伊東良徳の超乱読読書日記

読んだ本の感想を中心に本に対するコメントを書き散らします。読み終わった本は図書館に返すのでフォローは保証できません。

パフォーマンス・ブレークスルー 壁を破る力

2017-02-21 22:30:23 | 実用書・ビジネス書
 職場でのリーダー的な人物とその上司や部下、同僚の人間関係・コミュニケーション上の不調・トラブル・行き詰まりや、営業担当者などの顧客等へのアプローチなどについて、別の役割・キャラクターを演じることで改善するというプログラムを提供している著者が、事例を基にその実践を解説する本。
 現代社会では何でも知っている知識人であることに大きな価値が置かれ、わからないということは悪であるかのように扱われているが、知らないことがあるという自覚を受け入れることが現代のリーダーに求められることであり、それはリーダーはチームを未来に導くが未来に何が起こるかは当然誰も知らないから(63~67ページ)という説明には、うならせられます。知らないと認識するからこそ学びと成長のチャンスがあるわけですし。そして、デートに度々遅刻する夫に対し、遅刻したらその罰として5分間二人でダンスをするというルールを提案したアリシアのケース(142~143ページ)には目を開かせられます。遅刻を非難していらだつのではなく、自分が楽しいことをして二人で愉快になろうという発想の転換は、ほほえましくも素晴らしい。これぞ夫婦和合の秘訣。
 多数の改善事例を読んでいると、職場でのトラブル・不満のかなりの部分を占める職場での人間関係について、こうして改善していけたらいいのになぁ、と思えるのですが、紹介されている改善事例の具体的にうまくいったものには、著者らのチームが会社からあるいは上司側から依頼を受けたものが多く、上司側が態度を変えアプローチを変えることで改善しているというパターンが大半を占めています。おそらくはかなり高額の(弁護士以上の、かも)コンサルタント料を取る著者らのチームに依頼できるのは経営者やかなり高給取りのマネージャー・リーダーが大半を占めるという事情によるのでしょうけれど、上司と部下がうまくいかないときに、上司側が部下に配慮し変化するのであれば、部下側が上司を受け入れずに反抗を続けること自体難しいわけで、うまくいきやすいのはある意味で当たり前といえます。
 特に、「難しい場面での会話」と題する第9章(208~231ページ)では、冒頭に並べられる問題事例は多くが一労働者の立場での問題提起に思えるのですが、本文に入ると、一労働者の側で問題解決に挑むケースがあまり見られません。
 部下側から上司へのアプローチの事例は、新任の上級副社長マイケルが上司のカーソンに話しかけるという場面(244~247ページ)で自信を持ち間を取れというようなことや、無口なタイプのエドが攻撃的なシニアパートナーのウィリアムと話す場面(259~261ページ)でジョン・ウェインの物まねをして威張った態度をとることでリラックスするくらいで、一般の労働者の参考になると言えるかは疑問があります。後者などそのケースではたまたまうまくいったかもしれませんが、上司との関係をかえって悪化させかねないように思えますし。その他に労働者側で使えるかもしれないと思うのは、教師とモンスターペアレントの事例(232~242ページ)、セールスパースンと見込み客の事例(116~120ページ、243~244ページ)、コンサルタントとクライアントの幹部(223~228ページ)くらいです。
 全体として、労働者側が職場の人間関係上のトラブルに向き合うときに有効に思えるケースは少ないですが、そこにあまり期待せずに、うまくいかない人間関係一般の改善に向けたチャレンジとして読むと、何か使える場面があるといいなと思い、少し得した気分になれるかなという本です。


原題:Performance Breakthrough
キャシー・サリット 訳:門脇弘典
徳間書店 2016年10月31日発行 (原書も2016年)
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雑学の威力

