[晩鐘]
夏も終わって、秋が忍び寄っている夜。
北の方角で、爆弾の炸裂する音がした。
花火の季節は、とうに終わっている。
また爆弾の音。
今度は南の方角で起こった。
―私たち狙われているのかしら―
女が震え声で言った。
―幸せになろうとすると、
みんな狙われるのさ―
と男が言った。
―どうする私たち―
また爆発音。
今度は爆弾ではなく射撃音だ。
―いよいよ迫って来たな―
男と女は銃弾の下を掻い潜って、
駆け出していく。
―幸せって、そんなにいけない
ものなの?―
女は男に手を引っ張られながら言う。
―こう真っ暗な世の中ではね。
闇に埋もれているほうが安全なのさ―
二人は、ほとんど外灯の消された公園に来た。
そこで、落葉の中に潜り込んで身を隠した。
今年は落葉するのが早い。
これも異変だ。
落葉は目まぐるしく降ってきて、
二人の上に積もった。
落葉を踏み鳴らして、駆けて来るものがいる。
独りではない。
踏み鳴らす音は、三つ四つ重なり合っている。
そのうち足音は、二人の前を通り過ぎて行った。
人ではなく犬が三匹。
―匂いがしなかったのかしら?―
女がひっそりと洩らした
―犬も逃げているのさ。
もう人間に飼われて、生きていくことは
できなくなったんだね―
―どうして?―
と女が言った。
―幸せの人から逃げ出すしかない。
幸せの人はみんな狙われるから―
―なんか 厭ね どこもここも―
―そういう時代になったんだよ。
覚醒の時代
世紀末
覚醒とはすなわち
この世に幸せなんてないことに気づくことなんだね―
―どうする私たち?
少なくとも幸せにはなれないね。
落葉の下に潜っていましょうよ。
このままずっと。
落葉よ 降れ 降れ―
疲れから二人は寝てしまい、
女がふと目を覚まして洩らした。
―どこかで鐘がなってる―
♪
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―晩鐘だわ―