波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

晩鐘

2012-03-15 17:14:59 | 散文



[晩鐘]


夏も終わって、秋が忍び寄っている夜。
北の方角で、爆弾の炸裂する音がした。
花火の季節は、とうに終わっている。
また爆弾の音。
今度は南の方角で起こった。
―私たち狙われているのかしら―
女が震え声で言った。
―幸せになろうとすると、
みんな狙われるのさ―
と男が言った。
―どうする私たち―
また爆発音。
今度は爆弾ではなく射撃音だ。
―いよいよ迫って来たな―
男と女は銃弾の下を掻い潜って、
駆け出していく。
―幸せって、そんなにいけない
ものなの?―
女は男に手を引っ張られながら言う。
―こう真っ暗な世の中ではね。
闇に埋もれているほうが安全なのさ―
二人は、ほとんど外灯の消された公園に来た。
そこで、落葉の中に潜り込んで身を隠した。
今年は落葉するのが早い。
これも異変だ。
落葉は目まぐるしく降ってきて、
二人の上に積もった。
落葉を踏み鳴らして、駆けて来るものがいる。
独りではない。
踏み鳴らす音は、三つ四つ重なり合っている。
そのうち足音は、二人の前を通り過ぎて行った。
人ではなく犬が三匹。
―匂いがしなかったのかしら?―
女がひっそりと洩らした
―犬も逃げているのさ。
もう人間に飼われて、生きていくことは
できなくなったんだね―
―どうして?―
と女が言った。
―幸せの人から逃げ出すしかない。
幸せの人はみんな狙われるから―
―なんか 厭ね どこもここも―
―そういう時代になったんだよ。
覚醒の時代
世紀末
覚醒とはすなわち
この世に幸せなんてないことに気づくことなんだね―
―どうする私たち?
少なくとも幸せにはなれないね。
落葉の下に潜っていましょうよ。
このままずっと。
落葉よ 降れ 降れ―
疲れから二人は寝てしまい、
女がふと目を覚まして洩らした。
―どこかで鐘がなってる―

♪ 
♪ 

―晩鐘だわ―












初めての買い物

2012-03-14 08:30:31 | コント


[初めての買い物]

 kさんは結婚して、初めて新妻を連れてスーパーに買
い物に出かけた。
「こっちに、いつも食べている美味い缶詰があるんだ」
 格安で、美味いときては、妻に紹介しないではいられ
なかった。
「え! これ猫缶じゃない!」
 彼女は缶の猫の絵を見て叫んだ。
「猫も喜んで食べるほど、美味いって意味だよ」
 と、kさんは飲み込が悪い彼女のために説明を加え
た。
 Kさんを見据える彼女の顔が、みるみる青ざめてい
った。

つるはしを振るう男

2012-03-08 15:39:39 | 散文詩



[つるはしを振るう男]


少年がそこを通ると
村の男がつるはしを振るっていた。
何のためにつるはしを使っているのかは
分からなかったが
風に靡く夏草を挟んで
何時も何時もつるはしを振り下ろしていた。
多分道をつけてでもいたのだろう。

間もなく少年は村を離れ
二十年ほどして訪れてみると
道など何処にもなく
男も他界してしまい
枯れ切った草のなかを
鶴が餌を物色していた
丁度あの男がつるはしを振るう恰好で。

少年は理解した。
つるはしの名が 鶴がくちばしを振り下ろす
ところからきているのだと。
男が生きていれば老人になって
力瘤を入れずにつるはしを使うように
鶴はゆったりと自然に地をつついていた。






      
   

無人駅

2012-03-07 12:48:29 | 散文




[無人駅]


悪魔の雄叫びにも似た災禍がふりかかって
この村でも一人の少女が
O157の食中毒で死んだ。
少女は無人駅から分校に通っていたから
この駅も寂しくなって
誰もホームにいない日も多くなった。

