goo

チヨ子 宮部みゆき

著者の単行本未収録の短編4つ、中編1つを集めて文庫化した本書。人気作家だけに未収録の作品自体が少なく、こうした文庫化は珍しいとのことだ。内容は、ホラー的な要素の入ったファンタジーSFという感じで、短中編ながら、設定や状況がしっかりつかめないまま終わってしまうというようなこともなく、きちんとストーリー自体を楽しめるのが有り難い。ストーリのアイデアは、類似の話がそれこそいくつでもあるようなありふれたものが多いが、それでも面白いと感じさせるのは、やはり作者の筆力と感性のなせる業という気がする。幽霊といった超自然現象が描かれ、それが解明されないまま終わる話を、ホラーと呼ぶかファンタジーSFと呼ぶかは様々だが、作者が読者を怖がらせようとしている話をホラー、そうでないのをファンタジーSFとすると、本書はちょうどその中間といったあたりになるだろう。(「チヨ子」 宮部みゆき、光文社文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

風の中のマリア 百田尚樹

本書は、単行本で出た時に評判になっていたのだが、何故か読みそびれてしまっていた。今回文庫本になっているのを見つけて、慌てて読んでみた。単行本の装丁ではかなり読み応えがありそうにみえたのだが、文庫本になってみると300ページほどの中篇という感じなのでやや意外だった。本書は、擬人化された寿命30日あまりというオオスズメバチの「マリア」の視点で、晩夏の彼らの生活が語られるというかなり特異な内容の小説だ。ストーリー展開は、ハチの生態を解説した科学書の内容そのものといったところだが、寿命の短い小さな虫にもドラマチックな一生があるのだということを改めて考えさせられる。ハチの視点で書かれているのに、主人公の考えを補足するようなハチの遺伝に関する説明図がでてきたり、主人公の先輩が自分達「働きバチ」の行動を説明する際に、「ゲノム」という単語を連発するのが、(良い意味で)結構笑える。(「風の中のマリア」 百田尚樹、講談社文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

寝ても覚めても本の虫 児玉清

芸能界きっての読書家と言われ、私の好きな「週刊ブックレビュー」の司会者でもあった著者による本にまつわるエッセイ集。追悼ということで本屋さんで平積みになっていたので読んでみた。著者の読書にまつわる思い出は、私の記憶とダブルところが随分多いような気がする。特に、岩波文庫の星の数についての記述は本当に懐かしかった。中学生だった頃の私は、岩波文庫の星の数を数えながら、毎月の読む本を決めていた。星1つだとこれとこれ、星2つだとこれとこれという表を作り、1か月のお小遣いの範囲内で、いろいろ買う本の組み合わせを考えるのが楽しみだった。もちろん、楽しみだったというのは今になって思う感想で、その当時はもっと自由に本が買えたらどんなに楽しいだろうかと考えていたはずだが。その岩波文庫、最初は星1つが50円だったのが、ある日突然70円になり、あっという間に100円になってしまった時の悔しさは今でも記憶に残っている。また本書のなかにでてくる書名も懐かしいものが多かった。本書のなかで「緑のハインリッヒ」について言及されているのには驚いた。確か岩波文庫で3冊か4冊の長編小説で、私の記憶のなかでは学生時代に読んだ本のなかで最も忘れがたい本の1つなのだが、今までこの本を読んだという人に出会ったことがなかった。今では作者の名前すら出てこないほど忘れていたのだが、本書の記述を読んで本当に久しぶりに思い出して懐かしかった。著者の読書の最大の特徴は、海外のミステリーを原書で読むことを喜びとしていたという点だろう。私は、自分の英語読解力のなさを自覚していて、原書で読むよりも訳書で読んだ方が本当の面白さが判ると考える方なのだが、彼の場合は、翻訳本を読みつくしてしまって、新しい本を読むには原書を読むしかなかったのだという。英語力の違いはもちろん脱帽だが、「読みつくした」と言い切れるほどの読書量という方が私には驚きだ。最近読む本のなかで翻訳本はおそらく1割にも満たなくなってしまったが、本書に触発され、何冊か読んで見たい翻訳本が見つかったのは大きな収穫だった。翻訳本が売れなくなっているという昨今、著者の不在は読書好きにとって大きな悲しみだ。(「寝ても覚めても本の虫」 児玉清、新潮文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

