伊東良徳の超乱読読書日記

読んだ本の感想を中心に本に対するコメントを書き散らします。読み終わった本は図書館に返すのでフォローは保証できません。

くすりをつくる研究者の仕事 薬のタネ探しから私たちに届くまで

2017-06-13 22:24:00 | 自然科学・工学系
 京都大学大学院薬学研究科の教授・准教授ら研究者が、薬の製造に関する各分野の研究の現状と難しさなどを解説し薬学研究の魅力を論じた本。
 多数の研究者の分担執筆のため、執筆者により、基礎研究に没頭する人から製薬ビジネスに近い人、薬学を志す学生を勧誘すべくわかりやすく語ろうとする人から自分の研究紹介に徹しかみ砕こうとしない人、など章ごとの読みやすさ・読後感が様々ですが、薬学研究の魅力を語ろうというところではスタンスが統一されているように感じられ、学者さんの分担執筆した本としては、読み通そうという意欲があまり落ちずにすみました。
 前半の薬効を有し医薬品となる化合物やその候補の発見、選別、製造、デザインなどの話が、メインなのでしょうけれども、私には、生体のリズムにより(1日の時間により)病気の症状や薬の効き方も変化するという第9章、同じ薬でも効く人と効かない人がおりそれは薬に対する生体の感受性の個人差のほかに薬の吸収・分布・代謝・排泄の個人差による(後者の影響の方が強い)という第12章の5、そして薬をどのようにして薬が作用すべき場所に届け適切な濃度で適切な時間保つかというデリバリーコントロールが重要だという第10章、そして薬の併用や食物との相互作用に関する第12章の8、9が大変興味深く思えました。最後の食品との食べ合わせでは、高血圧の薬や免疫機能を調節する薬など様々な薬の体からの消失(代謝)をグレープフルーツジュースの成分が遅らせ、その結果薬の効果を増強するとともに副作用も増強する(その成分は、グレープフルーツの「皮」に含まれているので、グレープフルーツを食べても摂取されないが、機械絞りのジュースだと含まれるのだそうだ)とか、血栓を防止する薬ワルファリンの効果は納豆やクロレラを食べると弱まる(後者は、聞いたこともあった気がする)とか(279~282ページ)、人間の体だから簡単でも一律でもないとは思うけれども、難しいものだなと思いました。
 解熱・鎮痛薬の代表ともいえるアスピリンは、柳の樹皮や葉に含まれ、古代中国では歯が痛い時に柳の小枝で歯の間をこすっていたようで、これが「楊枝」の起源だって(14ページ)・・・ふ~ん。


京都大学大学院薬学研究科編 化学同人 2017年3月30日発行
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定年認知症にならない脳が冴える新17の習慣

2017-06-12 22:13:19 | 自然科学・工学系
 脳神経外科専門医の著者が、「脳神経外科医としての30年以上の経験をもとに脳の取り扱い方法を書いた」(13ページ)という本。
 「はじめに」で、「皮膚や肝臓と同じように脳も再生します」「大事に使えば、人間の脳は、一生枯れることがなく成長し続ける、驚異の臓器なのです」と書かれており、魅力的な文句で釣り込まれます。ビジネス書張りの見事なキャッチといえるでしょう。
 そのために、第1に、生命の中枢の脳幹には負担がかからないように、質のよい睡眠を確保する(「夜は寝ないと脳が壊れる」なんて記載も:69~70ページ)、体温を保つ、水分補給を怠らない、毎日一定量歩く、太りすぎないようにする、第2に大脳辺縁系を制御する(欲望と感情を暴走しないように制御する)、第3に大脳新皮質を「育てる」ために新しい情報を与えほどほどに休ませながらも脳を使い続けることが大切だとしています。
 人間は周りの目があるから感情をコントロールできている、組織を離れると感情を抑えなければならないと感じさせてくれる社会的な枠組みから外れてしまい暴走しやすくなると著者は論じています(95~96ページ)。70にして心の欲するところに従えども矩を超えず、というわけにはいかないものか・・・
 第1章で、「どんなに優秀な脳でも、必要な鍛錬をいつも続けていなければ、こと第三層の理性中枢に関しては、あっというまに急坂をすべり落ちてしまうのです」という説明の例として、半年間外国に赴任していた超多忙の弁護士が帰国したら日本語で数が数えられなかったというエピソードが語られ(21ページ)、業界人としては引き込まれて読み続けましたが、「定年認知症にならない」というタイトルの本が最後に推奨する対策が「転職力を鍛えていつまでも仕事をやめない」(193~196ページ)っていうのは、いやそれはそうなんだろうけど腑に落ちない。


