伊東良徳の超乱読読書日記

読んだ本の感想を中心に本に対するコメントを書き散らします。読み終わった本は図書館に返すのでフォローは保証できません。

ジョイランド

2017-03-24 20:54:45 | 小説
 1973年、当時ニューハンプシャー大学の学生だったデヴィン・ジョーンズが、アメリカ南東部のノースカロライナ州「ヘヴンズベイ」の遊園地「ジョイランド」で夏休みのアルバイトをして夏休み終了後も勤務を続けながら、幽霊屋敷「ホラーハウス」でカップル客の女性リンダ・グレイが殺害された事件とその後ホラーハウスに出るという幽霊の噂の謎に好奇心を持ち…という設定のサスペンス青春小説。
 「ミステリー」としては、幽霊屋敷での事件/アクシデントを始め重要な部分ではっきりせず、また超常現象的な描写だけで合理的な説明なく終わっている印象が強く残ります。
 むしろ、「まだ女を知らない21歳」(11ページ)の主人公が、恋人のウェンディ・キーガンに浮気されて失恋し、ジョイランドでマスコットキャラクターのハッピーハウンド(犬)のハウイーの着ぐるみを着たパフォーマンスなどをしながら傷を癒し、バイト仲間の女学生エリン・クックと知り合うがエリンはバイト仲間のトム・ケネディと恋仲になり、通勤途上のビーチで顔を合わせる筋ジストロフィーの少年マイク・ロスとともに佇んでいる美貌の母アニー・ロスは険しい態度を取り…という「礼儀正しい若者に女はものにできない」(13ページ)青春グラフィティとして読むのが正解と思える作品です。


原題:JOYLAND
スティーヴン・キング 訳:土屋晃
文春文庫 2016年7月10日発行(原書は2013年)
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武士道ジェネレーション

2017-03-21 23:56:26 | 小説
 武士道シックスティーン、武士道セブンティーン、武士道エイティーンと続いた剣道青春小説武士道シリーズの磯山香と西荻早苗の高校卒業後を描いた続編。
 大学でも剣道一筋で教職課程も単位が取れず就職できないで桐山道場に居残る磯山と、膝の負傷で剣道をリタイアしながらつてをたどって東松学園高校の事務職員となり桐山師範の遠戚の沢谷充也と結婚した早苗の掛け合いで話が進行します。
 以前から続く剣道青春ものとしての味わい、展開は維持されていますが、この作品で作者は、東京裁判批判、「自虐史観」批判を展開し、「民間人虐殺を行わなかった日本」(46ページ)とまで述べ、「アメリカは東京大空襲で少なくとも十万人、広島への原爆投下ではその年内に十四万人、長崎では七万人を死亡させている」(46ページ)と言っています。この点は、この1か所だけではなく、繰り返し執念深く登場し(42~51ページ、213~215ページ、216~224ページ、319~323ページ)、作者が確信をもって、この作品を通じてこの考えをアピールしようとしていることが読み取れます。警察もので名を挙げた作者が、犯罪の加害者/犯人を憎み加害者の検挙等による解決を志向し、犯罪者を非難しその残忍さを描くことは理解できます。しかしその作者の視界には、アジアの人々の被害は入らない/見えないのでしょうか。被害者の数は、歴史の記録としては重要でしょうけれども、被害者自身やその関係者にとっては、犠牲者が1人であってもかけがえのない命です。南京大虐殺の被害者の数が過大だと声高に言う作者は、では20万人ではなく10万人なら、あるいは5万人なら殺されてもかまわない、「虐殺ではない」というのでしょうか。日本への空襲を戦時国際法違反だと非難する作者は(私は、アメリカ軍の空襲を批判すること自体は正しいと考えていますが)、日本軍が行った重慶爆撃は「なかった」というのか、民間人が犠牲にならなかったというのか、いったい何をもって日本軍が「民間人虐殺を行わなかった」などというのか、私の目には、作者が、日本人の命は大切だが、アジアの人々(朝鮮人、中国人)の命はどうでもいいと言っているように見えます。


