伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

海神

2022-02-28 23:41:01 | 小説
 岩手県中部の本土から船で5分程度に位置する天ノ島での東北地方太平洋沖地震・津波被災と復興支援金をめぐる4億円余の横領の顛末をテーマとした小説。
 震災の日に生まれるとともに父母を亡くした遺児千田来未、天ノ島出身の新聞記者菊池一朗、被災地の映像を見てボランティアとして天ノ島を訪れ2年近くとどまっていた東京の学生椎名姫乃、震災遺児のための養護施設「ナナイロハウス」の臨時職員堤佳代の視点からの2011年、2012年、2013年、2021年を交差させる形で話が展開していきます。
 震災で家族を失った人たちの心情に涙し、その流れで被災者を食い物にする犯罪者への怒りを持ちますので、感情移入しやすい読んでいて情動を揺さぶられやすいお話ですが、悪者が社会的背景を持たないチンケな個人と設定されている、その悪者にだけ米軍の「トモダチ作戦」を批判させ(94ページ)地元民はみんな米軍に感謝した挙げ句「沖縄から出ていけなんてとんでもねぇ。ずーっと居てもらっていい」などと言っている(83~84ページ)というあたりに作者の現状・現政権支持の立場性が見える(だいたい、何で岩手の離島の被災者の口を使って沖縄のことに口を出す?)など、被災の重い事実を使って書いたわりには何を訴えたかったのかなという疑問を持ちました。


染井為人 光文社 2021年10月31日発行
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最後に「ありがとう」と言えたなら

2022-02-27 21:06:48 | エッセイ
 父親の死の際に十分なことができなかったという思いから38歳の時に保険の営業から納棺師に転職し現在は納棺師の会社で新人育成を担当する著者が、納棺の際の遺族の希望や対応、死者と向きあう様子などを書き綴った本。
 著者の勤務する納棺会社では1人の納棺師が年間約500名の死者の納棺をし(108ページ)、1件あたり1時間~1時間30分で行う(22ページ)のだそうです。業務の内容が感情労働としてヘビーなものということを加味すれば、労働者として見ても、けっこうきついなと思いました。
 遺族の前で着せ替えを見せる会社は少数派で(125ページ)、納棺の儀式に遺族がどこまで立ち会えるかも葬儀会社によってさまざまだそうです(106ページ)。
 遺体の清拭や死化粧の実情というかテクニックはまとまった説明がなされていませんが、湯灌のエピソード(66~72ページ)や、やせて目がくぼんでいる遺体にヒアルロン酸注射を遺族に隠れてする話(102ページ)が印象的です。
 遺体の着せ替えをするかどうかは自由に選択でき(126ページ)、棺に何を入れるかも自由だけれども原則「燃えるもの」という決まりがあるので携帯電話は無理だとか(115ページ)。
 基本線は遺族の死者との関わり、心情のさまざまな様子を紹介して自分の家族が亡くなった場合を考えさせる本なのですが、端々に表れる納棺の実情のことの方に、そういうときにはそういうことに思いをめぐらせたり目を配る余裕がないと思われるだけに、興味を引かれました。


大森あきこ 新潮社 2021年11月15日発行
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ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

2022-02-26 12:38:58 | エッセイ
 アイルランド人でシティ(ロンドンの金融街)にある銀行をリストラされて大型ダンプの運転手として稼働する配偶者と、一人息子とともに、イギリス南端のブライトンの「荒れている地域」と呼ばれる元公営住宅地(サッチャー政権時代に民間に売り飛ばされた)に住む福岡出身の元「底辺託児所(と著者が呼んでいた)」保育士にしてライター稼業の著者が、息子が小学校時代は夫の親族の意向もあってカトリック校に通っていたが中学は近所の白人が圧倒的多数の元底辺中学校に通うこととなったのをきっかけに、息子のスクールライフを通じてイギリスの教育事情やレイシズムの様子などを報じた本。
 リッチな学校の方が人種的な多様性があり、底辺校にはホワイトトラッシュとかチャヴと呼ばれる白人労働者階級が通いレイシズムが酷くて荒れているという中で、あえて後者を選択したけれども、その中でも子どもは悩みながらもわりと軽やかに生き抜き自分の頭で考えて対処して成長していったというお話です。
 ニュース等からは見えないイギリス社会の貧困層の生活や意識/差別意識の実情といったストレートに書くと堅い話を、中学生の学校や友人との間のエピソードを通じてイメージしやすい読みやすい形で書いているので、すっと読み通せます。子どもを持つ親にとっては、子どもの友人やその親との付き合い、子どもの惑いつつも成長しいつの間にか大人びた考えを持つに至る様子など共感する点が多いことも、テーマの堅さを意識しないで読みやすい要素となっています。
 創設2年目のYahoo!ニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞受賞作(本屋大賞にノンフィクション部門ができたことを、この本で初めて知ったのですが)


