「光紡ぐ肌のルノワール展」 京都市美術館
東京の国立新美術館の「ルノワール展」に比べれば、ちょっと物足りなさを感じさせますが、でも、なかなかよかったです。
もう、なんで東京ばっかりいいのが行くのか・・ちょっと悔しいですね。
あの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」が来るなんて、信じられないですよね。
田舎のダンス、都会のダンス・・・もう目白押しでいいのが観られるなんて、ホント、うらやましい・・・ではなく、うらめしい・・・
いやぁ・・・これは、行きます・・・東京へ観に行きます・・・・
東京の人ごみは苦手なんですが・・・・・
たぶん、この展ではむっちゃ人が多くて、はんぱじゃないでような気がします。
遠いけど、日帰りでも行きたいと思います。
フランスまで、よう行かない私にとって、生きている内に観られるのは、この機会だけ
でしょうからね・・・
っという事で、こちらは3月19日からやっております、「光紡ぐ肌のルノワール展」京都市美術館であります。
この京都市美術館は、モネ展もやっておりまして、ちょっと、モネは飽きが来てまして、そう観たい気になれないので今回はパスしました。
でも、なんと、もう開催期間が終わりかけなんですが、平日なのに、列をなしてけっこう並んでたのには驚きました。
逆に、「ルノワール展」は、なんなく入れて、中も空いておりました。
「えぇぇ・・なんで??ルノワールって、人気ないの・・??」っと思ってしまったくらいです。
でも、空いていてゆっくり観られてよかったです。
東京の展がこっちにも来たら、凄い人になるでしょうけどね・・・関西にも巡回してよ・・
さて、この展は5つのセクションに別れており、「子どもと少女」「身近な女性たち」「同世代の女性たち」「浴女と裸婦」「デッサン、彫刻、版画」であります。
(注)枠外赤字の絵画タイトルが、本展の出品作品であります。
ルノワールは女性好きというか、こよなく、やさしく女性を愛し、愛おしいその想いをキャンバスになぞっているんだと思います。
ある意味、趣味と実益なんでしょうね。
女性目線では描けない、男性目線で女性の美を追求し、絵を描く事を楽しんでいたような気がします。
変な意味ではなく、ある種の男のロマン?・・・なのかもしれません。
だから、美人画とはちょっと違うんですね。
セクション1「子どもと少女」
あどけなさの子どもであり、少女でもある愛くるしさが、あるんでしょうね。
「ピアノを弾く少女たち」のような雰囲気の少女たち、同じモデルかと思ったら、製作年が8年ほど差がありました。
でも、同じモデルをよく使うそうであります。
「草原で花を摘む少女たち」1890年頃 ボストン美術館
セクション2「身近な女性たち」
ルノワール夫人、アリーヌ・シャリゴ(1890年正式に結婚、ルノワール49歳)の絵が多いかと思ったら、1枚だけで、残念であります。
「ルノワール夫人と犬」1880年 個人
逆に、ルノワールの晩年まで共にし、介護までしていたガブリエルの絵が多かったですね。
1894年、アリーヌの親戚の娘で、たしかガブリエルが16歳頃だったでしょうか、ジャンが生まれて、子供の世話など家事手伝いに呼ばれたそうであります。
当時ルノワール53歳。
ルノワールの助手兼モデルも多数やり、ガブリエルの存在がルノワールにとって、大きくなっていく事に、アリーヌが嫉妬し、亡くなる2年前から、ルノワールから遠ざけたそうであります。
「おもちゃで遊ぶ子ども、ガブリエルと画家の息子のジャン」
1895-1896年ワシントン・ナショナル・ギャラリー
ジャンは後に、映画監督になったので、この題名の画家は、ルノワールの事なんでしょうね?
