スミダマンのほのぼの奮戦記

~グルメ・旅・仕事・自然・地域~あらゆる出来事をフラッシュバック。

浦和エリア旨い店シリーズ ~その551~

2021-08-31 06:12:59 | 食~洋食

レストラン幸(サチ)

さいたま市南区南本町2-1-2

TEL 048-864-1065

定休日 火曜日

JR南浦和駅西口からすぐ、武蔵野線高架横にある、

かなり古いビル(記憶では)プラザマツヤの3階にある洋食屋さんが当店だ。

1階にはコモディイイダというスーパーが入っているが、

このビルにはあまり入ったことがなく、

こんなレストランが昔からあるとは知らなかった。

こういうのを灯台下暗しと言うのだろう。

(高架橋の向こうに見えるのが南浦和駅のホーム。)

エレベーターから出るとなんとなく間の抜けた空間が続く。

二時代前の空気間の廊下を歩いて行くと当レストランを発見。

オープンして40年という歴史があるだけに

ショーケースの中にはサンプルがなく、メニューの札だけが無造作に並んでいる。

こんなの最近見たことないナーと変な感心をして店の中をのぞいてみた。

はじめはこの店営業しているのかな?と不審に思ったが、

入口の所には営業中の札がかかり、店内にはお客もいて、まずはホッとした。

こちらが店内の様子。

カウンター席が6席の4人がけのテーブル席が4テーブル。

中に入ってみるとちょっと昭和の香りがするが落ち着いた雰囲気で決して悪くない。

窓際には観葉植物が並び、緑の潤いもある。

厨房の中ではハッキリ言って家庭の初老のオバサンだが、一生懸命料理を作っていた。

それにしてもテーブル上のむき出しの

マヨネーズとドレッシングの容器、存在感ありすぎですネ。

上のメニューは入口の所に貼ってあった

なんとなく古めかしいサービスランチメニュー。

しかしA、B、C定食ともなかなかしっかりした内容のメニューだし、価格もリーズナブル。

さらにA、B、Cセットメニューは、より魅力的なセットになっている。

各メニューの上には当店にはあまり似つかわしくない写真の作品集が並んでいた。

その中でB定食のハンバーグと白身魚フライ780円をチョイス。

出てきたものを見てオッ!これは店の雰囲気とは違うゾ。

家庭的で心がこもった、そしてしっかりしたものを作って出してきたゾと思った。

ハンバーグは立派なものだ。

白身魚を聞いたらちょっと聞き取れなかったが○○カレイと言っていた。

味噌汁は油揚げに大根そして刻みネギと決して手抜きはしていない。

料理は充分合格点をつけたくなる逸品だと思う。

レストランを出てEVに行く途中、かなり広めの廊下の両サイドにクリニックがあり、

患者さん達が壁際に並んでいた。

これによりレストランとしての空気を壊してしまい、

とても変な気持ちになってしまったのも事実だ。


元新日本プロレスリング社長 ハロルド・ジョージ・メイ氏

2021-08-30 06:18:50 | レポ

約1年半の長いコロナ禍にあり、

これまでの仕事の進め方の変革を迫られることが多くなってきました。

そんな中、タカラトミーやコカ・コーラ社時代に

発想の転換を図ることでプロジェクトの成功を収めた体験談や

トップリーダー論について熱く語ったハロルド・ジョージ・メイ氏の話を聞いてきた。

「日本人にはない着想が面白く、ユーモアに富んだ話が聴けた」

「自然と引き込まれていく話術は素晴らしくプレゼンスも勉強になった」と

大変好評な講師です。

氏は1963年生まれのオランダ人。

父親の仕事の関係で幼少期を日本で過ごす。

ニューヨーク大学修士課程修了。

ハイネケン・ジャパン、日本リーバ(現ユニリーバ・ジャパン)、

サンスター、日本コカ・コーラを経て、

2015年にタカラトミー代表取締役となり、大幅黒字回復を成し遂げる。

18年に新日本プロレスリング(株)社長兼CEOに就任。

20年、同社退任。

著書は「百戦錬磨 セルリアンブルーのプロ経営者」がある。

講演の演題は「リーダーシップに本当に必要なこと」という

経営者にとっては誰でも関心のあるテーマだ。

ハロルド・メイ氏は日本語はペラペラ。

パワーポイントは文字を使わない。

絵、数字、グラフで表現。

パワーポイントの1ページが大事だと言っていた。

オランダではリーダーシップをにわとりで表すとか。

ハロルド・メイ氏は2つの経験をしてきた。

半分は3社の外資系サラリーマン。

もう半分は3社の日本企業で働いてきた。

社長には3種類(3タイプ)があるという。

キーワードは「変わる」だそうだ。

1の種類は創業者、2代目、3代目のオーナー型。

キーワードは「キッカケ」だそうだ。