誉田哲也 文藝春秋 2015年7月30日発行
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震度7の生存確率

2017-03-20 20:23:33 | 実用書・ビジネス書
 防災教育の普及活動を行う一般社団法人日本防災教育振興中央会の代表理事(阪神・淡路大震災の被災者だそうです)と理事が、大地震で震度7の激しい揺れに襲われた場合、その瞬間に何をすることで生き延びる確率を上げることができるか、そのために日頃からどのようなことを考え準備すべきかを解説した本。
 冒頭の第1章が、さまざまなシチュエーションで震度7の揺れに襲われたときに取るべき行動を3択ないし4択で答える方式になっていて、ここがこの本のハイライトです。地震の瞬間に関する12問と日常の備え3問、地震後の避難3問で構成され、地震発災の際の12問の著者が評価した生存確率合計860%に対する読者の答えの合計確率で、生存確率の評価がなされます。私の回答は、760%で、評価は上から2つ目の「サバイバー」(生存の可能性が高い人)でした。もっとも、評価対象から外されている「日常の備え」が全然だめなので、現実の生存確率が高いとは言えないでしょうし、自分が車を運転しない関係で、車に乗車中の判断が低かったです。
 私たちが子どものころに繰り返し言われた、(教室で)地震が来たら机の下に潜り込むは、震度7では机ごと飛ばされるのでかえって危険で、窓(ガラス)や机等の飛んできて危ないものから離れてしゃがみ込むべきだそうです。同様に調理中の場合、ガスの火を止めようとすることは震度7では危険(止めるのは無理)な上に今は震度5強以上の強い揺れがあるとガスの供給が自動的にストップするので無意味なのだそうです。
 そのほかに、地震の時にけがをすると生存確率が大幅に低下する(救急車が来ないので平時なら死なない程度の怪我でも死ぬ可能性が高くなる、移動能力が落ちて危険を避けられなくなる。102~105ページ)、倒壊物の下敷きになるなどして筋肉の30%を3時間挟まれると筋肉が押しつぶされることで発生したカリウムやミオグロビン(筋肉中で酸素を貯蔵するたんぱく質)が救出の際急激に体内に回り「クラッシュ症候群」を引き起こして死に至る(116~117ページ)ということも頭に入れておくべきでしょう。クラッシュ症候群というのは初めて知りましたが、せっかく生きて救出されたのに、その救出で圧迫がなくなって死亡するって、あまりにも悲しい。
 そして、大災害に直面すると多くの人は動けなくなるのだそうです。震度7の揺れがあると物理的に動けなくなりますが、それだけではなく、心理的に日常の無意識の刺激→反応/行動のシステムが働かなくなることや麻痺がおこることで動けなくなり、70~75%の人は何もできなくなり、15%以下の人が我を失って泣き叫び、落ち着いて行動ができる人は10~15%程度だとか(123~126ページ)。大きな災害が起こったときは、事前の準備(情報の収集)と麻痺から覚める/覚ますため大きな声を出すことが大事だそうな(126~127ページ)。
 災害時のしゃがみ込みは、著者が「ゴブリン・ポーズ」と呼ぶ、片膝をつき(片膝とその足の先ともう片足の裏3点で体を支える)両手の拳を頭の上側につけて脇を締める体勢で行うべきだそうです。拳を握るのは、頭部への落下物に対して拳がクラッシュ(骨折する)ことでクッションになって頭部を守るのだとか…考えるだけで怖い/痛いけど。
 首都直下地震とその後の状況をシミュレーションした第4章も悲しくおぞましい記述が続きますが、そういったことも含めて、いろいろと直視すべきことがあると考えさせられました。