築山節 集英社 2017年5月7日発行
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入門!進化生物学

2017-05-27 02:08:08 | 自然科学・工学系
 生物の環境(の変化)への適応の度合いに応じた生存競争による自然淘汰、生殖機会と繁殖の度合い(子の出産数と回数)による性淘汰、進化における利他性/利己性の位置づけ(理論的にはグループ内全員が利他性であることを確保できない以上は利己性が優位)と血縁淘汰(自己の子が出生・繁殖できなくても、血族の子が繁殖すれば同傾向の遺伝子が残る→血縁者に奉仕する利他性は遺伝子継承に優位)、中立進化(生存の有利不利に結びつかない形質の偶然的継承)、形質導入/形質転換(ウィルスなどの他生物からの遺伝子の直接の取り込み)など、進化論(この本では「進化説」)についての様々な議論と研究成果を紹介する本。
 この本でもそうですが、動物行動学系の本で進化論が説明される際、「繁殖戦略」という言葉がよく用いられます。この言葉は、またそれをめぐる書きぶりは、動物が自らの遺伝子を残す目的で、繁殖のための行動様式を選択していることを印象づけます。進化論は、環境適応/生き残りに有利な者が、また繁殖の機会が多かった者が、より多くの子孫を残し、結果的に多数派となっていくことを示しているだけで、個々の生物がそれを意図していることを意味していないはずです。私は、いつも違和感/疑問を持ちながら読むのですが、動物は自己の遺伝子を残そうという目的を持ち意識して繁殖行動を選択しているのでしょうか。また個々の動物にとって、その繁殖行動には選択肢(選択の余地)があるのでしょうか。例えば「イトヨという魚の雄は繁殖期になると腹部が赤く色づいて目立つようになるが、雌は腹部の赤さが異なる雄の中から、赤色の強い雄を選択し、これと生殖する。研究によると、雄の腹部は雄が寄生虫に寄生されると赤さが薄れるという。したがって雌は腹部の赤い雄と生殖することによって、寄生虫に寄生されていない雄を選んでいることになる。」とされています(130ページ)。この例も含め、著者は「雄または雌の好みや振る舞い、性的性質などが相手の繁殖行動の進化に影響を与えるのである。」(129ページ)と説明しています。このケースで、イトヨの雌が腹部のより赤い雄と生殖することは、選択が可能(腹部がより赤くない雄と生殖することも可能)なのでしょうか。もし可能だとすると、どちらでも選びうる中で腹部がより赤い雄を選択するという「繁殖行動」は遺伝するのでしょうか。つまり、言ってみれば「好み」が遺伝するのでしょうか。雌に選択が可能で、かつその繁殖行動が遺伝しないとすれば、「性淘汰」は進まないということになるのではないでしょうか。他方で、「好み」まで遺伝すると言われてしまうと、何か恐ろしい、さらに釈然としないものを感じてしまいます。少なくとも性的嗜好が遺伝するものであるとすれば、同性愛者は子孫を残せない以上、理論上は性淘汰により減少していくはずですが、事実がそうなっているようには思えませんし。このあたりの説明には、納得できないものがあります。
 そういうことをまた改めて考えさせられたりすることも含めて、刺激的な本ではあります。


小原嘉明 中公新書 2016年12月25日発行
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日本のカニ学 川から海岸までの生態研究史

