スミダマンのほのぼの奮戦記

~グルメ・旅・仕事・自然・地域~あらゆる出来事をフラッシュバック。

安楽寺

2023-01-31 06:00:41 | 旅 ~京都

霊鑑寺の隣りにある安楽寺は紅葉の名所として有名で、

この秋は特別拝観として土日は一般公開していたので是非参拝しなくてはとの思いで行ってきた。

当寺は住蓮山安楽寺と号する浄土宗の寺院だ。

鎌倉時代の初め、現在地より東に約1キロメートルあたりに、

法然上人の弟子、住蓮上人と安楽上人の2人が鹿ヶ谷草庵を建てて人々に念仏を布教していた。

たまたま後鳥羽上皇の官女の松虫姫と鈴虫姫が教化を受けて、密かに出家する出来事があった。

上皇の立腹を受け「専修念仏停止」の宣下によって両上人は死刑、

法然上人は讃岐国に、親鸞聖人は越後国に配流された。

これがいわゆる建永2年(1207)の法難である。

下って室町時代の末、天文年間(1532~1555)に両上人の供養のため、

この地に流罪地から帰京した法然上人が草庵を復興し、

「住蓮山安楽寺」と名付け両上人の追善の寺とした。

石段の上に見える茅葺きの山門は明治25年(1892)に建立されたもの。

境内の美しく紅葉した木々。

確かにここは紅葉の名所といわれるだけの素晴らしい光景が広がっていた。

どこの紅葉名所でもそうだが、

当寺の多くのカメラマンが盛んにシャッターを押している光景が印象に残った。

くさの地蔵菩薩は鎌倉時代、慶派の流れを汲む仏師によって作られた。

古くから病気平癒の地蔵様として信仰を集めた。

そして平成27年5月2日にこの地蔵堂を再建した。

敷き紅葉に囲まれた手水舎。

コロナ禍で手水舎も水をストップしていたところが多かったが、段々再開してきているようだ。

ここのもそうだ。

素晴らしいでしょ。

紅葉風景。

常行三昧堂として使われていた方形裳階造の堂宇を江戸時代後期に移築した本堂の中で

語り部の方が安楽寺の由来、逸話などを上手に話してくれた。

その1つが松虫姫と鈴虫姫が住蓮上人と安楽上人のもとで剃髪染衣を求め出家する経緯が

七五調の句を重ねた美しい調べをもって語られた。

当寺で有名な行事の1つが「中風まじない鹿ヶ谷カボチャ供養」だ。

毎年7月25日に京都の伝統野菜の1つである瓢箪型をした鹿ヶ谷カボチャを

煮炊きしたものを参拝者に振る舞い、中風にならないようにと願う行事がある。

庭園と紅葉。

2010年夏、境内に美しい客殿が建築された。

東山の木々を借景とし境内の桜やさつき、紅葉を融合するこの建物を「椛 momiji」と命名し、

お寺の公開している日を中心にカフェスペースとして営業をしている。

ちょっと疲れた時、お寺内でお茶できるのはうれしい。

帰路の下り階段の紅葉も良かったですねー。

やはり古都京都には人力車がとてもよく似合う。

そんな1枚です。


霊鑑寺

2023-01-30 06:01:05 | 旅 ~京都

霊鑑寺は臨済宗南禅寺派の禅尼寺で、はじめ南の鹿ヶ谷の渓流沿いに

位置したため、谷御所又は鹿ヶ谷比丘尼御所とも呼ばれている。

承応3年(1654)に後水尾上皇が皇女の浄法身院宮宗澄を開基として創建し、

荒廃していた如意寺の如意輪現音像と霊鑑を併せて祀ったことから霊鑑寺と名付けられた。

貞享4年(1684)に後西天皇の旧殿(今の書院居間)を賜って現在地に移建された。

その後、代々皇女皇孫女が住職となり、明治23年(1890)までは伏見宮の尼僧が門跡として在院した。

京都では1年間各寺で特別拝観をやっているが、当寺では秋の拝観として書院をガイド付きで見ることができる。

又紅葉が美しい庭園も特別公開していた。

現在の本堂は徳川幕府11代将軍・徳川家斉の寄進で、本尊の如意輪観音像の

傍らの不動明王像は伝教大師の髙弟智証大師(円珍)の作といわれている。

又歴代門跡の遺品など皇室ゆかりの寺宝が多い。

それでは本堂、書院の向かい側に小髙い山を周遊する道を歩みながら美しい紅葉を紹介しましょう。

