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2021年のベスト10

今年の読書を振り返ると、読んだ冊数は160冊とさほど多くなかったが印象に残る作品が多かったような気がする。①は、地球の自然環境破壊や南北格差の現状と日本の意識の遅れに目を向けさせてくれた一冊で、文句なく今年一番の成果だったと思う。もう一冊読んだ著者の本も秀逸だった。②の伊与原新は科学的要素をストーリーに絡ませたミステリーの書き手。これまでにもそうした設定のミステリーは色々あったが、彼の作品はこれまでにない重厚さを持っていてこれからも読み続けたい作家だと思った。④⑦⑧⑩は、いずれも今年話題になった作品。⑤は科学ノンフィクション。今年は宇宙に関する本やオンライン講義を随分読んだり聞いたりしたが、本書はそのうちのピカイチの一冊。⑥の青山文平はこれまであまり読んでいなかった時代小説の中にこんな面白い作品があるのかと驚かされた作家。その流れで、10年位積読だった「妻はくノ一」全10巻を読んだので番外にあげておく。

①人新世の資本論 斎藤幸平
②八月の銀の雪 伊与原新
③花殺し月の殺人 ディヴィッドクラン
④スモールワールズ 一穂ミチ
⑤彼らはどこにいるのか キースクーパー
⑥半席 青山文平
⑦テスカトリポカ 佐藤究
⑧元彼の遺言状 新川帆立
⑨無脊椎水族館 宮田珠己
⑩52ヘルツのクジラたち 町田その子

番外編
妻はくノ一シリーズ全10巻 風野真智雄

2010年132,2011年189,2012年209,2013年198,2014年205,2015年177,2016年218,2017年225、2018年211、2019年155、2020年128、2021年163

2020/12/31
読んだ本 2504
観劇など 209
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日本全国津々うりゃうりゃ仕事逃亡編 宮田珠己

普通の観光や息抜きとは違う旅というコンセプトの旅行記。内容は「流氷に乗る」「一番楽そうなルートで本州を縦断」「粘菌を採取する」といった体験型と奇抜なB級スポット紹介、大体この2つに分類されるが、著者の本領が発揮されるのはやはり前者の方だ。途中で石を拾い始めようとしたりエビカニ専門の水族館に立ち寄ったりするのが著者らしくて楽しい。また西福寺の「道元禅師猛虎調伏之図」を見物するくだりがあるが、自分もつい最近その存在を知ったところだったのでその偶然にびっくりした。本書はシリーズ3冊目とのことで、あと2冊をいつでも読めるのが嬉しい。(「日本全国津々うりゃうりゃ仕事逃亡編」 宮田珠己、幻冬社文庫)
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夢の山岳鉄道 宮脇俊三

読書界で静かなブームになっているという山と渓谷社刊行の一冊。自然破壊と交通渋滞に悩む「上高地」の道路を一般車進入禁止にして山岳鉄道を敷設してはどうかという著者のアイデアが大反響を起こしたのをキッカケに、著者が道路から鉄道へ切り替えた方が良いと考える国内外の場所をシリーズで紹介するという内容。富士山、屋久島、比叡山、祖谷渓、蔵王といった定番の観光地が次々と俎上に載せられて、道路による美観や環境面での問題点を鉄道で一気に解決とうたう。鉄道ファンの妄想といってしまえばそれまでだが、鉄道の方が環境や景観に優しいという仮定を正しいとすれば、いずれの主張にもとても説得力がある。鉄道ファンらしい徹底した調査と思考で、鉄道会社の季節ごとの採算、設置する駅の場所、鉄道の種類まで大真面目かつ事細かに言及しているのが何とも楽しいし、さらに実際に完成後の鉄道の風景までがイラストになっていて思わず唸ってしまう。鉄道ファンでない人にもものすごく楽しい一冊だった。(「夢の山岳鉄道」 宮脇俊三、ヤマケイ文庫)
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未来への大分岐 斎藤幸平

本書は著者と現代の哲学者やジャーナリスト3名との対談をまとめた一冊。対談相手の3名は著書がベストセラーになっている著名人らしいが、自分にはその内1人だけ名前を聞いたことがある程度で他2名は全く未知の人物。内容的には、相手の著書を読み込んだ著者が本人に質問を投げかけつつ自分の考えを披露していくスタイルで、どちらかと言うと著者自身の考えの方がくっきりと頭に残る。言わば前に読んだ著者の本を別の観点から整理した上で世界の思想の潮流の中での位置付けを明確にしていくという内容だ。本書では、現在の先進国の思想的根底にある新自由主義が完全に行き詰まっているという認識から出発し、その処方箋として提示されている「相対主義」「ポストモダニズム」「加速主義」などを全く無意味と斬って捨て、さらに修正主義的な社会民主主義や脱成長論でも現在の地球環境問題や南北格差は乗り越えられないと指摘する。その根底にあるのは、急激な技術進歩や情報化社会の矛盾がもたらすシステム、ネットワーク、情報の独占、利潤低下への対応としての搾取という図式だ。著者の前作を読んだ時にも感じたことだが、本書においてもこうした危機感の彼我の差を痛感すると同時に、日本における哲学という学問の発信力の弱さが何に由来するのかを考えざるを得ない。子や孫の代が生きていく世界を思う時、高齢者としてはそのことが一番心配だ。(「未来への大分岐」 斎藤幸平、集英社新書)
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偽りの春 降田天

