伊東良徳の超乱読読書日記

読んだ本の感想を中心に本に対するコメントを書き散らします。読み終わった本は図書館に返すのでフォローは保証できません。

茨文字の魔法

2009-05-31 23:57:41 | 物語・ファンタジー・SF
 12の邦を支配するレイン王国の王が死に14歳の王女テッサラが王位を継ぎ、相談役の魔術師ヴィヴェイは新女王の未熟さと政治や儀式への無関心に困り果てていますが、そこに侵略者の予兆を読み取ります。他方、王立図書館では、図書館で育てられ16歳になった孤児の書記ネペンテスが、持ち込まれた未知の文字で書かれた文書の翻訳を続け、そこに書かれている古代の伝説の皇帝アクシスとその顧問の魔術師ケインの物語に魅了されていくうちにアクシスの帝国と遠征の驚異の謎に行き当たり・・・というストーリーのファンタジー。
 物語は、①王立図書館の地下深くの書記の部屋でのネペンテスの翻訳とネペンテスを慕う同僚のエイドリー、ネペンテスと惹かれ合う空の学院の学生(魔術師見習い)のボーンの絡み合い、②ネペンテスの翻訳する文書の中での古代の伝説の皇帝アクシスとケインの物語、③王宮と周辺の森での新女王テッサラと魔術師ヴィヴェイの危機対応と謎解きが平行して進行していきます。
 かなり荒唐無稽なお話ではありますが、ファンタジーとして割り切る限りは、なかなかに楽しめます。
 登場人物の男女の関係が、古い時代を背景にしながらも、爽やかな感じで、そういう観点からも評価できます。


原題:ALPHABET OF THORN
パトリシア・A・マキリップ 訳:原島文世
創元推理文庫 2009年1月9日発行 (原書は2004年)
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トワイライト10~13

2009-05-24 17:33:35 | 物語・ファンタジー・SF
 超美形の吸血鬼エドワードに求婚され相思相愛状態の原作第1巻から当然に予定されたベラとエドワードの結婚とベラの吸血鬼への転生がようやく実現し、ベラの妊娠、人間と吸血鬼のハーフの娘の誕生、母体を守るためのベラの転生、吸血鬼となったベラの実力発揮、娘の誕生を掟違反と捉えたヴォルトゥーリの遠征とカレン一族の対抗策といった展開で進む恋愛ファンタジーの完結編。
 原作第2巻、第3巻と完結させないための間延びした展開が続けられている感じでしたが、この原作第4巻は展開としては大きくなっています。
 常に能力的には劣位にいたベラが、吸血鬼となってエドワードと対等の能力を手にし、しかも転生直後はパワーではエメットをさえも凌駕するという全能感と爽快さは、エドワードとの結婚の実現や幸せいっぱいの新婚生活をとあわせ/それ以上に、女性読者に満足感を与えそうです。
 しかし、それにもかかわらず、子どもさえ守れば自分はどうなってもいい、愛する人のための自己犠牲という観念がベラの頭を長く占めることが、やはり暗さを投げかけています。「愛する人のためにはすべてを捨てられる私」という自己陶酔感を持つ読者に奉仕しているのかも知れませんが、若年女性に自己犠牲を煽るようで少し嫌な感じがしました。
 ラストは、ベラを主役にして最後に賞賛するためにはこういう展開なんでしょうけど、かなり煽り立てた上でのこの結末はフラストレーションがたまります。
 例によって、原作第4巻の“Breaking Dawn”を日本語版では10巻「ヴァンパイアの花嫁」、11巻「夜明けの守護神」、12巻「不滅の子」、13巻「永遠に抱かれて」の4冊に分けて出版。今回は、新たな試みとしてプロローグを10巻、11巻、12巻に付けています。12巻のプロローグはやはり13巻の後半につながっています。
 日本語版の12巻と13巻では、登場人物紹介のイラストでベラとエドワードの顔がこれまでと少し変わっています。エドワードの目力の強さを映画の主演男優の優しげな目に合わせて少し変えたのでしょうか。


