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バスを待つ男 西村健

初めて読む作家。物語は定年退職し料理好きの妻と2人暮らしの元刑事が主人公。高齢者向けのバス乗り放題パスを購入したことをきっかけに、時間潰しのために路線バスで都内を巡るようになった彼が、バス巡りの途中で出くわした挙動が怪しい人物やちょっとした不思議な光景の謎を、元刑事の観察眼と直感、妻の推理力で解明していく連作短編集だ。出くわす謎は、本当にちょっとしたものから、刑事時代に関わりながら迷宮入りしてしまい心のしこりとして燻っていた殺人事件など様々だが、バス巡りで見る都内の名所旧跡や時代小説の舞台になった土地などが話に花を添える。その他、古典落語、地元の名物料理などの蘊蓄も出てきて、バス巡りを散歩の一形態と考えれば、さながら老人の好きそうな趣味のオンパレードといった感じの内容だ。自分自身は、名所旧跡には全く関心がないし、古典落語も退屈だと思う方だし、街並みを観察する習慣もなく、主人公とは真逆の高齢者という感じだが、何かに関心を持つ面白さに共感しながら読み終えた。(「バスを待つ男」 西村健、実業之日本社文庫)
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木挽町のあだ討ち 永井紗耶子

書評誌で「年間ベスト級の傑作」と絶賛されていたので、普段あまり読まない時代小説だが、読んでみることにした。父親の仇を討つために江戸に出てきた年端のいかない若い侍が、江戸市中で見事にあだ討ちを成し遂げて国に戻ってお家を再興させる。それから2年後、別の若い侍があだ討ちの目撃者や仇を討つまでの間江戸での逗留を世話した市井の人達に当時の様子を聞いて回るというミステリー時代小説だ。話が進む中で、少年があだ討ちをしなければならなくなったそもそもの原因である父親の死の真相、なぜ少年がかくも見事にあだ討ちを成功させることができたのかなど、様々な謎が少しずつ解明されていく。人々の回想談や自分の人生を語る話の至る所に何気なく謎を解く鍵が埋め込まれていて、更に読者は本書の題名そのものにも仕掛けがあることに気づく。終盤で結末自体は予想できる内容だが、それでも書評誌通りこれまでに読んだ時代小説の中で最高に面白かった一冊だと思う。(「木挽町のあだ討ち」 永井紗耶子、新潮社)
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パンダの丸かじり 東海林さだお

いつも通り、食物を擬人化したり、料理について普段とは違った視点で語ったりのエッセイ集。本書の白眉は、落語家春風亭一之輔師匠の巻末解説だ。このシリーズについて「いつまでもあると思うな」と言うコメントを文章にする勇気、あえてそう言わざるを得ないこのシリーズへの想いがすごいと思う。改めて著者略歴を見ると御とし85歳とある。これが書かれたのが平昌オリンピックの頃なので、その時すでに80歳を超えていたことになる。この本を読む直前に、このエッセイが連載されている週刊朝日が100年の歴史に幕を閉じて休刊になるというニュースがあった。まさに、好きな作家や作品について「いつまでもあると思うな」という言葉が胸に刺さる気がした(「パンダの丸かじり」 東海林さだお、文春文庫)
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無人島の2人 山本文緒

2021年10月にすい臓がんで亡くなった著者による余命宣告されてから4か月あまりの日々を綴った日記。抗がん剤治療の辛さ、自分でできることが少なくなっていくことの悲しさ、夫への感謝、以前飼っていた猫への想いなどが素直に語られていて胸を打つ。最後の数日のところを読みながら、数年前に乳がんで亡くなった姉とのことを色々思い出した。長く抗がん剤治療を受けていたが、泣き言は滅多に言わなかった。亡くなる数日前、最後に緩和ケアの病室で、頭がボーッとするとか、思考が少し混乱してきているとかニコニコしながら話していた姉の頭に去来していたものがどんなことだったのか、本書を読んで初めて知ったような気がして、本当に有り難かった。(「無人島の2人」 山本文緒、新潮社)
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帆立の詫び状 新川帆立

著者の本は4冊目。前に読んだ小説3冊は、法律ミステリー、企業小説、特殊設定小説とジャンルがそれぞれ違っていて、器用な作家だなぁと感じていたが、本書を読んで、その背景に「エンターテイメントに徹する」という著者の信念があるということが分かっていたく納得した。所々に滲み出る「法律家的思考」、「作家としての目標は自著累計100万部」といった独特の感性、デビューからブレイク後までの様々な出来事についての解説など、バラエティに富んだ内容が楽しかった。(「帆立の詫び状」 新川帆立、幻冬舎文庫)
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事故物件、いかがですか? 原田ひ香