当寺のこの日紅葉はどちらかという散り紅葉、そして敷き紅葉が美しい。

沢山の写真をアップしましたのでじっくりご覧下さい。

又、当寺は京都市天然記念物にも指定されている日光椿をはじめ30種類以上もの

椿を観ることができる椿の名所でもあり、「椿の寺」とも称される。

丁度、植木の剪定をしていた庭師ともお話をしたが、ここに写っているもみじは日本で2番目に髙い木だと言っていた。

さらに回遊式庭園を巡っていくと太陽の光に照らされた言葉にならない程美しい紅葉と青々とした苔の庭園が続く。

夢心地で歩いていくとあっという間に出口に出て来てしまった。

それ位、小じんまりとした霊鑑寺。

しかしその美しさは紅葉の秋を巡った旅の中でベスト3に入る素晴しいお寺であった。

このお寺から京都駅・京都タワー方面を望むとこのお寺の高台にあるのがおわかりでしょう。


京都の街あれこれ PART13

2023-01-28 06:03:27 | 旅 ~京都

紅葉の京都を巡った今回の旅「京都の街あれこれ」シリーズも後半のパート13をお送りします。

早朝散歩で寄ったのは宿泊ホテルの表側にある御旅所(おたびしょ)。

祇園祭の神幸祭において神体を乗せた神輿(神)が巡行の途中、

休憩宿泊する場所で通常はおみやげ売場になっている。

右側には冠者殿社がある。

八坂神社の境外末社でご祭神は八坂神社と同じ。

但しここは荒魂を祀っている。

新京極商店街の歴史はすごい。

昨年で150周年を迎えている。

約500メートルの商店街で昔(明治初頃)は芸居座、浄瑠璃、

寄席などの興業場や飲食店などの店舗が建ち並んだ。

明治30年代には東京の浅草、大阪の千日前とともに日本三大盛り場として知られるようになった。

現在も修学旅行生など多くの観光客で賑わっている。

この日は早朝(6:20頃)のため人気がほとんどなかった。

道路でおもしろいものを発見。

駐車禁止の警告で「放置自転車はあきまへん!」ですって。

あきまへんは関東人からはすごく新鮮。

鷹(?)の目もインパクトがある。

三井ガーデン浄教寺ホテルの隣りにあった火除天満宮。

慶長2年(1597)にこの地に創建された。

元治元年(1864)の蛤御門の変ではこの一帯だけが奇跡的に類焼を免れた。

これ以降もしばしば火難から免れるなど火除の神として多くの信仰を集めている。

嵯峨野二尊院の近くにある竹・民芸の「定家」さん。

竹の垣根のサンプルはいかにも京都らしい。

人気の香り商品も素敵で外国人観光客に人気があるらしい。

秋の落柿舎。

牧歌的な雰囲気が伝わってきていいですネー。

ポエムですネー。

京都ならではの風習にこの鬼門封じの方位除け。

その最たるものは京都御所の「猿ヶ辻」がある。

ちなみに鬼門とは北東の方角で南西の方角が裏鬼門。

また、京都では鬼門除けの植物として葉のトゲが魔除けをしてくれる柊(ヒイラギ)や前にもアップしたが、

「難を転じる」と同じ音の南天(ナンテン)がある。

南天はいたるところで見たが柊を見つけたのは少なかった。

いけず石のことは以前にもアップしたが、この鉄のポールのいけず棒は今回初めて見た。

なかなかモダンさを感じる。

鷹峯、光悦寺から遠くを見渡すと東急ハーベストの先にお洒落な建物の一部が見えた。

2021年9月に贅を極めたラグジュアリーホテルとしてオープンした「ROKUヒルトン京都」。

是非一度見学に行ってみたいものだ。

1869年に京都の町衆たちの力で開校した番組小学校の流れをくむ明倫小学校が1993年に閉校になった後、

京都市、アーティスト、その他芸術に関する活動を行う者が連携し、

京都市に芸術の総合的な振興を目指して、元明倫小学校の跡地と校舎を利用し、

2000年4月に開設した京都芸術センター。

今京都市内では閉校した学校を利用した施設がどんどん増えている。

このコンテンツがまた京都らしくて素晴らしい。

さずが京都!