仲西宏之、佐藤和彦 幻冬舎 2016年12月15日発行

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地方自治講義

2017-03-18 21:18:26 | 人文・社会科学系
 元大田区役所勤務、現在福島大学教授(自治体政策)の著者が行った「自治体の考え方」と題する連続講義をもとに地方自治の歴史や考え方などを解説した本。
 日本の国土政策が「国土の均衡ある発展」などと称して一貫して(少なくとも主観的には)拡散政策だったが、地域に根ざした産業を育成するのではなく大規模製造業や情報通信産業のような大都市を中心とする産業のブランチを全国にばらまこうとしたもので、失敗したところが少なくなく、成功した場合も中央との結びつきが強化されることで一極集中構造が促進する(262~266ページ)というのは、なるほどともそうかねぇとも…その前段で示されている地域別の1人あたり雇用者報酬(労働者賃金)が、1997年頃をピークとして、減少に転じ、東京都は減少が比較的緩やかだが地方の減少が大きく東京と地方の格差が拡大しているというグラフ(251ページ)はショッキングです。経営側にこんなことをやらせていていいのかと、腹立たしく思います。
 今は地方自治体が補助金を得るために中央官庁のご機嫌伺いをしているけれども、「実は国の役所はお金を出したいのです。なぜならお金をばらまくことによって国の役所が成り立っているからです。」「そもそも国の役所は自分自身で何かをするということは少ない。自治体を含めて、結局、誰かにやってもらわないと自分たちの政策が実現できないのです。」(268ページ)「陳情に行くと国の役人はふむふむと偉そうに聞いている。」「だが、それは陳情に行くからです。地域で成功事例があると、噂を聞きつけて国は『視察』にやってきます。国が来たら教えてあげればよい。そうすると、次に国は何かお手伝いできないでしょうか、と言ってくる。そうしたら、しかたないね、と言って補助金をもらう。成功事例と呼ばれている地域ではそのような構造になっています。その前提は、国に頼らず、自分たちが市民や地域の企業と考えに考え抜いて、地域づくりに励むことです。最初から国に頭を下げるとロクなことはない。」(269ページ)というのは、銀行と同じですね。そのとおりだと思いますが、でも実行はなかなかたいへんでしょうね。
 2009年に安土町が近江八幡市と合併するという話が急浮上し、反対派住民が署名を集めて合併の可否を問う住民投票条例制定を議会に直接請求したが議会は否決、反対派住民が署名を集めて町長の解職請求、リコール成立、選挙で合併反対派町長が当選、新町長が住民投票条例を提案したが議会が否決、反対派住民が署名を集めて議会の解散請求、住民投票で議会解散、町議会選挙で反対派議員が過半数をとるという署名集め3回、住民投票2回(町長解職、町議会解散)、選挙2回の7つの手続ですべて反対派住民が勝利したにもかかわらず、その間に町議会がした合併議決の効果で、合併反対派の町長と町議会の下で合併が実行されざるを得なかった(178~179ページ)というエピソードは、読んでいて涙が出ます。一体、日本の地方自治とは何なのか、と呆れてしまいます。
 地方自治の考え方の基本として、住民に一番近い自治体(地方政府)がまず住民のための業務を行い、市町村ではできないか広域で行った方が望ましい業務は都道府県が補完的に行い、都道府県でできない業務を国が補完して行う補完性原理を説明し、誰か有能な人がいてその人を民主的に選出すれば後はその選出した人の指図どおりに動いた方が効率的ではないか、国家全体が民主化されていれば地方自治など必要がないという考え方に対して「歴史をひもとくと、これまで世界は何度も痛い目にあってきた。ドイツでもイタリアでもロシアでも、ある意味では日本でも、広い意味で民主化の動きが出て来た直後に、その流れに危機感や失望感を抱いた人たちによって導かれた独裁政権や戦時体制になだれ込むことが起きた。計り知れない犠牲を払ったのです。」と論じています(64~66ページ)。近年の情勢を思うにつけ、噛みしめておきたいところです。


今井照 ちくま新書 2017年2月10日発行
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荊の城 上下

