波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

探梅 未完3

2019-02-11 22:41:27 | 超短編



 登山口に来ると、500グラムの清涼飲料水を飲み、空のボトルを転がっている岩石の上に置いた。それから山道をうねりのままに歩き出した。人影はなかった。
 私を迎えて鳥が鳴いている。空高く鳶が舞っている。安全を祈るというように。
 二十分も歩くと岩場に入った。それからは屹立した岩山の連続になった。至るところに雪が吹き溜り、氷が冷たく光を放っている。視界が広がり、視線の先に大きな断崖が空を突き刺している。そんな岩山に囲まれた中を行くと、私を気怠さが襲ってくる。この気怠さは自分の怠惰から来ると思ったから、私はそんな自己を打ち消すために、銃口を天に向けて号砲を放った。思いがけない音が響きわたる。私には初めての経験だ。少しして、木霊が返ってくる。どこかの山で熊が耳にしているだろうと、私は自分を勇気づける。その音を内面に響かせながら、山道を辿っていく。
 私は続く沈黙に耐えられなくなり、今度は対岸にうねり続く断崖の頂上に銃口を向け、引き金を引いた。その木霊があたりにどよめいている間に、私は熊に向かって感情をむき出しにして叫んでいた。
「おい、熊、出て来い。俺はお前に復讐に来た。熊ヤロウ! さっさと出て来い。熊、熊、熊ヤロウ! ]
私の左側は低い幅広の谷になっている。その先に断崖が連なる。その岩に木霊して、自分の発した声が返ってくる。その後で私のものではない声が響いた。
「ヤッホー、熊はいない。熊は今、冬眠中。ウインター・スリープ」
 断崖の下に山道がうねっているらしい。そこを通りながら、自分が狙われてはならないと、警戒しているようだ。声にはそんな怯えと緊張が入っている。女の声も混じっている。
 私は山に向かい、向こうは下山のコースを辿っている。ここで相手を怯えさせるのも大人気ない。私は再び空砲を発射したいのをこらえた。そして岩山の屹立以外の何ものでもない、山の深みに踏み込んだとき、私は熊の隠れていそうな岩穴に向けて、銃を撃ちまくった。熊への怨念のこもったセリフになって叫びまくった。二つ熊のいる気配が濃厚な穴に入ってみたが、熊の臭いはしなかった。臭ってくるのは、狐とか狸のようだった。野兎の糞も散らばっていた。
 空砲を放つだけでなく、叫ぶことで、自己の鬱屈を解放した。それは緒方の無念さと重なって私の声ならぬ声となって、吐き出されてくるようだった。
 日も傾いてきた。帰ったら、緒方の妻に言って、尾形の捜索願いを出そうと、決心を固めていた。彼女に自分を置いて家を出たかもしれないなどと、消極的な発言をしてはいけないと、戒めなければならない。警察だって搜索にとりっかるからには、いのちがけなのだから、弱腰の捜索願など相手にしてくれないだろう、真剣に頼み込むことだ。自分もついていくことになるが、そんなことを考えていた。
 最後の一発も弾丸を残さず、私は山を下った。

未完3

最新の画像もっと見る

コメントを投稿