そんな誰もいないホームに
少女の代わりのように
一匹の兎が立つようになった。

人のいないホームに電車は停まらないが
兎の労をねぎらって
運転手は白手袋の手で
さっと挙手の礼をしていく。
兎は後ろ脚でぎごちなく立ち
おや、という顔を振り向けている。







天衣返上

2012-03-04 22:02:00 | 散文


 会社勤めに疲れた僕は、久しぶりに故郷の田舎に帰って、凧揚げをしていた。正月に帰省しなかったので、半年遅れの正月といったところだ。
ここは山麓の村里だが、すぐ山の裏側は開発の手が伸びて、マンションが建ち始めている。
 空はのどかに晴れ渡り、凧でも揚げればストレスの解消にもなると思ったのだ。
 ところが、平和な空に異変が起きた。上空を一羽で優雅に巡っていた鳶が、動きに変調をきたした。縄張りに敵が侵入したと見たらしい。凧の武者絵がものを言ったということか。
 鳶は旋回の輪を狭めつつ降下してくると、怒り心頭に発したとばかり、凧に体当たりを食らわせた。
凧を操る僕の手に衝撃が走る。凧は狂凧となって、暴れ回る。
 鳶はすぐ凧を離れて舞い上った。
糸を巻いて凧を引き寄せれば、逃げ出したとみて、鳶は本能を剥出しにして追ってくるだろう。弱みを見せてはいけない。
 そもそも凧を撤退させる理由など少しもないのだから。ここは我家の農地で、その上の空は、離れがたく密着しており、権利は当然土地の所有者にあるはずだ。
 しかし鳶には鳶の言い分があるのだろう。お前たち人間こそ、後からやって来て、野生動物の自然を奪い取ったではないかと。
 なるほど、あの鳶ならそう言って向かってきそうだ。黄色い嘴はそのためにあるようなものだ。ピーヨロ、ピーヨロと、猛禽らしからぬ、か細い鳴声からして、人間を舐めてかかっている。猫撫で声どころではない。

 鳶が翼をすぼめて二度目の降下を開始した。僕は凧の威勢を増すために、糸を手繰って風を送る。鳶はひるむことなく向ってくる。身を張って上昇する凧の勢いを、虚勢と見誤ったようだ。
 鳶の突進が糸を通して僕の手に伝わる。凧は鳶の体重をかぶせられ、あえなく降下を始めた。鳶は凧にしがみついたまま、果敢に嘴を突き立てる。
 凧が失速しそうになり、僕は慌てて糸を手繰る。

 地上に降りた凧は、武者絵の目玉が、二つともえぐり取られていた。そして武者の口の辺りには、鳶の爪跡が生々しい。
僕は母屋に引き返すと、凧全体に油紙を貼って補修をした。それから鳶の天敵は何かと考え、分らないので、猛獣の虎を黒マジックで乱暴に描いて再び空に放った。
虎は思ったより怖く描けて、侍よりは脅しになるかと踏んだが、間もなく鳶は悠然と現れた。足に何か抱えているようだが、遠くて分らない。
 鳶は最前よりはのろく降下してきた。凧に接近すると、足で凧をつつき始める。足にくわえこんで来た物で、凧に八つ当たりしているようだ。武器を使う猛禽――そんな思いがちらとかすめて空恐ろしくなる。
 地上から見る限り、鳶と凧との空中戦といった様相だ。
息詰まる格闘を一分近くも続けて、鳶は放れて行った。鳶の足にあった異物はなくなっている。
 