2017-03-16 23:33:23 | 小説
 ロンドンの西、メイデンヘッドの町の近くのマーロウという村の古城に伯父と住む巨額の資産の相続人だが結婚するまでは相続財産を自由にできない娘モード・リリーの存在を知り、モードを騙して結婚しその後はモードを精神病院に入れて財産を自分のものにしようという詐欺師リチャードの計画に誘われ、モードの侍女となってリチャードのアシストをすることになった17歳の孤児の掏摸スーザン・トリンダー(スウ)が、侍女として過ごすうちにモードに好意を持ちついには性的関係を持ってしまい、揺れる心に悩まされながら計画を進めるうちに予想外の事態に陥るという展開のミステリー小説。
 スウの側からの第1部、同じ場面をモードの側から見る第2部、再びスウが舞い戻る第3部の3部構成になっています。予想を裏切る巧みな展開ではありますが、下巻に入ると特に重苦しい雰囲気が強まります。第1部がスウの視点で入りますので、ふつうの読者はスウの側で読み進めると思うのですが、そういう心情では、第3部は陰鬱な思いが続き、次第に読み進むのがつらく感じられてきます。そんなに悲しい思いをさせなくていいんじゃないの、と私は思ってしまいます。モードへの愛憎を重ね、後半恨み続けるスウを見るのがしんどく思え、ラストの展開に、正直なところそういう気持ちになれるか疑念を抱き、すっきりしませんでした。
 孤児スウの育ての親、スウが母ちゃんと呼ぶサクスビー夫人の実の子と長年育てた子への思いも、重要なポイントになっています。血は長年共有し積み重ねた思い出よりも重いのでしょうか。その点も考えさせられますが、私の感覚とは違うなぁと思いました。
 この作品を原作とした韓国映画「お嬢さん」では、後半のスウを悲しませる重い部分、サクスビー夫人の立ち回りなどをカットして、ハッピーで痛快に仕上げています。重厚さ、人生の悲哀を感じさせる味わいをなくしたともいえるでしょうけど、私には、この作品を読んで、こういう展開にして欲しかったなぁと思ったストーリーで、娯楽作品としては映画の方がよかったかなと思いました。


原題:FINGERSMITH
サラ・ウォーターズ 訳:中村有希
創元社推理文庫 2004年4月23日発行(原書は2002年)
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硝子の太陽N-ノワール

2017-03-10 22:38:55 | 小説
 フリーライターの上岡慎介が殺害された事件をめぐり、新宿ゴールデン街のバー「エポ」経営者陣内陽一ら「歌舞伎町セブン」メンバー、元警視庁捜査一課刑事の新宿署刑事課強行犯捜査第一係長東弘樹らに勝俣、姫川らが絡む警察周辺小説。
 姫川玲子シリーズかと思って読んだのですが、基本は「ジウ」シリーズ→「歌舞伎町セブン」→「歌舞伎町ダムド」の続編で、それに姫川玲子シリーズから勝俣と姫川がちょっとだけ登場する「コラボ小説」だそうな。シリーズを順に読み進む読者を想定しているようで、かつての「事件」、過去のしがらみのある謎の敵対者、あれこれの経緯が、そこここに登場し、シリーズを読んでいない読者にはちょっと辛い。
 ミステリーや刑事ものというよりは、「歌舞伎町セブン」の仲間を奪われての復讐ものと読んだ方がいいと思いますが、クライマックスとなるべき部分が、初期に見せる歌舞伎町セブンのポリシーとも整合しない感じがするし、それならそれで徹底すればいいのに、なんか中途半端な感じがします。事件の解決というか、真相の解明という点でも、まだ別の事情や事件が示唆され、さらに続編を書くということなんでしょうけど、すっきりしない印象です。
 沖縄問題/反基地闘争/米兵の犯罪糾弾の世論などについて、デモや世論の高揚を目的のためなら手段を選ばぬ左翼犯罪者による陰謀/デマによるものとし、沖縄にも米軍駐留を望みそれにより生活している者がいることを強調するというところがこの作品の基本的な設定となっています。作者が、沖縄闘争/左翼への執念深い敵意を持っているのか、左翼嫌いの読者に媚びているのか…


誉田哲也 中央公論新社 2016年5月15日発行
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新富裕層の研究 日本経済を変える新たな仕組み

