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横溝正史を読むなら その2

2006年08月11日 | ミステリ
戦後の「金田一耕介もの」にくらべて、いまひとつ人気のない戦前の「由利麟太郎もの」ですが、戦後作品にあまり見られない「ロマン」ふんぷんなのが「由利麟太郎もの」です。

「由利麟太郎もの」の一番の傑作はたぶん「真珠郎」でしょう。クイーン「エジプト十字架」に触発されたとおぼしい、連続首切り殺人事件を信州と東京を舞台に綴り、最後は洞窟の中で終わる短めの長編。戦後では「八つ墓村」ぐらいに顔をのぞかせるロマン性が、「真珠郎」では作品全体を覆っています。時代、ということもあるのですが、この「ロマン性」がじつは横溝正史最大の資質だと思わせる逸品です。

「真珠郎」をはじめ戦前の「仮面劇場」「夜光虫」などの長編は、スピーディで意表をつく展開がいかにも黄表紙を耽読した正史らしい作品です。プロットは殺人、恋愛、旧家の遺恨、宝探しなどが入り混じった非常に通俗的なものです。正史自身は「これが本格探偵小説」と思い込んでいたフシもありますし、いちおう殺人事件と犯人の探求という展開は備えているので、江戸川乱歩の通俗長編にくらべれば、本格探偵小説と言えるでしょう。

戦中に井上良夫から借りたカー作品を読んで、戦後の本格傑作群を書いたことは有名ですが、本質的なロマン性とは別に元来から「本格探偵小説的」な方向性を持っていたことは「由利麟太郎もの」が通俗的なプロットを持ちながら、意外な犯人、殺害方法という本格探偵小説に必要な要素を持っていることからもよくわかります。

横溝正史がカーから学んだのは「ロマン」を本格探偵小説のプロットに組み込む方法、だと思われます。本陣殺人事件以降、戦前にあった扇情的なロマンを前面に押し出す方法は捨てられ、フーダニット、ハウダニットを追求する本格探偵小説を目指すことになります。
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