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小学生の妹を連れて、枯野を歩いていた。間もなく日が暮れるので、心がせいていた。早く枯野を出て、バス停に辿り着かなければならない。
野には大きな積藁がいくつも出来ていた。一つの積藁の前を通りかかったとき、妹が足を止めて、
「藁の中で子ウサギが死んでる」
と言った。妹が言う前に、私も積藁の奥の方に子ウサギらしきものが、硬直 してこちら向きに坐っているのを見たような気がしたので、妹と一緒に藁の奥を覗いた。夕日が積藁の中を照らしていた。
やっぱり子ウサギがこちら向きに坐っていた。どうしてこんなところに、子ウサギが? 不思議に思いつつ、そこを離れて歩き出した。ますます夕日が赤く輝いてきていたし、バスの時間が気になっていた。
「やっぱりウサちゃんでしょう。可哀想にね」
「:::」
妹は子ウサギは死んでいると決めつけているが、私は腑に落ちないものがあって、黙っていた。子ウサギの強張った表情は、確かに死んでいるように見えたが、眼は開いていたし、耳もぴんと立っていたのだ。
それに何より解せないのは、子ウサギが死んでいると言った妹自身、昨年交通事故で他界しているからだった。
私は後ろ髪を引かれる思いに克てず、妹を夕日の原野に残したまま、積藁のところに戻ってみた。
はたして子ウサギは硬直して、藁に背を凭せ掛けるようにして坐っていた。私が覗き込んでいると、俯き加減だった子ウサギの面が上がってきて、片方の耳が、ぴくりと折れ曲がったのだ。動いたということは、子ウサギは生きているのだ。私は妹に、
「子ウサギは死んでなんかいなかったぞ」
と言ってやれるので嬉しくなっていた。
子ウサギは、うっかり居眠りしてしまったところを、見咎められでもしたかのように、もう一度耳をぴんと立て、顎も完全に上がって私と正面から眼を合せた。鼻先がうっすらと赤かった。赤いのは夕日のせいだけではなく、ウサギの鼻の自然の赤さだった。
「おい、お前はどうしてそんなところに入り込んだんだよ」
私は、早く妹に教えてやりたくて、足を速めた。
妹は待たせた原野にはいなくて、不安になっていると、バスが来て、客が乗り込んでいるところだった。
私が着く前にバスは走り出してしまった。
バスの窓が一つだけ開いていて、そこから顔を出して手を振っているのは妹だった。
「子ウサギは生きていたぞ!」
私は必死に叫ぶが、手を振り続ける妹を乗せて、バスは行ってしまった。
了