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緋色の残響 長岡弘樹

シングルマザーの女性刑事と中学一年生の娘が主人公のミステリー短編集。ここで扱われているのは、その娘が事件の重要な目撃者になる事件、娘の担任の先生が殺されてしまう事件、娘が通っていたピアノの先生が絡む事件、娘の同級生が被害者の殺人未遂事件など。ひとりの中学生の周りでこれだけいくつも凶悪事件が起こるのはいくら何でも不自然だとは思うが、それぞれの事件に潜む人間心理や事件解明の手がかりの面白さを考えると、そんなことはどうでもよくなってしまう。短編集を読む場合にそれぞれの短編を楽しめば良い、全体としてちょっと不自然などということは考える必要はない、そうした短編集の当たり前の読み方を教えてくれる一冊だ。(「緋色の残響」 長岡弘樹、双葉社)
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この落語家を聴け 広瀬和生

先日読んだ「この落語家に訊け」と同じく10年ほど前に刊行された落語の解説書。著者の履歴には「落語の専門家ではない」と書かれているが、1年間に1500席も落語を聴いていると自分で書いているから、ほとんど毎日寄席や落語会に通っている勘定になり、本職よりも時間と体力を落語に向けているのだろう。本書は落語家個人に焦点を当てて、落語の聞き方、楽しみ方を解説してくれている。落語は演目ではなく演者を選んで聞くものだとか、落語の醍醐味は落語家の個性と聞く方の好みのぶつかり合いだといった著者の意見は、自分の実感とよく合致している。そもそも落語を聞きに行くと話が始まるまで何が演じられるかわからないのが普通だし、落語は面白いと感じるものと面白くないものの振れ幅が大きくて、聴いていて面白いかどうかも主観の要素が大きい気がする。自分自身は、古典落語に全く面白さを感じないのでもっぱら新作落語中心の落語家の落語会ばかり聞きに行っているが、本書を読んで、コロナ危機が鎮静化したら聞きに行く落語会などの範囲をもう少し広げてみても良いかなぁと思った。(「この落語家を聴け」 広瀬和生、アスペクト)
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掟上今日子の設計図 西尾維新

「忘却探偵」掟上今日子シリーズの最新刊。ネット動画で地方美術館を爆破すると予告する犯人との頭脳戦という内容だが、犯人は誰か、犯人の動機は何か、仕掛けられた爆薬の場所はどこかという3つの謎が絡み合って事態は二転三転、面白く読ませる。中でも一番驚いたのは三番目の謎。解き明かされた真相については、これまでのシリーズ作品に比べて悲しい犯人というニュアンスが強く、シリーズの方向性が少し変化しているようにも感じられた。(「掟上今日子の設計図」 西尾維新、講談社)
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バカのものさし 養老猛司

著者が子ども相談室の回答者になって、「ゲームばかりしているとバカになりますか?」「どうして夢を見るのですか?」といった子どもたちの素朴な質問に著者が答えるという形の啓蒙書。ゲームに関する質問に対しては、便利になりすぎた社会や自然との関わりの希薄化といった流れから子どもの親たちへ意見する。夢に関する質問に対しては、夢は毎日見ているが忘れているだけとか、夢は平均して7日前の体験に関連していることが多いといった科学的な薀蓄から子どもたちにも分かりやすく解説してくれる。バラエティに富んだ内容で、著者自身が回答を楽しんでいるのがよくわかる楽しい1冊だった。(「バカのものさし」 養老猛司、扶桑社文庫)
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クスノキの番人 東野圭吾

何も知らせられないまま、ネットでパワースポットと評判のクスノキの「番人」となった主人公が、少ない手がかりを頼りにそのクスノキの謎に迫っていく物語。読者は、その主人公と同じ情報、同じ目線で少しずつその謎を理解していく。派手な事件もなく、強烈な個性を持った人物が登場しないにもかかわらず、ここまでスリリングな物語を紡ぎ上げる著者の文章と構成力に終始圧倒される。著者の数多い作品の中でも特に印象に残る1冊だった。(「クスノキの番人」 東野圭吾、実業之日本社)
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夫のトリセツ 黒川伊保子

読む順番が逆になってしまったが、トリセツ3部作の第2作目。今回は男性脳の特性から男女がうまくやっていく方法を解説するという内容で、ちょうど女性脳の特性を扱った第1作目の逆のような感じだが、それぞれの特性を考える際に基準になるのが男女の違いなので、結局は同じことを言っているとも言える。それでも、二番煎じという感じがしないのは、著者の例示が多彩で面白いからだろう。三部作を全部読んで、だいぶ分かってきたというか、自然に男女脳の違いからくる日々の生活の注意点が身にしみてきたように感じた。(「夫のトリセツ」 黒川伊保子、講談社α新書)
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デトロイト美術館の奇跡 原田マハ

セザンヌが自身の妻を描いた肖像画を巡って起きた奇跡の物語。100ページくらいの中編。「たった一枚の絵がデトロイト美術館の危機を救った話」というとすごい奇跡のように思えるが、実際は一枚の絵というのは他の絵でも全然構わない象徴的なものだし、危機というのも財政危機でそれを救ったのが市民の寄付というアメリカあたりではかなりありふれたもの。しかもてっきり実話を元にしているのかと思ったら、登場人物のほとんどが実在ではない人物とのこと。良い意味ですごい著者の力量を再確認した一冊だった。(「デトロイト美術館の奇跡」 原田マハ、新潮文庫)
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119 長岡弘樹

