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庶民に愛された地獄信仰の謎 中野純

本書を手にとってまず目につくのがおどろおどろしい口絵写真。冒頭から面白い写真が満載で、それを見ているだけで作者の言いたいことがかなり伝わってくるような気がする。本文を読む前のつかみとしてかなり秀逸だ。これだけ面白い口絵を見せられると、文章の方がそれ以上に面白くないと収まりがつかないのだが、文章の方もその期待に十分こたえてくれている。但し、本文になると、とたんに記述に対応した写真がほとんど掲載されなくなってしまっており、不親切極まりない。この本の主人公である「奪衣婆」や「閻魔様」の外見上のバラエティの多さが一つの面白さなのにそれがどのようなものなのか写真がないことが多くて、何度もいらいらさせられた。読んでいると、著者のこの分野に関する博識振りと徹底した取材振りに関心させられる。今まで全く知らなかったが、こんな世界があったのかと驚かされ、こうした失われつつある民間伝承に目をつけた着眼点のよさとかにも驚かされる。最近、今の日本が、便利さや効率というものを重視するなかで、失ってきたものを見直そうという動きがあるが、ここに描かれた世界もそうした失われたものの1つだ。しかも、ここまで忘れ去られたものも珍しいかもしれない。本書を読んでいると、過去の見直しといっても、どこをどう見直せば良いのかすら定かでなくなるという不安が頭をよぎる。それにしても、文章の中で、何の注釈もなく「ネゴシックス似の閻魔様」という記述があって、心底驚いた。「ネゴシックスってそんなにメジャーだったか?」「もしかしたら私が知らないだけでネゴシックスというのは他の意味があるのでは?」などと真剣に悩んでしまった。(「庶民に愛された地獄信仰の謎」 中野純、講談社プラスα新書)

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舟を編む 三浦しをん

辞書を編纂する人の話。多くの書評で絶賛されている。そもそも書評を書く人は、ある意味何らかの形で、出版という世界の関係者である。従って、こうした同業に近い人の話であるとか、出版業界に関連したミステリーなどの書評は、傍目で見ていてどうしても甘くなり勝ちなき駕する。ブロードウェイのミュージカルで評判になった作品にダンサーの話とかが多い気がするのと同じようなものかもと思ったりする。話の内容は、書評で絶賛されているほどには感動する場面もなく、何か所かいいなぁと思う場面もあったが、総じて無難にまとめてあるといった印象だ。著者には、「職業シリーズ」というのがあり、目立たない職業人の話を興味深く読ませてくれるということ。本書もそうだが、目の付けどころが良いことは確かだ。(「舟を編む」 三浦しをん、光文社)

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館島 東川篤哉

久しぶりに100%純正の「本格ミステリー」を読んだ気がした。松本清張らによる「社会派ミステリー」のアンチテーゼとして提示された往年の「本格ミステリー」ブームを今一度ということ出版社によって企画された作品の1つらしい。孤島、嵐による外界との孤立、奇妙な形の建物といったお決まりの設定には、正直言って「全部がパロディなのでは?」などと思ったりしたが、作者は最後の最後まで真剣に「本格」もので押し切ってしまっている。それだけ、最後の奇想天外のトリックに自信があったということなのだろうが、奇想天外さを競いすぎて醜悪な作品に落ちて行った本格ミステリーという誹りは免れない気がする。本書は、作者には珍しい味も素っ気もない題名が示すように、作者独特の「笑い」はお飾り程度に留まっている。それでも確かに作者の作品とわかる全体の雰囲気は、登場人物のキャラクターのせいだろう。時代設定が1980年代になっている謎も、最後のトリックと大いに関係があって、そのあたりしみじみした叙情性が、この作品の救いになっている気がした。(「館島」 東川篤哉、創元推理文庫)

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想い雲 高田都

女料理人を中心とする江戸下町の人々の暮らしと料理の薀蓄を柱とする人情話を綴った「みをつくし」シリーズの第3弾。様々な苦境を自分の料理の腕と頑張りで乗り切る主人公の姿を温かく描いた読み物で、主人公の奮闘振り、成長振りに一喜一憂できて楽しめる。1つ1つの話は面白いし、主人公以外の人物への思い入れも強まってきて、次の展開に対する期待感も膨らんでくるのだが、やはり3冊目ともなると、話として少しマンネリ感がでてくるし、読む側としても新鮮味が感じられなくなってきてしまう。シリーズものとしては、次あたりが転機というか、何か大きな展開が期待されるところだろう。(「想い雲」 高田都、ハルキ文庫)