2017-03-09 00:03:52 | 実用書・ビジネス書
 インターネットが基本的なインフラとなり、すべてのものやサービスがネットでやり取りされるようになった今、ネットのインフラを駆使すれば、自分で何かを作り出さなくてもすでに世の中に存在しているものをうまく集めてくるだけでビジネスを立ち上げられるようになっており、事業所や製品、従業員等を用意する多額の投資をする必要はなく、ただニーズを読み取った新たなアイディアがありそれを迅速に事業化できれば、新たな富を作り富裕層になることができるという、起業のすすめ。
 シェアリング・エコノミー、例えば Airbnb (民泊の仲介)、Uber (運送の仲介)が典型例として挙げられています。多数の一般人が保有している家(空き室)、自動車と提供者による空き時間の労働を利用して、利用希望者とサービス提供者(こずかい稼ぎ希望者)をマッチングして手数料を取るビジネスモデルです。サービスのための施設(宿泊施設や自動車)もサービスをする従業員も所持・雇用することなく、用意する施設はネット上の登録・予約システムだけ、それで相手にするのは客も提供者も分断され孤立した個人ですから力関係で優位に立ち好きなように立ち回れるという、経営者にとても都合のいいビジネスモデルです。客の立場からすれば、正体不明の個人の家に泊まったり、正体不明の人に自分や大切な荷物を運んでもらうことには相当なリスクがあります(民泊だと合鍵で侵入されたり、盗撮カメラが仕掛けられていたりしないでしょうか…)。「シェアリング・エコノミー」でない事業者の場合、著者が煩わしがる、起業の障害となる事業所の確保、施設への巨額の投資があればこそ、簡単には逃げられないから、評判を落とすようなまねはしないだろうという点で一定の信用を確保でき、また長期雇用の従業員にサービスさせるから従業員が悪事を働かないだろうと信用できるわけです(もちろん、リスクがゼロではありませんが、相当程度小さいと考えられるわけです)。シェアリング・エコノミーの事業者(仲介者)がサービスの質を維持しようと思えば、登録者を契約で拘束し、マニュアルを徹底しということになっていくでしょうが、そうなれば、サービス提供者(登録者)は実質的には雇用された労働者に近い拘束を受けながら、「個人事業者」として「業務委託」を受けているという形式(建前)故に労働者としての保護を受けられないということになりかねません。サービス提供者側は、言ってみれば登録型日雇い派遣という究極の不安定雇用の「業務委託」版です。労働者として保護されないのですから、日雇い派遣労働者よりもさらに保証/保障がない、それが「雇用によらない働き方」の正体です。シェアリング・エコノミーに限らず、著者はたびたび、これまでの起業では過剰雇用のコストが高い、日本の労働法制下では原則として解雇が禁じられている、と文句を言い、「タクシー代わりに自分の車を提供する個人は、あくまで個人の判断ということになりますから、どこまでが不当な労働なのかを決めることも難しくなります。」(66ページ)などと述べていることからして、まさに労働者としての保護を受けさせない形でサービス提供者を安いコストで使いこなすことが、著者がいう新たな起業/新富裕層の決め手とも言えそうです。
 「三木谷氏もベンチャー企業には労働基準法は適用すべきではないと発言して、物議を醸したこともあります。筆者自身もサラリーマンから起業家に転身した経験がありますから、この感覚は実感としてよく理解できます。事業が軌道に乗るまでの2年間は、毎日、深夜残業があたりまえであり、大晦日と正月以外に仕事を休んだ記憶はありません。」(29ページ)というくだりには、著者の姿勢がよく表れています。経営者として自分がどれだけ働こうがまたどのような考えで働こうが、それは自由です(私も、個人自営業者ですから、残業代請求事件の依頼者の大半よりも長時間働いていますが、それは自己責任だと考えています)。しかし、労働者にそれを求めることは筋違いですし、ましてや労働基準法を適用すべきでないなどという身勝手な主張を正当化する余地はまったくありません。過労死の事件とかがあると、自分はそれ以上働いていたが大丈夫だったなどと言いたがる輩がいますが、体力や適性は人によりさまざまだという当然のことも理解できず、他人の体力やストレスなどの事情に思いをはせる想像力もコミュニケーション力もないことを宣言しているだけです。こういう人物に雇用されている労働者や「個人事業者」として付き合わされている/こき使われている人はとても不幸だと思います。
 強欲な経営者にとって夢のような労働者いじめ/切り捨てを容易にする「新たな仕組み」を推奨し、ネットで用意できる他人の財産や労力を、仲介ビジネスで中間搾取して儲けようという幻想を振りまき、それが実現すれば使われる側に多くの不幸なものを生み出すというのが、著者の主張の先行きにある未来だと、私は考えてしまいます。


