波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

バイク 雪女 未完2

2019-03-30 22:25:42 | 超短編


子供たちに発覚してしまったが、女はひるんではいられなかった。衣服を盗まれれば、夜になって闇に体が隠されるまで、岩風呂につかっていなければならないし、湯の中でそんなに体が持つかどうかも自信がなかった。なるようになれ、と捨鉢な思いにもなって、女は体半分を外気に晒してでも、衣類を手に入れなければならなかった。それを何とか手にして、湯の中ででも着ようと考えた。
 子供がざわめき、女は自分が前からも横からも観察の目にさらされているのを感じた。
 女は衣類を抱えたのはいいが、慌てていて岩に足を滑らせてしまい、湯の中に落ち込んで沈んでしまった。
「ああっ」
 と子供の声が危険を告げて叫んだ。
「どうした」
と中学生の一人が言った。
「雪女は水に潜って、人魚になった」
 と女が岩に這い上がるところから、湯に滑り落ちるところまでを、つぶさに見ていた、小学生の中でも幼い子供の声が叫んだ。
 女は全身湯に浸かった体を起こして、上半身を湯から出し、奥へと進んで行った。向こうを向いているので、見えるのは背中だけだった。
「雪女をよく見たか?」
 と中学生の一人は、女の背を目で追いながら言った。年齢からの恥じらいがあって、あえて見なかった中学生は、残念そうにそう言った。
「見た見た、雪女をよーく見た。家のママより、おっぱいもシリも。大きかった」
岩場に上がった女を観察した幼い子供がはしゃいで言った。
「シリなんて言わないで、ヒップと言え」
 と中学生が言った。
「綺麗な雪女だったよ」
 と別な小学生が言った。それに何人かが声をそろえた。
「おっぱいが、そんなに大きな人なら、それは雪女ではないな」
もう一人の中学生が言った。この中学生は、雪女の正体を、既に知っているような口調だった。
「どうしておっぱいがあったら、雪女じゃないの」
 背が低いため、下の枝などに邪魔されずに、つぶさに女を見ることができた低学年の小学生が、抗議を突きつけるように中学生に言った。
「っパイが大きかったりヒップが豊かだったりする女はようー、あったかいのさ。あったかい雪女なんていねええよ。雪から生まれたから、雪女なんだ。そもそも雪女なら、温泉になんか、入らねえよ」
 しかしこれには、一番小さい子供を抜かした小学生も束になって反撃してきた。子供たちは自分が目に収めた貴重な体験を、宝物にしておきたかttのだろう。
「あれは絶対雪女だよ。だいたい雪の下に女がつくんだからな。雪は冷たくても、女はあったかいよ。家のママだって、マフラーで首をおおって行くんだよ、手袋はしたかいって、いつも言うからね」
「お前は一体、何が言いたいんだよ。しょせん、雪女なら、温泉に浸かったりはしねえよ。雪は冷たいんだ。その雪から生まれたのが雪女だ」
 と中学生がぴしゃりと言った。
「それじゃ、さ、お兄ちゃんたちは、あの女の人は、雪女じゃなく、なんだというの?」
 と雪女を主張する小学生代表するように一人の防寒帽を深くかぶった子供が言った。
「あの人は、人間世界の美人さ。こんな村里にはめったに現れない美女の中の美女さ」
 一人の中学生はこう言って、もう一人の中学生と、二人だけの密やかな話をした。どうやら二人は、揺るがない真実の骨子を握っているらしい。

 二人の中学生はしばらく話し合って、なにか妥結点に達したらしい。二人はそんな頷き方して一人が隠されている秘密を明らかにするとでもいうように、口火を切ろうとした。けれども好奇心いっぱいの小学生の間では、そんなもどかしい中学生の話し合いにしびれを切らして、雪女の動向が気になり
深い雪を踏んで女の隠れた岩場の背後の方へと、動き出していた。一番小さな小学生まで、負けじと深雪に飛び込んでいた。
 そんな動向に勘づいた中学生が。慌てて彼らを制しにかかった。
「おまえら、」そっちへ行くのはやめておけ。戻って俺の話を聴け」
と、口火を切ろうとした中学生が、脅すように言った。二人ほどは岩場を回って、姿を消すところだった。
「そこの二人も戻って来い。重大な話があるんだ。あの人は雪女じゃない」
 そう言って岩場の奥へ消えようとしている二人の小学生を呼んだ。
 ふたりが深い雪をこいで戻ると、おもむろに話しだした。
「今から七年前、大騒ぎになってこの村から姿をくらました女の人だ。くらますといっても、その人が悪いことをしたわけじゃない。騒いだ村人が悪かったんだ。騒ぎ過ぎて、あの人がこの村にいられないようにしてしまったのよ。俺はその時、まだ小学二年生ほどで、小さかった。だから詳しくは覚えていない。だけどその後、想像したものがはっきりしてきたり、大人たちの話す中身がだんだん分かってきて、女の人をいられなくしたのは、騒ぎ立てた村の人間たちだと分かってきた。
 それから、幼くしてそのことを知った俺たちは、その女の人が、いつか必ず女王様になってこの村に帰ってくると考えるようになった。お前たちがさっき見た人は、雪女じゃない。その女王になって帰って来た人だ」
 女王さまと聞いて、子供たちは納得がいったらしく、まだ雪の中にいたものも、山道に戻ってきた。けれども完全に納得できたわけではない。
「何がどうして、そんな騒ぎになったのさ」
 と一人の小学生が切り込んで来た。話の中味によっては、雪女の捜索に乗り出すぞといった意気込みが感じられる。


 洞穴のようになった岩場に深く入り込んだ女は、耳を澄まして子供たちの話す一部始終を聴こうとしていた。聴きながら湯の中で下着を身に着けていった。水の中で衣類を着たことなどないので骨が折れた。水圧で押された下着はまったく思うようにいかなかった。しかもあまり着衣に集中しすぎると、子供たちの声が聴こえなくなる。
 幸い湯の中に盛り上がった岩盤を見つけて、そこに乗れば湯は腹の辺りまでしかこなかった。女はその岩盤の上から滑り落ちないようにして下着を身に着けていった。厚地のタイツをはくのは一苦労だった。セーターを着るとなると、湯を吸い込んだ編み物は重く、一匹の生き物を相手にしているようだった。

未完 2





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