Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。体力作り、俳句、山行、美術館・博物館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。

「鈴木其一展」感想2

2016年09月18日 20時24分12秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 本日は鈴木其一展の前期展示から気に入った3点を挙げてみた。



 まずは「萩月図襖」(東京富士美術館蔵)。ここに描かれた月は酒井抱一の「秋草鶉図」の月と対照の形である。抱一の作品の月ももとはこのように白く輝いていたはずである。芒の花と紅葉の赤い葉の代わりに、紅白の萩を配置したといえる。右の襖に紅萩、左に白萩を配置している。この萩の配置が空間を過不足なく効果的である。
 昨日取り上げた「朝顔図屏風」のように効果抜群の配置だと思う。紅白それざれの色のおさまり方やボリューム感に沿って枝の流れ、まとまりが考え尽くされていると感じる。解説によると花や葉は輪郭線を描いていない。月に呼応した白萩がことのほか印象的だと感じる。



 この「芒野図屏風」(千葉市美術館像)もまったく隙のない作品だと感じた。このように画面いっぱいに描きこむ描き方は、現代の日本画家に通じる。たとえば中島清之の「緑扇」などの試みにも通じているような気もする。
 中央に靡く白い霞のうねりがとてもいい。やはりこれも理知的な感覚にあふれている。白い霞は蛇行する水、川の流れても取れる。会場で同時に眺めていた私よりも高齢の女性が一緒に見ていた夫と思われる方ら「これに描く和歌は何がいいかしら」と言っていた。なるほどと思ったが、私はやはりこの作品は色紙の紋様や和歌を記す紙としてはとてももったいないと思った。これはこれで鑑賞した方がいいのではないだろうか。強いて言えば定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ」などがいいのかな、と思う。
西行の西行の「心なき身にもあはれは知られけりしぎ立つ沢の秋の夕暮れ」は少し艶めかし過ぎると感じた。



 「昇龍図」(個人蔵)は何とも迫力のある龍である。影である黒い背景から浮き出るように躍動感あふれる画面に存分にその姿態をのびやかに示している。顔がとても愛嬌がある。頭以外の体躯の迫力に比べると意を誘うかもしれない。私は若冲の鶏を正面から描いた図などを思い浮かべたり、江戸中期からさかんに描かれた仔犬の図なども思い浮かべた。
 其一というと派手で鮮やかな色彩が印象に残るが、このような水墨画も気に入った。
 諧謔味と迫力と備えた不思議な魅力に満ちた作品だと思う。
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