 僕は再び凧を降ろす。
 何と、凧の背骨の尖端には、トカゲが串刺しにされていた。そこから血が滴って、虎の全身を汚している。
これは血飛沫を浴びせて、虎に敗北を認めさせるつもりか。それとも背後で糸を操る人間にグロテスクなものを見せつけて、つまり僕を参らせる心算なのか。
 いずれにせよ、このまま凧揚げを断念したのでは、鳶に敗北したことになる。と同時に、故郷の空を失うことになるのだ。
僕は考えた。大都市のコンクリートの自室に閉じこもって、複雑、怪奇、雑駁な社会組織に伍する方策を模索していたように、考えた。どのようにしたら故郷の空を取り戻すことが出来るか、考えた。都会での明け暮れに疲れきり、ストレスを溜め込んで帰省したことも忘れて、考えた。
 そこで閃いたのが、凧の全面に銀紙を貼り付け、銀凧にすることだった。愚かにも、この程度のことしか思い浮かばなかった。
凧を牧草の上に引き摺って血を拭き取り、トカゲは地に埋めてやった。
 雀よけに使う銀紙を探し出し、凧に貼り付けていった。少々無理をして、飛行機で帰省した男が、同じ翼を持つからといって、鳶がごときに舐められていいはずはない。銀紙に覆われた凧は、飛行機のジュラルミンと同じ輝きを放った。

ここにいても、時折山の裏側で起こっている開発の槌音が聞こえてくる。それは地方都市で勝手に始ったことで、僕とはまったく関わりがない。
凧を抱えて風を待っていると、山側から鳶が飛翔してきた。何をしているのかと、鳶はくるっと首を廻らす。血塗られた凧が今や銀色にきらめいているのが、訝しくてならないのだ。
 僕は凧を傾けて、太陽の反射光を鳶に向けてやる。鳶の腹が一瞬きらりと黄金に染め上がる。と見るや、鳶は急旋回して、山側へと引き返して行った。
やつめ、度肝を抜かれたな。僕は笑いがこみ上げてくるのを止められなかった。
 折から風もきて、凧を空中に放った。凧はするすると糸を伸ばして、三本松の上辺りまで離れると、それからは高度を加えていった。
鳶はどこからも現れない。きらめく凧は、蒼穹に星一つを投げ込んだようなものだ。この神々しさを、気位の高い猛禽だからといって、侮蔑などできはしないのだ。
僕はようやく制空権を得た思いで、きらめく星を仰ぐ。凧は試練に遭って、新しい境地に出られたのだ。
 あまりの眩しさに、地表へと眼を逸らした。草原を、黒い影が一つすーっと侵入してきた。
頭上を仰ぐと、あの鳶だ。鳶は足に何かをまとわせている。それは煙のよう霞んで、はためいている。
あの鳶は天使だったのか。しかし足に羽のある天使なんて聞いたこともない。
今や鳶は凧の耀きなど臆する様子もなく、近づいてくる。降下に移ると、足にまとった薄ものは上へと炎のように揺らめいた。
鳶は凧に接近すると、足にしていたものを凧の骨の尖端に引っ掛けた。
何だ、あれは! 鳶から凧に託されたものを、僕はそんなふうに叫ぶしかなかった。
凧に移されたものは、しなやかに、くるっくるっと風に靡いて、凧を元気付けていた。

このまま大空に凧を遊ばせておくわけにいかなくなり、糸を巻取っていった。
手元に来て、しな垂れたものは、あろうことか、女の下着なのだ。しかも、透明な青空を染み込ませたようなショーツ。
鳶の姿を探すが、どこにもない。恐らく木の上から、してやったりとばかりこちらを窺っているに違いない。
自分の中の劣情を否定はしないが、鳶の眼にこの程度にしか見られていなかったのが情けなかった。
僕にはもう、鳶と勝負する気力がなかった。人間の文明に毒された鳶。僕をこんなものと決付けて譲らない、このかたくなさを前にすると、埋めようのない断絶があるのを感じる。人間は怖いが、鳥はもっと怖い。
あの鋭い眼は、無いものまで見ているのだ。