ブレイディみかこ 新潮文庫 2021年7月1日発行(単行本は2019年6月)
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シリウスの反証

2022-02-25 21:13:40 | 小説
 アメリカでDNA鑑定などにより冤罪を救済する活動として大きな成果を上げているイノセンス・プロジェクトに倣って日本でも冤罪をゼロにすることを願って立ち上げられた「チーム・ゼロ」が苦労して1件目の再審無罪を勝ち取ったところに送られてきた死刑囚からの手紙を受け、元弁護士の大学准教授東山佐奈の強いリーダーシップの下で、一家4人殺しの強盗殺人事件「吉田川事件」で凶器の包丁と指紋が一致した宮原信夫の再審請求に取り組む若い弁護士たちと事件関係者の軋轢を描いたミステリー小説。
 指紋が一致しているという絶望的な状況をいかに突き崩すかということがミステリーの肝になります。この作品で語られている話は、私は知りませんでしたし、どうなのかはわかりませんが、そういうことがあるのかと勉強になりましたし、何事にも疑問を持ち調査追求することの大切さを改めて感じさせてくれました。
 冤罪救済に取り組む弁護士たちの犠牲的精神に、同業者としては敬服しまた涙します。自営業者である弁護士にそれを望まれても現実的には無理があるのですが、しかし現実にそういう活動をしている弁護士がいて、世間が弁護士にそういったことも期待しているということの重みは受け止めていたいと思います。


大門剛明 角川書店 2021年10月29日発行
「文芸カドカワ」「カドブンノベル」連載
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小説家になって億を稼ごう

2022-02-24 00:40:48 | 実用書・ビジネス書
 小説家は儲からないというのは嘘だ、実際に儲けている作家はいる、儲けている当事者は沈黙を守りがちだと言って、才能ある小説家志望者が夢を断念しないようにと小説の書き方と出版契約と交渉の注意点、デビュー後儲けるためになすべきことなどを説明した本。
 「作家で億は稼げません」(吉田親司、エムディエヌコーポレーション、2021年)(2022年2月23日の記事で紹介)が、この本に対抗して書かれたというので、この本も読んでみました。「作家で億は稼げません」が神をも恐れぬ挑発的なタイトルだとすれば、こちらは税務署をも恐れぬ挑発的なタイトルというべきでしょうか。もっとも、著者が売れている作家で儲けていることは公知の事実で、正しく申告しているのでしょうから、税務署など怖くないということでしょう。
 小説の書き方(表現のルールやゲラ校正のしかたまで!)から、編集者との付き合い方(売り込み方)、出版契約の確認や修正交渉、映像化のメリットとデメリット、テレビ出演に至るまで、売れた場合によりうまく効率的に儲けるテクニックが詳細に説明されていて、小説家志望の読者に、売れた場合にはこうすればいいんだという捕らぬタヌキの皮算用というか、幻想/夢想を誘っています。すべて、自分に売れる小説が書けたならという、一昔前の例えでいうと「ただし、イケメンに限る」とかいうことですが。
 売れている小説(そうでなければそもそも映像化の話が出ないわけですが)の場合、映像化のメリットは大してない、よほど宣伝費のかかった大規模な映像化でない限り原則本の売れ行きにはめざましい影響はない、逆に映像化された作品(その内容は原作とかなり違うこともありそれに原作者は基本的に文句も言えない)が商業的に失敗した場合映像作品と一緒くたにされて原作もダメだったと評価され売上が落ちる(216~236ページ)などの指摘は、たぶん経験者でないと語れないエピソードでしょうね。目からうろこです(まぁ、たっぷり儲けている作家は、ときにこういう事故/被害に遭っても、余裕でいい勉強になりましたですむのでしょう)。
 そういったタイトルに沿った話も充実していますが、実はこの本の一番の読みどころは小説の書き方として著者が「想造」と名付けた手法の紹介にあるように思えます。簡単にいえば、メインのキャラクラー7名とサブのキャラクター5名を設定し(好きな俳優の写真を割り当て、名前をつけプロフィールを設定する)、舞台を3箇所設定し、脳内でそれらを眺め絡んでいく様子を空想し続ける、うまく絡んでいかなければキャラクターを入れ替えるなどして結末に至るまで空想を続けるというものです。私も、自分のサイトで「その解雇、無効です!」というラブコメ仕立ての労働(解雇)事件小説を書いていますが、キャラクター設定をしてしまうと、ラブコメの部分は、このキャラとこのキャラがこういう場面に遭遇したらこういう展開になるよねというのは書いていればほぼ自動で頭に浮かんで来ます。そういうところからも、かなり実用的なやり方だろうと思います。もっとも、著者は結末までの空想ができあがるまで一切書き始めるなといっているので、私の経験とは違うことを勧めているわけですが。


