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時計泥棒と悪人たち 夕木春央

前に読んで面白かった「方舟」の著者の新刊を本屋さんで見つけたので読んでみた。大正時代の日本を舞台に、そこそこ売れている青年画家とその幼馴染の2人が色々な事件を解決していく連作ミステリー短編集だ。いずれの短編も画家以外の登場人物のほとんどが奇人、変人、悪人ばかりというドタバタ要素の強いのが特徴。奇妙な構造の美術館を建て始めた年老いた富豪、立ち聞きばかりしている家政婦さん、身代金の金額が曖昧な誘拐犯からの脅迫状などに絡んで、意外な結末、どんでん返しが色々仕掛けられていてどれも楽しかった。前作の「方舟」のようなあっと驚く大どんでん返しに比べると小粒な感じだが、短編集としては粒揃いだし、短編毎に色々違った魅力を感じることができるのも読者としてはむしろ有り難い。これからも新作をフォローしていきたい作家だ。(「時計泥棒と悪人たち」 夕木春央、講談社)
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語学の天才まで1億光年 高野秀行

探検家である著者が主に若い20歳代頃の探検について「探検と現地の言語との関わり」という視点で語るノンフィクション。著者の本は何冊も読んでいてどれもビックリしたりハラハラしたりでとても面白かったが、本書もそれら同様あるいはそれ以上にハラハラドドキドキで面白かった。探検をするには現地に行って現地の人とコミュニケーションをしたり協力を要請したりする必要があり、そこで必要になるのが意思疎通のための言語だ。そして探検の質を高めるためには、英語などの第三国の言語や通訳を通じてではなく、直接その現地の言葉で会話することが重要だということになる。著者の「言語は民族そのもの」ということがじわじわと伝わってくるし、言語に関する面白い知見も満載。言語の分類として、語族、語派、語群、語という階層があり、日本語はほぼ単独で一つの語族を形成する「日本語族」ということを初めて知った。また、20以上の言語を勉強して最も学びやすかったのはスペイン語とのこと。母音が日本語と同じ5つで、発音がローマ字読みでほぼ問題なく、例外が非常に少なく、しかも最後がはっきり母音で終わることなどがその理由。自分自身には語学の才が皆無なので苦手意識が強いが、一瞬スペイン語でも勉強してみようかなと思ってしまったほど説得力のある話だった。20代の著者が語学の勉強を続ける中で、マザー・テレサとかジャーナリストの長井氏とか麻薬王パオ・ユーシャンと出会ってしまう話もすごいなぁと思った。(「語学の天才まで1億光年」 高野秀行、集英社インターナショナル)
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あなたはここにいなくても 町田その子

「おばあちゃん」と「九州」の2つがキーワードの短編集。突然届いた一通のハガキ、教わったレシピ、断捨離の手伝いなど、「おばあちゃん」との様々な繋がりが次の世代の人に良い影響を与えるハートウォーミングな物語だ。あまり悪い人やダメ男が登場しないので静かに読める一冊だ。もう一つの「九州」というキーワードも、ストーリーの中で必然性がそれほど強くないようにも思えるが、関西が舞台の話が多く距離感がちょうど良いということか、それとも九州の女性は芯が強いというイメージがあるからか、よく考えるとそれぞれの物語に上手く使われているように感じた。(「あなたはここにいなくても」 町田その子、新潮社)
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成瀬は天下を取りにいく 宮島未奈

久し振りに明るくて楽しい小説を読んだ気がする。閉店間近のデパートに通い詰めたり、M1グランプリに出場したり、丸坊主になったりと、かなり破天荒だが信念を持って色々なことに挑戦する主人公。それを正面から支える幼馴染、距離を置きつつも影響を与え合う友人などが織りなす物語は、これまでに読んだことのないような爽快感と何かに挑戦する勇気を与えてくれる。人間1人の力は微力かもしれないが、それが放つ光によって照らされる周辺へのプラスの効果は大きいはずという信念が著者の文章には溢れている気がした。続編を期待したいが、是非このまま明るい内容で続けて欲しい。(「成瀬は天下を取りにいく」 宮島未奈、新潮社)
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旅するカラス屋 松原始