プラス面は絶対的権力があり、クライシスの時に役立つが、

マイナス面は経営的、人的スタイルが乏しい。

また、己の信じた道を貫く熱意が大事。

2の種類は生え抜き社員、内部昇進型。

キーワードは「安定」。

プラス面は安定感があり、社内調和に優れているが、

マイナス面はリスクを避け改革意識が低い。

3の種類はヘッドハンティング、落下傘型経営者(プロ経営者)だ。

キーワードは「変化」。

このタイプのプラス面は即戦力、短期実績(1~2年)が出せる。

そして客観的感覚を持っているが、

マイナス面は受け入れられるのに時間がかかるという点だ。

コロナによって世の中は変わった。

今までのビジネスのやり方には二度と戻らないだろう。

さらに年功序列型、終身雇用型、出勤することに価値があることから、

ジョブ型、成果主義、セルフマネジメントに移行していく。

リーダーシップとは引き出す力が重要。

リーダーシップに欠かせないのはイニシアティブが最も大事。

それには危機感の共有、聞く耳を持つこと、数字を使うことが必要だ。

リーダーとは時間軸が長いこと。

人に託すことができること。

そして嫉妬心を抑えられること。

妨げを取り除く機動力があること。

嫌なことを言えることが重要だ。

そしてタカラトミー時代のリカちゃん人形とハローキティ人形の話になった。

次にコカ・コーラ時代のミネラルウォーターの話、発想の転換、

見る角度を変えてみるとこうなるといった実例の話になり

説得力のある話が続いた。

最後に日本の経営が危ないという危機感のもと、

プロの経営者はどんな人かというと

1、顔や雰囲気が怖い人で

2、日本語を全く喋らない外国人社長で

3、前職で有名企業の社長を務め、明らかな実績を出した人で

4、ロジックなどを活用し、説得力、納得できる戦略などが説明できる人

・・・なにかハロルド・メイ氏、自分の事を言っているようだった。

 

 

最後に一緒に感じ合い、どうしたらできるか一緒に考えよう。

10%upを目指すより10倍upを目指す方が効率が良いと主張して話を〆た。

 

 

講演が始まる前にいただいたロイヤルパインズホテルのお弁当も一緒に紹介しましょう。


続々・マンション販売中です!

2021-08-29 06:40:53 | お仕事

不動産部リフォーム再販事業よりリフォームが完了したマンションを

読者限定のホットニュースとしてお届けいたします!

「ライオンズマンション南浦和第3 109号室」

さいたま市南区文蔵2-28-11

3LDK 69.3㎡(20.9坪)

京浜東北線・武蔵野線 南浦和駅から徒歩11分。

 

南向きの専用庭がある1階角部屋。

最寄りの南浦和駅は京浜東北線始発もあり、都内への通勤、通学も大変便利です。

近隣には、スーパー、ドラッグストア、コンビニ、飲食店も数多くあります。

 

お子様のいる世帯の方には、学校区も魅力的かもしれません。

さいたま市立岸中学校の学区で、お子様を「岸中に通わせたいから引っ越す!」

という方もいるくらい、さいたま市内屈指の公立中学校です。

今回のマンションはロケーションが一番の魅力だと思います。

 

マンションリフォームについてもおうち時間の充実を図るべく

最適な仕様をご提案させていただきます。

リビングダイニングと洋室は明るく風通しもよいです。

洋室6.4畳を広いリビングの延長として使用したり、

3枚引戸で仕切り部屋を利用できるのでアレンジが効きます。

専用庭も広く、お部屋の広さ以上の開放感があります。

キッチンはオープンキッチンです。窓もあって換気も◎♪

トクラスのキッチンで食器洗い乾燥機付き、床下収納もあります。

吊戸棚がない分、床下収納が活躍してくれそうです。

ガラストップコンロを採用しました!

(ホーロートップのコンロとはデザイン性が全く違います。)

キッチン脇には1畳ほどのマルチ収納スペースがあります。

棚やカウンターも設置してあるので

家事室、ワークスペース、パントリー等々

ライフスタイルに合わせて使用できます。

水廻りも清潔感があります。

洋室2室があります。

ウォークインクローゼットも棚付きです。

収納にもきちんとこだわり、きれいを続けられる間取りではないでしょうか。

なかなか巡り合えない専用庭のあるマンション。

植栽や家庭菜園も楽しめます。

より充実したおうち時間をお過ごしください。

 

住み替え検討中の方、買いたい方、売りたい方、リフォームしたい方が

いらっしゃいましたらスミダマンまでお声がけください。

只今、不動産部リフォーム再販事業では買取を強化中です!