前に読んだ「東京ロンダリング」の続編。本作も事故物件に短期間住んで告知義務を回避する仕事を軸とした連作短編集で、前作でお馴染みの登場人物も多数登場する。前作と違うのは、事故物件の大家さん、事故物件ロンダリングに従事する不動産会社の人、それを側面から手伝う人など様々な立場の人たちの視点から物語が描かれていることだ。また、話の焦点が、事故物件についてだけでなく、多発する失踪事件、東京オリンピックに絡む官民ぐるみの利権など、東京という大都会に潜む闇にも広がっていて、深刻な社会小説にもなっている。本作がオリンピックの5年前に書かれたことを考えると、特殊設定小説と問題提起小説という2つの性格を兼ね備えていて、これまでに読んだ著者の作品の中でもとりわけシリアスな小説だと感じた。(「事故物件、いかがですか?」 原田ひ香、集英社文庫)、
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カラスは飼えるか 松原始

大好きなカラス研究家のエッセイ集。本書では、カラスだけではなく様々な生き物とりわけ鳥類全般に関する話が科学者の目線で語られている。それでも著者のカラス愛が発露していつのまにかカラスの話になってしまっていてそれが何とも面白い。宗教によって禁忌となっている肉が何故その肉なのかという理由が語られるところでは、最近話題になっている「昆虫食」が普及すると、食料が競合関係になってしまう鳥肉に対する考え方が変わってしまうのではないかなどと想像してしまった。また、題名の「カラスは飼えるか」という問題については、カラスの生態、動物保護の観点などから、さすが専門家という感じの非常に多面的かつ深い考察が披露されていてめちゃくちゃ面白かった。(「カラスは飼えるか」 松原始、新潮文庫)
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銀河の片隅で科学夜話 全卓樹

近くの本屋さんでたまたま見かけて購入した一冊。宇宙、数理社会学、学問と倫理、生物学など色々な分野の著者の知見に基づいたハッとさせられる内容が満載のエッセイ集。月が一万年に数ミリずつ地球から遠ざかっているという話は聞いたことがあったが、それによって数億年の単位で一年の日数が短くなっているという記述には驚かされた。また、人間の付和雷同行動に関する社会実験、多数決制度の数学的な妥当性の検証、社会的生物としてのアリの生態の話など、全く知らなかったこと、最近の研究で明らかになったことなど、どれも皆面白くためになる内容。本屋さんで偶然見つけた本がこんなに面白いということで、改めてリアルの本屋さんの有り難さを実感した。(「銀河の片隅で科学夜話」 全卓樹、朝日出版社)
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地球外生物 小林憲正

理科系出身の知人の勧めで読むことにした「人類は地球外生命と遭遇することが出来るのか?」という問いについてこれまでに分かっていることを科学的に丁寧に解説してくれる一冊。この問いは、「そもそも地球外生命は存在するのか?」「そもそもどうやって生命は誕生するのか」「そもそも生命とは何か?」といった根本的な問いに連鎖しており、答えに近づくためには、宇宙に目を向けた物理学や生物学だけではなく、地球上の生物学、古生物学、地質学、素粒子物理学、倫理学、さらには哲学といった様々な分野の最新の知見を総動員する必要があるということを教えてくれる。個人的には、知性を持った地球外生命と遭遇するためには、人間が数万光年を移動する技術を獲得するまで進化するか、地球外生命の方が地球近くまで来てくれるかのどちらかが必要だが、当面人間の進歩は難しそうで、結局先方が突然来訪するのを待つしかない気がする。さらに言えば、知性を持った地球外生命の完全な不在証明が物理的に極めて困難である以上、存在するという前提で考えざるを得ないが、偶然遭遇したり存在を完全に証明するには途方もない時間や科学の進歩が必要で、それまで人類が生き残れるかどうか地球の寿命が持つかどうかが最大のネックになると思う。その他、本書には、数十億年前の太陽系では火星も地球と同じくらい生命誕生の条件は整っていたこと、近年木星の衛星に生命がいるのではないかという研究が進んでいること、宇宙関連の本によく出てくる「ドレイクの方程式」の解説など、面白い話が満載だった。(「地球外生物」 小林憲正、中公新書)
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2023年本屋大賞

今年の本屋大賞が「汝、星のごとく」に決定。2月の時点での私の受賞作予想では、「最近の候補作は現代日本の生きにくさを綴ったものが多い」「その中で最も壮絶なのが『汝、星のごとく』」として、そうした傾向の作品群の中で最もマイルドな内容の「月の立つ林で」を本命としたが、結果としては最も壮絶な作品が受賞となった。厳しい現実に目をそらすなと言われているような気がする。その他、心底すごいなぁと思った「爆弾」が4位。トップ5のうち「生きにくさ系小説」が多くを占める中でエンタメ系として4位に食い込んだ。ただし、同作品、生きにくさ系でないといっても、尋常でない暗い現代の犯罪を扱っていることには変わりなく、暗い作品の目立つ結果だった。
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贋物霊媒師 阿泉来堂

