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姑の遺品整理は迷惑です 垣谷美雨

突然死亡した義母が住んでいたアパートの片付けを行うことになった主人公。これでもかこれでもかと出てくる不用品の山、いくら頑張っても一向に片付かない部屋。余命宣告をされた後完璧に身辺整理を終えて亡くなった実母と比較しては大量の不用品をそのままにして往った義母への不満が募る。そんななかその義母の部屋で次々と不審な出来事が起こる。ちょっとオカルトのような感じだが最後には全て理由が明かされ大いに納得。大昔に死んだ義父のスーツの片付けに半日かかってヘトヘトになるという一場面を読んで、定年前に使っていたスーツを漫然と何着もそのまま放置していることに大きな罪悪感を感じてしまった。(「姑の遺品整理は迷惑です」 垣谷美雨、双葉文庫)
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マウンテンガールズ・フォーエバー 鈴木みき

山を愛する女性たちの日常を描いた短編集。書評誌で取り上げられていたので読んでみた。仲間と気楽に山を歩いたり、急峻に挑戦したり、岩をよじ登ったり、山との付き合いには色々な形があるし、その時の心情も無心だったり、仲間との絆を感じたり、昔を思い出したり、あれこれ将来について考えたりと様々だ。そうした心象風景をきめ細やかに描いた文章が続く。表紙裏の著者紹介欄には、山にまつわるイラストレーター、コミックエッセイストとあり、小説は本書がデビュー作とのこと。著者がこれまで色々な絵や文章で紹介してきた「山登り」というものの多面性を凝縮したような一冊なのだろうと感じた。(「マウンテンガールズ・フォーエバー」 鈴木みき、エーアンドエフ)
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犬を殺すのは誰か 太田匡彦

ペット業界の闇がよく分かる一冊。業者による地方自治体の引き取り制度を悪用した在庫処分のような大量殺処分、全く対面のないネット取引、酔客の衝動買いをターゲットにした繁華街での深夜営業、子ども連れの衝動買いを誘導するようにペットイベントの片隅で行われる販売会、母犬や兄弟犬との関わりが大切な時期にも関わらず生まれた環境から引き離す幼すぎる子犬販売など、本書が刊行された2013年当時の日本におけるペット業界の闇がこれでもかという感じで書かれていて、犬が非常に苦手な自分でさえ暗澹たる気持ちになる。本書の白眉は2012年のペット業界への厳正な規制を織り込んだ「動物愛護法改正」、特に8週齢規制など犬の側に立った法改正が、ペット業界や公明党議員の反対でどのようにして骨抜きにされたのかという解説だ。動物愛護法は5年毎に社会的必要性に応じて改正されるとのことなので、その後どうなったのかネットで調べてみたら、この本書刊行後の10年間で「8週齢規制」がようやく実現したり、その他の進展も色々あったことがわかったので少し安心した。但し、欧米のようなペットショップの原則禁止といった理想への道のりはまだまだ厳しそうだ。著者の「文庫版へのあとがき」によれば「猫についても本を書きたい」とのこと。既に書かれているのであれば是非読んでみたいと思った。(「犬を殺すのは誰か」 太田匡彦、朝日文庫)
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大人のための文章教室 清水義範

挨拶文、依頼文、謝罪文など生活の色々な場面で必要な文章を書く際の注意点や上手に書くためのトレーニング方法などを指南してくれる一冊。文章を書く際に無意識に注意していることなどを可視化してくれているので、頭の整理や意識の持ち方などに役立つようで嬉しい。本書の最大の特徴は随所に見られる著者独特の例文。他の人の文章を例にあげることはほとんどなく大半が著者によるオリジナルの例文で、これが著者の小説を読んでいるようで楽しい。文章の書き方を学ぶというよりは文章の楽しさを再確認したという感じだ。(「大人のための文章教室」 清水義範、講談社現代新書)
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まな板の上のマグロ 下関マグロ