松岡圭祐 新潮新書 2021年3月20日発行
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作家で億は稼げません

2022-02-23 20:20:40 | 実用書・ビジネス書
 小説で年収1億も稼ぐような天賦の才能に恵まれない小説家が筆一本で食い続ける(食いつなぐ)ためのサバイバル戦術を語る本。
 松岡圭祐の「小説家になって億を稼ごう」(新潮新書 2021年)に対し、素晴らしい指南書ではあるが、それができるのは、例えばイチローや大谷翔平のような天賦の才能に恵まれた者だけだと指摘して、そうでない者のやり方を語るべきだとして書かれた本。
 とにかく商業出版でまず1冊出版する(そのための近道は新人賞に応募し少なくとも最終候補に残ること)、1冊でも出版すればそれを名刺代わりに献本を続け売り込むことで各社の編集者に認識される、2冊目・3冊目が出ればそれも献本をし続けることで編集者にそこそこのレベルを書き続けられる筆が速い「便利な」作家と認識されることが基本戦略とされています。編集者が困ったとき(出版予定原稿が落ちた/当てにしていた作家が書けないときなど)に声をかけて来やすい状況を作るということですね。
 小説家としてサバイバルするためには書店の平台に置かれ続ける必要があり、平台に置いてくれるのは発売後せいぜい2か月なので、年間4~6冊の割合で新刊を出し続ける必要がある(104~105ページ)…そのためにも1冊発売が決まったらその発売前に続編の執筆を始める必要がある(127~130ページ)とか。それができること自体、才能か運に恵まれているというようにも見えますが。
 最近はノベルズの初版が6000部に減り、定価1000円でも手取り54万円、文庫はもっと状況が悪く、初版7000部刷ってくれたら御の字で4000部ということもある、定価が700円としても1冊書いて30万円にも届かないことさえある(22ページ)とか。商売として考えたとき、1冊書いて30万円にもならないというのはかなり悲惨な話。文庫って大量に刷るもので、文庫が出せれば安泰なのかと思っていましたが、そうじゃないんですね。驚きました。
 一太郎(ジャストシステム)は、小説執筆に特化し始めた(54~58ページ)って。そうだったのか。裁判文書が縦書き(それもB4袋綴じという世界的には特殊な仕様)だったころに使い始めてワードに乗り換えられないまま使い続けている弁護士業界のロートルはもう一太郎の主要なターゲットじゃないんですね。(-_-;)


吉田親司 エムディエヌコーポレーション 2021年12月1日発行
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ラブオールプレー 【新装版】 (1)~(4)