2017-05-21 20:44:50 | 自然科学・工学系
 日本の潮間帯、特に干潟に住むカニについて、生息場所別(淡水、汽水域、干潟、塩性湿地、マングローブ湿地、砂浜海岸、転石海岸、岩礁海岸、川と海を往来)に、これまでの様々な研究者の研究をレビューしつつ著者の研究を紹介した本。
 海中に住むカニが除外されているので、食べるカニが含まれていないのが残念ですが、こんなにいろいろな種類のカニがいて、それぞれに特徴があるのだと知ること自体、驚きがありました。
 コメツキガニでの研究で、複数の雄と交尾した場合最後に交尾した雄の子だけが生まれる(放射線投与により不妊にした雄と健康な雄とを順番を変えて交尾させて、その順番に応じて受精卵がどうなるかを見たのだそうです:10ページ)、観察しているとわずか14分で3個体の雄と4回交尾した例があった(57~58ページ)とか、アシハラガニでは雄が雌に近づいてそのまま両者が対面姿勢となり、雌が上位になって交尾する(81~82ページ)とか・・・感心してるのは交尾の話ばかりかって (^^ゞ
 チゴガニは、近隣個体の巣穴の横に砂泥を積み上げてバリケードを作ったり巣穴を砂泥で塞いだりといった嫌がらせをし、嫌がらせをされた側は加害者を避けるようになるという行動をとるのだそうですが、著者は、チゴガニがこのような狡猾な行動をとることに気がついたのは、チゴガニを野外で研究対象にしてから実に10年もたってからであった、研究のためにデータをとるときにはその研究目的に縛られ対象となるもの以外には目がいかなくなるのだろう、何の目的もなくチゴガニを見に干潟に出たときにこの行動の存在に気がついた、ある目的のためにその対象を見続ければその目的に合う面しか見なくなり新たな現象の発見を得る機会は失われると、反省しています(62ページ)。ほかの場面にも通じることだと思います。心しておきたい。
 著者は、理論先行ではなく、現場記載から始まる研究をしてきたことが成果を生んできたと自負し、近年の成果対応型の研究費支給体制の下では現場記載から始まる研究は生き残りが困難になっていると嘆いています(162ページ)。研究や大学というもののあり方も含め、世知辛くおおらかさがなくなった日本社会/政治の現状の方を見直すべきだろうと思います。


和田恵次 東海大学出版部 2017年3月20日発行
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深読み!絵本「せいめいのれきし」

2017-05-15 23:32:06 | 自然科学・工学系
 絵本「せいめいのれきし」(バージニア・リー・バートン、石井桃子訳、1964年:原書は1962年)の改訂に当たり、改訂版の監修者の著者が、絵本には盛り込めなかった知識や研究成果などを加えた解説をする本。
 地球の歴史の様々な時点においてどのような生物がどのように生存していたかの概要を読むことで、私たち人間が持ちがちな、生物が「霊長類」「人間」に向けて「進化」してきたのだという考えが誤りであることを認識させてくれます。
 例えば、2足歩行をするようになったことで人間は手(前肢)が自由になり道具が使えるようになり、また脳を大きくすることができ、文明を発展させることができた、人間のみが2足歩行をするようになった、というような言説をよく目にします。しかし、恐竜を例にとると、「最初の恐竜は二足歩行であったと考えられています」(27ページ)、「最初の恐竜は二足歩行だったのですが、後ろあしの2本の柱で体重を支えるより、4本の柱で体重を支えたほうが有利ですから、体の大型化とともに、四足歩行に『戻った』ものが現れました」(31~32ページ)とされています。
 また、食物がふんだんにある時代は体の大きいもの、速く動けるもの(恒温動物)が競争上有利でも、食物が少ない時代、気温が低い時代には少ないエネルギーで生存できるもの(体の小さなもの、変温動物)が競争上有利だということも示されています。
 生物は、特定の方向に「進化」するのではなく、様々な種が併存する中で、その時々の環境に応じて、より適応できた種が繁栄する(多数生存できる)、つまり環境への適応で体の構造や特性が変化すると考えるべきなのでしょう。人間が「進化」の「頂点」なのではなく、単に現在の地球環境の下での競争に勝っているだけと考えることが、素直にできる、というかそういうことを考える材料になる本だと思います。


真鍋真 岩波科学ライブラリー 2017年4月13日発行
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新版 うつ病をなおす