最近立て続けに読んでいる著者の本。本書は著者のカラスを求めて日本全国、海外各国を巡る旅の経緯が克明に語られる。内容は、①カラスに関する学術調査 ②鳥類研究者の集まりである国際学会 ③純粋にカラスの姿と生態を見るための私的旅行という3章立てだが、全て「カラス」に特化した著者らしい内容の一冊だ。読んでいて思うのは、旅の経緯が出会った鳥やその動きなどが実に克明に描写されていること。これは記憶だけでは絶対に無理だと思うので、多分細かな記録をメモしているのだろう。純粋な私的旅行でもそうする研究者魂に脱帽だ。また素人としては、時々カラスの鳴き声を聞くことはあるが、それがどういう種類でどのような動きをしているかなど気にしたこともないし、多分意識的にしっかり見たとしてもその動きの環境に照らした意味とかを理解することは不可能だ。それを世界中の研究者の論文や自分自身の感覚を頼りに推論していく様はプロの技そのものだ。カラスを見つけて大喜びしている記述を読むたび、自分の好きなことを職業にすることの強さや楽しさを感じることができる。なお、これだけ世界各国をカラスだけを目的に旅をしていても、実際に目にしたことのあるカラスは世界に生息する40種のうち10種前後だという。カラスというものの奥深さは正直すごいなぁと感じた。(「旅するカラス屋」 松原始、ハルキ文庫)
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ムラブリ 伊藤雄馬

知人に勧められて読んだ一冊。タイ北部の少数民族ムラブリを研究対象としている言語学者のエッセイ。現時点でムラブリ語を使用するのは500人ほど、消滅の危機に直面する「危機言語」とのことで、著者がその言語を後世に伝えるべく奮闘する様が描かれている。この言語は、使用する人が少ないだけでなく、文字を持たない、人柄がシャイで外部の人間に対する警戒心が強いといった特徴があるため、その研究は困難を極める。また、それが何の役に立つのかという根本的な問題もあって読んでいて、言語学というのは大変だなぁとつくづく感じた。また、この言語には、過去形や未来形がない、「持つ」と「ある」が同一語、上という言葉が否定的な意味を持つ、数が4までしかないなど、他の言語には見られない際立った特徴がいくつもあり、著者はそうした特徴を通じてこの言語を使用するの人々の生活や価値観を浮き彫りにしていく。面白いのは、そうした研究を通じてこの言語を操れるようになった著者が、ムラブリの民の価値観に惹かれてムラブリ特有の身体性を獲得し、さらに自らの生き方を変えていってしまうという話。言語学の奥深さと言語の持つ力を教えてくれるような内容だった。(「ムラブリ」 伊藤雄馬、集英社インターナショナル)
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牧野富太郎の植物愛 大場秀章

書店に行ったら、放映中のNHK朝のTVドラマの主人公「牧野富太郎」の関連本のコーナーがあったので、一冊試しに買って読んでみることにした。著者は富太郎の孫弟子のような立場の植物学の研究者で、内容は富太郎の生い立ちから研究者として自立するまで、その後の研究業績などの解説。面白かったのは、生物学としての植物学と本草学との違いで、様々な植物の共通点から普遍的な特徴を考察するのが植物学で、多様性を可視化して知見を得ていくのが本草学とのこと。この基準で言うと、富太郎は「本草学に情熱を燃やした植物学者」という位置付けになるらしい。また富太郎は生涯で1000種以上の新種を発見したそうだが、それよりも著者が注目するのはその画力。植物の図版には、①標準的な株を選定する ②季節毎の変化を捉える ③生きたままの状態を描写する、という3つの重要な点があり、それら点で富太郎の図版は非常に優れているという。富太郎の生涯には、大学に入った時や辞職した時などに若干の謎が残されているとのことだが、素人にはまあどっちでもいいやという感じで、スッキリ読み終えた。(「牧野富太郎の植物愛」 大場秀章、朝日新書)
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東大に名探偵はいない 市川憂人他