実物は、すごく立体感と質感がありますね。
「バラをさしたブロンドの女」1915-1917年頃 オランジュリー
アリーヌが亡くなってからの作品でしょうか・・・
女優のカトリーヌ・ヘスリングで、ルノワール最後のモデルで、のちジャンの妻になったそうであります。
セクション3「同時代の女性たち」
実物の絵は、インパクトがあり、すごく綺麗な印象で、頭に残る絵でありました。
「ルーマニア女性の肖像、イスコヴェスコ夫人」1877年 オードロップゴー
若かりし頃の恋人でもあり、モデルとしてルノワールが描いたリーズ・トレオ。
この絵が出来るころは、彼女は二十歳くらいで、のちにルノワールの子供を婚外子として男女産んでいるそうであります(認知はしてなくて、遺産を少々渡したとか・・?)。
「草原の女、リーズ・トレオ」1868年 オードロップゴー
この絵は、猫を抱く女性の愛らしさが、ひときわ目立って、心を揺すぐらせますね。
去年の東京で「ワシントン・ナショナル・ギャラリー」展のポスターにもなったくらいですので、その展の目玉だったんでしょうね。
一押しだと知らないでいても、この絵の前に来たら、誰でも足を止めて魅入ってしまいます。
「猫を抱く女」1875年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー
この「昼食後」は、「舟遊びの人々の昼食」を感じさせるような絵のようなカンジがしますよね。
でも、1年ほど前にこの「昼食後」が先に描かれております。
「昼食後」1879年 シュテーデル
左の女性は、女優のエレン・アンドレで、「舟遊びの人々の昼食」にも出ています。
また、ドガのアブサント(カフェにて)にも出ており、こちらは同一人物とは思えないカンジの絵ですね。
お酒がらみのシーンが多いですね・・・
ちなみに「舟遊びの人々の昼食」で、右の煙草に火を点ける男性は、弟のエドモンであります。
彼も「桟敷席」などルノワールの作品に多く出ております。
そして、この「うちわを持つ女」も本とかで、よく見かけますよね。
ジャポニズムが流行っていた頃なんでしょうね、この女性も女優で、ジャンヌ・サマリーであります。
「うちわを持つ女」1897年 クラーク
この人も音声ガイドで「舟遊びの人々の昼食」に出ていると云う事を言っていたんですが、たぶんエドモンの右斜め前の女性?・・・じゃないかと思います・・・どうでしょうか?
セクション4 「浴女と裸婦」
ルノワールが、一番興味と探求心を持ってのぞんだのではないでしょうか?
女性の美しい透き通った肌の質感、光の加減でいろいろと変化する様子、そして、滑らかな曲線美を試行錯誤しながら、描いていったんでしょうね。
ルーベンスの肌の透き通った質感も凄いですが、ルノワールの淡い、柔らかい質感がやっぱりいいですね。
私は、この背中姿の女性がいいですね。
小さな背中にくびれた腰、背骨が見えるくらいスレンダーなカンジがいいですね。
そして、チラっと脇からのぞく胸が色っぽいですよね。
「肘掛け椅子の裸婦」1900年 チューリッヒ
1900年この頃から、持病のリューマチで悩み始めたと音声ガイドが言ってました。
ルノワールが好きな女性は、結婚したアリーヌを見てもわかるように、ポッチャリとした、体形的にも腰にお肉がついたドッシリとした女性が好きなように思えます。
顔が小さく、腰が顔の2,3倍ありそうな絵が多いように思えます。
「風景の中の座る浴女 またはエウリディケ」1895-1900年 ピカソ
樫の精霊エウリディケが、アリスタイオス神から逃げる途中、蛇を踏んでしまい足首を噛まれて死んでしまう、ギリシャ神話の一場面であります。
絵は、苦しんでいる様子もない描き方であります。
この絵は、ピカソが購入したそうであります。
「水浴の後」1912-1914 ヴィンタートゥール
顔が小さく、腰がお相撲さんのようにデカイ、こうゆう処に女性美を求めたんでしょうか・・?
この頃から、リューマチも悪化して、車椅子に座る事が多く、しかし、かなり痛かった事でも、描くことの探求心を止めず、逆に紛らわすかのように、描いていたんでしょうか?
赤色系統が目立ち、何重にも塗るのではなく、薄く塗られたと聞きます。
なんか、痛みが絵から伝わって来そうなカンジも致します。
セクション5「デッサン、彫刻、版画」
ここで、興味深いのは、ルノワールが晩年、彫刻を造っていたんですね。
彫刻家リシャール・ギノやルイ・モレルに手助けを受けたコラボレーション作品として世に出したんですね。
たぶん、事実上、あの身体なので、「母と子」の作品は、直接造れずに想いや指示を出したんではないでしょうか?・・ね。
女性問題も多かったでしょうけど、最終的には、妻のアリーヌを一番愛していたんでしょうね。
「母と子」1916年ブロンズ ペレス・シモン・コレクション
この作品の前の年に、アリーヌを亡くしたので、若き日にピエールを授乳している姿の絵を元に造ったんでしょうね。
「母性」 1885年 パステル・紙 ペレス・シモン・コレクション
モネもそうですが、このルノワールの飽くなき探求心は、いくら歳を取ろうが、病気になろうが、その想いのエネルギーに尊敬というか見習いたい気になりますよね。
だらだら生きている自分の命を分けて使って欲しい気になりますね。
一生懸命に生きている人ほど、命が短い。
なんも考えないで生きている人ほど、長生きする・・・なんなんでしょうねぇ・・・
この展は、6月5日までであります。
詳しくは、HPで・・・・
「京都市美術館」
関西では、ここの美術館が一番いい出し物が来るような気がします。
そして、「国立新美術館」のルノワール展、これは絶対見逃せない展ですよね。
4月27日から8月22日までだそうであります。
「国立新美術館」
なんとか、お金と時間を工面して、行きたいものですね。(^-^)
「ルノワール展」国立新美術館 2016.06.20.
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