2017-05-08 00:44:34 | 自然科学・工学系
 うつ病のさまざまな種類に応じて典型例を挙げて説明し、治療法の進展(多様化)とうつ病の原因についての著者の見解を説明する本。
 生真面目で几帳面な性格の人が発症して全面的に落ち込み気力(エネルギー)がなくなり自分を否定し追い込んでいくこれまでの典型的なうつ病(著者は「メランコリー型うつ病」と呼ぶ)が、周囲の同情を集めるのに対し、近年は仕事の場では元気がなく出社できないがレジャーはできてその時は元気、自分を責めることはなく周囲に責任があると主張する新しいタイプのうつ病(世間では「新型うつ病」、著者は「現代うつ病」と呼ぶ)は欠勤/休職をめぐり使用者(企業)側からは詐病を疑われ、労働者側の弁護士から見ても悩ましいところですが、著者は、こだわりを持つ凝り性のところは同じでかつてのような儒教道徳的な倫理観ではなく西洋的な合理主義のもとで育った者が学校で甘やかされ企業で厳しく扱われる落差に適応したのが現代うつ病ではないかと説明しています(62~64ページ)。挙げられている症例のようにリワーク活動にもともと凝り性の性格ということもあって熱心に参加し復職できた(62ページ)というようなことだと、なるほどやはりうつ病だったのねと理解しやすいところでしょうけど。
 「気分変調症」として挙げられている症例で、アドバイスが欲しいというのでアドバイス的なことを言うと「そんなことは自分にもわかっている。でも、できないから仕方がない。」と居直り、次回の予約を決めるときにも朝は起きれないから夕方にとか平日は道が混むから土曜日になどと要求が多く、そのくせしばしば予約の無断キャンセルをするというケース(71~72ページ)、法律相談の相談者にも時々います。そういうのは、病気と考えるべきなんですね。とっても困ったちゃんですが。
 治療法で、生活療法(休養→日常生活記録、運動)を優先するとしたうえで、薬物療法のさまざまな薬を紹介し、次いで通電療法(電気ショック)を紹介しています。通電療法は効果があるのに感情的に否定されてきた、通電療法が残酷な感じがするからやるべきではないというのは、人間の体をメスで切り刻むなど残酷だとすべての手術を禁止するようなもの(165~169ページ)、と著者はいうのですが…
 うつ病の原因を、ゆううつになり行動を止める(強敵に無意味に戦いを挑まない)ことが生き残り上有利、負けたときにあきらめることで復讐の連鎖が回避され安心して子孫が残された、落ち込むことが周囲の援助を誘い生き残り上有利という進化生物学的見地から、ゆううつになる者の遺伝子が残されてきたが、それが社会の変化により意味が変わったために病気と評価されるに至った(198~207ページ)としています。興味深い主張ではあります。


野村総一郎 講談社現代新書 2017年2月20日発行(旧版は2004年)
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イノベーションはなぜ途絶えたか 科学立国日本の危機

2017-04-17 22:02:38 | 自然科学・工学系
 1990年代に企業が中央研究所を解体し基礎研究を捨て応用技術/製品化のみに走り、他方で科学者/ベンチャー企業を成長させるシステムがうまく働かない日本で、イノベーションがなくなり、エレクトロニクス産業の国際競争力が急落し、21世紀のサイエンス型産業の頂点に位置する医薬品産業でも国際競争から脱落したことを嘆き、イノベーションの衰退が日本社会にどのような悪影響を及ぼしているか、イノベーション復活のためには何をすべきかについての著者の主張を展開する本。
 著者の基本的スタンスは、アメリカを見よ!アメリカに学べで、アメリカで1982年に導入されたSBIR( Small Buisiness Innovation Research )という、省庁に委託研究予算の一定割合(しかも年々その割合が上昇する)を拠出させて、省庁のイノベーションの目利きができる「科学行政官」が具体的な課題を出して募集し、応募して選抜された科学者・企業にまず最高15万ドルの賞金を出し、そのうちさらに高評価の科学者・企業に最高150万ドルの賞金を出してその技術の商業化をさせ、それが成功と評価されると投資会社を紹介するか省庁が新製品を調達(購入)して商業化を現実に支援する制度が成功を収めているので、日本でもこれを実現すべきだということです。科学者が、自ら起業家になれ、というのは、科学者の少なくない部分が、研究の源泉/動機/モチベーションは純然たる好奇心と考えているように思えることとフィットするのかという疑問がありますが…
 著者が絶賛するSBIR制度は国がスポンサーとなり研究テーマを指定するものですから、必然的に研究開発のメインストリームが国により方向づけられ、政治の現実を見れば、軍事研究へと誘導されていくことが当然に予想されます。直近の2015年度の予算ベースでも内訳は国防総省が43%でトップとされています(79ページ)。アメリカの20世紀初頭の科学技術開発システムの第1の成功例がデュポン社によるナイロンの開発成功であり、第2の成功例がマンハッタン計画による原子爆弾開発の成功である(67ページ)という著者の姿勢からは、そういうことは気にならないのでしょうけれども。
 JR福知山線の事故で半径600mのカーブを304mのカーブに変更し転覆限界速度が120km/時以下になったのにカーブに入る前の制限時速が120km/時としたままでATS-P(自動列車停止装置)の設置を怠ったこと、福島原発事故の際2号機と3号機がRCIC(原子炉隔離時冷却系)が作動してまだコントロール可能だった時点でベントと海水注入を官邸が求めているのに技術系の武黒フェローが海水注入を拒否し続けたことを、「技術経営の過失」として、著者は厳しく非難しています(160~174ページ)。著者が批判する、大津波が予見できたのに適切な処置を怠ったという検察審査会の議決も、「いつかは」事故が起こるという意味ではJR福知山線の事故で著者がいう「技術経営の過失」と同様にも構成できるとは思うのですが、著者の主張にも傾聴すべき点はありそうです。もっとも、その過失が生じたのは、JR西日本も東京電力もイノベーションを要しない独占組織だったからではないか(182ページ)というのは、そう言った方が受けはいいかもしれませんが、ずいぶんと乱暴な議論に思えます。イノベーターがいるベンチャー企業なら事故が防止できた、とは限らないと、私は思います。


山口栄一 ちくま新書 2016年12月10日発行
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系外惑星と太陽系

2017-04-15 00:58:08 | 自然科学・工学系
 太陽系外の惑星が1995年に初めて見つかると、その後は恒星の近くの軌道を回るガス惑星(ホット・ジュピター)、偏心した楕円軌道のガス惑星(エキセントリック・ジュピター)が次々と発見され、近年は木星よりはるかに小さな岩石惑星と思われる「スーパーアース」、さらには地球サイズの惑星「アース」の検出も可能になり、今では銀河系内に地球のような惑星はあまねく存在すると言われている状況を説明し、それを踏まえて惑星が誕生するプロセス/太陽系の形成モデルを再検討し、生物が居住可能な惑星の成立条件を論じようとする本。
 太陽系外の惑星を発見/観測する手法/技術の進展の説明が、地味ではありますが、私にはむしろとても興味深く思えました。恒星と惑星が共通重心を中心に回るため恒星がわずかに軌道を描いて回り、その際に地球から遠のく動きと近づく動きを周期的に繰り返すことによる発光波長の変化(ドップラー効果)を観測する視線速度法(短周期の方が観測しやすいので公転周期が短くなる恒星に近い惑星が発見しやすい)で変動周期から軌道半径を求めるとともに波長変化から速度→質量を推測、惑星が恒星の前(地球側)を通るときの「食」から観測する「トランジット法」(食を起こす頻度から考えてやはり恒星に近い惑星が発見しやすい)で惑星の大きさを求めるとともに大気を推測するなど、地道な観測が知識を広げてゆくところがいいなと思います。高校生の頃にいっときそういう道に進んでみようかという思いを持ったことがあり、こういう話は夢があっていいなと。
 太陽系の成り立ちに関するモデル/理論のところは、太陽系の惑星は今ある軌道で別々にそれぞれできたのではなく地球型惑星(水星、金星、地球、火星)は地球軌道ないしその少し内側でまとまって形成され跳ね飛ばされて軌道が移動した、ガス惑星(木星、土星)と氷惑星(天王星、海王星)も同様という新説(100~101ページ、104~106ページ)を始め、さまざまな仮説/説明が加えられ、ほとんどのテーマでまだわかっていないということが繰り返されるのは、意外であり、また刺激的です。
 地球と太陽系以外のさまざまな惑星の成り立ちと環境条件を考察することで、宇宙と生物の生存条件についていろいろなことを考えさせてくれる本です。


井田茂 岩波新書 2017年2月21日発行
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名医が教える 足のお悩み完全解決バイブル

2017-04-07 01:38:18 | 自然科学・工学系
 足部疾患の診断治療を専門とする整形外科医の著者が、痛む場所別の各種の疾患の説明と治療法、足のケア・マッサージ・ストレッチなどの足のためによい日頃の生活習慣などを書いた本。
 痛む部位別の疾患の一覧(24~30ページ)を見て、足の疾患(けがを含む)にもいろいろなものがあるなぁとまず感心します。もっともこの一覧のうち3分の1強は解説がないのが、かえって気になってしまいましたが。
 「足の捻挫は、整形外科の外傷のうちでもっとも頻度が高く、日本では1日に1万2千人が捻挫をしているといわれています。」(94ページ)って、すごい。学生の頃はたびたび捻挫しましたけど、それほどとは…
 靴の減り方と疾患の関係で、「内側が減るのは、扁平足変形の場合に起こります。」(129ページ)って…私は革靴を履くとかかとの内側が極端に減るのですが…扁平足って言われたことないし、土踏まずはきちんとあると思うのですが。「かかとの外側だけが大きく減るのは、中年以降の男性に圧倒的に多く認められます。これは足のつま先を外に向けて歩く『外輪(そとわ)』歩行、すなわち足を広げて威張ったような姿勢で歩くため靴の外側が減るのです。」(128ページ)に当たるよりいいようには思うのですけど…


