「幻聴」ということは、つまり本当に言われているわけではないのだから、気にすることなんてないさ。
そう思われるだろうか。
特に健常者は。
だけど実際にはそうはいかないのである。
例えば、家の外から聴こえてくる(僕の場合はほとんどがそうだった)「ばか」とか「死ね」とかいう幻聴には耐えられても、事実と食い違うことを話す声が聴こえると、よく「それは違う」と言いたくなったものだ。
誤解されることの辛さは、数え切れないほど、痛感してきた。
それにしても本当に僕の脳だけに問題があったのだろうか。
とりあえず、実際僕を責めていた人たちがいたかもしれないので、そういう人たちのために呪いをかけておこう。
「不当に僕を責め続けた人たち、彼らが生まれ変わったら、不当に不特定多数の人たちから何十年にも渡って責められ続けますように・・・」。
ある宗教団体の人たちが勘違いしているようなので、書き記しておくけど、君たちには人の罪を、糾弾したり、裁いたりする権利はないよ。
それは検察官や裁判官の仕事だよ。
日本は法治国家なのですよ。
「法」といっても、「仏法(かなり歪められているけど)」ではありませんよ。
事実確認もあやふやなままで、人を責めることの罪深さを、もっと認識してくださいね。
どうしてもそういう権利が欲しかったら、勉強して、そういう職業の人になってくださいね。
そうでもないのに、行為に移したら、犯罪者になりますからね。
親告罪でも、犯罪であることに、変わりはないからね。
起訴されないからといって、許されたと、思わないでくださいね。
とにかく、警察や検察や裁判所を、ないがしろにしてはいけませんよ。
宗教は、宗教のやり方で、人を導いてくださいね。
最後に一言。
「罪の無い人」はいませんからね。
別に精神障害者だから学んではダメなんてことはないのだ。
自分で自分の人生に見切りをつけないほうがいい。
精神病は「死に至る病」ではない。
精神的に死ななければいい。
こころが生きていればいい。
したいことがあれば、チャレンジすればいい。
悩みから逃れようと一生懸命になる必要はない。
「考えても仕方がない」と思う位、突き詰めて考えてみればいい。
とにかく僕たちには、8時間労働をしていない分だけ、時間があるのだから。
「関係の無いところに関係を作る」という点で、愛と妄想は似ているな。
僕には恋愛妄想があったけど、何か混ぜこぜになった感じだったな。
僕の母には「それは本当の愛じゃない」と否定されたけど、あれが本気だったのは確かだ。
本気だったけど、実物の女性を相手にしていなかっただけだ。
だから結局、あれは自己愛だったのだな。
ストーカーまがいのことをして、激しく拒絶されたけど、あれでよかったのだろう。
そうでなかったら、いつまでも、狭い檻の中から出られなかっただろうから。
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今、ホロスコープ上で僕の星座の双子座に金星が入っているのですが、今回も出ました。
アゴの下に。
ニキビというか吹き出物。
こう何回も続くと、単なる関係妄想とは言えないのではないか。
金星にはデトックスの効果があると。
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生協で買い物を済ませ、自転車で帰る途中、ふと、今朝方見た夢を思い出した。
ブレーキの利きの悪い自転車に乗っているのだが、おかしいな、おかしいな・・・と思いつつも、そのまま走り続ける夢だった。
これは何かの暗示なのだろうか。
もっと理性の利きを確かめろとかいうような。
少し瞑想の必要があるのかもしれない。
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NHKのみんなのうたの特別番組が放映される時には必ず取り上げられる谷山浩子の曲。
僕はこの曲が大好きなのです。
何度聴いてもいいな~と思うのです。
何となく心が落ち着くのです。
当時、怖かったとコメントしていた人がいたけど、意外でした。
僕が危惧しているのは世間の人に統合失調症が誤って認識されることである。
その一つが統合失調症は性格が悪いからなるというものである。
確かに統合失調症の急性期などに破壊的になる傾向があることは僕も認める。
だけど人間、精神的に追い詰められれば、誰でもそういうふうになるものではないか。
他人に向かうか、自分に向かうかの違いがあるだけで。
つまり統合失調症の原因を性格に還元するのは短絡的すぎると言いたいのだ。
精神的に追い詰められ、統合が失調するのは、悪い人間だからというより、純粋(能力的に未熟)だったりするからだということ。
そこをはっきりさせておきたいのだ。
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僕が解せないのは、同病の人を、人格攻撃するような人のことである。
別に、同じ病気の人だからといって、直ちに仲間になるとは思っていないけれども、人格攻撃する理由が分からないのである。
そんなことをして何のメリットがあるというのか。
そういうわけの分からないことをするから統合失調症なのだろうか。
でもこういうことをする人は、統合失調症というよりは、人格に問題があるような気がする。
それとも、まったく別の理由から、仮病を使っているのだろうか。
この人は本当に日本人なのだろうか。
妄想に発展しそうなので、この辺にしておきますけど、みなさんも注意してみてね。
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神の使いと名乗る謎の人物から、君だけにと、手渡された機械。
蓋を開けてみると、中に赤いボタンが一つ。
これは何かと訊いてみると、リセットボタンだと答える。
何の?
人類史の。
・・・。
あれから40年。
今年で還暦。
いまだに、押そうか、押すまいか迷っている。
だけど僕の人生、無駄ではなかった。
何しろこれまで人類の運命を一身に背負うことができたのだから。
だからこの機械が本物か、偽物かということはあまり問題ではないのだ。
でも本当に?
全く別のことにもチャレンジするべきだったのでは?
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この世にテレパシー能力を持った人がいるかは、残念ながら、僕には証明できない。
だけど僕には「テレパシー」などという言葉がなぜ、この世に存在するのか、人々の間で共有されているのかということの方が不思議に思われてならないのだ。
そもそもなぜ、お互い、他人が話す言葉の意味を理解できるのか。
なぜ単なる「音」ではなく「言葉」なのか。
人間には「霊的な形」というものが宿っていて、それに合わせて「肉体の形(神経回路も含む)」も整うのではなかろうか。
こういう話をすると、とたんにオカルトめいてきて、警戒されそうだが、みんな、こういうことを一度でも真剣に考えたことがあるのだろうか。
イエス
人間の理想形
苦しんでいる人を見た時
その側にあえて近寄れる勇気
触れてあげられる暖かさ
何ができるか考えられる知性
一緒に泣ける思いやり
しかもそれらが本物であること
たぶん彼はとてもわがままな人間だったのだろう
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さっき、セブンイレブンでお茶とノンアルコールビールを買う時、「年齢確認ボタンお願いします」と言われた。
僕は思わず「はっ?」と応えてしまった。
この若い女性の店員さん、僕のことを未成年者だと思ったのだろうか?
ちなみに僕はあと2ヵ月で47歳になる男です。
野球帽にジャージ姿だったのがいけなかったのであろうか?
それにしても、確かに僕は童顔だけど、ひどすぎる~。
しかも僕が買ったのはノンアルコールビールだよ~。