1
彼女がぼくの部屋に来たから、
「これうまいよ」
って、ネコの絵のついた缶詰を開けたんだ。
「それ私に食べさせるの。どうして?」
って訊くから、ぼくも言ったよ。
「どうして?」
「だってこれ、ネコの缶詰でしょ。私、ネコじゃないわよ」
「君がネコじゃないって? まさかあ!」
2
「……で、私は救急車を呼んで、 彼を病院にいれたの。でもさ、お母さん。私って、ネコじゃないよねえ」
「いいえ、あなたは家のネコちゃんですよ。 公園に捨てられていたのを拾ってきたんですからね」
3
母の言葉が響いて、彼女は考え込むようになった。そしてついに、ネコの缶詰を欲しがるようになった。
母が心配して彼女を病院に連れて行った。
4
彼女は現在、彼の隣の病室に入っていて、時どき顔を合わせる。
彼は自分を病院に入れたことを恨んでいるらしく、ネコではなく、犬の声で吠えるのだ。
本当に彼が犬になってしまったのか、当て付けにそうしているのかは分からない。たまに手で顔を拭くしぐさは、ネコそっくりなのだ。
それでも機嫌の良いときは、鉛筆をなめなめ詩を書いたりしている。たとえば、こんな詩を彼女に見せたことがある。
ネコ缶
人間はネコじゃないよ
ネコが人間なんだ
ネコの缶詰なんか ないんだよ
それをつくったのは
人間じゃないんだ
ネコが造ったのさ
だから ネコは人間なのさ
ネコって言われたからって
ぼくを病院に入れたのは
ネコへの愛情が足りないからさ
ネコ缶はネコが食べても
人間が食べてもいいんだよ
人間が食べたら駄目って言うのは
ネコを愛してないからさ
5
変な詩だ。それでも彼女はこの詩がよく分かって、彼を病院に入れたことを毎日謝っている。
病院の院長にも、彼を病院に入れたのは自分で、自分が間違っていたのだから、彼をここから出して欲しい。そう頼んでいるが、聞き入れてもらえない。
「君は何かね。私の見立てが間違っていたとでも言うのかね」
院長はあごひげを撫でながら、そう言うのだ。そんな院長を見ていると、彼女はこの院長こそ猫じゃないかと思うのだ。
こうなると、脱走するしかないので、目下逃走経路を検討している。もし二人揃っての脱出が失敗したら、彼だけ逃がして、彼女は次の機会を待つ。
長い間待つのは大変なので、彼に変装してネコ缶を病院に届けてもらい、それで英気を養うつもりでいる。
了