超メガ級のロックンロールショー。

オイラはこの手の野外ライブは初めてなんだ。
ビギン、ドラゴンアッシュ、ポルノグラフィティー、福山マサハル。

どうしても見たかったバンドがあった。
加山雄三&桑田桂祐スペシャルバンド。
やる曲は決まってるでしょ。
海、その愛。君といつまでも。お嫁においで。

オイラが予備校生のころ、アイビールックが流行っていた。
オイラはアイビー少年だったんだ。
メンズクラブには加山雄三がお手本みたいなことを書いていて、
たまたま『光進丸』のシングルを手に入れたんだ。

それから20年以上たち、オイラは本物の加山雄三を目の前にした。
彼は『キャプテン』 オイラが実は初めて海の男を感じたのは昨日だったよ。
海の男を見るのは昨日が初めてだった。
たぶん世界最強の69歳だ。

オーロラビジョンに青い海が広がった。
水平線のかなたから光進丸がやってきた。
演奏が始まったよ。
キャプテンは『光進丸』を唄い始めた。

どうでもいいことは陸においてけばいいんだってさ。
水平線の向こうに夢があるらしい。
オレを銀色の海に誘え(いざなえ)だってさ。

オイラはふいをつかれてしまった。
20年の時を経て、歌詞の意味がわかった。
オイラは熱いものがこみ上げ、もう何がなんだかわからなくなり、
キャプテンの姿が見えなくなってしまった。

キャプテンはスカイブルーのフェンダー。
もちろん桑田桂祐も他のメンバーもフェンダー。
トリプルギターでガッツリサーフロックだよ。
なんてカッコいいんだ。
6万人の聴衆をとりこにしてしまった。
腹に響くベースにキャプテンは物凄い声量でドラムスに負けていない。

この後、サザンオールスターズまで一気に無呼吸で突っ走った。
ステージから無数の花火が上がる。
ボルテージは最高潮。
ビキニねーちゃんも踊ってる。まるでウッドストック!!


『いとしい女性のため 生きた毎日を
秋待つ黄昏の海に想う
生まれたこの街の空は霞んでも
遥かな面影は赤く燃える
今夜茅ヶ崎に帰るなら
君の幻に抱かれたい』

この歌のときバックに夕焼けのエボシ岩が写った。
オイラはその場に倒れそうになったよ。
桑田桂祐はオイラが困ることをわざとする。

最後の最後、浜名湖に花火が上がった。
オイラが今まで見た花火で最も連発数が多く、ド迫力だった。
花火は辛さや悲しさとか全部夜空にぶち上げてくれた。
しっかり空に上がり、夜空いっぱいにキレイな花が広がった。
なんかとてもスッキリした気がした。
オイラはあの花火を忘れない。
確実に夏の終わりを告げる花火だった。
すごく切ないけど清々しい花火だった。
魂を揺さぶる花火なんて滅多にない。
ムネにしっかり焼き付けたよ。

今年の夏が終わった。
いろんな出来事があったな。
やりきれないことや、寂しいことや、そしてハートに響く波があった。
それぞれの思いに今年の夏は終わったよ。
さらば、忘れ得ぬ夏!

P.S.
ハイテンさん、素晴らしい時間をシェアできた。
魂に響いたロックショーだったね。
よい、波と風を、そしてよき人生を!だね。

About CHIGASAKI

2006-08-24 16:58:41 | ThinkAbout..

(2004年10月、この日道具だけは持っていった。ツネさんもいたね。)

茅ケ崎という街を紹介しよう。

茅ケ崎市は藤沢市と平塚市に挟まれた小さな街だ。
湘南地区で、ここは太平洋戦争の戦火を逃れたため、街の開発が進まず古いまま生き残っている。
道は狭く、海岸沿いの住宅街は迷路のようになっている。
高層ビルはなく、住むには最適な土地で、丹沢山系や富士山を臨むことができ、気候は穏やか。
夏は比較的涼しく、冬は暖かい。

茅ケ崎には移住者が多く、オイラが知ってる仲間でももともと地元の人は少ない。
たぶん殆んどの人が海に憧れてやってくる。
海沿いに小洒落たカフェやレストランがあり、海辺には常に人がいて、とても垢抜けた雰囲気がある。
サーフボードを小脇に抱えた若者や、自転車のキャリアにロングボードを乗せた年配者が行き来する。
江ノ島が左に見え、富士山が右にそびえたつ。
沖のエボシ岩は茅ケ崎の象徴でサーファーを見守る。

多くの人はビーサンで歩き、駅デパートでも普通に女性がビーサンで買い物をしている。
海に出歩くことが多いのでミンナ黒い。
自分は普通だと思ってしまい、内陸や都内に出かけると自分の異様な黒さに驚く。
いや、他人の異様な白さに驚く。

この土地には不思議な時間の流れがあって、太陽や雲の流れや風と時間が同調している。
口でうまく説明できないけど、垢抜けた田舎に染みていく自分を見出すとその時間の流れ具合がわかる。


ここは北側の山のせいで、他の土地に比べ孤立した感じがある。
勝手にここはハワイだと思ってる人もいる。
そういうこともあってアロハな店が多く、フラが盛んだ。
フラはこの街にとてもマッチしていて違和感を感じることはない。

海はお世辞にもきれいとは言えないし、外洋の雄大さはこれっぽっちもない。
でも、冬型の西高東低が決まるとウエーブに最適なコンディションになる。
波はシフトせず、ビーチに平行にラインナップしてくる。
セットでしっかり入ってくるので、ウエーブライディングにはこの上ない条件だと思っているよ。
サイドで3.7~4.2が吹きつけ、サイズはムネ~アタマがレギュラーになる。
ここでは、ジャイブができて次になにかやる、といったレベルの人にあっていて、
おそらく98%の人がフロントを攻める。

個人的にはここに住んでいないとしても、最も好きなゲレンデで、都内に住んでいても通う海だ。
ローカルはフレンドリーで技術さえあれば安心して乗れる。
そのかわり一匹狼で来たら、もしかして他のゲレンデより阻害感を感じるかもしれない。

カレントは強く、インサイドでは潮の流れによっては立っていられない。
踏ん張っていてもどんどん下に流される。
目の前のTバーはテトラポットの積み上げでできていて、
そこに流れ込む激流カレントにはまってしまうと、もはや生還はできない。
多くの人が命を落としている。(ウインドサーファーが吸い込まれるのは稀だけど)

インサイドは風が弱いため、多くの人がゲッティング地獄に陥る。
御前崎のようにフル加速でアウトに出れない。
波を何個も越えていかなくてはいけない。
ウインド力が試される。
その点では御前崎よりはるかに困難。

ここでウエーブすると多くのサーファーと波をシェアしないといけない。
つまり波質がとてもサーフィンライクでしかも風があるので、
サーファーが多いということは波のクオリティーの高さを証明していることになる。
だから茅ケ崎に住んでいてウエーブしないということは、
目の前に宝が落ちているのに拾わないくらいもったいないことなのだ。

ただし、デメリットもある。
サーファーの動きを知っていること。その波に乗るのはサーファーかウエーバーか判断できること。
これがわからないと余裕のあるライディングはできない。

突然、目の前にドルフィンで抜けてくるサーファーがいるし、
BBの女性はウインドを目前にすると氷のように固まってしまう。
その海特有のクセを知らないと凄く危険。

ルールをしっかり守れば、最高のウエーブができる。

こうやって書いていたら、とてもサイドで乗りたくなったなあ。
サイドはドラッグと同じでその快感を知ったらやめられない。
身体が勝手に求めてしまう。
ウエーブはやばい。