たとえ精神障碍者でも、なるべく教養はあった方がいいだろう。
その方が確実に人生の可能性は広がるからだ。
そうすれば、本人にとっても、社会全体にとっても有益なはずだ。
そんなことくらい小学生でも分かるはずなんだが。
故意に「精神障碍者には教養はいらない」と主張しているとしたら、たぶん邪悪な心の持ち主なのだろうな。
「邪悪な言葉を発すると魂が穢れるよ」と教えてあげたいが、恐らく理解はできないのだろうな。
知性はあるのに惜しいな。
その人が男性脳か女性脳かは胎児の時に浴びるテストステロンという男性ホルモンの影響を大きく受けるらしいのですが、それは人差し指と薬指の長さで分かるそうです。
人差し指が薬指より長ければ女性脳で、薬指が人差し指より長ければ男性脳らしいです。
で、僕の場合はというと・・・、男性脳でした。
薄々、分かってはいましたが、科学によって、裏付けられたわけです。
でも、その解釈についてはどうかというと、疑問があります。
ドラマチックな恋を望むとか、面食いすぎたり、トキメキを重視しすぎたりするとか、支配欲が強いとか、男らしく活発とか、神経が太く外交的な性格とか、抑制がきかず、スリルを求めるとか、セクシーな女性に弱いというのは当たっている(特に統合失調症になる前の僕には)けど、数学や空間認識が得意とか、イケメンとか、金持ちとされているのは納得がいきませんでした。
しかし、僕が統合失調症にさえならなければ・・・とも思ってしまいます。
とにかく、人生、諦めるのはもったいないので、努力は続けるつもりです。
一応、僕の手の写真を載せておきますが、笑わないでね。
きのう、弟が荷造りした大きめの段ボール箱2つを、さっき、引き取りに来た郵便配達人に渡したのですが、2つ目の段ボールを僕が持ち上げて「はい」と渡したら、すごくいい顔をされました。
その方は中年男性だったのですが、あまりにもいい笑顔をされたので、なんかすごく得した気分になりました。
モノに対する人の内面にある価値評価はまちまちですが、経済学では価値を使用価値と交換価値の二つに分けるそうです。<o:p></o:p>
そして、「水は、使用価値はあるけど、交換価値はほとんどない」とか、「ダイヤモンドは、使用価値はほとんどないけど、交換価値はある」とか使うそうです。<o:p></o:p>
個人に依存する価値(使用価値)は、人の内面に存在する「好み」ですが、他方、価格(交換価値)というのは、人々のまちまちな価値評価をつきあわせることによって、「社会的に(集団的に)決まる値」だそうです。<o:p></o:p>
オークション(競り)というシステムはそれを決めるために存在するそうです。<o:p></o:p>
市場(マーケット)で行われるオークションの基準は出品に対する自分の内面的な評価(心の中での値踏み)ですが、市場取引にはプライステイカーという仕組みがあり、売り手と買い手の間に競り人を挟み、直接交渉をしないことが前提になっているそうです。<o:p></o:p>
これによって、性別、人種、社会的地位、学歴、貧富、コネのあるなし、といったあらゆる立場が排除され、いかなる差別も介在せず、経済活動が活発化するそうです。<o:p></o:p>
価格(それと交換にどの程度のモノが得られるか)は需要(demand)と供給(supply)のつりあい(均衡)で決まるそうです。<o:p></o:p>
需要とは、「価格がこれこれのとき、このくらい買う」という「実際の購買のスケジュール」を表し、供給とは、「これこれの価格だったら、これだけの量を生産して出荷する」というスケジュールを表すそうです。<o:p></o:p>
とにかく、これらの一致で価格を決めると人々はハッピーになるそうです。<o:p></o:p>
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ほとんどの人はなれる者になっただけ。<o:p></o:p>
望ましい者になったわけではないのだな。 <o:p></o:p>
無駄に苦しまないためにそれを認識しておこう。<o:p></o:p>
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太陽エネルギーによって動く高度な知能を備えた人型ロボットに「お前たちは他の生き物を殺して食べて生きているからダメ」と断罪され、窮地に陥る人類。<o:p></o:p>
「オレたちはなんて悪い存在なのだ」と鬱病の一歩手前まで追い詰められる。<o:p></o:p>
しかし、ギリギリのところで、ロボットに向かい、「お前は独りで生きられるからダメ」と言い返す者が出現。<o:p></o:p>
すると、形勢が逆転。<o:p></o:p>
大勢の人がそれに同調する。<o:p></o:p>
そして、ロボットに向かい、「そもそも、お前はこの血で汚れたオレたちによって作られたのではないか」と攻め寄る。<o:p></o:p>
複雑な計算をした後、自壊するロボット。<o:p></o:p>
ロボットの最後の言葉は「神さま、生きることは罪なのでしょうか?」だった。<o:p></o:p>
「あくびはうつる」と言われるが、本当だ。<o:p></o:p>
それは、統合失調症者であろうが、変わらない。<o:p></o:p>
いや、僕の統合失調症が軽くなったからかもしれない。<o:p></o:p>
その多くは、僕と母の間で、起こる。<o:p></o:p>