著者の本は2冊目。前に読んだのは5年前の「このミス大賞」受賞作なのでそれ以来ということになる。その間に著者の本が話題になったといった記憶がないので、もしかしたら寡作な作家なのかもしれない。本書は交番勤務のお巡りさんが主人公の短編集で、そのお巡りさんが事件関係者の言葉の矛盾やちょっとした仕草から真相を暴き出す刑事さながらの辣腕なのだが、謎も多くそれが本筋の事件と絡み合って重厚な展開を楽しめる。読みながら初期の長沢弘樹の作品を思い出した。(「偽りの春」 降田天、角川文庫)
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宇宙の終わりに何が起こるのか ケイティ・マック

宇宙の終わりがどのようなものかという問いについて、最新の宇宙科学の知見を元にいくつかのシナリオを考察した一冊。かなり高度な内容で、途中からただ字面を追うような感じの読み方になってしまったが、それでも色々考えさせられた。今考えられるシナリオは、宇宙が膨張から収縮に転じて潰れるビッグクランチ、膨張の果てに宇宙が希薄化してしまう熱的死、ダークエネルギーの暴走によって全てが破壊され尽くすビッグリップ、ある場所に「真空の泡」が出現してそれに全てが飲み込まれる真空崩壊、収縮と膨張を繰り返すビッグバウンズ、以上の5つとのこと。このうち4つ目以外は可能性としてはあるがあっても100兆年後といった遠い将来の話らしく、4つ目はいつ起こってもおかしくないシナリオだが確率が非常に小さいとのことで、いずれにしても今心配してもしょうがないというのが結論だろう。宇宙論の本を読んでいると、宇宙論には「完全に分かっていること」「おそらくそうだろうと言えること」「全く分からないこと」の3つがあることが分かる。現在の宇宙論の様々な研究は「おそらくそうだろう」というところを「完全に分かっていること」にするためのものが主流のようだが、それの積み重ねで「全く分からない」ところにどこまで迫れるのか、素人目にはとても心許ない気がしてしまう。そもそも、重力と素粒子論の統一、重力そのものの謎といった未解明の大きな壁があって、宇宙の始まりのところが全く分かっていないことの裏返しで宇宙の終わりのシナリオにも決め手がない。読み手としては、理解できないところイコール常識的でないところということで、そこに大きな教訓があるような気がして面白かった。(「宇宙の終わりに何が起こるのか」 ケイティ・マック、講談社)

1:ビッグクランチ──急激な収縮を起こし、潰れて終わる
2:熱的死──膨張の末に、あらゆる活動が停止する
3:ビッグリップ──ファントムエネルギーによって急膨張し、ズタズタに引き裂かれる
4:真空崩壊──「真空の泡」に包まれて完全消滅する突然死
5:ビッグバウンス──「特異点」で跳ね返り、収縮と膨張を何度も繰り返す
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秘境鉄道の謎 風来堂編

「今こそ訪れたいレア路線・駅」というサブタイトルの「全国の珍しい路線」を紹介してくれる本書、サイズが小さいのと白黒なのが残念だが、詳細な地図と写真が満載でとても親切な編集の一冊。掲載された写真では根室本線新内駅近くの「大カーブ」というのがすごかった。大正時代の写真とのことだがこんな写真は見たことがなくかなり衝撃的。その他「鉄道収入よりも食品の売上の方が多い銚子鉄道」「肥薩線のループとスイッチバックの複合区間」「徳島阿佐東線のDMV(dual mode vehicle)」など色々面白い話が多かったが、個人的には「都会を走る特殊な線路」の章の「鶴見線海芝浦支線の外に出られない駅」とか「とさでん交通のトリプルクロス」あたりが特に面白かった。また、大昔に見に行った「余部鉄橋」が現在は使われていないことなど、為になる情報もいくつか得られた。(「秘境鉄道の謎」風来堂、イースト新書Q)
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オンライン落語 三遊亭白鳥 異世界落語居酒屋

広瀬和生プロデュースの三遊亭白鳥オンライン落語会。裏口が現代に通じていて、古典落語の登場人物しか入ることが出来ない江戸時代の居酒屋という不思議な設定の創作落語一席。噺は権助魚という古典落語の改変で自分でも知っているような有名な古典落語を次々とおちょくるという内容で長講ながら軽めの内容。落語以上に聞き応えがあったのは恒例になっている後半の対談。今回はこちらがメインのような感じで、演者の修行時代のエピソード、落語界における古典落語と新作落語の軋轢、先日亡くなった円丈師匠のエピソードなどが満載で楽しかった。
①三遊亭白鳥
 異世界落語居酒屋権助魚ロングバージョン 
②三遊亭白鳥、広瀬和生対談
 