著者全員が東大出身、かつ東大を舞台にしたミステリー6編が収められたアンソロジー短編集。作家名を見ると、6人中3人が書評誌でミステリー新時代到来の旗手として取り上げられている注目若手作家という豪華な顔ぶれ。多分編集者が最近の注目作家に東大卒が多いことに気付いて企画したような感じだと思う。自分としてはその3人とも去年あたりから読み始めてすごいなぁと思った作家だし、他にも大好きな科学ミステリー作家の伊与原新の未読作品を読めて楽しい一冊だった。アンソロジーのテーマの関係でミステリーの舞台・登場人物は皆大学・大学生だ。学生の思考や学生生活の雰囲気は自分が学生だった40年前とさほど変わっていないなと思う部分も多い一方、昔と違って一番驚いたのは本人が入試の点数を開示請求できてそれを郵便で送ってもらえる制度があるという話。東大のHPを見ると確かにそのような制度があるらしい。試験は水ものだから努力の結果が点数に完全に反映されないこともあるだろうし、今の若者は色々と大変だなぁと思った。(「東大に名探偵はいない」 市川憂人他、角川書店)
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答えは市役所3階に 辻堂ゆめ

書評誌で次世代の注目ミステリー作家と紹介されていた著者の作品を初めて読んでみた。ある市役所がコロナ禍の緊急事態宣言で様々な影響を被った人々向けの相談窓口を設置、様々な人がその相談所を訪れて自分の悩みや苦境を語るという連作短編集だ。ミステリー作家ということなので、相談を受けた市の職員である主人公が見事に悩みを解決していくのかと思ったら、あくまで主人公は相談に来た人の話の聞き役に徹し、悩みを抱えた本人が自分のことを話すうちに思いを整理し解決策を見出していくためのわずかなヒントを提供するという展開。悩みに悩んだ状況は、ちょっとそれを聞いただけの他人にが解決策を提供できるほど浅いものではないということだろう。本書の面白いところは、相談に来た人達が立ち直る道筋を見つけたところで終わりではなく、その後に本人が相談員に語らなかった、語れなかった事実を主人公が推理していく後日談のような部分。仕事の機会が減りホームレスになった男性の話では、主人公がその男性が語らなかった彼の職業を推理する。コロナがこんな職業にも影響を与えているんだなとびっくりしてしまった。(「答えは市役所3階に」 辻堂ゆめ、光文社)
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渡り鳥たちが語る科学夜話 全卓樹

著者による科学夜話シリーズ第2巻。第1巻がとても面白かったので早速続巻を買って読んでみたが、こちらも期待通りの面白さだった。このシリーズを読んで感じるのは2つの面白さだ。まず一つは、あまり知られていないような科学史のエピソードに出会えること。本書でも、後にデーモンコアと呼ばれるようになった東京に投下される予定だった原子爆弾が戦後にもたらした大きな悲劇、放射性元素の分析から明らかになった太古の昔に天然の原子炉が存在していたという話など、こんなすごい話なのに今まで全然知らなかったのは何故だろうと思うような科学史の逸話がいくつも出てくる。もう一つの魅力は、人文科学と理科系の科学の接点のようなものを感じさせること。本書では、シミュレーション仮説や無限連鎖世界に関する考察とか、インターネット世論の社会物理学の話などがそれに当たる。こういう面白い話がまだまだ世の中にたくさんあるのかどうか、とにかく自分が無知であることに気付かされ刺激されるシリーズだ。(「渡り鳥たちが語る科学夜話」 全卓樹、朝日出版社)
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レモンと殺人鬼 くわがきあゆ

初めて読む作家。2023年の「このミステリーがすごい大賞」の文庫グランプリ受賞作品とのことで読んでみた。話の大筋は、過去の殺人事件の被害者家族である主人公が、再び殺人事件に巻き込まれたことをきっかけに様々な協力者に助けられながら事件の真相究明に奮闘するというもの。しかし、登場人物が主人公や協力者も含めて皆何か裏がありそうで、ハラハラの連続だ。人格破たん、歪んだ性格、悪意のオンパレードでリアリティーに問題があるような気もするが、ある意味今の社会の実相を反映しているような気もする。解説によると著者は現役の高校教師とのこと。多分、作家名はペンネームだと思うが、ペンネームじゃなければ無理じゃないかというくらい、作家の勇気を感じる一冊だ。。(「レモンと殺人鬼」 くわがきあゆ、宝島社文庫)
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第四の暴力 深水黎一郎