誰でも書ける1冊の本 荻原浩

本の帯に6人の連作集と書いてあったので、短編集かと思ったらそうではなく、6人の作家が6冊の本を出すという企画のうちの1冊だった。最近、そういう勘違いが多いようだ。それはそれとして、本書は、主人公による一人称の語りと、臨終の床にある父親の残した小説風の自伝が交互に書かれている。主人公はおそらく団塊の世代。彼らは、日本の高度成長期を支えた親の世代から日本社会を受け継ぎ、安定成長期からバブル期を経て現在までを担ってきた世代だ。当然ながら、戦争に翻弄された親の世代とは大きく異なる体験をしてきた。親の世代とこれほど違う社会に生きた世代というのは、人類の歴史のなかでも珍しいだろう。そうした世代が、親の死を契機に、親の世代について考えるとき、ほとんど何も知らなかったことに慄然とする、その心情が描かれている。その感情は、当然、自分達の世代から次の世代に何を伝えるべきかという思いを強く持たせるだろう。それが、団塊の世代による自叙伝ブームに繋がっている。親の生き様を総括すると同時に湧き上がる感情は自分の生き様をどう総括するかである。6人の作家による連作集の共通テーマは「死様」。自分達の世代をどうやって総括するのかという大きな潮流と連作のテーマを結びつけたその感性はさすが。他の作家の捉え方はどうだろうかと考えずにはいられない。(「誰でも書ける1冊の本」 荻原浩、光文社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

感染遊戯 誉田哲也

著者の姫川シリーズの最新作。但し、主人公は姫川ではなく、これまでの作品に登場した脇役達というスピンオフ的な作品だ。これを読むと、これまでの脇役の人柄などがより鮮明になって、いろいろ面白い。作品の方だが、最初は「短編集」か「連作集」だと思って読んでいたのだが、途中で警察関係者以外の人物の固有名詞がダブっていることに気づき、分量的に半分を占める最後の作品で、全ての作品が完全につながってしまうという構成が明らかになって驚かされる。着想自体は、現実にあった事件からヒントを得ていることはすぐにわかるが、伊藤計劃の「虐殺器官」にも影響を受けているのではないかと思われる部分があり面白い。(「感染遊戯」 誉田哲也、光文社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

閉じた本 ギルバート・アデア

本書はジャンルとしてはミステリーなのだが、普通のミステリーとはかなり趣が違う。主人公のモノローグ、主人公がある青年と交わす会話、主人公が電話で話すその内容、全編がその3つだけで成り立っていて、地の文というものが全くないというのが大きな特徴で、いわばラジオドラマの脚本のような感じだ。分量的には95%以上を占める2人の登場人物よる会話を読んでいるうちに、読者は何だか2人の間のただならぬ関係を予感し始める。しかもその会話の内容の中にも、常識的にはおかしいと誰もが思うようなことが混ざってきて、いよいよ変だと思い始めたところで、明らかになるどんでん返し。読み終わってみるとまあ単純な話だが、読んでいる最中のスリルはなかなか他では味わえないレベルのスリルだと思う。本書のよさは、多くの部分、その翻訳の素晴らしさによっているような気がする。大半を占める2人の会話は、会話を文字にした時にありがちな説明的な不自然さがほとんどないにも関わらず、それでいて話し手が言いたいことが過不足なく伝わるようになっているし、その場にいるような臨場感まで伝わってくる。隠れた名訳だと思う。(「閉じた本」 ギルバート・アデア、創元推理文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

我が家の問題 奥田英朗

普通の家庭のちょっとした波風を描写した軽い読み物という風情だが、予定調和的な結末とか安易なハッピーエンドのようなものを完全に消し去ったようなストーリーには大いに新鮮さを感じた。それぞれの短編の主人公は、ちょっとした出来事に家庭崩壊の不安を感じ、それが少しづつ心の中で大きく膨らんでいく。その不安が杞憂なのか本当の予兆なのかは最後まで描かれない。それでも何とか出口を見出しそうな所で話が終わる。実際の世の中には、この程度の不安の種はいくらでもあるだろう。それだけに本書には、とても深い味わいがあるように思えるのだ。 (「我が家の問題」 奥田英朗、集英社)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

態度が悪くてすみません 内田樹

これまでに読んだ著者の本とは違い、1つのテーマの記述に統一されていない、雑多なエッセイや書評を集めた本書。話がいろいろ変わるので、1つ1つが頭にあまり残らないのが残念だが、何となく著者の考え方のパターンが判ってきて面白かった。中でも、翻訳家を目指す人に向けた文章ということで収録された短文は、信じがたいような著者の体験が吐露されていて仰天した。ここまで本当のことを書ける人というのは本当にすごい。最後に何処に収録(初出)された文章か判らなくなっているエッセイが沢山あって、それをいちいち注釈で書いているのも面白かった。すがすがしいくらいに態度が悪いというのはこういうことを言うのだなと思う。(「態度が悪くてすみません」 内田樹、角川oneテーマ)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

