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密室の魔術師&シャーロキアン殺人事件

2022年12月09日 | ミステリ
『密室の魔術師』(H・H・ホームズ【A・バウチャー】 扶桑社文庫)と
『シャーロキアン殺人事件』(A・バウチャー 現代教養文庫)を読む。

『密室の魔術師』は、カーの作品(この作ではとくに『三つの棺』)をダシにして書かれた密室ものらしく、
また『シャーロキアン殺人事件』は題名こそホームズマニア向けのようですが、
作品自体はカーの『盲目の理髪師』『剣の八』あたりを手本にしたのではないかと思われます。

しかし両作ともに、どうにも読みづらい。
本格ミステリ愛が書かせたことは伝わってくるのですが、
中学生が大好きな作品のあちこちをパッチワークにしたようにしか読めないのが辛い。
「カーに捧げます」(『密室の魔術師』)なんて献辞しているけれど、
捧げられたカーの方でも困っちゃうシロモノではないかなあ。
この2年前に出て、同じく『三つの棺』をダシに使っているクレイトン・ロースンの『帽子から飛び出した死』も、
密室殺人が仰々しいわりにストーリーが乱雑で失速している感がそっくりです。
『シャーロキアン殺人事件』のほうが多少はマシだけれども、あくまで多少。
『密室の魔術師』以上に登場人物が入り乱れて、小さなエピソードがひたすら積み重ねられる。

キャラクターを多く登場させて右往左往させるのは、長編を支えるため謎が貧弱であることと、
謎を中心としたキャラクターの絡むストーリーを作ることが出来ないことの自覚があるため。
とにかくキャラを意味もなく動かすものだから、最後の謎解きが言い訳同然の偶然の産物に近いものになってしまう。

この後にわけあってカー「死の館の謎」を再読したのですが、
最晩年の作でありながら、ちゃんと小説になっていることに軽い感動をおぼえました。

バウチャーは、たぶんカーよりも学識が高く、
社会問題(政治、人種、宗教など)についてもきっちりコミットしていたと思われますが、
カー作品と比べると書きたいストーリーおよび視点の散らかり具合が際立って無残。
バウチャーに対しては、巻末解説の都筑道夫による
「人物を動かす腕がない」「ストーリーテリングの才がない」という指摘に尽きると思います。

バウチャーは、クイーンのラジオドラマを助けたり(『エラリー・クイーン 創作の秘密』)、
カー作品へ評論(称賛とイチャモン『奇蹟を解く男』より)を送ったりしてサポート能力は高かったのに、
いざ創作となるとガッカリなのは『名選手名監督ならず』そのままですね。

『シャーロキアン殺人事件』の巻末解説は翻訳者の仁賀克雄で、
いわく『アメリカ本格ミステリ派の最後のあたり、ロースン、ブリーン、ギャレット、バウチャーで
パズルストーリーの命脈は絶たれた。仕掛けの大きさにくらべてトリックがチャチで、
その竜頭蛇尾がパズルストーリーを凋落させた』
と評しています。
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