原題:BREAKING DAWN
ステファニー・メイヤー 訳:小原亜美
ヴィレッジブックス
10巻「ヴァンパイアの花嫁」 2008年11月20日発行
11巻「夜明けの守護神」 2008年12月20日発行
12巻「不滅の子」、13巻「永遠に抱かれて」 2009年3月10日発行
原作は2008年
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スノーホワイト

2009-05-22 00:25:08 | 小説
 46歳のバツ1介護士毛利美南子が、コンビニでバイトする大学生真木宗助の未熟な一途な愛に、ためらいつつ惹かれていく「愛さえあれば年の差なんて」恋愛小説。宗助の視点と美南子の視点が入れ替わりながら描写されていきます。
 一方の主人公の宗助は、独りよがりな「正義感」に駆られてすぐに苛立ち喧嘩になったりするけど、結局自分も同じことをやってるし、美南子に対しては、ほとんどストーカーというか、ストーカーそのものの行動に出る、未熟な学生。でも同級生のお嬢様碧からは慕われ、友人や合コンでは人気者という設定。最初は、この未熟で独りよがりな青年が年上の恋人との恋愛で成長する話かと思いましたが、最後までほとんど成長は見られません。
 46歳でバツ1、一人で生きていけるし、後半では世間的には申し分のない婚約者にも出会いながら、若い男に一途に愛され、自分はためらい、身を引き距離を取りながらもしかしその男にどこまでも追い求められるという、中高年女性の願望を体現した小説と考えるのがよさそうです。相手の男は若い魅力的な女に慕われながら、にもかかわらず46歳の自分を選んでくれる、そのために碧という存在を設定して宗助を慕わせている、そういう感じです。
 年の離れた恋愛もいいと思いますけど、私ももっと年の離れた恋愛を描いたホノカアボーイ(映画。原作の方はまだ読んでないんですが)なんていい感じだと思いますけど、これをまさに46歳の作者が書くというのは、なんか自己愛的な妄想を発表しているようで、読んでいる側で気恥ずかしさを感じてしまいます。「失楽園」以来中高年男性の性的/不倫・願望/妄想の体現者となった渡辺淳一の女性版を目指しているのかなと感じてしまいました。


谷村志穂 光文社 2008年12月25日発行
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殺人者の涙

2009-05-19 22:10:38 | 小説
 次々と人を殺して逃亡生活を続けるアンヘル・アレグリアが、チリの最南端の荒野に住む夫婦を殺して居座り、アンヘルに両親を殺された少年パオロ・ポロヴェルドと暮らすうちに少年に愛着を持ち愛情を感じつつ、変わってゆく現在の自分と自分が背負っている過去との葛藤、愛するパオロのために何が最善かという思いに悩み、他方パオロも現在を見つめながら成長していくという小説。
 前半が殺人者アンヘルの視点から、後半がパオロの視点から書かれています。
 アンヘルのパオロへの愛の目覚めが、初期にはパオロの周囲に現れる者への嫉妬で歪み、終盤ではパオロへの愛を素直に示しつつさらにパオロのために身を引くという試みが悲劇的な結果を生み、皮肉っぽく描かれています。殺人者は人を愛さない方がいいのか?作者の考えがそうでないことはわかりますが、では過去を気にせずに素直に愛を語ればよいのか?そうもいえないように思えます。そのあたり、どうもほろ苦い感じ。
 アンヘルに両親を殺されながら、生きて行くにはアンヘルを選ぶしかなかったパオロが、アンヘルの屈折した愛を感じ自らもアンヘルに愛情を感じていくという流れには、哀感を持ちます。殺人犯でも自分には優しかった、それはそうなのでしょうけど。最果ての農場育ちのパオロの現実に適応してゆく素朴でしぶとい生き方には共感しますが。
 ちょっと一筋縄ではいかない少し屈折した絆と人間愛のお話です。


原題:les Larmes de l’Assassin
アン=ロール・ボンドゥ 訳:伏見操
小峰書店 2008年12月24日発行 (原書は2003年)
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はるよこい