京都市役所より徒歩4分、鴨川・高瀬川沿いにある歴史ある料亭。

ここは慶長16年(1611年)、豪商角倉了以の別邸として建築され、

現在の「がんこ高瀬川二条苑」に至るまで様々な著名人、資産家の別邸として脈々と受け継がれてきた。

鴨川の水を高瀬川に引いた歴史的な場所として「ブラタモリ」や他の番組でも度々紹介された。

お世話になったホテルから高瀬川付近に出るとここは加賀藩邸のあった跡。

この高瀬川沿いには多くの歴史の跡の記念碑が建っている。

鴨川には多くの橋が架けられている。

今回、早朝散歩で鴨川の遊歩道をゆったりと散策するのを楽しみにしていたが、

橋の下に数々の江戸時代の絵が資料として掲げられているのを発見した。

「鴨川遊楽図」「四条河原遊楽図屏風」「華洛四季遊戯図巻」「国宝洛中洛外図屏風」などだ。

京都観光スポットの定番、白川と巽橋と辰己大明神。

秋バージョンの写真です。

このエリアに出現したウエイティングの長蛇の列。

上の写真は有名な甘味処「ぎおん小森」、下の写真は祇園麺処「むらじ」。

ともに若い人に人気な店だ。

昨年の都をどり(2022.5.25付ブログ参照)は南座で行われたが、

今年は祇園新地甲部歌舞練場が完成し(大成建設の耐震大改修工事)、

4月1日~30日まで柿落し講演があるようだ。

また、2月26日(日)には南座で京都五花街の合同公演「早春夢舞台」もある。

このポスターを見ると行きたくなってウズウズしてきた。

京都駅構内にあるおみやげ屋さんコーナーの一角で千枚漬の実演販売を土井志ば漬本舗がやっていた。

京都三大漬物の1つ「千枚漬」は聖護院かぶらを薄く切って昆布に漬け込むもの。

他には夏野菜を刻んだ赤紫蘇の葉で塩漬けした「しば漬」、

すぐき葉を伝統的製法で乳酸菌発酵させた「すぐき漬」が三大漬物だ。

悠久の歴史の中で千年の都と京文化を育んできた鴨川。

今も大都市にあって豊かな自然の中で清澄さを保ち、憩いの場として多くの人に親しまれている。

 

 

 

 


