《主張》:松本サリン30年 想定外は、もはや、ない 重い反省と教訓を胸に刻む
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:《主張》:松本サリン30年 想定外は、もはや、ない 重い反省と教訓を胸に刻む
30年前の平成6年6月27日、長野県松本市の住宅街に神経ガスのサリンが散布され、8人が死亡、約600人が負傷した。松本サリン事件である。この罪を含め、オウム真理教の元幹部ら13人の死刑が30年7月に執行されたが、事件を過去のものにしてはならない。
献花台に花を供える田町町会の吉見隆男会長(中央)ら =26日午前、長野県松本市
事件は産経新聞をはじめとする多くのメディアや、警察当局にとっても痛恨の記憶として刻まれる。その重い反省の上に立ち、犯罪に耐性のある社会の構築のため、事件の教訓を生かす努力が必要だ。
◆「犯人視」の誤報と謝罪
松本事件は世界で初めて化学兵器サリンが犯罪に使われたケースで、日本人が初めて経験する本格テロだった。
長野県警は事件の第一通報者の会社員を重要参考人として連日取り調べ、自宅を捜索した。こうした警察の動きに依拠して産経新聞など新聞各紙、テレビ各局も会社員が犯人であるとの印象を与える報道を続けた。
この9カ月後に死者14人、負傷者約6300人を数える地下鉄サリン事件が東京で発生し、オウム真理教による犯行と断定された。松本事件についてもオウムの犯行との疑いが濃厚となり、会社員を犯人視した誤報の数々が明らかになった。
産経新聞は7年5月27日付紙面で「本紙『松本サリン』報道 〝会社員に疑惑〟の印象 会社員と読者におわび」と題し、当時の長野支局長名で長文のおわび記事を掲載した。当時の紙面で「会社員」は実名である。これに前後して朝日、読売、毎日などの各紙もおわび記事を掲載し、テレビ各局もニュース番組で会社員に謝罪した。
誤報は、警察情報の丸のみが生んだ。化学兵器サリンについての無知や不勉強が、この背を押した。事件は、犯罪報道の在り方を考え直す一大転機となった。当時の痛切な反省を、片時も忘れるべきではない。
警察も厳しい非難の対象となった。会社員への見込み捜査に対する批判はもちろん、松本事件や、元年11月に発覚した横浜の弁護士一家失跡事件の捜査が正確、迅速になされれば、地下鉄サリン事件は防げたはずだとの声が根強かった。
これらの批判は重く、「今さら」には当たらない。当時の警察・治安当局や政府の脅威認識は甘く、サリン散布など新型テロへの想像力も乏しかった。松本事件から汲(く)むべき教訓は「あり得ないことは、もはや、ない」ということだ。
有名大学出の若者が洗脳されてサリンを作り、住宅街や地下鉄でこれをまいた。マンガのような行為を優秀な若者たちは現実に行った。「そこまで想定しなくても」という危機管理は通用しなくなった。
何が起きてもおかしくないという最大級のリスク認識と、対応をとる必要がある。大切なのは「リスクを低くし、個々人が対応を想定しておく」ことへの意識の共有だ。
◆新たな脅威への対処を
警察当局はこの間、抜本的な対応改善策をとった。一つは「管轄権」の運用改善である。日本警察は発生地の都道府県警が管轄権を行使し、捜査する。オウムの事件では、東京での関連事件が発生するまで、捜査力の高い警視庁が捜査に参画できなかった。
この反省から8年6月、警察法の一部改正でオウムのような広域組織犯罪では管轄警察以外も捜査に参画できるようになった。ただし法改正だけで長年染みついた「縄張り意識」からの脱却は難しく、管轄外捜査の実績を積み上げるしかない。
このほか科学警察研究所の改組や専門捜査官登用など科学捜査態勢の強化を図り、テロを引き起こす恐れのある集団を早期発見するための組織やシンクタンクを警察庁に立ち上げるなどの組織犯罪対応策もとった。
歩行者天国を車で襲撃する。満員電車内で火を放つ。想定し得なかった無差別殺傷が頻発する。ITや生成人工知能(AI)の急速な進化で犯罪の匿名化が進み、ネットを通じて日常生活を侵食する。新たな脅威に対する不断の警戒が重要だ。
現代の社会インフラはITを基盤とする。大規模テロと必ずセットになるであろうサイバー攻撃には、能動的サイバー防御が不可欠で、一刻も早く運用を整備すべきだ。
テロの芽の多くはネット空間にある。観察が有効だが、そこに国民理解が得られるよう、政府は全力を挙げてほしい。
元稿:産経新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【主張】 2024年06月27日 05:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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