横浜のみなとみらい地区のマークイズ前グランモール公園「美術の広場」ケヤキ並木がライトアップされた。来年の3月15日まで16時から24時までという長期間である。
本日講座の帰り際に点灯していた。確かに見た目はきれいである。徹底して人工的な街に人工的な装飾、しかも明るい明かりは人気を博しているようである。ランドマークタワーのある風景とはマッチするかもしれない。
しかし私はちょっと違和感がある。やはり空は星が見えるように暗くなくてはいけない。月が映えなくてはいけない。そこの情緒を私は大切にしたい。樹木に悪影響があるとの立論もある。ここまで人工的な街である以上樹木も植生もそれはあくまでも人工的な構造物であれば、自然を守れという意識では対抗できないとは思う。
むかし天文ファンであった自分は星空や月を眺めながら感慨にふけって少年時代を過ごした。星を見ながら神話の世界に浸るも嬉しいし、星や月を眺めながらひとりでもの思いにふけった自分はとてもいとおしくもあり、大人への階段を登るための大事な時間であったと思っている。
今の子供にそれを強要できないとは思うし、人工的な街だからそのように自分を顧みる回路が無いとは言えないことも知っている。
しかし無限大の時間と空間を前にした自然に対する畏怖の感情は、人工的な街の中で培われるのか、というと答えは否定的にならざるを得ない。
みなとみらい地区は人工の町である。しかしここを明るく照らすということは、かなり広範囲に強い光を強要することになる。郊外でもすでにランドマークタワーの明かりは眩し過ぎる。16時から24時、それも来年3月15日までの4が月ものライトアップ。そこまでする必要があるだろうか。
電気の無駄使いと云っているのではない。人工的であることをそこまで徹底するということは、生き方の強要でもあるということを思い至ってほしいと思う。人の生き方に対する社会の干渉・強要が強すぎないか?公共性という名の強制が強まっていないだろうか。
ライトアップの個所もあまりに多過ぎないか。人集めの安易な手段に思ってしまうのは私だけだろうか。
せめて期間と時間でもっと短縮できないものだろうか。