2017-02-20 00:52:26 | 実用書・ビジネス書
 本業は漫画家だが、現在はテレビコメンテーター、クイズ回答者として知られる著者が、雑学の身につけ方、活かし方等を論じた本。
 「例えば、『遺伝子工学』について知っているよりも、雑学的知識のひとつとして、道端できれいな花を咲かせている植物の名前を知っていたほうが、人との会話を盛り上げるという点でははるかに有用です。もしくは、「宇宙工学」に精通しているよりも、夜空の星座に関して詳しいほうが周囲の人からのウケはいいでしょう」(5ページ)。確かに。言われている側の学問をしている人は悲しいでしょうし、今どき「夜空の星座」を見ることができる人が、少なくとも都会に、どれだけいるかは疑わしいところではありますが。「雑学の最大のいいところは、『人を傷つけない』ところです。仮に、話をしていて相手を不機嫌にしてしまうなら、それは雑学ではありません。その点だけは絶対に押さえておきたいポイントです」(36ページ)も、なるほど、とは思いますが、この書きぶりは何か嫌な経験があるのでしょうね (^^;)
 雑学を収集する作業を飽きずに継続するコツのひとつが、知識を得るたびに「あー、今日もひとつ頭が良くなったよね」と声に出して言うことで(78ページ)、「不思議なもので、実際に毎日のように繰り返して口にしていると、脳がその言葉を信じ込んでしまうのか、着実に一歩前進したような気になります。同時に刷り込んだ新たな知識の内容をそばにいるカミさんに伝えることで、より確実なものにできます」(126ページ)だそうです。なるほど。
 自宅で見つけたテントウムシが「ムーアシロホシテントウ」だったとか、クモが「アダンソンハエトリ」だったというエピソードで「日本の一般家庭に、外国からムーアさんやアダンソン博士なんていうお客さんが来ることはまずないでしょうから、虫とはいえ、しっかりと歓待してあげないと礼を失するというものです」(72ページ)って…『日本産原色クモ類図鑑』が常備されている「一般家庭」の方が珍しいんじゃないかと。
 「漫画を描いていればネタ切れはしょっちゅうですが、ネタが出てこないからといって連載を飛ばしたことは35年間一度もなく、最終的には必ず切り抜けることができているのです」(188ページ)は、ご立派。締め切りのある書面を多数抱え続ける仕事をする者として、その苦しさはよくわかります。博識の自信がそうさせるということとして書かれていますが、むしろ逆にそういう人だから雑学の収集を継続しひとかどの者になれるのではないかとも思います。
 全体としては、ビジネス書にありがちな、出版のコンセプトは明確でわかりやすいが書ける方法論に限界があり次第にページを増やすための水増し・こじつけが続き終盤にはだれてくる、ページ数をもっと減らしてコンパクトに抑えた方がいいのにねという読後感ではありますが、趣旨はなるほど感があります。


やくみつる 小学館新書 2016年4月6日発行
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エロティック日本史 古代から昭和まで、ふしだらな35話

2017-02-19 12:16:30 | 人文・社会科学系
 日本の性の通史をつくるという企画で、日本史の中での性にまつわるエピソードを紹介した本。
 混浴について、「エロの歴史」というくくりで位置付けています(56ページ等)が、出雲風土記のころから(それ以前も)を論ずるのに、混浴だから大行列だったと評価するのはどうかなと思います。その頃そもそも男女別の風呂があったのか、混浴だからではなく、温泉自体が珍しく人気だったということではないのか、疑問に思えます。ペリーの報告書で「ある公衆浴場での光景だが、男女が無分別に入り乱れて、互いの裸体を気にしないでいる…」と「侮蔑」しているとされています(249~250ページ)が、入浴者が「互いの裸体を気にしないでいる」のならば、入浴者は「エロ」の気持ちを持っていないということではないのか、周りが、お上が、後世の人間が、勝手に淫乱だ、けしからんと言っているだけなんじゃないかとも思えます。
 「性」の問題とは別に、「庶民の生活史という点からいえば、源平の争いが始まった時から徳川幕府が成立するまでの400年以上、ズーッと戦国時代であった。なぜならその400年間、庶民の家は焼かれ、田んぼは軍勢が移動する際に踏み荒らされて、まるで津波に襲われた後みたいに使い物にならなくなったからである。」(167ページ)として、勝った軍勢が庶民から強奪し家を焼き払い人さらいをして奴隷として売り飛ばした様子(167~168ページ)、多くの日本人が奴隷として海外に売られたこと(182~183ページ)などが紹介されています。日本史の英雄として位置づけられている戦国大名たちが、庶民を虐げ強奪する残虐で小汚い権力者だという視点を持たせてくれるという点で、興味深いところです。