ザ・リッツ・カールトンホテル京都

2023-01-27 06:06:44 | ホテル・旅館

夕食を終え、酔い覚ましに一泊お世話になったソラリア西鉄ホテルの近くにある

超高級ホテル「ザ・リッツ・カールトンホテル京都」に見学を兼ねて散策をしてきた。

犬矢来がいかにも京都らしいですね。

当ホテルは2014年(平成26年)2月7日に開業。

以前ここにあったホテルフジタ京都を取り壊し日建設計が設計を担当して

地下2階、地上5階で134室、大林組が施工した。

前の日は夜で暗く全景がわからなかったので、

翌日早朝散歩で鴨川沿いを歩きながら全景を写真に収めてきた。

二条大橋の近く、鴨川のほとりにある雅な気品と上質なおもてなし溢れる京都が誇る

最高級ラグジュアリーアーバンリゾート、5レッドパピリオンは不動の地位をもはや定位置化している。

客室は明治時代の京都の近代建築の趣きと近代ラグジュアリーホテルの洗練された快適さが

見事に調和した優雅で贅沢な空間が広がっている。

スイート以外の客室でも平均50㎡以上と京都としてはかなりゆったりした広さだ。

日本の伝統、和のおもてなしの心と、

ラグジュアリーホテルの利便性が美しく溶け合った空間が広がっている。

京都の伝統や文化のエッセンスが織りなすラグジュアリーな空間で

ここでしか味わえない上質な時間が流れている。

ミシュランの星に輝く日本レストラン「天麩羅水暉」からイタリアンレストラン「ラ・ロカンダ」まで

ザ・リッツ・カールトンホテル京都のレストランでは驚きに満ちた極上の食事が味わえる。

当ホテルでは朝食からディナーまでシーンに合わせて選べる

4つのレストラン「ピエール・エルメ・パリブティック」のスイーツのほか

ワインテイスティングやプライベートダイニングなどの特別な体験を楽しむことができる。

そして各部屋の照明器具のなんと洒落ていることか。

モチーフは番傘だ。

これはすごい。

本当に内装デザインにもお金をかけゴージャスで素敵だ。

ここは日中観光してただ寝に帰ってくるだけのホテルではちょっともったいない。

インテリアとしての盆栽というよりはちょっと大振りな松。

宝石を散りばめたような琵琶風のオブジェもおもわず足を止めて見入ってしまう。

建物の外部に目を移すと庭園の緑と紅葉がライトアップされとても美しい。

ここは見た範囲では一格も二格も上のラグジュアリーホテルだ。


浦和エリア旨い店シリーズ ~番外編428~

2023-01-26 06:09:22 | 食~番外編(京都)

瓢斗 京都四条烏丸店

京都市中京区山伏山町550-1 明倫ビル1F

TEL 050-5868-9916

075-252-5775

定休日 不定休

https://hyoto.jp/

京都の市街地に2004年10月1日オープン

(2012年5月7日店名変更しリニューアルオープン)した瓢斗さん。

日本の新しい料理「出汁しゃぶ」を掲げてここから挑戦をスタートした。

入口までのエントランスの階段はモダン空間で素敵な雰囲気を作り上げている。

最高クラスの豚肉と瓢斗の名物の出汁の看板でお客を呼び込んでいるようだ。

玄関で靴を脱ぎ、銀の光が独特な空気を生んでいる廊下を歩いていく。

品格あるモダン空間がさらに続いていく。

これが店内の風景。

全体的に銀色でカラーコーディネイトされ、

そこに銀色のロールカーテンで各テーブルを仕切っている。

まさに当社の「単なる日本料理の店から革新を起こす成長企業へ」

のコンセプトを表わしているようなインテリアデザインだ。

そして入店して気が付いたのが若い人のお客が多いということ。

やはり京都は学生の街ということを思い起させる光景だ。

入口から廊下を渡る途中に厨房を見たのでいつもの習慣で思わずパチリ。

働らいているウエイトレスは皆着物姿でこれは京都らしい。

コース料理は4種。

はじめての方におすすめの 柴草 5000円

ワンランク上のコースを堪能したい方 京(きょう) 7500円

脂ののった冬の鰤のしゃぶしゃぶもご一緒に 瓢斗 10000円

出汁しゃぶだけを楽しみたい方 あかね 3800円だ。

はじめての方なので紫草(5000円)をオーダーした。

秘伝の出汁は厳選したたっぷりのかつおや昆布から

濃厚な出汁を取り料理人が丹念に仕上げ、特製のかえしを加えて完成。

先付の胡麻豆腐

上造りとして鰤湯引き 鬼卸し

香味ぽん酢掛け 帆立キャビア添え

凌ぎとして鯖炙り寿司

テーブルでバーナーで炙ってくれる。

髙山寺の鳥獣人物戯画のお皿がいかにも京都らしい。

柚子胡椒味噌

そして豚しゃぶしゃぶにピッタリ合う刻みネギの山

1㎜にスライスされた薄切りのブランド豚「美湯豚」と旬の食材。

国産ブランド豚の中から当店のこだわりの出汁に合う臭みなく柔らかく旨み

あふれる赤身と甘い脂のバランスがよい豚肉を選りすぐっているとのこと。

当店の出汁しゃぶは2021年1月のサイトのイメージ調査で豚しゃぶ満足度NO.1を獲得している。

尚、当社は東京都内にも瓢嘻ブランドで銀座本店以外にも5店舗、

香水亭ブランドで2店舗、姉妹店として出店している。

最後にデザートとして黒糖羹が出た。

このお皿もシルバーで当店は銀色にこだわりがあるのか?


