波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

入り江

2015-05-02 14:34:00 | 掌編小説



☆入江



 眼下の入江では、一頭のバンドウイルカが昼の月を捉えようとして、海中から跳ね上がってい

る。

「どうして、あんなことをしているのかしら?」

 崖上に立って見下ろしている連れの女が言った。

「僕たちに芸当を見せようとしているんだよ。イルカってそういう生き物なんだ」

「でも野生のイルカが、どこで芸を覚えたっていうのよ」

「海に接したシーワールドでは、イルカの訓練をしているからね。海から見ていて覚えたんだろ

う。観客が喜ぶのを見て、自分もしてみようとしたんだよ」

「あの昼の月が、ボールの代りってわけ?」

「ああ、永遠に届かないんだから、手応えは観客の僕たちの反応だけだ」

 女が揺さぶられたように、崖の際まで進み、拍手をし、黄色い声で叫ぶ。

「イルカさーん、素敵よ!」

 バンドウイルカの動きに、明らかな変化が見え、白い腹を見せて宙返りを打った。それっき

り、出てこなかったが、七、八分もして二人が岬を離れようとしたとき、凄まじい勢いで突

進し、これまでの十倍も飛び上がって月を手に入れてしまった。 

                              了


   ☆




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