僕から母への場合もあるし、母から僕への場合もある。<o:p></o:p>
とにかく、この現象が起こると、僕たちは笑いあう。<o:p></o:p>
僕は独りじゃない。<o:p></o:p>
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職(業)を持たない統合失調症者ってiPS細胞みたいだね。<o:p></o:p>
初期化された細胞。<o:p></o:p>
特定の器官になることの不自由さは免れたが、安定性は剥奪されている細胞。<o:p></o:p>
しかしながら、言わせてもらえば、統合失調症者にも何らかの役割はあるはずだ。<o:p></o:p>
自他共にそれを十分に認識できていないだけだ。<o:p></o:p>
そうでなければ、悪魔(告発者)が許すはずがない。<o:p></o:p>
生かされているのは何らかの必要性があるからだと信じている。<o:p></o:p>
とうに死んじまった人だけど、ミルトン・フリードマンという「新自由主義」の経済学者を憎まずにはおれない。<o:p></o:p>
「新自由主義」とは、市場原理を重視して、低福祉・低負担、自己責任を基本とし、政府の役割を最小限とする考え方だが、この祖がフリードマンである。<o:p></o:p>
彼は数多くの規制緩和を提案し、自由競争を理想としたが、その結果が今日の格差社会である。<o:p></o:p>
僕の部屋に「くぬやろ!くぬやろ!」の声が響く。<o:p></o:p>
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小島寛之著『ゼロからわかる 経済学の思考法』という新書は面白かったです。<o:p></o:p>
そして、その中に宇沢弘文という経済学者のことが書かれていたので、関心を持ち、宇沢弘文著『始まっている未来 新しい経済学は可能か』という本も読んでみました。<o:p></o:p>
そうしたら、その中でスティグリッツのことが褒められていました。<o:p></o:p>
僕はスティグリッツの『世界の99%を貧困にする経済』という本を読んでいたので、宇沢も誠実な人なのだと判断しました。<o:p></o:p>
宇沢の本にはまた、下村治の名も出てきました。<o:p></o:p>
僕は下村の『日本経済成長論』と『日本は悪くない 悪いのはアメリカだ』という本も読んでいたので、ますます宇沢という人に関心を持ちました。<o:p></o:p>
そこで、彼の本をもう一冊読んでみようと思い、『経済学の考え方』という新書をセブンネットで注文しました。<o:p></o:p>
届くのは数日後ですが、早く読んでみたいです。<o:p></o:p>
誠実な経済学者はまだいて、猪木武徳という人も信頼できると思いました。<o:p></o:p>
彼の『経済学に何ができるか 文明社会の制度的枠組み』という新書も面白かったので、お勧めです。<o:p></o:p>
それから逆行し始めるのですが、そのせいか、なんとなく気分が億劫です。
ジョナサン・ケイナーとは、イギリスの占星術師で、僕はこの方の占いのサイトをみるのが習慣になっています。
なぜかというと、占いの表現の仕方が凝っていて、飽きさせないからです。
占いに関心のある方は一度覗いてみてください。
自己認識の役にも立つと思います。
なぜ、日本にとって円安が望ましいのかというと、日本の経済は、海外にモノを輸出する、製造業を根幹としているからです。<o:p></o:p>
日本は資源が乏しい国です。<o:p></o:p>
だから、日本は資源を輸入してから、それを元にして作った製品を輸出して、金を稼がなければなりません。<o:p></o:p>
その時、アメリカに輸出された製品の代金はドルで支払われるため、日本企業はドルを円に換えて儲けを得ています。<o:p></o:p>
そのため、例えば、円が1ドル=80円よりも1ドル=90円の方(円安)が望ましいのです。<o:p></o:p>
「そんなこと知っているよ」という声が聴こえてきそうですが、一応、念のため確認しておきました。<o:p></o:p>
唐突ですが、僕の体型は小太りです。<o:p></o:p>
家族からはそれだけで非難されます。<o:p></o:p>
けれど、信じてもらえないかもしれないけど、少年の頃の僕は痩せていました。<o:p></o:p>
水泳を習っていたので、腹筋が割れていました。<o:p></o:p>
今からでは想像しにくいですが、本当のことです。<o:p></o:p>
それで、最近の僕の気持ちはというと、スタイルなど、どうでもいいや~。<o:p></o:p>
それより、美味しいモノ、食べたい。<o:p></o:p>
そして、部屋に置いてある体重計からは、努めて目をそらします。<o:p></o:p>
元々、顔は小さい方なので、太ってもそれほど気になりません(帽子が少しきつくなったくらい我慢できる)が、体は年を取るごとに宮崎駿監督のアニメ作品『紅の豚』の主人公ポルコ・ロッソに近づいていきます。<o:p></o:p>
ポルコは最後に恋を実らせたようですが、僕は、このまま彼女もできず、ぶくぶくと肥えて朽ち果てるのでしょうか?(←他人事のようにいう)<o:p></o:p>
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