下川耿史 幻冬舎新書 2016年3月30日発行
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過ぎ去りし王国の城

2017-02-18 22:05:41 | 物語・ファンタジー・SF
 目立たない個性に乏しい友達の少ない中学生尾垣真が、銀行の掲示板に張り付けてあった中世の城のようなものを描いた風景画に引き寄せられる感覚を持ち、仲間外れにされ孤立している絵がうまい元同級生城田珠美に、その絵の中にツバメや人間の絵を描かせてそれをアバター(分身)として絵の中に入り込み、絵の世界と絵の成り立ちの謎に挑むという設定のファンタジー。
 「絵のなかに人が入ってしまうって話は、珍しくない」(88ページ)と、城田に言わせていますが、やっぱり「ナルニア国物語」第3巻のイメージかなと思いますし、別の世界にアバターを送り込んでそれと接続した外界で体が眠り込んでいるというのは映画の「アバター」のイメージで、どこかで見たようなアイディア・イメージのつぎはぎ感があります。それで1冊書けるのも才能ではありましょうが…
 主な登場人物3人の中で、語り手の尾垣真が一番未熟で狭量でわがままというのが、ある種の新鮮さを感じさせるか、読者に入りにくさ・違和感を感じさせるか、も読後感・作品への評価を左右しそうです。


宮部みゆき 株式会社KADOKAWA 2015年4月30日発行
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新しい労働者派遣法の解説 派遣スタッフと派遣先社員の権利は両立できるか

2017-02-17 22:02:30 | Weblog
 専門性の高い業務について派遣労働を認める→専門性の高い業務についてだけ長期間の派遣利用を認めるという労働者派遣法制定以来の基本的な考え方を投げ捨てて、「専門26業務」という区分自体をなくしてすべての業務について派遣先企業は過半数労働者の「意見を聞く」(過半数労働者が反対意見でも構わない)という手順を踏みさえすれば無限に派遣労働を利用でき、他方、派遣労働者は(無期雇用の派遣労働者を除き)一律にすべての業務で3年で派遣切りをされることになった2015年の派遣法改正後の労働者派遣業法について、派遣労働者を支援する側から解説した本。
 労働者側からの解説なのですが、2015年派遣法改正の悪口(私が↑で言っているような)は言わず、政府・官僚側の建前を述べつつ、そういう建前なんだからこうすべきだよねという姿勢で論じています。
 基本的には、労働者が、経営者と自ら、または労働組合を通じて交渉するときに、労働者・労働組合側が主張を組み立てるに当たってこういった視点・考え方で行けばいいんじゃないかというものとして読むのが適切な本だと思います。弁護士の目からは、裁判所ではその主張は通りそうにないし、弁護士や裁判所を通じて実現するのは難しいとかコストが見合わないと感じる点が多々あります。この本を持って、弁護士に相談に来られても、なかなか難しい、けど労働組合(地域合同労組など)を通じて団体交渉で実現する/実現に向けて頑張るということなら、これくらいのことを言ってもいいでしょうねって…
 そういう観点では、参考になる点も多々あります。派遣先が事前面接をしている場合(派遣法は派遣先の労働者「特定行為」を禁止しています)派遣先の雇用責任を追及できる可能性がある(64ページ)とかは、チャレンジしてみたい気がしますし、妊娠・出産関係の第4章、育児・介護休業関係の第5章は、派遣労働に限った話ではありませんが、さまざまなことがコンパクトに解説されていてわかりやすい。
 登録型派遣の更新を繰り返した場合の雇止めに合理的な理由が必要か(合理的な理由がなければ雇止めできないか)については、登録型派遣については更新を繰り返しても派遣法の「常用代替防止」の立法趣旨から「雇用継続の合理的期待」を認められないという判決があり、そのことはこの本でも繰り返し紹介されている(24~25ページ、27ページ、200ページ等)のに、有期派遣契約が繰り返し更新されていれば雇用継続の合理的期待があり雇止めをするには合理的な理由が必要と無前提に書かれていたり(196~197ページ、198~199ページ)するのは、大丈夫かなぁと思ってしまいます。
 旬報社の本に多く見られることではありますが、「てにをは」がおかしいところや誤植が目につきます。


中野麻美、NPO法人派遣労働ネットワーク 旬報社 2017年1月10日発行
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貧しい人々のマニュフェスト フェアトレードの思想

2017-02-12 23:13:13 | 人文・社会科学系
 メキシコ南部のオアハカ州山岳地帯の先住民コーヒー農民とともに働き、生産協同組合を組織して仲買人(中間搾取者)を排除し消費者と直接農民が生活条件を向上させ環境の改善ができるような最低価格を合意して取引するフェアトレードの枠組みを構築した労働司祭によるフェアトレード運動のためのパンフレット。
 著者の主張は、農民(庶民)にとって必要なことは、尊厳を持って生きることであり、そのためには施しではなく農民の労働(生産物)が正当に評価されること、それを確保するシステムこそが必要だということです。著者は、チャリティは不要で、有害だと述べています。「チャリティは、他者を主体的存在または生活者としてではなく、対象物として扱う。このことは、人々の暮らしを支えることに不適当である。他人にお金を乞うことは、この世で最も屈辱的なことだ。」(61ページ)、「途上国にやってくる大抵のNGOは、活動が行われる地域において、最も貧しい人々が何を必要としているかを問わずに、地域住民にとってよいことについて、あたかも住民よりよく知っているかのごとく振る舞っている。」(62ページ)、「結果として、NGOのメカニズムは、自由主義システムを正当化する大量破壊兵器のようなものになってしまう。長期的なプログラムあるいはプロジェクトにおいて、NGOはドナーから優先事項を監視されており、地元のニーズに基づいて機能するわけではない。3~5年間プロジェクトを実施し、その後のことは考えず、バトンを持ったまま帰ってしまったNGOを私自身どれだけ見てきたことか。」(63ページ)など、上から目線の施し(チャリティ)を非難しています。
 「解説」の中で、国民1人当たりの2013年のフェアトレード製品購入額が、スイスが5930円、イギリスが4407円、カナダが669円、アメリカが131円、そして日本が74円と紹介されています(156ページ)。フェアトレードの浸透力、フェアトレードへの関心の差が歴然としています。
 「解説」の中で、本書は2009年頃に執筆されたと思われる(124ページ)とされていたり、「京都、モントリオール、コペンハーゲン」という本文の記載に一連の気候変動枠組条約締約国会議(COP)のことだと思われると注記されている(111~112ページ)のは、どうしたものかと思います。翻訳者は不明な点を著者に確認しないのでしょうか。著者が会いに行くには大変な場所に住んでいることは170~178ページで書かれてはいますが、著者もインターネットを駆使していることが明記されており(23ページ)、どうしてメールで聞かないのかといぶかしく思います。著者が翻訳を了解している(了解していなかったらこの本の出版自体著作権侵害になるでしょう)以上、翻訳上の質問には答えてくれるはずだと思うのですが。66ページの「1.21セント」は「45セント」の3倍だというのですから、当然「1.21ドル」の誤りでしょうし、固有名詞の不統一など誤植と思われる記載が目につきます。世に問う価値のある本と考えて出版しているのでしょうから、もう少し丁寧に作って欲しかったなと思います。


原題:Manifest of the Poor
フランツ・ヴァンデルホフ 訳:北野収
創成社 2016年8月25日発行 (原書は2009年?)
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科学者と戦争

2017-02-10 23:06:16 | 人文・社会科学系
 軍事研究の歴史を概観し、戦後、日本学術会議や大学レベルで「戦争を目的とする科学の研究には絶対に従わない決意の表明」(1950年、日本学術会議第6回総会)など軍事研究を拒否する平和路線を標榜した日本の科学者たちが、近年、軍事利用と民生利用ともに可能な「デュアルユース」を口実に米軍やその傘下の研究所、防衛省などの資金を受けて研究を行い、軍楽共同が進展している様子を報じた本。
 研究者が、研究を続けるために研究費を獲得することが必要で、大学の教授らの仕事のかなりの部分が研究費の獲得(パトロンの発掘)に費やされている/かかっているという実情からは、平和で民主的な研究の予算/研究費をどう確保するかが、科学者が軍事研究を拒否し続ける基礎となります。科技庁の研究予算の多くが原子力研究に注ぎ込まれる中では原子力研究/原子力推進が学会のメインストリームとなり、ソフトエネルギー研究が進まないように。研究費が確保できなくても志を捨てるな(武士は食わねど高楊枝)というのも、わかるけれども、何とかできないものかなぁと思います(懐を潤してくれるパトロンもない/楽に稼げる事件もないのに、貧しい人々が正義を貫けるように頑張れ、と期待を寄せられる/叱咤される身には、他人事に思えなくて…)
 米軍から日本の大学やNPOに2008年から2016年の9年間に8億8000万円の研究費がばらまかれていたことが報じられている(朝日新聞では2017年2月9日朝刊)今、流れを知り考えるのにタイムリーな本だと思います。


池内了 岩波新書 2016年6月21日発行
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淡雪の記憶 神酒クリニックで乾杯を

2017-02-09 23:22:02 | 小説
 VIPが秘密裏に治療を受ける秘密のクリニックの一癖も二癖もあるメンバーたちが患者に関する事件の謎を解くミステリー「神酒クリニックで乾杯を」の続編。
 都内で発生したビル爆破事件と、その爆弾製造に関与したと目される記憶喪失の謎の女性をめぐり、神酒クリニックの面々が得意の能力を発揮します。今回は、看護師一ノ瀬真美がスピード狂のほかに美術(印象派)オタクであることが判明します。
 キャラ設定のコミカルさ、ストーリー展開の軽快さなど、手慣れた感じで、読み物としては快く読めますが、ミステリーとしては、もともと予想しやすい筋の上に、第1作を読んでいると、クセも読めるので、先がだいたい見えてしまうのが少し残念。先が読めても、キャラの味わいと会話のコミカルさで、まぁそこそこ楽しめる作品だとは思いますが。


知念実希人 角川文庫 2016年4月25日発行
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さよならインターネット まもなく消えるその「輪郭」について

2017-02-08 21:17:48 | 実用書・ビジネス書
 レンタルサーバー事業や各種のウェブサービスの会社を経営しインターネットのプラットフォームを提供する側に立ち、2014年には東京都知事選挙に立候補しネット選挙を展開した著者が、インターネットの過去・現在・未来を語る本。
 基本的に、著者の経験談で自伝的エッセイという感じです。インターネットの初期、電話回線でその都度接続・切断し、モデムの「ピーヒョロヒョロ…」を聞いていた世代としては、懐かしい話が見られ、またSNSで「友達」からの投稿やシェアで送られてくる情報が基本的に方向性が同じで、それを見ていると世の中を見誤る(私の経験でも選挙など特定の陣営の側にいると身内の情報が多数流れてきているのに漬かっているうち勝っているように錯覚してしまうことが多々あります)というような話は、そうだよねと思うのですが、だからインターネットの利便性が減少したわけでも特に危険になったわけでもないと私は思います。確かに送られてくる情報だけ見ていたら心地よい幻想の世界に浸ってしまうのでしょうけれども、そもそも自分で積極的に情報を求めることで自らの知識や検討・検証能力を高めることができるのがインターネットの大きな魅力だと思うのです。近年のSNSの発達などにより、インターネット環境が誰もが顔なじみの田舎町のようになり、どこへ行っても知り合いに出くわし、監視されているような窮屈さを感じるとして、そこから外へ(リアルの世界へ)飛び出すことに救いを求めようというのは、著者がそうするのは自由ですし、ネット社会で息苦しさを感じている人にそういう道もあるよと示唆するのはいいと思うのですが、推奨すべき方向性と言えるか疑問を感じます。


家入一真 中公新書ラクレ 2016年8月10日発行 
 
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世界で大活躍できる13歳からの学び

2017-02-07 21:56:25 | 実用書・ビジネス書
 課題に対する答えをレゴブロックを使うなどして「見える化」し、その後調査して得た情報と課題に答えた時点での考えを比較して話し合い、それらの過程や結果を映像化してネット上遺してアーカイブ化して振り返ることができるようにするというような方法論で中学の英語教育を行い、日本で初めて「グローバル・ティーチャー賞」の最終候補となった著者が、教育論を語った本。
 日本の教育は、知識を「知っている」ことを目指し、「答えがすでにある問題」について速く正解を出すことには向いているけれども、世界では「理解すること」が重視され、学んだ知識をどう使うか、どう判断するかを聞いてくる、現状を分析して自分が知っている知識をフル活用して「最も正解に近い仮説」を立て、それを相手が納得するように伝えることを求めている、言い換えれば、日本では「勉強」に力を入れ、世界は「学び」を求めているというのです(46~47ページ、94~97ページ)。
 これって、法律相談について新聞・雑誌やネットでの「法律相談」と称する記事を見て一般の人が持つ誤解と、弁護士が現実に行っている(少なくとも私が行っている)法律相談の違いみたい。ときどき、法律相談を、文書で質問したら、それに対して既にある法律知識を当てはめてそれで回答が来るものと思って、手紙やメールを送ってくる人がいるのですが、本来の(少なくとも私がする)法律相談は、現実の紛争の具体的な事実関係とそれを裏付ける証拠を検討して、相談者にとってより望ましい解決をするために、仮に裁判になったら裁判官にどういう事実を説得できるか、その事実にさまざまな法律や裁判例、その他の知恵を出して、どういう結論が妥当だと裁判官に説得できるかを考えて、その見通しの下で、相手や相手方の弁護士に何を説得できるかなどを考え、どのように進める可能性があるか、そのために今後準備するべきことは何か等を考えていくものです。前提となる事実をどう考えるかでも具体的な証拠を検討し評価する必要がありますし、使えそうな法律や裁判例を考えるときも事実関係の細部まで検討しないと見誤る危険があります。最初から決まった1つの答えがあって法律の知識を当てはめればそれがわかるという性質のものでは、全然ありません(新聞や雑誌・ネットでの「法律相談」と称する記事の多くは、本来「法律豆知識」とでも呼ぶべきもので、とても「法律相談」などと言える代物ではありません。その手の記事のおかげで、どれだけ多くの人が法律相談を誤解しているか…)。この本で、勉強は一方的な個人プレー、学びは対話だと言っている(100ページ)のと同じで、対話のない(手紙とか。メールもそれに近い感じがします)法律相談なんて、私の感覚では、あり得ません。


髙橋一也 主婦と生活社 2016年11月7日発行
 
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