ソラリア西鉄ホテル京都プレミア

2023-01-25 06:37:49 | ホテル・旅館

当ホテルは西鉄ホテルグループの1つで2017年4月29日にオープンした。

場所は京都最大の繁華街の四条河原町に近接した三条エリア、

そして鴨川沿いに面したところに立地している。

以前宿泊したホテルオークラの近くにあり、前々から気になっていたホテルの1つだった。

ホテルに入るといきなりそこに1枚の絵画を思わせる緑の庭園がお客さまを出迎えてくれる。

床の石材の黒のすじも視覚的にそちらに目を向けるようにデザインされているようだ。

ロビーラウンジ、フロントデスクも目に優しい照明で上質で落ち着いた空間を造り上げている。

まさに心和む空間で四季折々の景色がたのしめる素晴らしいデザイン設計だ。

そして国際観光都市京都のホテルならではの観光情報「紅葉情報」が

ロビーのところに掲示されていたのはおもてなしの心が伝わってきた。

ホテル内の廊下、エレベーター前などエリアも照明照度がちょっと控えめで、

当ホテル外装といい、ワンポイントカラーのレッドがとても効果的に効いている。

部屋のレイアウトは通常のホテルと逆でバスルームエリアが窓側に配置され、とても印象的だ。

客室から眺める国内最大規模のモスウォール、中庭、専用庭付きの部屋などは

世界的に活躍する庭園デザイナー石原和幸氏が手がけた。

当ホテルのコンセプト「お客さまと出逢える喜びに感激し、

ホテルに居ながら京都を感じ楽しんでいただきたい」

そんな思いでお客様の特別な方法で演出を行っている。

当ホテルも大浴場があり、旅の疲れを癒してくれる。

ご覧のようにシンプルで和モダンな空間と

竹を植えるなど四季折々の風景が楽しめる庭園風の浴室で素晴らしい。

最近オープンしたホテルの大風呂の照明はかなり抑えた明るさを採用していて、とても目に優しい。

朝食会場のレストラン「翠京」。

福岡の老舗ホテルである西鉄グランドホテルの伝統を受け継ぐ洋食料理と京料理の融合が素晴らしい。

ここでも壁面のモスウォールがとても印象的で朝の視覚に緑の壁がとても優しく語りかけてくるようだ。

なお、当ホテルでは2,700円(税込)で外部からも朝食をとることができる。

目の前で作るシェフのオムレツはオムレツの具材(チーズ、オニオン、ソーセージ、ベーコン、明太子)

5種と目玉焼きを紙に書いてオーダーする方法で他のホテルではあまり見ないやり方だ。

当ホテルはコロナ感染対策としてビニールの手袋をして

ビュッフェスタイルに対応していてとても安心できた。

これが朝食ビュッフェのラインアップ。

ちらし寿司、鯛茶漬け、温野菜カレーなど京都らしいメニューが用意されているのもうれしい。

デザートに2種のアイスクリームがチョイスできる。

そして毎度おなじみのスミダマンのてんこ盛りブレックファースト。

最近はカレーがどうしても外せなくなってきた。

 


浦和エリア旨い店シリーズ ~番外編427~

2023-01-24 06:03:15 | 食~番外編(京都)