本日は大安なり 辻村深月

著者の作品が現在直木賞候補作になっているが、本書はその前作にあたる。著者の本はこれで3作品目だが、登場人物の心理描写の的確さには作品を読むたびに感心させられる。内容は、4組のカップルの結婚式の顛末を老舗の結婚式場の1日という形で綴ったもので、4組の結婚式の流れとそれを仕切るブライダル・プランナーの語りが時間の流れに沿って交互に描かれ、最後にある事件を通してその5つの話が1つにまとまるというもの。但し、5つの話は、それぞれ別々に語られても普通に成り立つような感じで、しかもそれぞれが大変面白い。また、5つがそれぞれ違った味わいを持っているというのも素晴らしい。おそらくこの作品はすぐにでもTVドラマ化されるだろうと思う。ブライダル・プランナーの体験を取材すれば、この類の話は他にもいろいろありそうなので、多分、全11話の面白いドラマになるだろう。(「本日は大安なり」 辻村深月、角川書店)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

できるかな クアトロ 西原理恵子

なぜこの本を入手して読んだのか良く判らない。読んでから判ったのだが、本書はシリーズものの第4作目だ。シリーズものの途中から読むのは、普通、余程の事情がある場合に限るのだが、「クアトロ」というのを何かの名前だと思い、「その4」という意味だと気づかなかったのが原因だ。と、そんなことはどうでもいいのだが、本書には、いくつも驚かされることがある。まず最初の「できるかな」の3編。マンガに描く題材を取材するのにこんなことまでしてしまうのか、という話が続く。それだけのことをしておいて、漫画を1つ描くだけというのは、絶対に割に合わないだろうと思うのだが、それをやるところに著者らしい覚悟の強さを感じる。その次の「人生一年生」の2編。これらの作品が「小学6年生」に掲載された作品だということには驚かされる。さらに、巻末の解説を高野秀行が書いていること。「できるかな」を含む作品の強烈さを解説できる人というのは、彼のようにごく限られた人なのではないか。そういうことで本書はトータルするとものすごい本だと思う。(「できるかな クアトロ」 西原理恵子、角川文庫)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ふしぎなキリスト教 橋爪大三郎

西洋的な考えがグローバルスタンダードになりつつある今日、近代社会から続く現代社会を理解するために必要不可欠な要素としての「キリスト教」。そうした考えに基づく「キリスト教」の解説本は数多く存在するし、私自身これまでに何冊もくそうした本を読んできた気がする。そうした類書が数多くあるなかで、本書は、キリスト教の日本人には理解しにくい部分に焦点をあてて、対談形式でその理解しにくい部分を解説してくれているところに大きな特徴がある。(毎回途中で挫折してしまうが)新約聖書を通読していると、どうしても腑に落ちない記述に出会うことがある。何を言っているのか判らない場合は、解説書を読めば判るのだが、何を書いてあるか十分理解できた上で、何故こんなことが書かれているのか、こんな話をキリスト教徒は本当に信じているのか、などと思うことも多い。そうした疑問を解消する上で、ここまで助けになった本は本書が初めてであり、それがこの本のすごいところだと思う。ただ1つ残念なのは、対談形式の聞き手役の先生が、良い質問をしてくれるのはいいのだが、頻繁に、途中で自分の意見を滔々と述べだしたり、読者そっちのけで疑問の答えを理解してしまって次の質問に話を進めてしまったりしていることだ。質問の聞き手が、途中で自説を述べだすというのは、通訳をせずに自分の考えを述べてしまう通訳のようで、読み手としてはかなり混乱する。さらに自分だけ判ってしまって次にいってしまうというのは、読者にはある意味迷惑だ。疑問がほとんど解消せずに対談の当事者だけで了解しあわれると、「まだ読者は納得できていないのに‥」とフラストレーションがたまる。そういう部分が3分の1ほどあってやや残念だが、残りの3分の2は本当に面白いので、それもまあいいかなと思う。次は著者の2人が本当に判らない読者の疑問に答える続編を書いてくれれば良いのではないか。(「ふしぎなキリスト教」 橋爪大三郎、講談社現代新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

生物学的文明論 本川達雄

本屋さんで昔のベストセラー「ゾウの時間ネズミの時間」が平積みになっていたので「どうしたのか」と思ってよく見たら、本書が目に入った。著者による20年ぶりの新書が刊行され、その類似本として平積みになっていたということらしい。本書は、最初から最後まで本当に面白かった。最初の章のサンゴとそれを取り巻く動植物の共生のあり方には驚かされるし、その後の生物と水の関係、生物の形やサイズの話なども大変興味深かった。圧巻は、生物のサイズとエネルギー代謝の章で、組織が大きくなるとエネルギー代謝を落とさないと生物は生きていけなくなるというくだりや、変温動物がいかに効率的な生命活動を行っているかというあたりなどは、まさに「生物学的文明論」の真骨頂だ。全編を通じて語られる著者独特の比喩も面白く、その比喩によって生物学者が語る、これまでになかった視点のエコライフのあり方には、説得力がある。最後に、著者の作った?歌が収録されているのはご愛嬌。20年前に鋭い視点から生物というものを洞察しそれを一般人に伝えてくれた著者だが、20年ですっかりひょうきんでちょっと変わったおじいさんになってしまったようだ。(「生物学的文明論」 本川達雄、新潮新書)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )