伊東良徳の超乱読読書日記

読んだ本の感想を中心に本に対するコメントを書き散らします。読み終わった本は図書館に返すのでフォローは保証できません。

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恋の法廷式

2017-10-10 00:57:16 | エッセイ
 著者が傍聴した刑事裁判の中から、恋愛が絡む事件での検察官、弁護人、被告人の様子を採り上げたエッセイ集。
 私も娘が一度行きたいというので、東京地裁で一日、法廷傍聴をしたことがありますが、自分に利害関係がない事件というのは気楽に見ていられるし岡目八目で弁護士の法廷活動が第三者からどう見えるのか(見える人にはどれくらいあらが見えるか)わかって興味深い反面、事件そのものにそれほど興味が持てずに下手な尋問が続くと眠くなるものです。私が行ったとき準強姦の事件で被告人質問があって、1時間ほどの間に、これまでの人生で経験したことがないほどの頻度で「セックス」という単語が女性検事の口から出続けて赤面しました。ものを書くためとはいえ、その種の事件の傍聴を続ける著者の熱意には、頭が下がると言いますか・・・
 内縁の妻は見捨てないという項目、「夫が罪を犯したとき、妻は離婚するか否かを考えるが、そこには世間体が絡んできやすい。」「内縁の妻の多くはそれがない。判断の基準は、刑務所にいる間、寂しさに耐えて待つに値する愛の深さがあるかどうかである。」(85~86ページ)。至言かも。そして逮捕されたあと、これまで身近にいたけれど恋愛関係になかった人が毎日面会に来てくれて愛が芽生え結婚の約束をしたというケース(256~259ページ)。こういうところ、微笑ましいと思う。もちろん、犯罪を犯した後の人生、そんなに甘いもんじゃないと思うけれど。この本で取り扱っている事件の被告人の大部分の行動や主張が、身勝手で一方的な思い込み、一般人にはとても理解できない勝手な論理に満ちているのですが、そういう微笑ましいケースもあるのが、ちょっとホッとします。


北尾トロ 朝日文庫 2017年8月30日発行
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あせらず、たゆまず、ゆっくりと。 93歳の女優が見つけた人生の幸せ

2017-07-10 19:42:38 | エッセイ
 森繁劇団での舞台女優活動と「渡る世間は鬼ばかり」などのテレビドラマで活躍し、2013年に「ペコロスの母に会いに行く」で89歳にして映画初主演し「世界最高齢での映画初主演女優」としてギネスブックに登録された著者が語る思い出と人生論。
 この本の執筆の動機として、娘から「ママ、辛いだろうけど、繰り返してはいけない戦争を、“本当に心底ダメ”と言えるのは、そのときを生きた人しかいないのよ。その人からしか生まれない言葉なんだから、断ってはダメ」と背中を押されたことが挙げられている(3~4ページ)こともあり、戦争経験には思い入れが見られます。
 終戦直後満州でソ連兵と対峙し、発疹チフスに罹って死線をさまよい、ひたすら歩き続け、衰弱しきった次兄を見つけて軍と交渉して取り戻し日本に帰り着いたがすぐ次兄が死亡した(26~34ページ)という語り、「戦後、満州からの引き揚げのとき、ソ連の軍隊が迫る間際、急きょ乗り込んだトラックで、自分たちはわずかな乾パンだけを持っていました。一緒に乗り合わせた日本の軍隊の人たちは食料をたくさん持ち込んで食べていました。私たちは大人も子どもも、ひもじさを抱えて、彼らの食事をただ眺めていました。それは、とてもつらいものでした」(46ページ)、「戦前戦中戦後と、自分が食べたいときにろくすっぽ食べられなかったので、一緒にいる人全員のお腹の具合が気になって仕方がないのです」(45ページ)、「戦時下では思想的な偏向は教育だけにはとどまらず、芸術、演劇、芸能、スポーツなどに広くおよびました。どこにいても軍部の思想チェックが入り、戦意高揚に消極的だったり、少しでも左翼寄りと見なされると容赦なくパージの対象にされる時代。私がロマンティックな映画が好きなのは、そんな暗い時代の記憶を忘れさせてくれるからかもしれませんね」(151~152ページ)、「青春時代と呼ぶ年ごろを戦争のなかですごした私にとっては、50代からが青春だったかもしれません」(169ページ)などの記述は、実感がこもり、味わい深いというか、日本を再び「戦争のできる国」にしたがっている連中にかみしめてもらいたいところです。
 「俳優の仕事とは、先がまったく見えないものです。『一』はなかなか『二』にならないし、努力しても仕事が来るようになるかどうかはわからない。実力のある人が必ず、日の当たる場所に行かれるとも限らない。ひと作品終えるごとに失業者、一生、次の就職活動です」(188ページ)。自営業者にとっては、身に染みる言葉です。


赤木春恵 扶桑社 2017年3月14日発行
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みんな、ひとりぼっちじゃないんだよ

2017-07-02 17:10:20 | エッセイ
 悩んだとき、落ち込んだときに、気持ちを切り替え、見方を変えて、また頑張ろうと思えるような「ひと言」とその説明を見開き2ページでつづるショート・エッセイ。
 私が強く感銘を受けたのは、次の2つの項目です。著者は、「心躍る日々はあなたにしか創れない」(120ページ)と題して、「同じ環境にいても、ハツラツとしている人とそうでない人がいる。それは、その人のときめきはその人にしか生み出せないからだ。自分で自分の心に火をつけない限り、人生は絶対におもしろくならない!」と述べた上で、そのために「義理のお付き合いを断る」「先のことを心配して過ごさない」の2つを実行した、その代わりに今やりたいことを気の済むまでやったら、あっという間にウキウキするおもしろい人生になった(121ページ)と語っています。著者は、局アナをやめてフリーランスになった後仕事をもらうのに放送局を回った経験を吐露し、「仕事をもらうために自分ができることは、あの人に依頼したいと思われる実力をつけることだけだ」と痛切に感じたとも述べています(109ページ)。個人自営業者として、前者の義理のお付き合いは断るとか先のことを心配して過ごさないというのは、なかなかハードルが高く、後者は至言ではありますがなかなかに厳しいものを感じます。私には、個人自営業者(フリーランス)経験を持つ著者がそれを語ることの重さが感じられ、そういう項目に味わいがあるように思えました。


宇佐美百合子 幻冬舎文庫 2017年2月10日発行(単行本は2008年5月)
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1%の力

2017-03-01 22:25:29 | エッセイ
 諏訪中央病院の名誉院長で、日本チェルノブイリ連帯基金理事長、日本・イラク・メディカルネットワーク代表の著者が、人生・生き方をより良い方向にちょっとだけ/ちょっとずつ「1%」変えてみよう/踏み出そう、例えば1%相手の身になってみる、他人のために生きる、そういったことを勧めるエッセイ。
 とりあえずの目標を小さく設定することで始めやすくする、徐々に目標を上げていって持続させる、そういうことを狙って、その象徴として「1%」というキーワードが使われています。読んでいて、何がどう「1%」なのかは、よくわかりませんし、数字にする意味があるのかもあまり必然性を感じず、「1%」という言葉にこだわるとむしろ違和感を持ち、居心地が悪く思えます。
 著者自身の経験で子どものころ、近所のおばさんのうちでごちそうになると「何を食べてもおいしかった。僕の家で食べる父がつくってくれるご飯に比べれば、すべて食べたことがないほどおいしいものばかりです」「ぼくは貧乏だったのでご飯に弱いんです。ご飯に誘われると断れません」(20~21ページ)というエピソードは、切なくもほほえましいし、「人生は、半分は錯覚と誤解でできています。自分は運がいい、と思い込むことが運のいい人になるための大原則」(26ページ)は至言だと思います。イラクの病院で貧しい白血病の少女を院内学級の助手として雇うことでその少女の再発を監視し防ぐとともに、白血病患者が助手として登場したことでそれまで白血病になったら死ぬと思っていた患者の親たちが治るかもしれないと希望を持つようになって、院内の雰囲気が変わり治療成績も改善したという話(83~90ページ)は心温まります。
 どちらかというと、「1%」にあまりかかわらないところで、感じさせるところのある本かなと思いました。


鎌田實 河出文庫 2016年7月20日発行(単行本は2014年9月)
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オードリー・ヘプバーンの言葉

2017-02-25 22:11:51 | エッセイ
 著名な女優であり、晩年はユニセフの特別親善大使として活躍したオードリー・ヘプバーンの生きざまに焦点を当て、オードリーの言葉を紹介しその背景を語った本。
 6歳の時に両親が離別し父親に捨てられたことを「父に捨てられたことは、私の一生で、最もショッキングな事件でした。」(118ページ)と語るオードリー。栄養失調になりやっと生き延びた戦時の苦難やバレリーナになる夢破れた挫折、(さらには2度の離婚)などを超えて、父親が見捨てて去ったことが打撃を与えたということを見るにつけ、父親の責任の重さを痛感します。
 そして、オランダで第二次大戦期を過ごしたオードリーが、「私たちはすべてを失いました。家も、家財も、お金も。でもそんなことはどうでもいいのです。肝心なのはただひとつ。私たちは生きのびた、ということです。」(124ページ)と述べ、その体験から「ナチスに関しては、聞いたり読んだりする恐ろしいことを、割り引いて考えてはいけません。それは、想像をはるかに超える恐ろしいことなのです。」(120ページ)と語り、のちに「私は、ユニセフが子どもにとってどんな存在なのかはっきり証言できます。なぜなら私自身が、第二次世界大戦の直後に、食料や医療援助を受けた子どものひとりだったのですから。」(162ページ)と言い、湾岸戦争中のユニセフの会議で戦争が終結したらイラクの子どもたちに何ができるかが議論されているとき、戦争が終結したらでは遅い、「このような戦争を引き起こした不正に対して抗議するのがユニセフの義務ではないでしょうか。」と発言した(176~177ページ)というエピソードと構成は素晴らしい。この国を戦争へと駆り立てようとする連中が政権を取りマスコミを牛耳って黙らせている今、このような本が多くの人に読まれるといいなと思います。