警察小説の名手による消防士小説。新境地を拓く作品の匂いがして大きな期待を持って読んでみた。消火、救急、救助と色々な役割を担う消防士が、訓練や現場を通じて様々なノウハウを習得していく様、過酷な現場に立ち向かう生身の人間として苦悩する様などが克明に描写された短編が並ぶ。救急、消火、救助の知識がミステリーの謎の解明に大きく関わってくるという構成も著者の教場シリーズに似ていて、色々為になったり考えさせられたりの連続だ。新しいシリーズの始まりという感じがして期待が高まる一冊だった。(「119」 長岡弘樹、文藝春秋)
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この落語家に訊け 広瀬和生

落語家9名に、落語家になったきっかけ、師匠との関わり、日々の心がけ、演目に対する思いなどを聞いたインタビュー集。ちょうど10年前に刊行された本。10年前の落語界のことをよく知らないので、どういう人選なのかはよくわからないが、落語を古典芸能として師匠の演じたものを忠実に再現するだけの落語家ではなく、創作落語や古典落語を大きくアレンジして演じたりしていた落語家が選ばれたようだ。10年経った今も人気の落語家が並んでいるので、この10年の流れは、そうした落語家が牽引してきたということなのだろう。インタビューの内容については、「あの時の○○という演目は良かった」などと見ていない人には何のことだか分からないものとか、落語の内容を知らないと質問の意味そのものが分からない質問とかが多くて多少イライラする部分もあったが、それでもこの落語家のこのお題を聞いてみたいという気になる情報満載で、これからの落語鑑賞の手引きになる情報がたくさん得られたので良かったかなと思う。(「この落語家に訊け」 広瀬和生、アスペクト)
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2020年本屋大賞

2位に予想した「流浪の月」が今年の本屋大賞に決定したとのこと。大賞を予想した「夏物語」は第7位。3位から6位まではいずれも強く印象に残った作品ばかり。個人的には、本屋大賞ノミネート作品を読むという方法が非常に役に立つというか読書の指針として非常に有難いものだということが心に残った結果だった。
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とり研の空とぶ事件簿 鳥飼否宇

大学の動物生態学の鳥類教室を舞台にしたコージーミステリーの短編集。何の予備知識もなくネットで購入。一つ目の短編を読み終え、二つ目を読み始めたところで「何だか似たような作品を読んだことがあるなぁ」と感じたので、前に読んだことのあるシリーズ作品の続編かもと思い、巻末の解説を見ようと思ったが解説はなし。その代わりに、「本作品は『ブッポウソウは忘れない』を改題」という表記を見つけてびっくり。要するに既視感の正体は本作品が4年前に読んだ本を改題して文庫化されたものだったということ。ネットでたまたま見つけて購入、文庫化にあたって全く違う題名に改題、しかも短編集なのでネット上の作品紹介文はストーリーではなくシチュエーションのみという色々な要素が重なって、同じ本を読み始めてしまい、しかもストーリーが大きな事件がない軽い内容のものだったので、短編をひとつ読んでも既読の事実に気がつかなかったというわけだ。途中でやめるのも癪なので、再読と知りつつもう一度読み切った。さすがにミステリー部分の真相は何となく分かってしまったが、それでも十分楽しめたのは意外だった。(「とり研の空とぶ事件簿」 鳥飼否宇、ポプラ文庫)
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2020年本屋大賞予想

今年も恒例の本屋大賞の予想をしてみたい。今年のノミネート10作品は例年以上に心に残る作品が多く、迷ってしまうが、個人的に面白かったのは「熱源」「ノースライト」「夏物語」「流浪の月」の4作品。このうち「熱源」と「ノースライト」は色々な賞を受賞したりで既に十分高い評価を受けているので、「改めて人に勧めたい本」という同賞の主旨からいうと「流浪の月」と「夏物語」の2作かなと思う。ただし上記の4作品以外に「線は、僕を描く」も「medium」も文句なく良かったし、ノミネート常連の知念実希人の作品にも大賞を取って欲しい気がする。毎年ノミネート作品を全部読むようにしているが、今年も読んで良かったと思えた。「夏物語」と「流浪の月」の2冊はノミネートされなければ絶対に読まなかったと思うとその感が強い。ということで、今年の予想は、以下の通り。
大賞:夏物語
対抗:流浪の月
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奇術探偵曾我佳城全集(上下) 泡坂妻夫

引退した伝説の女性奇術師曾我佳城が奇術の知識と考察力で様々な事件を解決に導く短編集。上下巻で20以上の短編が収められていて読み応え十分だし、著者が長期間にわたって描き続けたシリーズの一気読みということで、とにかくバラエティに富んだ内容に圧倒された。それぞれの短編は奇術のイベントやサークルなどが舞台になっていたり奇術の知識が解決の糸口になるような話だが、そこで使われている奇術そのもののネタバレは微妙に回避されていて、しかもそれでいてミステリーとしてのフェアさは確保しているという、まさに著者ならではのアクロバティックな技巧が際立つ作品ばかり。奇術界というのが意外とこじんまりとした世界であるとか、奇術においては技もさることながら小道具が意外に大切というようなトリビアが色々分かってとにかく楽しかった。(「奇術探偵曾我佳城全集(上下)」 泡坂妻夫、創元推理文庫)
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