 

スミダ工業㈱ 不動産部リフォーム再販事業 担当:大久保

048-882-0166

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


浦和エリア旨い店シリーズ ~その550~

2021-08-28 06:32:06 | 食~その他

熟成和牛焼肉 丸喜 浦和店

さいたま市浦和区仲町1-9-14 第一アークビル2F

TEL 048-833-5884

定休日 無休

https://jyukusei-maruyoshi.com/

当店は浦和駅北口改札から徒歩約2分ほど。

線路沿いの道から路地に入った飲食店街にあるビルの2階にある。

2013年3月3日にオープンしたそうで、

ここではランチでお得な絶品の熟成肉が味わえる。

ビルの外側にはお店をアピールした垂れ幕がかかっていた。

当店は浦和に初上陸のようで、蕨にも店があるらしい。

焼肉デートも雰囲気を大切にして行きたい方にオススメと書かれてある。

入店してみてそのメッセージの意味がわかったような気がした。

この入口の白い扉を見るととても焼肉屋さんとは思えない。

ひょっとして前のテナントが使っていた扉をそのまま転用したのかもしれない。

そのギャップがかえって新鮮な印象を与える。

明るい店内はカウンター席とテーブル席、合わせて40席の広さ。

ご覧のようにテーブル席は真っ赤なふかふかのソファー。

真っ白な焼肉の煙を吸い取るダクトが内装的にすごいインパクトになっている。

この日は2人の女性がお客を対応していた。

ランチメニューは肉系7種。

熟成和牛5種定食2タイプが気になるメニューだ。

他に焼肉専門店だけに希少部位多数、熟成黒毛和牛もいろいろ。

創作すき焼風サーロインも気になる。

ホルモンも細かい部位に分かれている。

丸喜で扱うお肉は全て熟成和牛を使用(厳選された黒毛和牛)。

温度0℃~4℃、湿度80%に管理された乾燥熟成庫で40日間前後しっかり熟成させて

ギュッとお肉の旨味を凝縮するとともに肉質がとてもやわらかくなっている。

一頭まるごと仕入れているので普段食べられない希少部位の熟成肉を堪能できる。

牛の部位が細かく絵で示されていてとても参考になる。

これによると16の部位に分かれている。

一般的に使われているのはタン、ロース、サーロイン、ヒレなど牛の上部。

最近ちょくちょく耳にするのがランプ、トモサンカク、サブトン。

自分的に「へえ」というのがクラシタ、マキ、イチボ、カイノミ、シンシン、

インサイド、トウガラシ、クリ、本ミスジ、ウワミスジなどだ。

最近は肉といったらハンバーグを優先的に選んでいる。

この日も熟成和牛ハンバーグ定食980円+税(平日限定)をオーダー。

これにはサラダ・キムチ・スープ・ライス・ソフトドリンクが付いて

このお値段だから良心的だと思う。

サラダのドレッシングはグッド。

キムチは自家製だそうだ。

スープは焼肉店らしくワカメスープ。

ライスは大中小を選べる。

肝心のハンバーグは丸々とした形で和風ソース。

割ってみると肉汁が溢れ出し、肉の旨みをダイレクトに感じられる至福の一品だった。

旨みをたっぷり纏った肉汁はもうたまりません。

肉好きの方には是非とも食べていただきたいハンバーグでした。

ごちそうさまでした。

 