アシスタントに「霊とコミュニケーションはできるが、降霊も除霊も行う力のないインチキ霊媒師」と揶揄されつつも、この世に未練を残して彷徨う霊を見事に鎮めていく主人公の活躍。有無を言わさず力づくで霊を退治してしまう「北風」のやり方が一般的な「除霊」だとすると、主人公の手法は霊が未練を断ち切るためのサポートして納得して成仏してもらうという「太陽」戦略ということになる。そう考えながら読み進めていくと、インチキというよりはむしろそっちの方が正しいだろうと思えてくる。ストーリーの中でたまに披露されるホームズばりの推理力、読者の意表をつく種明かし、着地の見事さ、どれを取ってもすごい作品だと思う。書評誌によれば、続編は新しいキャラクターも登場してさらに面白くなってきているらしい。(「贋物霊媒師」 阿泉来堂、PHP文芸文庫)
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残星を抱く 矢樹純

これまで読んだ著者の本は短編集だけだったので、長編はどんなだろうと思いながら読んだ一冊。幼い娘を気遣いながら暴走するあおり運転の恐怖に立ち向かう気丈な主人公というスリリングな場面から始まる本書は、いくつもの予想外の事実が読者を驚かせるところはこれまでに読んだ短編と同じテイストだが、最後まで息の抜けない展開の連続、徐々に真相に迫っていくところは、長編ならではという感じで新しい著者の魅力が出ている気がした。冒頭のあおり運転の場面が全体の中でどういう意味を持つのか、少しずつ明らかになっていく20年前の主人公の父親の事故死の真相など、途中で消去法と意外性から真犯人については何となくわかってしまったが、著者の短編のような鮮やかなどんでん返しとは違うジワリとくる小説の醍醐味を味わうことができた。(「残星を抱く」 矢樹純、祥伝社)
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名探偵のはらわた 白井智之

著者の本は2冊目。前作を読んだ時に感じた、読者の意表をつく展開、色々なところに隠された謎解きの仕掛け、という特徴は本作でも健在で、とにかく面白かった。巻末の解説を見ると、この作家、「鬼畜系特殊設定パズラー」と言われているそうで、「張り巡られた謎解きの仕掛け」というところが「パズラー」に該当する。一方、前に読んだ本と本作の違いは、本作の方が内容がグロテスクなことと、死者が蘇るという現実にはありえない設定が話の根幹にあることの2点で、これが「鬼畜系」と「特殊設定」にあたるだろう。また解説には、本作はグロテスクさがそれまでの作品に比べて大人しくなっているとのこと。著者の作品としては前に読んだのが第8作で今作が第7作なので、著者の作風が徐々に鬼畜系でも特殊設定でもない通常のミステリーに変化し、それに伴って広い人気を獲得するようになってきたということのようだ。私のような一般読者としては引き続き「通常のミステリー」路線で書き続けて欲しいと思う。(「名探偵のはらわた」 白井智之、新潮文庫)
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オンライン落語 「白鳥版しじみ売り」

落語評論家広瀬和生氏プロディースによるお馴染みのオンライン落語会。今回も三遊亭白鳥自身最近ほとんどやらなくなってしまったという埋もれた創作落語の名作を復活させるということで、今回は古典落語の「しじみ売り」を白鳥流に改変したという演目。「しじみ売り」という元ネタを聞いたことがないので、聴いていてどこがどう白鳥流なのかはよくわからなかったが、まさに登場人物が乗り移ったかのような古典落語そのものという感じの人情噺を堪能した。しかも後半の対談によれば、1時間の噺のうち後半部分は殆どが白鳥師匠の創作とのことだが、それが信じられないほどこれしかないというしっかりまとまった内容に師匠の新境地のようなものを感じた。後半の広瀬氏と白鳥師匠の対談、こちらも創作落語と噺の合理性、SWAの活動など「へぇ」という為になる話満載で楽しかった。今日の話では、元ネタでは処刑されてしまう鼠小僧次郎吉が生き延びる改変がなされているので、もしかしたら続編ができるかもしれないとのこと。まだまだ色々楽しめそうで嬉しくなった。
(演目)
白鳥版しじみ売り
(対談)
広瀬和生&三遊亭白鳥
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令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法 新川帆立

動物にも人間と同じ権利を認める法律が施行されたり、賭け麻雀の合法化など、架空の法律がもたらすドタバタを描いた短編集。一見突拍子も無い内容だが、架空と現実の境界が絶妙なのと、話の道筋が論理的なので、何故か「もしかしたら現実もそれに近づいているのでは」と思えて少し薄ら寒い感覚を覚える小説だ。特に、賭け麻雀が合法化された世界で何が起きるか、大笑いしながらも着眼点の面白さにすごいことを考えるなと感心させられた。(「令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法」新川帆立、集英社)
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