さらさ 西陣

京都市北区紫野東藤ノ森町11-1

TEL 075-432-5075

定休日 不定休

https://www.cafe-sarasa.com/

建勲神社から歩いて6~7分のところにある隠れた名スポット、レトロカフェの「さらさ」さん。

ここもTV番組で知って訪ねてみた。

映画「千と千尋の神隠し」のお風呂屋さんのような唐破風の屋根。

築80年の銭湯旧藤の森温泉をリノベーション、さらさ2号店として2000年にオープンした。

2階は貸しギャラリーになっている。

1984年、富小路三条にある町家にてモノ作りの好きなクリエイティブな若者たちが

内装工事をやり什器を持ち寄って「さらさ」は誕生した。

格天井と呼ばれる立派な高い天井。

和製マジョルカタイル全面張りのアンティークと呼ぶにふさわしい店内。

銭湯で長湯をするようにゆったりとくつろげる落ち着いた雰囲気が当店には流れている。

銭湯のリノベーションというとユニークで意外性のある空間が出現する。

おそらく銭湯の大きな明りとりの吹き抜け空間が

普通では味わえない巨大なトップライトに変身している。

トイレの内部もマジョルカタイル。

その造りを見ると以前は流し場として使われていたようだ。

銭湯時代の入口見番あたりから浴室に入るあたりのバリアー(段差)は

かえっておもしろい空間を造り上げている。

当店はカウンター席なしの45席カフェだ。

これがさらさ西陣のランチメニューとスペシャルドリンクメニューと

各種クリームソーダメニューとケーキとクッキー、デザートメニュー、紅茶・中国茶メニュー。

メニューには親しみを感じる手書きのイラストが描かれていて見ていてホンワカしてくる。

マジョルカタイルで囲まれた壁にも黒板に画かれたメニューが絵になっていた。

ケーキセット1,000円、さらさのチョコレートパフェ900円。

人の温もりを感じますネー。

メニューを見た瞬間、即オーダーは決まりました。

スタンダードThe定番クリームソーダ600円。

赤(ラズベリー)、黄(レモン)、緑(メロン)の3つの中から即メロンクリームソーダに決定。

だって昭和の香りがプンプンのさらさ西陣にピッタリですもの。

当店の道沿い、歩いて3~4分ほどのところに京都で有名な船岡温泉がある。

当温泉は脱衣所から浴室に至るまで大正昭和の趣を色濃く残した銭湯で

お風呂も日本で初めて導入された電気風呂をはじめ、

ジェットバス・露天風呂・くすり風呂など種類が豊富。

当温泉は大正12年に営業を開始した。

 

 


建勲神社

2023-01-23 06:02:27 | 旅 ~京都

四神相応(青龍、朱雀、白虎、玄武の)1つ

玄武(北の神)の船岡山の中にある建勲神社の入口、大鳥居。

この鳥居は府内最大の白木鳥居で笠木も大きく反り、神域の荘厳な結界を構成している。

この鳥居から右手に末社の義照稲荷社及び命婦元官があり、

左手の石段を3分程登ると別格官弊社 建勲神社に出る。

階段正面が大平和敬神の大きな大神石。

昭和45年11月10日、建立奉納された。

さらに石段を登っていくと前述した義照稲荷社と伏見のお稲荷さんの元官であり、

又秦代の守護神として今日の西陣織の祖神となっている稲荷命婦之宮がある。

これが山城国船岡山建勲神社の境内図。

船岡山は玄武の小山として平安京造営の北の基点となったとされる小髙い丘で

緑豊かな建勲神社の境内からは比叡山や大文字山(如意ヶ獄)など東山三十六峰の眺望が楽しめる。

当社は正式には「たけいさおじんじゃ」というが

地元では「けんくんじんじゃ」「けんくんさん」として親しまれている。

この船岡山は標髙112メートル(比髙45メートル)と優美な小山で古くは聖徳太子の文献にも、その名が出てくる。

京都が都に定められ、船岡山の真南が大極殿、朱雀大路があった。

桶狭間の合戦出陣に際し、織田信長公が舞われた「敦盛」の一節を刻んだ有名な歌碑。

当神社は明治2年(1869)、明治天皇の御下命により織田信長公をお祀りする神社として創建された。

明治8年(1875)に別格官幣社に列せられ、明治13年(1880)新たに社殿を造営し、

明治43年(1910)に山麓から山上へ社殿を移建し、現在に至っている。

本殿(簡明な意匠になる近代本殿の好例)拝殿、社務所、貴賓館などは平成20年、国の登録有形文化財に指定された。

ところで信長公の偉業は戦国時代に終止符を打ち、日本統一の道筋をつけ、民衆を疲弊絶望から救い、

消滅しかけていた伝統文化に躍動の美を与え、遠くヨーロッパ文明に着目し、日本を取り巻く世界情勢を的確に把握し、

富国強兵に努め日本の歴史を中世の混乱から近代の黎明へと導いた。

しかし惜しいことに信長公の偉業は天正10年(1582)6月2日未明の本能寺の変により中道にして倒れた。

秀吉は信長の霊を慰める為船岡山に寺を建立し、信長像を安置しようとしたが、中途に終わり、

その後船岡山は信長公の聖地として大切に保持された。

そして年月は流れ、明治2年(1869)明治天皇により、

信長公の御偉勲に対して神社創立の宣下があった。

拝殿の前には他神社ではあまりお目にかからない祓串(はらいぐし)が

納められており、心を落ちつけて祓串にて左右左とお祓いの上、

参拝して下さいと書かれてあった。

拝殿の内側には織田信長公三十六功臣のうち

十二功臣(羽柴秀吉、丹羽長秀、柴田勝家など)の額が掛けられていた。


浦和エリア旨い店シリーズ ~番外編426~

2023-01-21 06:16:12 | 食~番外編(京都)