加谷珪一 祥伝社新書 2016年9月10日発行
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日本フィギュアスケートの軌跡 伊藤みどりから羽生結弦まで

2017-03-08 23:23:46 | ノンフィクション
 カルガリーオリンピック(1988年)から平昌オリンピック(2018年)までの日本代表選手のインタビューや当時の状況などを記した本。
 「日本フィギュアスケートの軌跡」という表題から、当然、過去に遡って調査取材した、日本のフィギュアスケートの歴史、選手の人物像や代表選考のドラマなどがそこそこ網羅的に書かれているものと思って読んだのですが、最後の平昌オリンピック(そもそもまだ来年だし)と羽生結弦についての書き下ろし以外は、すべて、著者が「Number」(文芸春秋社のスポーツ雑誌)と一部「文藝春秋」本誌に書いた、オリンピック直前と一部オリンピック直後の原稿を再掲しただけの、安直な出版。オリンピック直前の選手の状況と当時の発言については、それなりには興味を持てますが、オリンピック前後以外は対象になっておらず、その間の選手の様子が全く空白で、到底「日本フィギュアスケートの軌跡」など読み取れません。「ライター宇都宮直子の軌跡」と題すべき本だと思います。


宇都宮直子 中央公論新社 2017年2月10日発行
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密着 最高裁のしごと 野暮で真摯な事件簿