個人情報保護の大切さが喧伝される昨今、あえて自分の顔写真、住所、電話番号等を雑誌やネットに晒し、その反応をレポートするというかなり際どい内容の一冊。情報を公開した後の反応はイタズラ電話が中心で、無言電話、一言だけ罵倒して切れるもの等様々。著者はそうした行動をもう何十年も続けていて、更に自分の金融機関別の借金金額、病気の診断書なども公開するというエスカレート振りを見せたあと、現在はそうしたことから足を洗ったとのこと。客観的に言って非常に危険な行為のオンパレードだが、著者自身はさほど気にせず冷静かつ楽観的に文章にしてそれを生業にしてきたらしい。これまで大きなトラブルもなく済んでいるのは、著者がライターであることが知られているからなのか、それとも著者が本能的にそうしたリスクの回避に長けているのか、その辺は何とも言えない。こうした文章の公開が、個人情報漏洩のリスクを麻痺させてしまうマイナスが大きい気もする一方、軽い気持ちで行われるイタズラ電話などの減少に役立つプラス面も多少はあるかも知れないと思った。(「まな板の上のマグロ」 下関マグロ、幻冬舎文庫)
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お台場アイランドベイビー 伊与原新

ミステリー大賞を受賞した著者のデビュー作。第ニ次世界恐慌で経済に大きなダメージを受けた後、追い討ちをかけるように首都直下型地震で壊滅的な被害を受けた日本が舞台の近未来小説。その震災直後に東京に「震災ストリートチルドレン」と呼ばれる子どもたちが多数現れるが、震災からの復興や治安維持のために力を注いでいた政府が彼らに何もできないまま、ある時彼らが忽然と姿を消す。元刑事と現職少年課婦警の2人がこの子供たち失踪の謎の解明に奔走するというのが大まかなストーリーだ。経済恐慌と大震災のダブルパンチで荒廃した日本の描写、外国人労働者受入政策や社会保険制度の崩壊、政治の腐敗といったリアリティがとにかく緻密で容赦ない。さらに東日本大震災の1年前に書かれた本書だが、東京湾埋立地での液状化現象による被害などは正に1年後を予測し、更に今後のリスクをも予言しているようで怖いくらいだ。著者の科学的知識、論理的思考、想像力、文章の4つが織りなす迫真の一冊だ。(「お台場アイランドベイビー」 伊与原新、角川文庫)
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五つの季節に探偵は 逸木裕

実家が探偵事務所という女子高校生が立派な探偵になっていくまでの出来事を追った連作短編集。読んでいて、探偵という職業について色々考えさせられた。刑事や探偵に求められる資質は正義心、洞察力、直感、経験、体力など様々だと思うが、このうちの2つ3つを備えていれば名刑事とか名探偵ということになるだろう。世の中のこれまでの多くの警察小説や探偵小説は主人公にこの色々な能力の組み合わせを与えることで個性を出していたと言える気がする。ただしこの小説で扱われているのは探偵にのみ当てはまるある資質に焦点を当てているような気がした。刑事と探偵の一番の違いは、刑事は社会のために動き、探偵は依頼人のために動くという点だろう。刑事は社会のために公権力を行使していてその目的や意義にブレが少ない。一方、探偵は依頼人のために動くので、極端な場合依頼人が悪者だったらとか真相が依頼人や社会のためにならなかったらという葛藤が生じる可能性がある。この葛藤が本書の肝の一つと言えるだろう。なお、5つの短編のなかでは「解錠の音が」「スケーターズワルツ」の2つが特に印象的で、前者は事件解決後の数ページの展開に心底驚かされ、後者はよくあるトリックにまんまとだまされた。著者の本を読むのは初めてだが、色々読んでみたくなった。(「五つの季節に探偵は」 逸木裕、KADOKAWA)
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7人の中にいる 今邑彩