からしそば ~その10~

2021-08-27 06:13:24 | 料理

今年の3月末、京都の桜を訪ねてきた時、偶然タクシーの運転手さんに聞いて知った

カラシソバの味(2021-5-3付 番外編339、鳳舞楼を参照して下さい)が忘れられなくて、

帰宅後、見よう見まねで鳳舞楼の写真1枚を頼りに作ってみました。

そして作るたびに進化し今回6回目。

とうとう料理ブログに披露する時が来た。

これがカラシソバ(撈麺)の完成です。

因みに京都中華とは出汁は鶏ガラのみか昆布を加えるかで和風の出汁に近い。

ニオイの残る材料(ニンニク、紹興酒など)は使わない。

花街に近い場所で発展したという歴史がニオイの残る食材をシャットアウトした。

舞妓・芸妓はん達は「こんなのよう食べれへんわ」と・・・。

要は京都中華の味は和食風中華に近い。

その1つのカラシソバはあっさり味で上品、

奥深く和の中華の余韻が続く絶品だ。

・具材は鶏肉の蒸し肉、小海老(むきえび)、レタス、椎茸、青葱(九条ネギ)、キクラゲ。

・材料は焼きそば、鶏ガラスープの素、だしの素、

練りカラシ(粉カラシ)、醤油、酢、片栗粉。

今回はセブンイレブンで買った「炭火香るサラダチキン」を使用。

プレーンより多少味付けがしてある方が良いみたい。

この蒸し鶏を小さく切る。

今回はむきえびを3つに細かく切り、お酒で蒸し焼きにしてみた。

椎茸は薄く切り、醤油と砂糖で煮て味付けをした。

ネギは京都中華の為あえて九条ネギを採用。

やはり九条ネギが正解だと思う。

カラシソバの特色の1つはキャベツではなくレタスを使うところか。

レタスの切り方はやや大きめに切る。

最後に炒める前に軽く湯煎をする。

今回は初めてキクラゲを使ってみた。

鶏ガラスープ3:出汁1に練りカラシを入れる。

このスープにはカラシの量はそこそこ。(ここがまだ未完成だ。)

この出汁スープに具材、鶏肉、椎茸、エビを入れ、

次に湯通ししたレタス、九条ネギを入れて炊く。

そこに水で溶いた片栗粉を入れ、とろみをつけていく。

これで焼そばにかける具が完成した。

京都人はあんかけが本当に好きなようだ。

次に焼そばを炒めるソース作り。

醤油と酢を混ぜた中に練りカラシを入れ研いでいく。

この料理の一番のポイントはこのカラシの量だと思う。

カラシの量のわりにはこの料理は辛さがなぜか弱くなっていく。

かなり多めが良いと思う。

この料理ではたまたまスーパーで見つけた広島おたふくの

昔ながらの蒸し中華麺を使っている。

これ結構旨いです。

これを湯煎し、サラダ油で炒め、そこにカラシ酢醤油をかける。

お皿に炒めた焼そばを盛り、出来上がった具材のあんかけがをかけて完成でーす。

 

 

 

関東人にはカラシの効いたあんかけ焼きそばはあまり経験がなく、

その味はとても新鮮。

京都らしい上品な味の余韻が続き、クセになってしまいます。

見よう見まねのカラシソバも6回も試行錯誤を重ねると

これお客さんに出してもいいんじゃないと言われるほどのレベルになりました。

 


