波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

ミニチュアダックスを連れた二人の婦人

2015-03-22 16:46:17 | 掌編小説



◇ミニチュアダックスを連れた二人の婦人




 レッドのミニチュアダックスを抱いた眼鏡の婦人と、クリームのミニチュアダックスを引いた小太りの婦人が、道ですれちがった。
 いや、すれちがう前にお互いに気づいて、立ち話になった。
 ミニチュアダックスは、垂れ耳、胴長、短足の愛くるしい小型犬で、ペットとして人気がある。
 眼鏡の婦人と小太りの婦人は同じ新興住宅地に住んでいて、相性はいいほうだ。眼鏡婦人はまくし立てるほどの話好きで、小太りはいつもおっとり聞き役に回っている。聞き役でも我慢しているようには見えない。自然そういう関係になっている。  
 眼鏡婦人のダックスは、インドの婦人が肩にするような一枚の布に巻かれて、飼主の胸のところにおさまっている。ダックスの色がレッドでもなければ、ちょっと気づかないだろう。
 一方、小太り婦人のダックスはクリームで、飼い主の気性をそっくり受け継いだかのように静かにお坐りし、おっとりと相手の犬を見上げている。  
 そのおとなしい犬が、路上に坐り込んで、ロープを引いても一向に言うことを聴かなくなったのは、立ち話をしていた眼鏡の婦人が立ち去ってからだ。
 小太り婦人が犬の首がもぎ取れるほどの力で引いても、路面に足を突っ張って動こうとしなかった。
「そうか、デミちゃんも抱っこして欲しいのね」
 小太り婦人はようやく合点がいってそう言うと、犬を抱きかかえた。
 犬は意が通じたとばかり、婦人の顔をぺろぺろと舐めた。それから安心したように、顔を婦人の乳房のあたりに置いて寝てしまった。
 帰宅した婦人は、犬の重さと、買い物袋を腕に通して持った痺れで、しばらく動きが取れなかった。
 それからというもの、デミは抱いてやるのでなければ、外には出たがらなくなった。ロープをつけると、足を突っ張って、一歩も動かなかった。
 小太り婦人は仕方なく、ペットショップで肩から吊るすペットスリングを購入し、その中に入れて散歩に出るようになった。しかしこれでは、散歩とは言えず、どうしたらよいものか思案に暮れていた。
 一週間もすると、デミは体重が増えて、小太り婦人は逆に痩せていった。
 そうやって一箇月が過ぎた。体重はデミが一キロ増やし、小太り婦人は二キロ減った。ダイエットにいいなどと、暢気は言っていられなかった。
 悪い習慣をうつされてしまった眼鏡婦人に向かって、相談するのもためらわれた。相手が「歩かせる派」であるなら、すぐにも教えを乞うたかもしれない。しかし「抱っこ派」とあっては、この際、いい案が授かるとはどうしても考えられなかった。  
 そんな課題を抱えながら、小太り婦人はデミをスリングに入れて外出した。
 梅雨も上がって、空は気持ちよく晴れていた。デミが歩かなくなってから、何と二箇月が経とうとしていた。
 久しぶりの快晴とあって、街は人通りが多かった。車道をはさんで、小太り婦人の行く道とは反対側の歩道を、元気のよいレッドのミニチュアダックスに引かれて、眼鏡婦人がやって来た。
 しかし折悪しく車道を大型バスがやって来て視界を塞ぎ、眼鏡婦人も小太り婦人も、お互いを認めることはできなかった。犬たちも、お互いを見ることはなく、過ぎて行った。      

                                           
                       了

 

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