新大宮 中華のサカイ 本店

京都市北区紫野上門前町92

TEL 075-492-5004

定休日 月曜日

http://shin-oomiya.jp/shop/054/054.html

当店は大徳寺から徒歩4~5分のところにある。

途中、当店への道がわからなくなり、通りすがりの女性に道を聞いたところ、

その若い女性も「中華のサカイ本店」を探しているとのこと。

心強い味方を得たとの気持ちで当店にたどり着いた。

彼女は佛教大学の大学院生で京都の旨い店を巡っているらしい。

わずかな時間であったが旅の出会いの素敵な出来事であった。

当店は京都中華の名店で姜尚美著の「京都の中華」でも紹介され、

さらに昨年11月16日に放映されたBS11で角野卓造と近藤芳正(俳優)が

京都市内の穴場飲食店を巡る「おやじ京都呑み そのⅡ」でも取り上げられた有名店です。

創業は昭和14年、75年の歴史を誇る老舗で、スタートは喫茶店を営んでいたが、

戦後食材を手に入れるのが困難になったため、中華に業態を転換した歴史がある。

この流れがメニューにも残っているとのこと。

このことは後ほど記します。

とにかく当店は一年中食べられる日本一の冷めん(冷やし中華)で有名だ。

この日も長蛇のウエイティング客がいて、約20分待ちで入店した。

店内はいかにも町中華らしい雰囲気が漂い、

あー今、京都中華店にいるんだナーと満足感に浸った。

これが当店のメニュー。

町中華の定番メニューが並び、ウケを狙うようなものが無いのがうれしい。

単品メニューは30種もあり、これはすごい。

お値段は6個入り餃子が300円を参考にして下さい。

夜の定食(平日限定)も超お得な8種1,100円(税込)でどんな味なのか想像してしまう。

壁の一面には来店有名人のサイン色紙が貼ってある。

TVでも放映していたがメニューとメニューの間の一番上には角野卓造(2012.11.4付)の色紙があった。

そして一番下に近藤芳正(2022.8.5付)のサインを発見。

何かうれしくなります。

まずは春巻1,100円。

京都の春巻はこのように食べやすいように短く切ってある。

舞妓さん、芸妓さんの小さなおちょぼ口でも食べやすいようにとの配慮からか。

京都中華の特色はベースが出汁を使い、ニンニクなどの強い香辛料は使わない。

これはお座敷ににおいを持ち込むことを嫌う花街が影響を与えたと言われている。

さあ、これが日本一旨いといわれているサカイの冷めん、ハムと焼豚だ。

昔はこの具材以外に錦糸卵やエビなども入れていたが、どんどん削ぎ落して辿り着いたのが、

このきゅうりの緑、海苔の黒、そしてハムと焼豚のピンクの

シンプルだがすごく奥深い味と色彩になった。

とろみのあるたれを麺に絡ませほおばると、こくのある甘みと酸味、

つるつるもちもちの極太麺が絶妙なハーモニーを奏でながらツツーとのどを通っていく。

「うちの麺太いでしょ。生麺から8~10分ゆでますからね。

親父と製麺所の大将が3年かけて作った特注の麺なんです。

うちの冷めんはたれが変わっているので、たれとの相性がこの太さにしたみたいですね。」

ということで昭和28年にこの冷めんが誕生した。

たれは企業秘密だそうだが、マヨネーズとからしが隠し味になっているようだ。

この冷めん、ハム派と焼豚派に分かれるそうだが、今回両方取って皆でシェアして味比べを楽しんだ。

そしてスミダマンはハム派になった。

「夏はやっぱりサカイの冷めん。

冬もこたつでサカイの冷めん。」

サカイでは一年間冷めん(冷中華)が食べられる。

中華のラインナップの中で一際目立つのがこの洋食、オムライスだ。

これは前述したように初代は喫茶と洋食を作る「喫茶サカイ」だった。

その時の名物料理がオムライスで中華に業態変更した時に

常連客からその味が惜しまれて今日まで生き残ったとのこと。

その味は昭和の懐かしいオーソドックスな味で冷めんとの食べ合わせもピッタリ。

これもシェアして大いに満足な時を楽しんだ。

満足満足そして最高!

中華のサカイがある新大宮商店街は南北に1,000m続く京都一長い商店街。

南側にある織物の街。

西陣の全盛期には「西陣の台所」としてにぎわったとか。

 

 

実は帰宅してしばらくしてサカイの冷めんの味が忘れられなくて宅配もやっていることを知り、

クール宅急便で取り寄せてしまった。

冷めんハム入りが830円。

消費期限が3日間。

焼豚入りが880円、そして送料(クール宅急便)がなんと1,380円。

注文した金額の1/3が送料になってしまった。

また新幹線に乗って行くよりも安いかと自己納得。

旨いものを食べるにはお金がかかる。

参考にパンフと作り方をアップしました。

関心、興味のある方、どうぞ!