2022-02-21 23:33:50 | 小説
 中学時代から絶対の全国一の天才プレーヤー遊佐賢人と高校から遊佐を支えるダブルスパートナーとなった横川祐介、遊佐らの1学年下で中学時代はそこそこの戦績にとどまっていたが横浜湊高校にスカウトされてぐんぐん伸びて行く水嶋亮とその同期生の双子ダブルスコンビ東山太一と陽次の東山ツインズ、水嶋のダブルスパートナーとなる榊翔平、海外帰りの一匹狼松田航輝、参謀格の内田輝らの横浜港高校時代とその前後を描いた青春バドミントン小説。
 なんといっても最近までマイナースポーツだった男子バドミントンの世界を描いた数少ない作品なので、その存在を知り、一気読みしました。
 「ラブオールプレイ」(1巻:本にはどこにも巻数表示はないのですが、便宜上)は、水嶋亮を主体に水嶋亮の中3の終わりから高3まで(遊佐と横川の高1の終わりから大学1年まで)を、「ラブオールプレー 風の生まれる場所」(2巻)は遊佐賢人を主体に中3の終わりから大学3年の初めまで(水嶋らの大学2年初めまで)、「ラブオールプレー 夢をつなぐ風になれ」(3巻)は横川祐介を主体に大学3年の初めから4年の終わり(実業団内定後)までとそれ以前のエピソードを、「ラブオールプレー 君は輝く!」(4巻)は第1章が松田航輝、第2章が水嶋の中学時代の親友中野静雄の恵那山高校でのダブルスパートナー拓斗、第3章が東山ツインズ、第4章が水嶋の中学高校時代のライバルで大学でダブルスパートナーとなる岬省吾がそれぞれ主体の短編集となっています。
 天才プレーヤー遊佐賢人は、やっぱり桃田賢斗がモデル、なんでしょうね。初版の1巻が2011年4月に刊行されていることを考えると執筆時にはまだ高校1年生だった桃田を世界的なプレーヤーになると見いだしたとすると、作者はかなりのバドミントン通ということでしょうか。天才ではないけれども見いだされて無限に強くなっていく水嶋亮のモデルは、作者の年齢が公表されていないのでわかりませんが、私の世代だったら、「エースをねらえ!」の岡ひろみでしょうか。読んでいるとそんなイメージを持ってしまったのですが。
 試合でのゲームの展開やプレーヤーの心理等はそれなりに書き込まれているのですが、ラリーの具体的な展開や狙い、駆け引きなどを描写した場面がなく、競技経験者には少し物足りない感じもあります。もっとも、マイナースポーツだけに、あまり詳しく描写されてもほとんどの読者がついて来れないということでそうしているのかもしれませんが。
 作者の競技経験については、わかりませんが、遊佐とのシングルスの決戦の際に先輩から遊佐が右膝に爆弾を抱えていると教えられた水嶋が「覚悟を決め、俺は、27点目、遊佐さんの右膝を直接狙う」(1巻338ページ)って、いうのはどうかと思いました。私の競技経験はもう40数年前ですから的外れかも知れませんが、バドミントンで相手の右膝にダメージを与えようというなら、ネット際に落とす(右脚で前に踏み込まざるを得ない)+センターポジション以外への急な移動をせざるを得ないショット:相手がストレートのヘアピンで返してきたらクロスのネットプレー、そうでないときは相手の脇を抜くドライブでそれに飛びつかせるというあたりがふつうのプレーヤーが考える攻めじゃないでしょうか。格闘技じゃないんだから、右膝狙ってスマッシュ打ってもそれを打ち返すのは右手(右利きなら)とラケットで(トップクラスの選手がラケットも当てられないということは考えにくいですし)、膝にダメージ受けませんし、仮にシャトルが直撃してもちょっと痛って思う程度でケガするとかケガが悪くなるなんてこと考えられません(野球の硬球とは全然違いますので)。ちょっとこの記述を見ると作者は競技経験がないのかなと思ってしまいます。
 4巻第1章で松田は横浜湊高校での初めてのランキング戦で水嶋に負けたと書いています(4巻13ページ)。しかし、1巻では、水嶋が、初めてのランキング戦で松田は5位、水嶋は9位だった(1巻97ページ)、高1の11月時点の記述で、水嶋は松田には「初めの頃はまったく歯が立たなかったけれども、最近は校内の試合では五分五分になっていた」(1巻198ページ)とされています。また4巻第3章では、水嶋・東山ツインズらの高3のインターハイが青森で行われています(4巻171ページ)が、それは岩手だったはず(1巻346ページ、2巻99ページ等)。実際のインターハイの開催地は沖縄・糸満市(2010年)の次は青森・弘前市(2011年)なんですが、それに合わせて修正するのなら、新装版で「加筆・修正」する際に1巻・2巻の記述を修正して、ついでに沖縄の前が京都(1巻138ページ。土産は生八つ橋:1巻140ページ)というのも大阪市(2009年)に修正すべきでしょう。
 数少ないバドミントン小説ですし、陰湿なところ、重苦しいところがほとんど(まったくといってよいかも)なく、気持ちよく読めるという点では、バドミントンファンには貴重な作品だと思います。


小瀬木麻美 ポプラ文庫ピュアフル
「ラブオールプレー」(1巻)2021年8月25日発行(初版は2011年4月)
「ラブオールプレー 風の生まれる場所」(2巻)2021年10月5日発行(初版は2012年3月)
「ラブオールプレー 夢をつなぐ風になれ」(3巻)2021年11月5日発行(初版は2013年4月)
「ラブオールプレー 君は輝く!」(4巻)2021年12月5日発行(初版は2014年2月)