山口路子 大和文庫 2016年8月15日発行
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「あきらめる」のが上手な人、下手な人

2017-02-01 21:56:27 | エッセイ
 過去の経緯や決定、他人との比較や意地から方向転換ができないことの愚かさを説き、「あきらめ」て損害を最小限にとどめて出直すなどした方がいいということを勧める人生論・処世術の本。
 過去の努力や投資が無駄になることを恐れて方向転換ができないという事態は、よく見られます。ここまで頑張ったんだからと、引き返せなくなって傷を深めるというやつ。損切り・見切りができるかという話ですね。私は、基本的に、これまでにどれだけのものをつぎ込んだかよりも、これから先続けることのメリットとデメリットを重視して決めることにしていますので、これから先続けるのがものすごく疲れるもので、続けることで得られるメリットが少なくて自分の価値観としてそれほどの意味を見いだせないことなら、過去にどれだけの労力をかけていても関係なくあっさりやめます(仕事だと、契約した範囲はよほどのことがなければ終わりまでやりますけど、その範囲が終われば、次の契約をするかの段階では過去には囚われません)。そういうあたりの話では、著者の意見と同感ですし、実践できていると思います。
 しかし、ビジネス書にありがちですが、「あきらめる」というキーワードで多くのものというか何でもかんでも語ろうとしすぎて、メッセージがごちゃごちゃしているような印象もあります。「あきらめる」のは、何かを実現するためで、大きなものをあきらめないために、目の前のものをあきらめるということであったり、二兎を追えないから片方はあきらめろということで、そこでは「あきらめない」ことに意味が見いだされたりしているわけです。その何をあきらめ、何をあきらめないかの選択が大事なのに、そこがきちんと語られていないというか、ポリシーが見えにくいように感じるのです。
 また、女性については結婚か仕事かの二者択一を論じたり、正しいことの自己主張をするのではなく長い物には巻かれろと諭したり、旧世代の支配構造に都合のいい傾向を持つ本でもあります。
 「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て妻としたしむ」という啄木の歌を引いて、足るを知るを説くのは共感します。友がみなわれよりえらく見ゆる日以外でも、妻と親しみたいと思いますけど。


斎藤茂太 角川文庫 2014年8月25日発行(単行本は2009年9月)
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国境のない生き方 私をつくった本と旅

2016-12-27 09:29:28 | エッセイ
 「テルマエ・ロマエ」でブレイクした漫画家の著者が、幼い頃に北海道の原生林に囲まれて女手一つで育てられたところから、14歳でヨーロッパを一人旅したり17歳でイタリアに渡って極貧の生活をするなどの半生を題材に、旅とボーダー越えをテーマとして人生を語るエッセイ。
 イタリアで詩人と同棲しいつも電気・ガス・水道のどれかは切られた状態というビンボー生活をし借金に追われる(母親が訪ねてきて、電気もガスも止められているこんな極寒の家にはとてもじゃないがいられないと、1泊しかしないで別の町へと発って行ったとか)経験をした著者が、失敗はダメ-ジ・ポイントではない、それだけボキャブラリーが増え時がたてば「経験」になると語るのは重みがあります。
 なんとなく力が湧いてくる感じの人生論です。


ヤマザキマリ 小学館新書 2015年4月6日発行
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ジャズをかける店がどうも信用できないのだが…

