理由 | ||
読了日 | 2002/7/8 | |
著者 | 宮部みゆき | |
出版社 | 講談社 | |
形態 | 文庫 | |
ページ数 | 573 | |
発行日 | 1998/06/20 | |
ISBN | 4-02-257244-2 |
様々なジャンルの作品を手がけている著者だが、やはりミステリー作家と呼ぶべきなのだろう、この作品を読んで、改めてそう思った。
この本はもう何ヶ月も前に古書店で購入してあったのだが、単行本で厚く、重いので、通勤途上で読むには適さないので、ずっと積読のままだった。まだ、文庫化されていないから、直木賞受賞作品(99年第120回)がどんな内容なのか読みたくて買ったのだが・・・。
さて、厚くて重い本だが、一気に読んだ。著者の本はどれも平易な文章で、読みやすく、楽に読める。もちろん、内容が素晴らしいことが読みやすい一番の理由なのだが。
東京・荒川区のマンションで起きた、一家四人の殺人事件。
この事件が物語の中心となっているのだが、これが全編ノンフィクションのような形と語りで、淡々と進められていく。しかし、ルポルタージュのような物語の進行が進んでいくうちに、無関係と思われるような人々や、事柄が、次第に収束されていく。気負わない、大上段に振りかぶらない、その静かな語り口が、逆に緊張感を漂わせていくところがすごいと思わせる。
プロローグともいうべき導入部分で、江東区高橋の交番に、片倉ハウスという簡易宿泊所の娘・片倉信子がやってきて、石川巡査に「写真雑誌で見た人が、うちにいるの。新聞にも載ってた人だよ」という。荒川区で起きた一家四人殺しの重要参考人とされて、行方を探されている会社員・石川直澄の名前が彼女から告げられるのだ。
わずか数ページのこの導入部分が、この先の長いストーリーの幕開きと同時に、倒叙ミステリーを思わせるような最終場面をも示しているのだ。
このようなドキュメンタリータッチの作品は、先月読んだ短編集「地下街の雨」に収録された“不文律”でも味わったが、もしかしたらあの短編は実験的作品だったのか?読後ふとそんなことを感じた。
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