いまさらこんなこと言うのも間抜けですが、
大昔に読んだときは、「意外な犯人」でもなく地味な話でガッカリした記憶があったもので。
「災厄の町」という題と、オビの「運命にのろわれた」「背後に潜む悲劇」という言葉に
救いようのない話と思いがちです。
が、「復活祭の日に生まれた子どもを養女にする」ラストに小さな救いがあるように、
本書のテーマは「再生」のような気がします。
そして己と愛する者への贖罪を描いた「ミステリ以上のミステリ」を、
著者クイーンが最高傑作と自負するのもうなずけます。
しかし著者クイーンが第二次大戦後のミステリの行く道を示したこの傑作を、
自分自身で越えられなかったのも事実。
ところで、著者エラリー・クイーンには
「クイーンA氏」と「クイーンB氏」がいるのではなかろうか?
どちらかがリーでどちらかがダネイ、というわけではなく、
リー成分の多いのが「B氏」、ダネイ成分の多いほうが「A氏」とかりに設定してみたわけです。
一般的にはダネイがプロットを考え、リーが文章にする、
という分業で作品を書いていた、といわれていましたが、
筋を考えられないといわれていたリーもプロットを提供していたのでは。
※この関係はビートルズ時代のレノン&マッカートニー名義の曲作りと似ているかも
あくまで読んだ感覚(探偵であるエラリイとレーンの造形と作風)ですが、
「Yの悲劇」→「ニッポン樫鳥」→「災厄の町」+「フォックス家の殺人」→(「十日間の不思議」)、
という流れがあるように思えます。たぶんにリー成分の多めな作品でしょうか。
父と息子の相克をテーマにした重く暗い作風、というのがリー・プロットの特徴かも。
「災厄の町」+「フォックス家の殺人」、と一組にしてみたのは、
「フォックス家の殺人」は「災厄の町」のテーマを語りなおしたものでは、と思えるからです。
続く
大昔に読んだときは、「意外な犯人」でもなく地味な話でガッカリした記憶があったもので。
「災厄の町」という題と、オビの「運命にのろわれた」「背後に潜む悲劇」という言葉に
救いようのない話と思いがちです。
が、「復活祭の日に生まれた子どもを養女にする」ラストに小さな救いがあるように、
本書のテーマは「再生」のような気がします。
そして己と愛する者への贖罪を描いた「ミステリ以上のミステリ」を、
著者クイーンが最高傑作と自負するのもうなずけます。
しかし著者クイーンが第二次大戦後のミステリの行く道を示したこの傑作を、
自分自身で越えられなかったのも事実。
ところで、著者エラリー・クイーンには
「クイーンA氏」と「クイーンB氏」がいるのではなかろうか?
どちらかがリーでどちらかがダネイ、というわけではなく、
リー成分の多いのが「B氏」、ダネイ成分の多いほうが「A氏」とかりに設定してみたわけです。
一般的にはダネイがプロットを考え、リーが文章にする、
という分業で作品を書いていた、といわれていましたが、
筋を考えられないといわれていたリーもプロットを提供していたのでは。
※この関係はビートルズ時代のレノン&マッカートニー名義の曲作りと似ているかも
あくまで読んだ感覚(探偵であるエラリイとレーンの造形と作風)ですが、
「Yの悲劇」→「ニッポン樫鳥」→「災厄の町」+「フォックス家の殺人」→(「十日間の不思議」)、
という流れがあるように思えます。たぶんにリー成分の多めな作品でしょうか。
父と息子の相克をテーマにした重く暗い作風、というのがリー・プロットの特徴かも。
「災厄の町」+「フォックス家の殺人」、と一組にしてみたのは、
「フォックス家の殺人」は「災厄の町」のテーマを語りなおしたものでは、と思えるからです。
続く
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