ある日軽井沢のペンションに、昔そのペンションのオーナーが関わった凶悪事件を断罪し復讐を予告する旨の手紙が届く。犯行予告まで2日。それぞれいわくのありそうなペンションの逗留客7名の中の誰が出した手紙なのか、その目的は何なのか、限られた手がかりを元に試行錯誤しながら徐々に真相が明らかになっていく。探偵役の登場人物がようやく突き止めた真相を口にする直前にテレホンカードの度数がゼロになってその直後に交通事故に遭ってしまうところなどやや出来過ぎ感はあるものの、理詰めで解き明かされていく謎の一つ一つが楽しめるミステリーだ。犯人は何となく最初の方で分かってしまいあまり意外感はなかったが、むしろ主人公が過去に犯した罪の凶悪さから予想されるのとはかなり違う結末にちょっと驚かされた。(「7人の中にいる」今邑彩、中公文庫)
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ウクライナの未来、プーチンの運命 クーリエジャポン編

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、世界の色々なメディアに掲載された世界の識者12人の文章やインタビュー記事をまとめた新書。12人のうち名前を知っているのは、半分の6人だけだったが、色々な視点からの意見をまとめて読むことができる貴重な一冊だ。ただ、収録されているのは全て西側のメディアで紹介されたもので、12人のうちロシア出身者が1人いるがロシアに批判的な立場なので、欲を言えばロシア寄りの論者やメディア、態度が西側と微妙に違うはずの中国やインドのメディアなども紹介してあれば有り難かった気がする。そうしたスタンスの識者や記事を見つけるのは大変かもしれないが、一般人にとって普段目にすることが困難なだけに、そうした文章を集めた「ロシアのメディアはウクライナ侵攻をどう伝えたか」というような一冊があれば読んでみたいと思った。(「ウクライナの未来 プーチンの運命」 クーリエジャポン編、講談社α新書)
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傑作はまだ 瀬尾まい子

世間知らずの50代の小説家の元にある日それまで一度もあったことのなかった実の息子が突然訪ねてくるという設定で、最初ぎこちなかった2人が少しずつ打ち解けていき、失われた時間を少しずつ取り戻していくというお話。自分自身としては、世間知らずの50代の小説家のトンチンカンぶりを自分と重ね合わせて感じるところが多かったし、人間というのは子どもや孫といった年下の人間から学ぶことも多いんだなぁと改めて感じた。また息子の方の明るさや物事にこだわらないところは、今の若者の良いところが描かれていて楽しかった。(「傑作はまだ」 瀬尾まい子、文春文庫)
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ミャンマー政変 北川成史

現役新聞記者によるミャンマー情勢の解説本。21年のクーデター、戦後のミャンマー史、クーデターに対する各国のスタンスなどをとても分かりやすく教えてくれる。例えば、何故クーデターが2012年2月1日だったのかという解説はそうだったのかと目から鱗だった。こうした基礎知識的な解説が本書の中心だが、個人的にはそれ以上に、著者のタイ駐在時代に取材したミャンマーの少数民族居住地のレポート、民主化後も含めたミャンマーの言論統制の実態解説がとてもためになった。ミャンマー東部の中国に隣接する「ワ自治管区」やタイとの関係の深い「シャン州」の現地取材の内容はミャンマーの混乱収拾の難しさを理解する上でとても重要な示唆を与えてくれる。また、民主化政権の施策やスーチー女史の言動に関する分析などから伺い見えるミャンマーの言論統制意識は、ミャンマーの置かれた情勢からやむを得ない面はあるものの、現地取材ならではの視点が光る内容だと感じた。(「ミャンマー政変」 北川成史、ちくま新書)
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看守の信念 城山真一

シリーズ2作目。前作同様、懲罰の場であると同時に更生の場でもある刑務所の内外で起きる事件を巡る5つのミステリー短編集。一つの犯罪の加害者、被害者、事件後の関係者の事情は様々で、刑務所の刑務官はそうした個別性を考えながら懲罰と更生を両立させることに使命を持って取り組む。さらに考慮しなければいけない要素として個人情報の保護、刑務所のルールや人間関係なども絡んでくる。そうした複雑な事情の中で最良の解決方法を模索する登場人物の活躍が感動的だ。前作では最後に明かされる事実にびっくりさせられたが、本作ではそれと同じくらいびっくりのサプライズが用意されていた。本書を推薦する書評誌に「順番通りに読もう」という趣旨のことが書いてあったが、シリーズを順番通り読んでいて本当に良かったと心底思った。(「看守の信念」 城山真一、宝島社)
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映画を早送りで観る人たち 稲田豊史