高倉義典 誠文堂新光社 2016年9月16日発行
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数学を使えばうまくいく アート、デザインから投資まで数学でわかる100のこと

2017-03-05 21:12:22 | 自然科学・工学系
 音楽や美術、文学その他の芸術・技術等において、数学が大きな役割を果たし、また果たしうるということについて論じた本。
 広範な分野について、数学的な検討がなされ、意表を突かれるというか、感心するというタイプの本です。
 しかし、それほど数式が羅列される場面はないとはいえ、論じられる数学的な議論を、きちんと検証する、正しいと納得できるまで読み込むことは、通常の読者には困難です。著者の議論/主張が、数学的に正しいかについては、本来はそれぞれの主張をていねいに追ってみる必要があるのでしょうけれども。
 例えば、正三角形の各頂点から各辺を半径とする円弧を描いた、要するに各辺を円弧で膨らませた形の「ルーロー三角形」と円の関係、実質的/技術的には両者を断面とする金属製のふたを製造する場合に必要な材料の量を論じているところで、「正三角形の一片の長さ、すなわち円弧の半径にして一定になる幅が
w の場合、ルーロー三角形が囲む面積は 1/2 (π-√3) w2 となる。幅 w の円盤だったら、その面積はもっと小さい 1/4πw2 となっただろう。このことから、一定の幅の蓋を作る必要がある場合、π-√3=1.41 のほうが 1/4π=0.785 よりも大きいため、断面が円形ではなくルーロー三角形をした蓋を使ったほうが材料の無駄を少なくすることができる。」と書かれています(64ページ)。いや、これ、いくらなんでもおかしいでしょう。普通に考えて「幅 w の円盤だったら、その面積はもっと大きい 1/4πw2 となっただろう。このことから、一定の幅の蓋を作る必要がある場合、1/2 (π-√3) =0.705 のほうが 1/4π=0.785 よりも小さいため」のはず。こういうのを見つけてしまうと、その数学的考察の正確性をどこまで信じてよいのか、不安になります。
 一つの記事の中にどれだけの誤植があるかを、2人の校正者に別々に校正をさせた結果から(統計的に)推定するという議論で、校正で見落とされている間違いの数は、1人目の校正者だけが見つけた間違いの数と2人目の校正者だけが見つけた間違いの数を掛け、それを2人ともが見つけた間違いの数で割ったものとなると論じています(208~209ページ)。これも、説明と数式を追っている分には、ほぉーっと思うのですが、おそらくその推定を利用するためには2人の校正者の能力と誠実さを前提にする必要があり(2人とも無能か怠惰だった場合、現実には大量の間違いを見落としていても、2人とも自分だけが見つける間違いは多くないため、推定は過少評価になると考えられる)、さらに現実には見つけやすい間違いと見つけにくい間違いがあるはずで、見つけにくい間違いは2人とも見つけられない可能性が高くなるので、現実には見つけにくいタイプの間違いの推定が過少評価になりやすいという欠陥を抱えているように、私には感じられました。
 後者で前提にされる「独立性」は曲者で、理論的にあるいは説明を受ける分には独立の事象と見えるものが現実には独立でないことがままあります。原発の大事故の確率は、さまざまな「独立」の事象の確率を掛け合わせることで、とても小さく計算されます。しかし、現実には独立している別々の機器が火事や地震で一気に故障したりしますし、検査や補修はいくつかの機能を不作動状態にして行いますのでそこに作業ミスが重なると予想外の機器不作動が同時に生じたりします。故障で運転状態がおかしくなることで運転員・作業員が動揺して通常なら考えにくいミスをするということもあり得ます。「独立」の事象を前提とする数学的考察は、原発事故の確率を現実より小さく見せるという役割を発揮してきました。数学的考察は、便利でまた説得力を持ちやすいものですが、そういった疑いの目/批判的検討が不可欠でもあります。


原題:You Didn't Know About Maths & The Arts
ジョン・D・バロウ 訳:松浦俊輔、小野木明恵
青土社 2016年11月15日発行(原書は2014年)
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