京都の街あれこれPART Ⅶ

2021-08-26 06:14:34 | 旅 ~京都

京都南座は平成30年11月に発祥400年を迎えた。

慶長8年(1603年)、京市中において出雲阿国が歌舞伎踊りを披露して衆目を集める一方、

芝居町として発展してきた京四条河原町が民衆の熱気と賑わいであふれる中、

南座はこの地に誕生した。

明治39年(1906年)白井松次郎、大谷竹次郎兄弟の松竹合名会社が南座を経営、

昭和4年に由緒ある櫓を備えた桃山風破風造りの典雅な劇場を竣工。

平成8年(1991年)国の登録有形文化財に登録され、

その後京都市の歴史的意匠建造物にも指定された。

平成28年2月、2年以上にわたる耐震補強大規模改修工事を終え、

平成30年11月、吉例顔見世興行を挙行した。

京都の代表的風景の1つ、鴨川にかかる四条大橋と異国情緒漂う洋館。

鴨川はただの川ではなく街の中心を流れながら、

所によって白波が立ち、他の川とは趣きが違う風情がある。

この写真にも1羽の鷲が写っているが、街の真ん中に自然を感じる。

この鴨川のほとりに建つスパニッシュ・バロックの洋館は大正13年

西洋料理店「矢尾政」二代目店主が新しいビアレストランをイメージして

ウィリアム・メレル・ヴォーリスに設計を依頼、大正15年に完成した。

因みにヴォーリスの作品は東京御茶ノ水の山の上のホテル、関西学院大学など。

また、メンソレータムで有名な近江兄弟社の創立者の1人でもある。

今も活躍しているエレベーターは日本最古のEV。

現在は古き良き伝統を守り、

流行にとらわれない本格的北京料理の「東華菜館」となっている。

神輿の御旅所から八坂神社へ歩いていく途中、

京都の蒸し暑さから一時逃れるため京都高島屋へ入った。

京都の代表的デパートといったらここ高島屋と大丸がある。

この地は高島屋発祥の地で京都烏山松原に記念モニュメントが建碑されている。

1831年(天保2年)初代飯田新七は京都で古着木綿商を始めた。

1921年(明治45年・大正元年)京都店(RC3F、一部B1F)を新築した。

館内ではちょうど祇園祭の様々な展示を行い、

コロナ禍で寂しくなった祇園祭を盛り上げていた。

早朝散歩で行った新選組壬生屯所遺跡の八木家。

ここは以前アップした壬生寺の近くにある。

幕末京都の治安を守った新選組があしかけ3年過ごした壬生屯所時代、

奥座敷の鴨居に残る刀傷は内部抗争で

芹澤鴨隊長が暗殺された跡で当時をしのぶことができる。

八木家は壬生村きっての旧家で壬生郷土の長老をつとめていた。

壬生屯所跡からホテルに向かうため表通りに向かって行ったら、

かなり立派な神社と出会ったので立ち寄ってみた。

ここは梛(なぎ)神社(元祇園神社)といってスサノオノミコトを主神とし、

ウガノミタマノミコト、イザナミノミコト、

ホンダワケノミコトなどを配祀している神社だった。

社伝によれば貞観11年(869年)京の都に疫病が流行した時、

牛頭天王(スサノオノミコト)の神霊を

播磨国広峰(現在の姫路市)から勧請して鎮疫祭を行った。

この時その神輿を梛の林中に置いて祀ったことがこの神社の始まりであるという。

後に神霊を八坂(今の八坂神社)に遷祀したとき、

当地の住人は花を飾った風流傘を立て、鉾を振り、

音楽を奏して神輿を八坂に送った。

これが後の「祇園会(祇園祭)」の起源と伝えられる。

境内の隼神社はタケミカヅチノカミ、フツヌシノカミを祀り、

延喜式にも載る大社であり、大正7年(1918年)蛸薬師坊域からこの地に移された。

梛神社とともに厄除け、厄病払いの神である。

イノダコーヒー本店を出て近くをブラブラしていたら古い商家が目に入ってきた。

ここは創業明治18年京名菓の大極殿本舗六角店栖園(せいえん)だ。

ここは和菓子販売と甘味処になっていてスイーツ西日本の百名店にも選ばれている。

古都の印象菓、琥珀流しが有名らしい。

言わずと知れた嵐山渡月橋の絶景。

どうしてもここに来たらシャッターを押してしまう。

そしてどうしてもブログに載せたくなってしまう。

このような風景が京都にはいくつもあるから京都を旅するのがやめられない。

人力車の俥夫に教えてもらった手打ちそば「よしむら」と豆腐料理「松ヶ枝」と

福田美術館の間で桂川沿いにあるトレンディなカフェを発見。

東京の青山、六本木にありそうな店だが緑豊かな嵐山にある

こんなファッショナブルなカフェはさらに超輝いて見える。

また、度々紹介している京都の街の風景となってしまった若い女性の浴衣姿。

今年の新しいファッションスタイルはこの2人が着用しているレースの浴衣。

街で何度か見かけ失礼ながらシャッターを押してしまった。

(2021-5-12付 番外編341ブログ参照)

前回の旅でハマってしまった志津屋のカルネを今回も食べるぞと決めて来たが、

とうとう志津屋の店に入る機会が取れなかった。

こうなったら最後の手段、帰りの時に京都駅にある「Sizuya」で

新幹線での車中食とおみやげで買うことにした。

このアスティロード店は平成元年オープン。

志津屋さんは昭和23年(1948年)創業。

生まれ育った京都の町の人に安全で美味しいパンを食べていただきたくて

現在20店舗以上京都市内だけで営業している。

代表商品は先述した「京カルネ」。

志津屋といえばカルネ。

噛めば噛むほど味が出るシンプル商品で、京都人のソウルフードといわれている。

それ以外に元祖ビーフカツサンド。

とにかくここのパンは創意工夫がされてどれも安くて旨い。

 

 

 

これでコロナ禍での祇園祭を肌で感じた旅のブログはゴールに辿り着きました。

こうしている中も感染者数は増えるばかりです。

先日のデータによると埼玉県民の100人に1人が感染した計算になるそうです。

何か身近な所に迫ってきたという緊迫感を感じる今日この頃です。

 

 