映画を倍速、10秒早送り、あらすじや結末を知ってから視聴する人が増えている、特に若者においてそうした行動が顕著であるという現象を、外的要因、内的要因の両面から分析した一冊。こうした行動を是とする人たちへのインタビューやアンケートを通して見えてくるのは、外的要因としてはネットの普及で視聴可能な作品が急増したこと、内的要因としては話題に遅れたくないという同調圧力やそこそこ個性的でありたいといった願望などがあると言う。こうした行動は若者に限らず、他人とそうした話題を話すことが皆無な高齢者である私自身も、会話のない場面は30秒早送りしてしまうし、倍速とまではいかないが1.3倍速の機能はよく使う。1時間のTVのクイズ番組ではCMやお笑い芸人の珍解答などを早送りして15分くらいで観終えるのが当たり前になってきている。それで楽しいかと言われても他の人と比べようがない。作り手の思いをないがしろにする愚挙と言われればその通りで、映画館に映画を観に行ってクライマックスのところでトイレが我慢できずに立ってしまうこともある自分としては返す言葉もない。こうした傾向は、ファストフードを早食いしたり、大食いしたり、シェフの繊細な努力の結晶であるフレンチを食べている途中でコーラをがぶ飲みしたりというのとよく似ているかもしれない。一つの面白い着眼からの論考に、自分の行動と重ね合わせながら色々考えさせられた一冊だった。(「映画を早送りで観る人たち」 稲田豊史、光文社新書)
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プーチンの正体 黒井文太郎

2月のロシアウクライナ侵攻、プーチンの略歴や人脈をコンパクトに教えてくれる一冊。緊急出版ということで、侵攻以前に書かれた文章の引用がかなりを占めているが、それがその時々の生の情勢分析からくる流れや必然性を浮き彫りにしてくれていて、侵攻前のことを何も知らなかった自分にはむしろ有難い気がした。著者の主張は、「プーチンは絶対に引かない、妥協しない」というもので、説得力があるだけに暗澹たる気持ちにさせられる。(「プーチンの正体」 黒井文太郎、宝島社新書)
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裏横浜 八木澤高明

題名通り「横浜」という都市の裏側の世界をジャーナリストとしての取材や著者自身の体験を通して教えてくれる一冊。今でこそ、みなとみらい地区の未来都市的景観、新しい観光スポットとして蘇った赤レンガ倉庫、元町のしゃれたショッピング街、家族で楽しめる横浜スタジアムや中華街など明るい名所が多い横浜だが、横浜の繁華街、歓楽街、歴史的建造物の明治以降の歴史を詳しく振り返ると全く違う様相が見えてくる。横浜の発展に寄与した捕鯨、生糸取引、米軍物資集積地といった横浜の特徴の裏側には、故郷を捨てて移り住んだ無数の労働者、劣悪な環境のもとで身を持ち崩した人々の痕跡が数多く残っている。横浜という混沌とした土地で、中国の革命家孫文が身を潜めた場所であったこと、連合赤軍の隠れ家があったこと、美空ひばりやアントニオ猪木といった著名人が輩出したことなど、色々知らないことも多かった。また、横浜地方裁判所でB級C級戦犯の裁判が行われ900人以上が戦犯として処刑されたという事実には驚かされた。読み始めて最初のうちは、著者自身がホエールズファンだったこととか実家のお店の話とかが多く、自分史を語る自費出版の本を読んでいるような感じだったが、読み進めていくうちにそうした記述が横浜の歴史解説に膨らみを持たせていることがだんだん分かってきてそれも面白かった。(「裏横浜」 八木澤高明、ちくま新書)
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