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ファントム・ピークス 北林一光

何気なく読んだ本だが、読み始めると、ミステリータッチの展開にどんどん引き込まれていく。そのうちミステリー部分の真相は大体見当がついてきて、それで終わるかと思っていると中盤からハラハラドキドキのサスペンスに変貌。それでいて両方が中途半端でなく、最後までハイテンションで読ませてくれた。話の展開も、変に現実的にちまちまとしておらず、思いっきり大事件にしているところに好感がもてた。こういう本にたまたま出会うと嬉しくなる、そんな典型のような本だった。(「ファントム・ピークス」 北林一光、角川文庫)

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ぜんぶの後に残るもの 川上未映子

女性作家のエッセイ集はほとんど読む機会がないのだが、本書は書評誌で「3.11」で作家が何を考えたのかが書かれていると紹介されていたので、読むことにした。日本人に、1人1人濃淡はあるにせよ、様々な影響を与え続けている「3.11」。読者としての私にも様々な変化があったと実感しており、それならば書き手側にはどのような影響を与えているのかを知りたいと思ったからだ。震災後に考えたことを綴った文章は、最初の数編だけだが、やはりそれらを読むと、その影響の大きさや多様さを改めて思い知る思いだ。震災後に使われた「逃げ出す」という言葉への違和感といった文章は、作家ならではの言葉への感覚が現れている。また、震災とは関係ない文章のいくつか、例えば「ストレス」に関する文章や「本田△」の意味など、大変く面白い文章があったりして、全編に亘って堪能できた。棚にはこういうエッセイを何気なく読むのもいいかなと思った。(「ぜんぶの後に残るもの」 川上未映子、新潮社)

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万能鑑定士Qの事件簿Ⅴ 松岡圭祐

今回は、主人公がパリに鑑定修行に出かけた先で起きた事件を扱った物語。修行の身、舞台が外国ということで、これまでの作品に比べると、超人的な鑑定能力を披露する場面は少ないように思われるが、このように舞台を変えたりすることで、マンネリ化を避けているのだと思われる。主人公が鑑定士になる前のことをよく知る人物を登場させているのも同様の工夫の1つだろう。今流行の咳のでる風邪にかかり、昨夜から寝たり起きたりで過ごしているが、そんななかでも楽しめる軽い読み物として面白かった。(「万能鑑定士Qの事件簿Ⅴ」 松岡圭祐、角川文庫)

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水底フェスタ 辻村深月

書評誌で、「著者の転機になるかもしれない画期的な作品」としてフルマーク(5つ星)がつけられた作品で、期待して読んだが、書評通り、これまでの著者の作品とはややイメージの異なる、我々が普通に暮らしている地域社会の裏に潜む暗い部分を徹底的に抉り出すような怖い作品だった。内容的にもかなり衝撃的で、ミステリーファンとしては、衝撃的な部分は簡単に予想できてしまったのだが、それでも「やはりそうだったのか」と判ったときの衝撃はかなりのものだ。社会の変化にへの抵抗とかそれを助長する閉鎖性への痛烈な批判として読むことも可能だが、そうした恐ろしい話が、社会性の問題ではなく人間が本来的に持っているものとして描かれているのが恐ろしさの根源にあるような気がする。最近こうした暗い話なるべくを読まないようにしてきたので、唐突にこうした話を読むと何だか落ち着かなくなってしまう。(「水底フェスタ」 辻村深月、文芸春秋社)

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ビブリア古書堂の事件手帖2 三上延

第1巻と同じく、古書に関する謎解きと薀蓄がメインの短編集だが、それぞれの話に必ずひとひねり、ふたひねりがあって面白い。また、古書に関する薀のも方も、いろいろバラエティがあって楽しめる。本書の最後に著者の作品一覧が掲載されていて、その数の多さに驚かされた。しかも、すべて100%ライトノベルと判る題名ばかりが並んでいる。要するに、この作者はその世界では結構有名なのだと思われる。以前、これからはライトノベル出身の作家が活躍しそうだということを書いた気がする。この作者がそれに該当するかどうか定かではないものの、ライトノベルで文章を磨き、実績を積んでから普通の小説へという才能がこれからもまだまだ出てきそうな気がする。(「ビブリア古書堂の事件手帖2」 三上延、メディアワークス文庫)

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暴力団 溝口敦

ベストセラーの1位になっている新書。著者がまえがきで「怖いものみたさの読者大歓迎」と書いてある通り、私のような興味本位の一般的な読者が知りたいと思うようなことを丁寧に解説してくれているのが良い。こうした特殊な世界の解説を書く場合、対象に近づかなければ本当のところが書けないし、余り近づきすぎても公平性を欠いた内容になってしまう。たいていの本はそのあたりの匙加減の難しさを感じてしまうことが多いのだが、本書は何故かそのような葛藤をほとんど感じさせない自然な書き方になっているのがすごい。内容では、世界各国の犯罪組織の凶悪性の比較、日本の最近の潮流である「半グレ組織」の実態などが特に面白かった。(「暴力団」 溝口敦、新潮新書)