福田美術館

2021-08-25 06:19:31 | 建物

京都嵐山の渡月橋の近くに2019年10月、

新たな私設美術館「福田美術館」が誕生した。

この美術館は「100年続く美術館」をコンセプトに掲げている。

当美術館の建築は伝統を意識しながらも未来に向けた新しい日本建築を志向したそうだ。

洗練された和モダンのデザインは周辺の自然にも違和感なく溶け込んでいる。

ちょうど7月17日(土)~10月10日(日)まで「京(みやこ)のファンタジスタ」と称して

伊藤若冲と同時代の画家たちが「どうしてこんなに天才たちが」を

テーマに取り上げていた。

この美術館を知ったのは人力車俥夫・勝木君の情報提供で

たまたま訪問することができた。

建物は大変コンパクトで2階建。

ギャラリーは2ヶ所プラス、パノラマギャラリーという

ちょうど良い大きさの美術館かもしれない。

こちらは2階から見た受付の光景。

入館料は若干高めの大人1,300円だ。

https://fukuda-art-museum.jp

館内に入るといきなり2階まで一本の通し階段が現れた。

これは大迫力の空間で設計者が考えに考えた空間造りにちがいない。

当館のおもしろい空間にフィックスの大硝子を上手に使った空間造りを発見したが、

詳しくは後でご紹介いたします。

第一章(ギャラリー1)では「若冲と蕪村」を取り上げています。

同じ年に生まれた伊藤若冲と与謝蕪村。

20年間同じ京に住み、中国絵画を学ぶなどの共通点がありながら、

まったく異なる画風を追求したふたりの作品を紹介しています。

上2点が伊藤若冲の作品、下が与謝蕪村の作品です。

若冲の「霊亀図」18世紀

若冲と梅荘顕常(1719-1801)の「竹図」

若冲と太田南畝(1749-1823)の「蘆葉達磨図」

若冲の「柳に鶏図」

若冲の「鯉魚図」

伊藤若冲最初期の作品「蕪に双鶏図」

世界最先端の照明システムを採り入れた展示室は

92%という高透過率を誇るガラスケースに加え、

奥行きが30cm~1mまでの可動式。

画家たちの「筆致」を間近に見ることができる。

こちらは与謝蕪村(1716年-1783年)の作品

老松図屏風 天明元年(1781年)

同じく蕪村作の「猛虎飛瀑図」明和4年(1767年)と

「笩士図画賛」18世紀と「飼馬図」安永9年(1780年)。

こちらの美術館の素晴らしさは何といっても

フラッシュをたかなければ撮影が可能だということです。

ものすごい解放感があります。

これが硝子を使っての美術的空間だ。

1枚の透明硝子に太い細い種々なデザインの磨りガラスを模様にし、

その隙間から遠くの嵐山、桂川、そして手前に石庭を模した池の水面の広がりが見え、

これをじっと見ていると絵画を見ているような不思議な気持ちになる。

1階の奥に設けられたカフェ。

こちらからは渡月橋、桂川の水景に溶け込んだ佇まいを眺めながら

美術鑑賞の余韻に浸ることができ、至福の時を過ごすことができる。

ギャラリー1を出ると当美術館の

オリジナルグッズが売られているミュージアムショップがある。

このミュージアムショップでは、

ここでしか手に入れられないオリジナルグッズが販売され、

最高のお土産を買うことができる。

ギャラリー2では「鎬を削る画家たち」と題して若冲が生きた

18世紀の京都で活躍した多くの画家が、

寺社が所蔵する中国絵画や版画を学んだり、互いに切磋琢磨することで、

個性的で魅力あふれる画風を確立したことを展示している。

写生を基本として革新的な画風を確立して円山応拳(1733-1795年)の作品

「陶淵明図屏風」安永7年(1778年)、「栄父許由図」安永2年(1773年)、

「竹に狗子図」安永8年(1779年)。

呉春(1752-1811)の作品「松竹梅図屏風」18世紀。

日本の文人画を大成した池大雅(1723年-1776年)の作品「墨蘭図」18世紀と

「山中娯楽図屏風」18世紀。

富岡鉄斎(1837年-1924年)作の「摸月峯筆大雅堂住居図」

池大雅夫妻が暮らした祇園の住居とその周囲の様子を描いた作品。

表で比べる京の画家たちの交友関係の一覧表と住居マップ。

これはすごく興味深い資料だ。

福田美術館は江戸時代から近代にかけての

主要な日本画家の作品で構成されるコレクション約1,500点を有している。

たとえ美術に詳しくない方が見ても感動を与えられるような作品がコンセプト。

注目すべき初公開ものや幻の作品が多数含まれている。

 

 

 

 


浦和エリア旨い店シリーズ ~番外編353~

2021-08-24 06:20:55 | 食~番外編(京都)