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白樫の樹の下で 青山文平

著者の本はこれで3作目だが、本書を含めてどれもとても面白かった。普段ほとんど時代小説は読まないが、著者の作品は別格という気がする。3作はいずれも江戸時代の下級武士の苦悩や活躍を描いているが、本書では一振りの刀をきっかけに、時代の閉塞感に苦しむ4人の若い武士たちの心の闇がとてつもない悲劇を生み出す。本作は青山文平という作家の事実上の処女作とのこと、心底凄い作家だなぁと感心した。(「白樫の樹の下で」 青山文平、文春文庫)
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オンライン落語 古今亭志ん吉(2)

前回に続いて視聴料が四国のお寺への寄進になるというオンライン落語の第2作目を視聴。演目は前回同様創作落語。「ものいう杉の木」というタイトで、今回も話の中に教訓的な仏教要素を織り込んだ正統派の落語家らしい落語。似たような古典落語があるのかもしれないが、そうでないとしたら演者の才能は只者ではないと思う。機会があればまた別の噺を聴きたいし、その時は是非古典に囚われないものにして欲しいと思った。
◯古今亭志ん吉 ものいう杉の木
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パンダ探偵 鳥飼否宇

ヒトが感染症で絶滅し肉食動物と草食動物が共存して呑気に暮らしている近未来で起こる事件をライガーとパンダの探偵コンビが解決していくというはちゃめちゃな内容のミステリー短編集。一番驚いたのは、2020年5月刊行の本書がその時点で既に感染症で人類滅亡と言い切っているところ。前から暖めていた設定なのか偶然なのかは知らないが、そのブラックさには恐れ入る。ミステリーの謎解き部分は、色々な動物の特性とか動物同士の共生関係などが巧みに織り込まれていて楽しい。最終話の終わり方については続編があるかどうか微妙なところ。(「パンダ探偵」 鳥飼否宇、講談社タイガ)
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落語 白鳥彦いち白酒三人会

前から楽しみにしていた三遊亭白鳥、林家彦いち、桃月庵白酒の三人会。直前に円丈師匠の訃報があったため、演者が枕でそれぞれの円丈師匠との思い出話を語り、白鳥師匠は自身の過去の創作落語を円丈師匠の登場する話にアレンジした噺、彦いち師匠は円丈師匠の創作落語を披露するといった具合で、さながら追悼公演の様相。思い出話の方は色々な落語家が登場する楽屋話、それぞれの落語もそれぞれが持ち味を出していて堪能した。特に白鳥師匠のネタは、円丈師匠を偲ぶ今夜限りのバージョンとのことでまさに一期一会の迫真の内容。正直言って一期一会では惜しい気がした。全てが粒揃いのこれまでに聞いた落語会の中でも出色の会だったと思う。

①桃月庵あられ 金明竹
②桃月庵白酒 お茶汲み
お中入り
③三遊亭白鳥 黄昏のライバル
④林家彦いち 遙かなるたぬきうどん
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中野のお父さんは謎を解くか 北村薫

出版社に勤める女性の古本屋巡りを趣味とするお父さんが、娘が持ち込む大昔の作家や文壇に纏わるちょっとした謎を色々な資料を引き合いに出して解決するという「中野のお父さん」シリーズの2作目。謎と言っても単に説明不足だけという感じの素人にはどうでも良いような謎ばかりなので謎が解明されてもさほど爽快感はないが、それでも次から次へと引用される古本や資料の多様さとそこに書かれた文章を記憶しているお父さんの執念には驚かされるし、ついその世界に引き込まれてしまう。著者は自分よりも少し年配で、時々繰り出されるおやじギャグには苦笑させられるが、それも含めて著者の魅力という感じだ。(「中野のお父さんは謎を解くか」 北村薫、文春文庫)
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きみの正義は 水生大海

「社労士のヒナコ」シリーズの第2作目。前作同様、社会保険労務士のお仕事小説だが、最終話などはミステリー要素の強い内容に進化してきている感じだ。本書でも、労働時間短縮、従業員の配置転換、バイトテロ、介護離職など労務管理の現場で起きる様々な問題に対して企業と一緒になって解決策を探る主人公の活躍が描かれていて、読み進めながらその辺りの知識が身につくのが嬉しい。ネットの普及、高齢社会の深刻化、正規雇用人員の減少といった社会の変化を背景に法律や制度が様々に変化していくなかでの企業の対応のあり方も変化して行かざるを得ない現状、それに対応できない高齢者優先の社会など、色々な問題が頭をよぎった。(「きみの正義は」 水生大海、文春文庫)
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オンライン落語 古今亭志ん吉

視聴料が全て城満寺という四国の禅寺の回廊建設の寄進になるというオンライン落語を視聴。演目は「龍を見た」という落語一席。この企画のために作ったという創作落語だが、短いなかにも色々な要素を含んだとても良い噺で、演者の才能を感じることができた気がするし、噺に出てきた「愛語廻天」という仏教の言葉も勉強になり、記憶に残る一席だった。こうした才能のある落語家には、昔ながらの落語の時代設定や類型的な登場人物に囚われない面白い噺を是非創作して欲しいと思う。この企画、もう一つ姉妹編があるようなのでそれも楽しみだ。
◯古今亭志ん吉 龍を見た
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