2009-05-18 22:40:39 | 小説
 大阪の調剤薬局の息子が代々伝わる精力剤のネット販売の成功からインターネットモールまで立ち上げて大成功し、他方追い落とされてその息子の誘拐をもくろんだ同級生のIT長者、誘拐を依頼された裏稼業の親玉、その経営する町金融の従業員、金主の暴力団組長などの栄枯盛衰というか末路を描いた小説。
 成功しても浮かれずに、道楽としてではありますが、町の薬局で調剤を続ける親子の姿が心地よいところです。
 この薬屋親子が一応は軸となると思うのですが、その成功もその後もわりと簡単にあっさり書かれています。他の人々の話がずっと続いて薬屋親子が忘れ去られている感じで群像劇っぽいところもあり、読んでいて今ひとつ焦点が定まらない感じもします。
 一応それぞれに落ちは付けられていますが、書き込み不足の感があり、ごく軽い暇つぶしの読み物だと思います。
 それにしても、大麻樹脂+生アヘン+オットセイのペニス+鹿の心臓+コウモリの燻製+冬虫夏草+エチルアルコールの強心剤(215~216ページ)って、効くんでしょうかねぇ。


松宮宏 PHP研究所 2009年4月6日発行
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雇用はなぜ壊れたのか 会社の論理vs.労働者の論理

2009-05-17 01:31:06 | 人文・社会科学系
 労働問題をめぐる様々な局面について、会社の論理と労働者の論理を挙げた上で、一方の論理で考えるのではなくそのバランスを取ることが大事だということを述べる本。
 論理の体裁としては会社側と労働者側の間で中立な立場であるかのように見せながら、実質的には会社の論理を優先していると、私には感じられます。
 そもそも両当事者の利害を挙げてその均衡を図るというスタイル自体、両当事者が対等であることを前提とする、法学の世界で言えば民法的なスタンスです。そういう民法、市民法の考え方が、力関係の大きく異なる労使間では成り立たず、自由主義的市民法的規律の下では労働者が一方的に不利な立場を強いられ正義に反することから、使用者側の行為を規制するというのが労働法の出発点です。
 そして、この本では会社の論理と労働者の論理を並べた上で、会社の論理に従うことが実は労働者の利益にもなるのだと言う場面が多々あり、また会社の論理は常にはっきりさせながら対置させるべき労働者の論理は労働者を2分して内部対立させてはっきりしないとしてみたり生活者の論理を持ち出して労働者の論理を押し戻したりしています。このあたりを見ても著者が会社と労働者を公平に扱っているとは思えません。
 論理の運びのスタイルだけでなく、著者自身の意見を見ても、解雇の規制の緩和(例えば147~148ページ)とか「自由で自立した生き方を選んだ」フリーターの積極的評価(例えば168~170ページ)とか、実力あるノンエリートにチャンスを与えるという派遣労働の積極的評価(106~107ページ)とか、結局は自由主義的な、使用者団体が喜ぶ方向の意見が並んでいます。
 職場でのセクハラの関係では、男性が声をかけることは3回までは許して欲しい(16~17ページ)とか、「前の彼氏の色に染まっている女と、付き合いたいと思う男は少なかろう。」(127ページ)とか、今時こんなこと書くかなぁという女性観も披露しています。
 また、タイトルの「雇用はなぜ壊れたのか」ということは何も書かれていないと思います。労働法が著者の目からは労働者を保護して会社を規制しすぎてあるべき雇用が壊れたと嘆いているのかも知れませんが。
 ちょっと、読んでいてうんざりする本でした。


大内伸哉 ちくま新書 2009年4月10日発行
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レッドシャイン

2009-05-15 23:55:29 | 小説
 手先の器用な自分の将来像が描けない高専の3年生澄川怜が、同級の先輩(留年生)に誘われて大潟村でのソーラーカーレースに参加し、最初はいやいや修理担当をしていたのが、次第にのめり込んでいく青春小説。
 ソーラーカーがテーマなので、時折、エコについての議論が挟み込まれています。しかし、作品としては、カーレースとレーシングチームを素材にした青春恋愛・友情小説と見た方がいいと思います。
 手先が器用で優柔不断な怜と意志は強いが不器用な奈緒の恋愛の進行を、格好良く几帳面な創太、ずぶとい周平、頭がよく雄々しい桃子、ソーラーオタクの美少年瑞生ら個性的なメンバーが取り囲んで人間関係を作っていく、そういう読み物です。怜が奈緒に惹かれていくポイントが、結局容貌が前に付き合っていた彼女に似てるというところに求められそうなところは、ちょっと機になりますが、気持ちの動きは描けていると思います。
 ただ、怜の先行きへの遺志が中途半端というか、作品の流れとフィットしないというか、そういう違和感が残りました。