青い透明なショーツを日にかざすと、それを身に着けている女の肌が透けて見えてくるようだった。小体だが、凝った花模様の刺繍は、少女のものではない。成熟した女のものだ。
こんなことをして女の下着なんかに関わっていると、まんまと鳶の術中に嵌ってしまうことになる。
僕はショーツを凧の支柱の尖端に引っ掛けて、再び凧を揚げた。
 風が強く来たとき、糸を急に伸ばして凧を倒せば、ショーツは尖端を放れて空に吸い込まれていくかもしれない。
 そんな願望を持って、凧を揚げていった。
 このショーツは、山の裏側の住宅地から鳶がかすめてきたのだろうが、僕はそうは考えたくなかった。青空を映したような色合いからして、これは天女のものだ。天のものは天に返してやろう。そんなつもりだった。
風が強くなった。切り離すのは今だ!
 しかし、何たること。僕は糸を多く送るつもりで、うっかりリールごと手放してしまったのだ。
いきなり自由になった凧は、もんどりうって空中で二回転した。そのとき引っ掛けていたショーツが外れた。ショーツはいったん空中に浮かび、それからは疾風に乗って青一色の透明な世界へと呑まれて行った。あらゆる干渉を断ち、それ自身一つの生き物となって、自在な天へと飛び込んでいった。
 凧は、ロケットの残骸のように谷間へと落下していく。
              
                  了







鳥を愛する青年

2012-03-01 09:48:57 | 散文
 


[鳥を愛する青年]


 野鳥を熱愛している青年がいた。熱愛などと言うと、どこか偏執的に受取られがちだが、決してそんなことはない。野鳥を捕獲してペットとする風潮があり、それを小鳥の立場に立って反対しているとでも言えばいいだろうか。
 野鳥たちが心の赴くままに渡って来て、羽を休めるなり、雛を育てるなりして、別の土地へ渡っていく。そういった命の営みを傍から観察して愉しんでいるのである。

 青年が住むアパートの近くにペットショップがある。子犬、ミニウサギ、メジロやホオジロなど野生の鳥まで置いている。野鳥は、捕獲も売買も禁じられている。ただし輸入物はその限りではない。そこで輸入物だと言って店に出しているのだ。
 青年は怪しいと思っても黙っている。主人は、彼が小鳥を欲しがっていると見て、
「このホオジロはどうだね」
 などと勧めてくる。青年は勿論、飼うつもりなんかない。これらの鳥達が、密猟者からブローカーに渡り、今ここに出されている経緯を考えてみる。
 野鳥が、閉じ込められて生きる身上を、気の毒に感じる。小鳥達に何もしてやれない無力さも情けなくなってくる。

 そんな思いに縛られているときだった。鳥インフルエンザが、日本列島を北上してきたのだ。
 このペットショップにウイルスが侵入したら、たちまち全滅してしまうだろう。そう考えると、居ても立ってもいられなかった。
 青年にふっとある考えが宿った。それを決行するのに、日数はかからなかった。
 この月は部屋の更新日に当たっていたから、そうしないで、荷物を纏めて愛用のライトバンに積込み、夜になるのを待った。
 主人がシャッターを下ろして、郊外の自宅へ帰って行くと、ガスバーナーで、錠を焼き切って中へ入った。小動物の匂いがむっと鼻に来る。
 野鳥だけのつもりだったが、チャボやミニウサギを見ると、それが変った。命に軽重があっていいはずはない。
 青年はすべての籠の戸を開けて回った。
「どこでも、好きなところへ行け」
 そう言い残すと、シャッターを全開にして店を出た。
 青年は南へ進路を取り、ライトバンを走らせた。しらしら明けに、車の窓すれすれに鳥が飛んでいるのに気づく。一羽ではない。左の窓にもいる。
 車を停めて外へ出てみると、色とりどりの鳥が、群れてついて来ていたのだ。この数は恐らく周辺の鳥を巻き込んできたと思える。 これはいけない。こんなにまとまってついて来ると、それこそ一網打尽にされてしまう。青年はバスタオルを取り出すと、鳥を散らすために力いっぱい振り回した。
                  了