2017-03-07 02:10:57 | 人文・社会科学系
 毎日新聞の最高裁担当(司法記者クラブ)記者が、4つの裁判を取り上げて、最高裁の「しくみ」を説明する本。
 民事裁判では、DNA鑑定によって親子関係がないことが証明された子を母親が親権者として代理して法律上の父親(元夫)に対して親子関係不存在確認請求をした事件(最高裁は訴えを認めなかった)、夫婦別姓を認めない国に対する損害賠償請求事件(最高裁は夫婦別姓を認めない現行民法は合憲と判断した)を、刑事事件では、裁判員裁判による1名の強盗殺人事件(被害者が死亡しなかった余罪多数)での死刑判決を高裁が覆した事件(最高裁は高裁の判断を追認)と、裁判員裁判による発達障害を抱えた被告人の殺人事件での発達障害を刑を重くする事情として検察官の求刑を超えた判決を高裁が覆した事件(最高裁は高裁の判断を追認)を取り上げています。
 取り上げられた4件の事件の内容や最高裁の判断については、ほどほどの説明がなされ、これらの裁判について知るという点では、適切に思えます。しかし、書かれている内容は、事件の当事者に取材した部分を除けば、判決を読めばわかることですし、この本の目的とされる最高裁の審理・判断の「しくみ」に関しては、掘り下げた記述はなく、私が期待した、最高裁担当記者として最高裁裁判官や最高裁関係者に取材して引き出したと思われる情報はなく、私にとって新情報はありませんでした。その点で、せっかく最高裁担当記者が書くのなら、最高裁に食い込んだ独自取材で書いて欲しかったなという欲求不満が残ります。
 1審、2審の合議体(裁判官3人)での判決について、「各裁判官の意見が分かれることを、俗に『合議割れ』というのですが、合議割れの判決というのは1、2審ではありえないわけです。(略)きっと全員一致になるまで、とことん議論を尽くしているのでしょう。」(30ページ)と書かれています。最後の一文は皮肉ですけど、それにしても著者は1審、2審では現実は疑わしいものの「建前としては」全員一致でなければならないのだと誤解しているようです。裁判所法は、「裁判は、最高裁判所の裁判について最高裁判所が特別の定をした場合を除いて、過半数の意見による。」と定め(裁判所法第77条第1項)、さらに意見が3つ(以上)に分かれた場合の決め方も定めています(裁判所法第77条第2項)。法律上、1審、2審判決の合議割れは予定されていますし、それで構わないわけです。ただそれを判決上記載しない、合議の内容は秘密だというだけです。司法記者クラブの記者が、刑事事件には詳しい(基本的に刑事裁判に関心を持ち、また警察担当をしてから司法記者クラブに来ることが多いため)ものの、民事裁判や裁判一般については基本的な知識に欠けることが多いのは、日弁連広報室時代(って、ずいぶん昔。1989~1993年)に身に沁みましたが、本を書くのならきちんと勉強して書いてほしい。
 刑事事件では、どちらも裁判員裁判の量刑を高裁が覆し最高裁が高裁の判断を追認したケースを取り上げています。マスコミの多くが、裁判員裁判の尊重を主張し、職業裁判官がそれを覆すことに批判的で、著者も同様の書きぶりです。「市民感覚」というけれども、長い陪審制の歴史を持つアメリカでも市民による陪審が判断するのは有罪・無罪だけで有罪の場合の量刑は職業裁判官が決定しています。この本でも「世界で唯一、日本だけが、一般市民に死刑の判断まで迫る制度設計になっているということです」(188ページ)と書いています。本来、一般市民の裁判員に量刑判断をさせることの方に無理があるのではないかということを、そのような制度を取っているのが世界中で日本だけだというのに、まるで論じようとしない態度の方にこそ、私は大きな疑問を持ちます。


川名壮志 岩波新書 2016年11月18日発行
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超訳 哲学者図鑑

2017-03-06 22:23:02 | 人文・社会科学系
 歴史上の有名な哲学者(著者の言葉によれば「ビッグな思想家」)60人の思想のポイントを各4ページで解説するという哲学入門書( For Beginners )。
 著者は、巻末の著者紹介によれば、河合塾その他の大手予備校で「日本史」「倫理」を担当する「鉄人講師」。目次( Contents )といいますか、取り上げた哲学者60人のリストを見て、まず感じることは、偉大な哲学者には、日本人はいないんだということ。「倫理」だけじゃなくて「日本史」も専門の著者がリストアップしてそうなのだから、歴史上、日本の哲学者には見るべきものがいないということなんでしょうね。
 私は、哲学は、どちらかというと苦手領域なので、哲学者のことはあまり知りませんが、この本で目についたのは、キケロ(古代ギリシャ)の項目で、「年をとればとるほど人生は楽しくなる」「老人は高度な仕事ができる」「いままでの思い出が多いのも老境の楽しみの1つ」などとされていること(32~35ページ)。それに共感するのは、私が年を取った証拠でしょうけど、これから先の人生を楽しむためにも、かみしめておきたい言葉です。
 他方、因果関係(例えばボールを投げると飛んでいくという原因と結果)は繰り返された経験による思い込みで信じられているだけで因果法則がどこかにあるわけではないというヒューム(イギリス)の項目(90~93ページ)は、日頃から因果関係、経験則をベースに業務(論証、裁判官等の説得)を行っている身には、驚天動地です。
 ハンナ・アーレントの項目では「現代の人間は思想に興味がありません。『思想なんて意味がない』『考えても仕方がない』という態度で、楽しいことだけを求めています。このようになにも考えない人たちが増えてくると、いつの間にか善悪がわからなくなってきます。すると、ヒトラーのような独裁者が出現するのです。」とされています(228ページ)。なるほど、昨今の情勢を見ると、哲学/思想を学ばなきゃ、ですね。


富増章成 かんき出版 2016年9月12日発行
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