ミニ料理レシピ。

自宅でまたサカイの冷めんが味わえるなんて、なんと便利な時代になったのでしょう。

幸せ、幸せ・・・。

 


大徳寺境内の散策

2023-01-20 06:13:53 | 旅 ~京都

今宮神社から次のランチの京都町中華店へ行く途中、大徳寺の境内を通って移動した。

その道中はご覧のように完璧に整備された素晴らしい道であった。

大徳寺は臨済宗大徳寺派の大本山で、

広い寺域に別院2ヶ寺と立派な塔頭がご覧の山内図のように固まって並んでいる。

まさに壮観なエリアだ。

大徳寺は鎌倉末期の正和4年(1315)に大燈国師(宗峰妙超)により開創され、

花園上皇と後醍醐天皇の厚い帰依を受けた。

室町時代には幕府の保護を辞退して在野禅院として独自の立場を貫いた。

応仁の乱で建築物は焼失したが、「一休さん」として親しまれている47世佳持の

一休宗純が堺の豪商の庇護を受けて復興し、豊臣秀吉や諸大名により建造物や寺領が寄進され、

江戸時代初期に現在の建築物はほとんど整えられた。

学生時代、英語をしゃべる住職が居た大仙院に来たことはあったが、

その時のイメージとは全く違う、これが一つのお寺なの?という広さと

すごいという空気感を大徳寺に感じてしまった。

五摂家の筆頭を担う近衛家の墓所はここ大徳寺にあった。

そうか近衛家の菩提寺は大徳寺だったのか!

約300坪ぐらいの敷地を大木が囲み、入口は木の門で閉められ、他の人々を寄せつけていない。

大徳寺の塔頭「総見院」。

本能寺の変で織田信長が自害してから100日後の天正10年(1582年)10月10日に

織田政権の覇権争いの舞台として有名な「大徳寺の葬儀」が羽柴秀吉によって執り行われ、

信長の菩提が弔われた。

本尊は織田信長坐像(重要文化財)。

大徳寺鐘楼は安土桃山時代の1583年(天正11年)に建立された。

鐘楼は1583年(天正11年)に鋳造された梵鐘を釣っている。

生誕500年を迎える茶聖・千利休の菩提寺にして日本絵画の最高峰、

狩野永徳の障壁画を有する大徳寺塔頭、聚光院。

京都国立博物館に寄託していた狩野永徳などの

本堂障壁画46面(すべて国宝)が5年半ぶりに里帰りして一挙公開。

また、現代日本画のトップランナー千住博画伯の障壁画「滝」も公開されている。

大徳寺の塔頭寺院の中でも別格地とされる大仙院。

創建は永正6年(1509年)で枯山水の代表作である書院庭園がある。

天正17年(1589)浅野幸長・石田三成・森忠政(菊丸の弟)が春屋宗園(大宝円鑑国師)を開祖として

創建された大徳寺の塔頭三玄院。

小堀遠州・古田織部・薮内剣仲・長谷川等伯などは春屋に禅を学んだ人々である。

沢庵・千宗且らも修行し、春屋・三成・忠政・剣仲・織部の墓が祀られている。

大徳寺の山門、金毛閣。

応仁の乱後、享禄2年(1529年)に再建された。

その後天正17年(1589年)千利休が造替した。

その際に雪駄履きの自信の木像を安置したことで豊臣秀吉の怒りを買い、

切腹を命じられたという逸話がある有名な門だ。

ここ大慈院は座禅、特に夕暮れから夜にかけてのドラマチックな時間、

静かな境内で組む「夜空の坐禅」が評判になっている。

室町期の建築様式の特徴を見せる本堂(重要文化財)や唐門を持つ大徳寺興臨院。

その後、豊臣政権の五大老を務めた前田利家が菩提寺にするなど加賀前田家ゆかりの寺院だ。

数十年振りに広大な大徳寺の境内を散策したが、

思っていたのと全くイメージが変わってその空気に圧倒されてしまった。

これはもう一度、目的を持ってじっくり来る必要を強く感じた次第です。