多分この小説に書かれていること全部が本当ではないのだろうが、時々暴露されて話題になる、TV番組に横行するやらせ、あまりに無神経で気分の悪くなるようなドッキリ番組、企業としてのブラック体質、政治との癒着など、日本のマスコミの暗部に焦点を当てた連作短編集。3つの連作短編は、最初の一編でマスコミの非道に端を発した事件がまず描かれ、その後の2編がその後の違った未来を描くという構成。自分の好きなTV番組もやり玉にあがっているが、うすうす感じていたことだなぁと共感せざるを得ない部分も多かった。著者ならではの諧謔たっぷりで、自戒を込めて読み終えた。(「第四の暴力」 深水黎一郎、光文社文庫)
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回樹 斜線堂有紀

著者の本は2冊目。帯には「著者初のSF短編集」とあり、前に読んだミステリー作品とはかなり印象の違う内容。死体を飲み込む物体が突如出現したり、骨へのタトゥーが流行する社会だったり、100年経つと名作映画が上映禁止になる世界だったり、人種差別が激しかったアメリカで緑色の肌の宇宙人が登場したりと、奇想天外な着想から動き出す物語は、何故かものすごく説得力がある。ミステリー、SFと幅広いジャンルの作家という感じだが、前に読んだミステリーと重ね合わせて考えると、この作家の作品には色々な角度から「死」というものを見つめ直すという共通点があるように感じた。まだ未読の作品も多いのでこれからが楽しみだ。(「回樹」 斜線堂有紀、早川書房)
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カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは凶暴、イルカは温厚って本当か? 松原始

多分これまでに読んだ本の中で最も長いタイトルの本だと思う。著者の本は、色々な動物学の知識が学べるという即物的なメリット以上に、とにかく随所で笑える文章満載というのが魅力だが、おそらくこのタイトルも著者のそうしたウケを意識した遊び心の結果だと思われる。内容は、いつも通り様々な動物の生態の啓蒙書で、自然界には面白い生物がいるなぁ、皆んな頑張って生きているなぁという感じだが、そうした記述の中で首尾一貫しているのは、動物を人間の尺度で判断したり擬人化してしまうことへの警告、自然界と向き合う時に固定観念を持つことへの戒めで貫かれていることだ。なお、本書の前に読んだ著者の本は全く図版が無くて生物の名前が出てくるたびにネットで画像検索しなくてはならず閉口したが、本書も一応少し図版が掲載されているもののやはり数ページに一度は読書を中断して画像検索しなければならなかった。特に、コモリガエルの不気味さ、アオミノウミウシのフォルムの美しさ、コトドリの羽飾りの奇抜さなどは、画像を見てこんな生物がいるのかと心底驚いた。(「カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは凶暴、イルカは温厚って本当か? 松原始、ヤマケイ文庫)
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異分子の彼女−腕貫探偵オンライン 西澤保彦

書評誌で取り上げられていた一冊。知らずに購入してしまったが、本書は、市役所の相談窓口の職員が市民の困り事や悩み事をスッキリ解決するという安楽椅子探偵のような体裁のコンセプトで10年以上続いている人気ミステリーシリーズの最新刊だった。これまでのシリーズ作品を全く読んでいないので、設定などが分からなくて大丈夫かと読む前は少し心配だったが、コロナ禍でオンライン窓口に変更されていたり、これまでに登場したワトソン役のような脇役が全く登場しないなど、設定や枠組みが一新となったらしく、これまでのシリーズ作品未読ということを全く気にしないで最後まで読むことができた。内容については、市役所の相談窓口に持ち込まれる事件なので軽い日常の謎かと思ったら、収録された3つの事件とも複数の死者が出る凄惨な殺人事件。しかも事件はいずれもかなり複雑怪奇かつ猟奇的だし、大半の部分が相談者の目線で語られていていて情報が限られているので、相談者が犯人ではないということくらいしか拠り所がないという難事件ばかりだ。少し積み残された謎があるように思えるし、犯人の不可解な行動について「パニック状態だった」で済ませてしまっているところもあるが、推理の見事さと真相の意外性抜群のエンターテイメント小説だった。(「異分子の彼女−腕貫探偵オンライン」 西澤保彦、実業之日本社)
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