手打ちそば よしむら 豆腐料理 松ヶ枝

京都市右京区嵐山渡月橋北詰西二軒目

TEL 075-872-0102

定休日 年中無休

https://yoshimura-gr.com/matsugae/

人力車の嵯峨野の旅も終わり、丁度お昼になった。

俥夫の勝木君の推薦により、人力車のえびす屋さんの事務所の隣にある

手打ちそばと豆腐料理のお店でランチすることにした。

こちらのお店はいかにも京都そのもの古色蒼然とした建物、

しかも渡月橋のすぐそばという好立地で若い女性にウケそうな雰囲気。

そんなこともあってか若干のウエイティングとなった。

当店の建物は、明治の映画家、川村曼舟画伯が居を構え、

北大路魯山人、山元春拳や横山大観など多くの文化人が集い

遊んだ由緒ある邸宅です。

門から入って手前右手が手打ちそば嵐山よしむら、正面奥が豆腐料理松ヶ枝です。

とても素敵なパース絵で、この絵気に入りました。

実際の松ヶ枝玄関とよしむらのウエイティングの長椅子コーナー。

とても風情がありますネー。

ウエイティングの整理券もいかにも京都らしい、なんとお洒落な札なんでしょう。

これを見ていると待つ時間も心和んでしまいます。

松ヶ枝の玄関を上ると受付とおみやげ売場、

各廊下を進むと個室大部屋などに分かれ、さらに一番奥には蔵を改造した部屋もある。

日本画家の美意識が宿る庵の趣きを残しつつ、

現代のくつろぎへと改めた清々しい空間が広がっている。

嵐山膳1,600円、天ざる膳2,200円、渡月膳2,000円、旬遊び膳2,980円の4つの膳コースに

冷たいそばと温かいそば。

そして夏季限定コースの涼風2,000円(税込)がある。

この献立を見ればほとんどの人が夏季限定のフレーズに負けて涼風コースを選ぶことでしょう。

先附3種、お料理、器も涼し気だ。

手桶豆腐。

これはおそらく当店の売りにちがいない。

素材を選び、濃厚さと味わいにこだわった自家製のそば豆腐と抹茶豆腐。

豆乳の中に浮かんだ市松模様の豆腐が美しい。

メインの鱧天すだちそば。

そばの天ぷらに鱧を使うとはいかにも京都の夏といったメニューだ。

当店の蕎麦は全国の生産者から直接仕入れた蕎麦を年間を通して低温保管。

自社で脱皮した剥きたての最も良い状態の蕎麦を風味が損なわないように

石臼で挽いて30名以上の職人達がすべて手打ちしているそうだ。

そば麹のつけものと胡麻だれ。

 

 