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おしゃべりな糖 第三の生命信号、糖鎖の話

2022-02-20 21:42:49 | 自然科学・工学系
 単糖がいくつも繋がってできた分子「糖鎖」がタンパク質と結合した糖タンパクとして生体内で活動し、その際に糖鎖部分が「糖コード」として情報伝達を担っているという近年の研究成果を解説した本。
 糖(糖鎖)を結合するタンパク質「レクチン」は糖鎖がはまり込むくぼみ(糖結合部位、鍵穴)を持っており、これが糖鎖とドッキングすることで情報が伝達される(39ページ)のですが、一般的なタンパク質の場合と異なり、ある程度構造が似ている糖鎖ならば受け入れるという特徴を持っているのだそうです(52ページ)。その結合の容易性とそれに伴う分離しやすさが一過性の調整的な仕事に向いていたり、想定外の敵の出現や環境変化に応じた対応に向いているため、柔軟性があり生命の持続性に貢献してきた可能性があるということです(52~56ページ)。ある種の「いい加減さ」が生存に有利に働くという話は、さまざまなことを示唆しているように思えます。
 ケガをしたりして異変が生じたとき、白血球が毛細血管内壁に着岸するのに血液内での猛スピードの流れから血管内壁のレクチンと白血球の糖鎖が結合しては離れというのを繰り返して減速してたどり着く(94~96ページ)とか、病原体を記憶したリンパ球がリンパ組織に戻る際にはリンパ球のレクチンと血管内皮細胞の糖タンパクの糖鎖が結合しては離れを繰り返している(97~98ページ)など、免疫でも糖鎖が重要な役割を果たしているのだとか。
 糖単体の働き・動きとは違う、タンパク質と結合した部分としての「糖鎖」の役割・働きの話なので、「おしゃべりな糖」というタイトルからイメージするところとはちょっと違う感じがします。
 全体としては、糖鎖の研究はまだ入り口でわかっていない方が多いということで、この本を読んでもわかったようなわからないような印象を持つことが多いですが、知的好奇心を刺激するものであることは間違いないと思います。


笠井献一 岩波科学ライブラリー 2019年12月5日発行
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ノースライト

2022-02-19 00:25:07 | 小説
 インテリアプランナーのゆかりと離婚し、荒れた生活を送っていたが3年前に大学の建築科で同期だった岡嶋に拾われて再起しつつあった一級建築士青瀬稔が、信濃追分の80坪の土地に3000万円であなた自身が住みたい家を建ててくれという依頼を受けて北からの光(ノースライト)を採光の主役とする木の家を造り、のめり込んで作り込んだその家は大手出版社が出版した「平成すまい200選」にも掲載されたが、肝心の施主からは完成・引渡後連絡がなく、不審に思った青瀬が現地を訪れると施主吉野陶太が転居してきた形跡はなく、吉野とは連絡が取れなかった…という設定のミステリー小説。
 戦前にナチスの手を逃れて日本に滞在していたドイツ人建築家ブルーノ・タウトが製作したとおぼしき椅子が吉野邸に残置されていたことを手掛かりにタウトの日本での足跡を追う青瀬の調査と思考の動き、岡嶋設計事務所に降って湧いた地方都市が構想した地元出身の画家の記念館建築コンペへの参加と接待疑惑、熟練型枠職人だった父がダム建設現場を渡り歩いたのに連れられて転校を重ねた青瀬の少年時代、中学生になった娘日向子への思いと元妻ゆかりへの未練に揺れる青瀬の心情などを交差させながらの家族のルーツ、家族への思いをテーマにした作品です。
 あっと思わせるような謎解きのミステリーとはいいにくいですが、ほのぼのとした読後感を持てる作品だと思います。


横山秀夫 新潮文庫 2021年12月1日発行(単行本は2019年2月)
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メイド・イン・ヘヴン

2022-02-18 21:32:57 | 小説
 志田漱石を名乗る小説家が、交通事故で死んで天国で亡き妻と再会するという設定を題材とした小説。
 夏目漱石の「夢十夜」の第1夜の死ぬ間際に墓の脇で待っていてくれたらまた逢いに来る、100年待っていてくれと言い残した女のエピソードを繰り返し取り上げて思案し、自分や妻の若い頃の霊と出会うというイメージを繰り返し、不思議な独特の雰囲気を醸し出しています。
 しかし、最初は妻の咲子が死んだのは5年前で、娘の愛は仕事中で母の死に目に会えなかったという設定で(28ページ)、愛は母親の声を覚えている(45ページ)ということだったのに、最後には咲子は三十数年前に愛の出産の際に死んだことになっています(204ページ等)。天国の話であったり霊が登場する話でもあり、パラレルワールドまで示唆されている(75ページ)のですが、だからといって何でもありというのは、釈然としません。こういうやり方を鷹揚に受け止められる人にはいいのでしょうけれど、私は設定を大きく変えて説明もつけずにいるのには我慢がならないので、ぶん投げたくなりました。


カマチ アメージング出版 2021年11月6日発行
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