濱野京子 講談社 2009年4月9日発行
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レッド・マスカラの秋

2009-05-15 23:45:20 | 小説
 17歳高校2年生の三浦凪が、シリーズ第1巻「カカオ80%の夏」で知り合ったモデルのミリがライバルのモデルイリヤに自分が気に入っているマスカラを勧めたところ目が腫れたと言ってイリヤがショーをキャンセルして失踪したことからミリの陰謀やマスカラの欠陥を疑われたことに疑問を持ち、ミリとマスカラメーカーを陥れようとする陰謀を追及する青春ミステリー。
 嫉妬による陰謀を疑われたミリのタフさ、窮地に陥ったマスカラメーカーの社長の強さとリカバリーの過程は、読んでいてすがすがしいと思います。ストーリー展開も軽妙でいいと思います。
 ただ陰謀の正体が、大きな策略を示唆したわりには、やはりショボい。高校生が主人公の事件としてちょっと身の丈を越えたところで済ませておいた方がってことかも知れませんが。


永井するみ 理論社 2008年12月発行
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カカオ80%の夏

2009-05-15 23:33:37 | 小説
 一貫教育の女子校に高校から入りグループに入らない高校2年生三浦凪が、ファッションのアドヴァイスを頼まれた直後に行方不明となったクラスメイト雪絵の所在を探る青春ミステリー。
 この後第2弾の「レッド・マスカラの秋」が出ています。先に「レッド・マスカラの秋」を読み始めたのですが、登場人物の人間関係や設定の説明が、読者は知ってますよねという雰囲気だったので、前作を探して先に読むことにしました。
 両親が離婚し、母は大学助教授(今時は「准教授」が普通だと思いますけど)でIT企業研究者の父も援助してくれるリッチな母子家庭で、母が忙しい上に恋愛に走り放任され、しっかりしている、だけど自分のやりたいことや将来像は持っていないという設定です。
 ミステリー部分は、悪役が狙いのわりにやることが大仰で、結果的にはショボい感じです。
 むしろ、クラスメイトとの間合い、希薄なつきあいと主観的な思い、ネットを通じて生じる意外に濃密な関係といった人間関係の方を考えさせられました。


永井するみ 理論社 2007年4月発行
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狼のゲーム

2009-05-14 00:23:58 | 小説
 元特殊部隊員で実は今も現役の大佐のロシアン・マフィアのヴォルクことアレクセイ・ヴォルコヴォイが、ボスの将軍とアゼルバイジャン・マフィアのマクシムの力関係に翻弄されながら、エルミタージュ美術館に死蔵されていることがわかったレオナルド・ダ・ヴィンチの作品を盗み出し、横取りされて取り戻そうと奔走するというストーリーのヴァイオレンス小説。
 全編を通じて、人の命が軽く、殺人犯・暴力犯が処罰されず、コネと賄賂で正義が曲げられ、貧しく救われないロシア像が貫かれています。
 ロシア人がこれを書いているならいいんですが、アメリカ人作家がこういうふうに書くと、ちょっと斜に構えて読みたくなります。
 殺人・残虐シーンが満載で、私はこういうの苦手です。
 全体の暗さをほぼ唯一緩和しているのが主人公とチェチェンで苦楽をともにした恋人のヴァーリャの明るさですが、主人公がそのヴァーリャと、ヴァーリャが手ひどい仕打ちを受けた上で別れるのも、読後感を暗くしています。まぁ主人公がロシアン・マフィアで、裏社会を描き、さんざん人を殺して、ハッピーエンドもないでしょうけど、せめてヴァーリャには幸福感を持たせて終わらせて欲しかったなと思いました。


原題:VOLK’S GAME
ブレント・ゲルフィ 訳:鈴木恵
ランダムハウス講談社文庫 2009年1月10日発行 (原書は2007年)
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