常寂光寺

2021-08-23 06:25:18 | 旅 ~京都

京都市右京区嵯峨小倉山小倉町にある日蓮宗の寺院で山号は小倉山。

創建年は文禄5年(1596年)。

開山は日禎、本尊は十界大曼羅だ。

この山門は太い角材を格子に組んで造られた。

そして江戸後期に作り変えられたもので江戸中期出版の都名所図会には

袖に土塀をめぐらせた薬医門が示されている。

https://www.jojakko-ji.or.jp/

境内の案内図が絵付で説明文を付けて丁寧に書かれている。

しかも英語バージョンまでも。

しかも、このITの時代、QRコードまで付けてある。

こちらの住職は時代を先取りするタイプなのだろう。

本寺は百人一首で詠まれる小倉山の中腹の斜面にあってずーっと坂を登っていく。

境内には200余本のカエデが植えられており、

秋には全山紅葉に包まれ、紅葉の名所になっている。

このカエデもご覧のように立派な大木で素晴らしい。

この仁王門は南北朝時代の貞和年間(1345年~1350年)に

本図寺の南門として建立されたもので天和2年(1616年)に現在地に移築されてきた。

この仁王像は寺伝によると運慶作というが実際は作者不明との事。

この像は足腰の病を癒すとされ、信徒が奉納したわらじが壁に掛けられている。

仁王門を過ぎ、本堂に向かってさらに階段が続く。

階段の両サイドは素晴らしい苔とカエデの樹々がその美しさを競い合っているようだ。

この辺りの地は祇王寺といい苔には適した土地なのだろう。

これだけ登ってきて、ふと振り返ると嵯峨野が一望でき、

京都の市街地が遠くに見えてくる。

2枚目の山は京都の送り火で有名な大文字山だ。

送り火はこの大文字から始まって

先日アップした鳥居形まで順次、火が付けられていく。

ここ妙見堂は妙見菩薩を祀っている。

慶長年間(1596年~1615年)に保津川が洪水を起こした際に流れてきた妙見菩薩像を見て

角倉町の船頭が拾って、その後、享和年間(1801年~1804年)に現在地に遷座した。

御所から見て西の方角に当たることから「西の妙見」と呼ばれた。

元和6年(1620年)に建立された多宝塔で重要文化財に指定されている。

高さは12m、方三間重層宝形造で檜皮葺。

「並尊閣」の勅願は霊元上皇の実筆。

この本堂は慶長年間(1596年~1615年)に

小早川秀秋の助力によって伏見城の客殿を移築したものだ。

この鐘楼は寛永18年(1642年)に再建されたもので

梵鐘は太平洋戦争中の金属供出により失われたため、

昭和48年(1973年)に再建された。

この様に常寂光寺さんは山の中腹にあるため階段の多いお寺だが、

この写真を見てもカエデ(紅葉)が多く、秋の紅葉は素晴らしいに違いない。

秋の紅葉シーズンに是非もう一度訪れたいお寺だ。

 

 


奥嵯峨 祇王寺

2021-08-21 06:32:58 | 旅 ~京都

祇王寺は京都市右京区の奥嵯峨にある真言宗大覚寺派の仏教寺院。

寺自体は尼寺である。

山号は高松山。

院号は往生院。

本尊は大日如来。

平安時代、法然上人の弟子・念仏房良鎮が往生院を開設し、後に祇王寺と呼ばれるようになった。

https://www.giouji.or.jp/

祇王寺は竹林と楓に囲まれたつつましやかな草庵で「平家物語」にも登場し、

平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王が清盛の心変わりにより都を追われるように去り、

母と妹ともに出家、入寺した悲恋の尼寺として知られている。

祇王寺は明治初年に廃寺となったが、残された墓と仏像は旧地頭の大覚寺によって保管された。

大覚寺門跡の楠玉締師はこれを惜しみ、再建を計画していた時に、

元京都府知事・北垣国道氏が祇王の話を聞き、明治28年に嵯峨にあった別荘一棟を寄付された。

これが現在の祇王寺の建物です。

祇王寺は苔の庭としても知られている。

ご覧のようにあまり広くはない苔の庭だが、新緑が最も美しい時期、

緑一色の祇王寺の苔庭、若竹の緑の風が静かに流れていく。

ひぐらしの声は暑さを感じさせない。

また、秋の散り紅葉は見事だそうだ。

山門に向かって歩く俥夫の後ろ姿が絵になって思わずパチリ。

彼から祇王の悲しい恋話を聞き、祇王寺の切なさをさらに感じてしまった。

苔庭でも有名なだけに代表的な苔の展示と分布の絵が書かれていた。

山門から右に進むとシノブゴケ、真ん中にスギゴケ、

さらに行くとハイゴケ、そしてヒノキゴケ、帰路にはコツボゴケ。

苔と一口に言ってもこんなに色々あるとは知らなかった。

とても勉強になりました。

因みに俥夫の勝木君はヒノキゴケが好きだと言っていた。

京都人は苔の好き好きまでもがあるとは関心してしまった。

テレビの時代劇などでおなじみの「この紋所が目に入らぬか?」という

徳川家の三つ葉葵の紋所は、フタバアオイの葉3枚を組み合わせたものと言われている。

フタバアオイは5月15日に賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)で

行われる京都三大祭りの一つ「葵祭」の飾り付けに用いられるため、

カモアオイの別名もある。

素晴らしい竹林、夏の風物詩ほおずきも白拍子の祇王の悲恋の尼寺としての物悲しさを

表現しているように思えて仕方がない。

草庵の控の間にある大きな窓を吉野窓といい、影が虹色に見えることから虹の窓とも称している。

仏間の仏壇には本尊大日如来、清盛公、祇王、

妹の祇女、母の刀自、仏御前の木像が安置されている。

祇王、祇女の像は鎌倉末期の作で作者は不明ですが、

眼が水晶(玉眼)で鎌倉時代の特徴をよく表している。

俥夫の勝木君曰く「清盛公の像は本尊と祇王の間にあり、

壁の間にあってよく見えないのが何かを物語っている」とか。

・・・なるほど、これは意味深だな。

正面に向かって左の宝筺印塔に祇王、祇女、母刀自の墓がある。

右の五輪塔は清盛公の供養塔で、いずれも鎌倉時代の作といわれている。