伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

サラエボのチェリスト

2009-03-10 00:46:27 | 小説
 セルビア軍に包囲され砲撃と狙撃を受けているサラエボで暮らす4人、砲撃でパンを買うために並んでいた22人の市民が一気に殺された現場で22日間「アルビニーノのアダージョ」を演奏し続けるチェリスト、丘の上の狙撃者に反撃するカウンタースナイパーのアロー、妻子を疎開させ1人残されて妹のうちに世話になりながらパン工場に通う老人ドラガン、家族とアパートの1階の住人のために水くみに通うケナンを追いながら、極限的状況の中で生きる人々の思いと人間の生き様を描いた小説。
 チェリストについての実際のエピソードから構想されたそうです。
 登場人物の中で、アローだけが市民を狙撃するセルビア軍に対する積極的な反撃者として行動し、ケナンやドラガンは狙撃を避けながら街を歩き続け、後半でもドラガンは目の前で知人の女性が狙撃されて倒れても助けに向かうこともせず立ちつくし、ケナンは水くみに行ったビール工場が砲撃されてまわりで多数のけが人が出ても救助もせずに水を汲んで帰ります。チェリストの行動は、無意味で無謀なものですが、人々の心をいやし、チェリストを守ろうとスナイパーを警戒し続けるアローはその音楽に憎悪のなかった過去を思い反撃をやめアローが命令に反抗してセルビア人の市民を狙撃しなかったことに腹を立てたサラエボ守備軍の襲撃に命を落とすことになります。他方、ドラガンとケナンは、怪我人を救わなかった自分に嫌悪し、思い直して狙撃された死体を運び、隣人の分の水を取りに戻ります。
 アローの前半の格好良さと終盤の哀しさ・切なさ、ドラガンとケナンの格好悪さと終盤の着実さといった4人の生き様の交錯と、セルビア軍のみならずサラエボで戦争により権力を増した軍や物資を高く売りつけて稼ぐ者たちの悪辣さをも描くことで、極限的な状況の下での人間性、生き様を考えさせられる作品となっています。


原題:THE CELLIST OF SARAJEVO
スティーヴン・ギャロウェイ 訳:佐々木信雄
ランダムハウス講談社 2009年1月21日発行 (原書は2008年)

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