【卓上四季】:言いがかり
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【卓上四季】:言いがかり
「昇降機しづかに雷の夜を昇る」という句から何を思い浮かべるだろうか。作者の西東三鬼は「気象の異変と機械の静粛との関係を詠いたかっただけだ」と自ら解説している▼これが特高警察にかかると、国情不安な時を表す「雷の夜」に、共産主義の「昇降機」が高揚すると解される。こじつけの難癖だ。1940年、三鬼ら俳誌「京大俳句」の会員が治安維持法違反容疑で次々に逮捕されたのを契機に、新興俳句弾圧事件が始まった▼これも言いがかりの類いである。文化庁が愛知県で開催中の芸術祭に補助金を交付しないと発表した▼芸術祭の企画展「表現の不自由展・その後」を巡り、円滑な運営に懸念があったのに申告しなかったことを問題視している。萩生田光一文科相は、内容ではなく手続きの不備で「検閲に当たらない」としているが、屁理屈(へりくつ)にすぎない▼いったん認めた補助金を、展示にトラブルが起きたという理由で中止する前例ができれば、主催者側は萎縮し、挑戦的な試みを避けるようになる。しかもトラブルの中身は抗議や脅迫だ。文化を支える文化庁が、表現の自由を圧迫する行為の肩を持つようなものではないか▼平和運動に尽力し、昨年98歳で亡くなった俳人の金子兜太(とうた)さんは表現自粛の風潮を憂えていた。金子さんが師事した加藤楸邨(しゅうそん)の戦前の句に「蟇(ひきがえる)誰かものいへ声かぎり」がある。決してひるんではいけない。2019・9・29
元稿:北海道新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【卓上四季】 2019年09月29日 05:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。