2016-08-31 00:17:44 | エッセイ
 1958年生まれ作家姫野カオルコが、世間の「そういうことになっている」について首をかしげる意見を綴ったエッセイ集。
 男女対比型エッセイへの疑問、著者が思う男女の違い、エロなどに関する第1章「不確かな性差」、化粧(世間では化粧をした方が美しいとされているが、著者は化粧はしない方が美しいと確信している)、小悪魔という評価(金持ち老人男をたぶらかす若い女など評価する価値がない、金持ち男をたぶらかす年上女がいればそれこそ小悪魔と評価すべき)、似ている顔などに関する第2章「落とし穴」、表題にあるジャズ喫茶ではなく何となくジャズをかけている照明の暗い料理店、文学界、出版界、映画賞などへの疑問に関する第3章「いかがなものか」からなっています。まとまりとテーマがあるような、ないような。
 冒頭の男女対比のステレオタイプへの疑問は、同感で、入りやすい出だしです。次の、男女差は鼻くそにこそで、公共の場所で鼻くそをほじって擦り付けるのは男性だけというあたりで、う~ん…そう、かな、ぁ…と、私自身、近年は(うら若い)女性が人前で鼻をほじる姿を少なからず見ていて…と思っていたら、著者も、文庫版リニュアル特典で、同じことを書いていました(32ページ)。やはり近年は鼻をほじる女性が増えて、ますます性差は不確かになっているのですね。ということで、そうだねぇと思いながら一気読みしました。高校の同級会でドキドキした製薬会社勤務の元同級生に「○○くんの会社が発売しているコンドームはポリエチレン系でラテックス臭がなくて性能がいいんだよね」(66ページ)といえる感性/度胸は、私は持ち合わせていませんが。


姫野カオルコ 徳間文庫 2016年3月15日発行(単行本は2008年11月、筑摩書房)
 
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「自分の働き方」に気づく心理学 何のために、こんなに頑張っているんだろう…

2016-07-03 00:07:20 | エッセイ
 ニッポン放送のテレフォン人生相談のパーソナリティを長らく務める著者による仕事と生きがいについての人生論的エッセイ。
 この本の多くの部分で言っていることは、自分の基準を持ち、社会に他人に認められたいという姿勢ではなく、自分が持って生まれた能力や与えられた条件、仕事を受け入れて、努力し、足るを知る人が、生きがいを感じ充実した人生を送ることができるということだと思います。社会的承認の欲求、人に認められたい、ほめられたいという欲求は「退行欲求」なのだそうです(31ページ)。そういう一方で、「『人はどうでもいい』というのはまず何よりも社会への帰属意識がない。つまり劣等感が深刻な人々である。冷たい利己主義者である。冷たい利己主義者が働いていることの意味、生きていることの意味を感じることはできない。」(200ページ)とも言っています。
 タイトルに「心理学」の語を用いていますが、心理学の実験等の引用はありませんし、学問的な記述はなく、著者の人生論雑感みたいなフレーズが、「哲学的」という感じではなく「詩的」に並んでいます。私としては、「人生論的エッセイ」と位置づけるしかないかなと。
 他人の言葉が自説の根拠として、出典の明示もなく思いつき的に引用される部分が多く、文章として鼻につくのが、字数のわりに読むのに時間がかかった原因と思います。


加藤諦三 青春出版社 2016年6月5日発行
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オカザキ・ジャーナル

2016-06-08 01:34:56 | エッセイ
 1991年~1992年「朝日ジャーナル」に連載され、「朝日ジャーナル」を看取った「週刊オカザキ・ジャーナル」と、1992年~1993年「広告批評」に連載された「植島啓司と岡崎京子のFAX通信 コトバのカタログ」を二十余年を経て単行本化した本。 
 1980年代後半から1990年代前半に一世を風靡し、1996年に交通事故で重傷を負い表舞台から姿を消した漫画家岡崎京子のエッセイ。ちょっとアヴァンギャルドでちょっとエッチっぽい時代のアイコンとして、私が社会人になりたての頃に秘めた憧れめいたときめきを覚えた著者への懐かしさで、手にしました。「週刊オカザキ・ジャーナル」の方は、朝日ジャーナル連載中たぶん読んでいたと思うのですが、忘却の彼方。今読むと、イメージと違って、意識的にノンポリを押し出してケーハクを演じているようで、思ったよりは入れない。「コトバのカタログ」の方は、字数が倍くらいあるのと書簡(FAX?)形式がうまくはまって、今読んでも、かつて抱いた岡崎京子のイメージに浸れました。私には、こちらの方が自然体で書いている印象です。
 最後に付いている「解説」が蛇足で興ざめ。筆者から岡崎京子が現役漫画家していた時を共有した同時代的な愛/憧憬/畏敬/共感がまるで感じられない。おそらくはこの本を手にする読者の多くはあの頃の岡崎京子とあの時代の記憶とノスタルジーを持っているはずですから、それを共有できないよそ者に偉そうな解説などされたくないと思います。こういう解説をつけた/解説者を選択した編集者のセンスに驚き呆れます。


岡崎京子 平凡社 2015年1月30日発行
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