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晩年計画がはじまりました 牧野修

書評本に「イヤミスの傑作」とあったので、読んでみた。最近(3.11以降)こうした「イヤミス」にはなかなか手が伸びないのだが、書評に後押しされた形だ。謎も面白いし、展開も面白いのだが、最後の結末はややおざなりで物足りない感じがした。読み終えて作者の「あとがき」を読んだら、この作品の執筆中に「3.11」が起こり、どうしても「イヤミス」を書き進める気になれず、一時執筆の中断を余儀なくされてしまったというようなことが書かれていた。執筆を再開して、結局当初の予定通りのストーリーで書き終えたとあったが、最後のところの物足りなさは、そうした執筆の経緯が影響している気もする。3.11は、やはり暗すぎる話、救いのない話というものについて、読み手側だけでなく、書き手の方にも大きな影響を与えているのではないかと思われる。(「晩年計画がはじまりました」 牧野修、角川ホラー文庫)

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花散らしの雨 高田都

「みをつくし料理帖」シリーズの第2弾。読み進めるごとに登場人物の個性が際立つとともに、魅力的な新しいキャラクターも登場してきて、ますます面白い。上方と江戸の食文化の違い、主人公の住む長屋の住民たちとの人情話、謎のお侍、主人公の営む料理店と大店との確執、幼馴染との邂逅などなど、核となるストーリーもバラエティに富んでいて飽きさせない。軽い読み物であることには違いないが、本当の悪人はほとんど登場しないので、安心して楽しめるのが気持良い。(「花散らしの雨」 高田都、ハルキ文庫)

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はやく名探偵になりたい 東川篤哉

烏賊川市シリーズの最新刊で、著者の本としては、「謎解きは‥」以来の短編集。著者の短編は、2冊ともミステリーの質も高いし、さっぱりしていて面白い。本書の最初の短編などは、人を食ったような脱力系のストーリーだが、今までになかったような素晴らしいアイデアが盛り込まれていて、びっくりさせられる。本書の刊行に際しては、「謎解き‥」が本屋大賞を受賞してブレイクした直後いうことで、期待が大きく、プレッシャーも大きかったはずだが、文句なくその期待に応えた1冊だと思う。この1か月程、著者の本を集中的に読んできたが、これで最新作を含めてほぼ一段落だ。後はこれから出る新刊を待つことになるが、息抜きの読書にぴったりだった著者の本がしばらく読めないのは、かなり寂しい。(「はやく名探偵になりたい」 東川篤哉、光文社)

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真夜中の探偵 有栖川有栖

著者の本格推理小説ものは昔よく読んだ記憶がある。たまたま立ち寄った本屋さんでサイン本として置いてあったので、懐かしい気持ちもあって読むことにした。読んだ感想は複雑だ。まず驚いたのは、本書がいわゆる「パラレルワールド」ものだということだ。舞台は「平成22年」ではなく「平正22年」。北海道が日本から独立したことになっていたり、京都に原爆が投下されていたりしている。最後まで読んだが、作者がなぜそういう設定にしたのかは、結局判らなかった。壮大な物語の一部ということなのかもしれないが、その壮大な架空の世界をもっと知りたいと思わせるような魅力もあまり感じられなかった。一応ミステリー要素はあるものの、いかにも陳腐で説得力がない。まさか、説得力のなさを覆い隠すために現実とは違う世界を構築したのではないとは思うが、そう感じてしまうほど話自体がドタバタしている。最後に何も解決しないままで、読者にどうしろというのか。シリーズものということなので、もう1冊読んでから判断すべきなのだろうが、もう1冊読む気にもあまりなれず、複雑な思いだ。(「真夜中の探偵」 有栖川有栖、講談社)

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殺人鬼フジコの衝動 真梨幸子

本書の帯に「あとがきまでがラスト」とあるのが気になって読んでみた。確かに、最後のあとがきで明かされるいくつもの事実は、300ページを超える本文のかなりの部分の見方をひっくり返してしまうような内容で、もっと正確に言うと、最後の「あとがき」の次のページまで読まないと、真相が判らない仕組みになっているので驚かされる。但し、本文のストーリー自体は、まあ面白いという程度なので、読んでいても、どうしても帯で予告された大どんでん返しが気になってしょうがなかった。この帯の文句は、ある意味、トリックをばらされるよりも罪深いような気がする。(「殺人鬼フジコの衝動」 真梨幸子、徳間文庫)

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