伊東良徳の超乱読読書日記

読んだ本の感想を中心に本に対するコメントを書き散らします。読み終わった本は図書館に返すのでフォローは保証できません。

イノベーションはなぜ途絶えたか 科学立国日本の危機

2017-04-17 22:02:38 | 自然科学・工学系
 1990年代に企業が中央研究所を解体し基礎研究を捨て応用技術/製品化のみに走り、他方で科学者/ベンチャー企業を成長させるシステムがうまく働かない日本で、イノベーションがなくなり、エレクトロニクス産業の国際競争力が急落し、21世紀のサイエンス型産業の頂点に位置する医薬品産業でも国際競争から脱落したことを嘆き、イノベーションの衰退が日本社会にどのような悪影響を及ぼしているか、イノベーション復活のためには何をすべきかについての著者の主張を展開する本。
 著者の基本的スタンスは、アメリカを見よ!アメリカに学べで、アメリカで1982年に導入されたSBIR( Small Buisiness Innovation Research )という、省庁に委託研究予算の一定割合(しかも年々その割合が上昇する)を拠出させて、省庁のイノベーションの目利きができる「科学行政官」が具体的な課題を出して募集し、応募して選抜された科学者・企業にまず最高15万ドルの賞金を出し、そのうちさらに高評価の科学者・企業に最高150万ドルの賞金を出してその技術の商業化をさせ、それが成功と評価されると投資会社を紹介するか省庁が新製品を調達(購入)して商業化を現実に支援する制度が成功を収めているので、日本でもこれを実現すべきだということです。科学者が、自ら起業家になれ、というのは、科学者の少なくない部分が、研究の源泉/動機/モチベーションは純然たる好奇心と考えているように思えることとフィットするのかという疑問がありますが…
 著者が絶賛するSBIR制度は国がスポンサーとなり研究テーマを指定するものですから、必然的に研究開発のメインストリームが国により方向づけられ、政治の現実を見れば、軍事研究へと誘導されていくことが当然に予想されます。直近の2015年度の予算ベースでも内訳は国防総省が43%でトップとされています(79ページ)。アメリカの20世紀初頭の科学技術開発システムの第1の成功例がデュポン社によるナイロンの開発成功であり、第2の成功例がマンハッタン計画による原子爆弾開発の成功である(67ページ)という著者の姿勢からは、そういうことは気にならないのでしょうけれども。
 JR福知山線の事故で半径600mのカーブを304mのカーブに変更し転覆限界速度が120km/時以下になったのにカーブに入る前の制限時速が120km/時としたままでATS-P(自動列車停止装置)の設置を怠ったこと、福島原発事故の際2号機と3号機がRCIC(原子炉隔離時冷却系)が作動してまだコントロール可能だった時点でベントと海水注入を官邸が求めているのに技術系の武黒フェローが海水注入を拒否し続けたことを、「技術経営の過失」として、著者は厳しく非難しています(160~174ページ)。著者が批判する、大津波が予見できたのに適切な処置を怠ったという検察審査会の議決も、「いつかは」事故が起こるという意味ではJR福知山線の事故で著者がいう「技術経営の過失」と同様にも構成できるとは思うのですが、著者の主張にも傾聴すべき点はありそうです。もっとも、その過失が生じたのは、JR西日本も東京電力もイノベーションを要しない独占組織だったからではないか(182ページ)というのは、そう言った方が受けはいいかもしれませんが、ずいぶんと乱暴な議論に思えます。イノベーターがいるベンチャー企業なら事故が防止できた、とは限らないと、私は思います。


山口栄一 ちくま新書 2016年12月10日発行
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

系外惑星と太陽系

2017-04-15 00:58:08 | 自然科学・工学系
 太陽系外の惑星が1995年に初めて見つかると、その後は恒星の近くの軌道を回るガス惑星(ホット・ジュピター)、偏心した楕円軌道のガス惑星(エキセントリック・ジュピター)が次々と発見され、近年は木星よりはるかに小さな岩石惑星と思われる「スーパーアース」、さらには地球サイズの惑星「アース」の検出も可能になり、今では銀河系内に地球のような惑星はあまねく存在すると言われている状況を説明し、それを踏まえて惑星が誕生するプロセス/太陽系の形成モデルを再検討し、生物が居住可能な惑星の成立条件を論じようとする本。
 太陽系外の惑星を発見/観測する手法/技術の進展の説明が、地味ではありますが、私にはむしろとても興味深く思えました。恒星と惑星が共通重心を中心に回るため恒星がわずかに軌道を描いて回り、その際に地球から遠のく動きと近づく動きを周期的に繰り返すことによる発光波長の変化(ドップラー効果)を観測する視線速度法(短周期の方が観測しやすいので公転周期が短くなる恒星に近い惑星が発見しやすい)で変動周期から軌道半径を求めるとともに波長変化から速度→質量を推測、惑星が恒星の前(地球側)を通るときの「食」から観測する「トランジット法」(食を起こす頻度から考えてやはり恒星に近い惑星が発見しやすい)で惑星の大きさを求めるとともに大気を推測するなど、地道な観測が知識を広げてゆくところがいいなと思います。高校生の頃にいっときそういう道に進んでみようかという思いを持ったことがあり、こういう話は夢があっていいなと。
 太陽系の成り立ちに関するモデル/理論のところは、太陽系の惑星は今ある軌道で別々にそれぞれできたのではなく地球型惑星(水星、金星、地球、火星)は地球軌道ないしその少し内側でまとまって形成され跳ね飛ばされて軌道が移動した、ガス惑星(木星、土星)と氷惑星(天王星、海王星)も同様という新説(100~101ページ、104~106ページ)を始め、さまざまな仮説/説明が加えられ、ほとんどのテーマでまだわかっていないということが繰り返されるのは、意外であり、また刺激的です。
 地球と太陽系以外のさまざまな惑星の成り立ちと環境条件を考察することで、宇宙と生物の生存条件についていろいろなことを考えさせてくれる本です。


井田茂 岩波新書 2017年2月21日発行
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

名医が教える 足のお悩み完全解決バイブル

2017-04-07 01:38:18 | 自然科学・工学系
 足部疾患の診断治療を専門とする整形外科医の著者が、痛む場所別の各種の疾患の説明と治療法、足のケア・マッサージ・ストレッチなどの足のためによい日頃の生活習慣などを書いた本。
 痛む部位別の疾患の一覧(24~30ページ)を見て、足の疾患(けがを含む)にもいろいろなものがあるなぁとまず感心します。もっともこの一覧のうち3分の1強は解説がないのが、かえって気になってしまいましたが。
 「足の捻挫は、整形外科の外傷のうちでもっとも頻度が高く、日本では1日に1万2千人が捻挫をしているといわれています。」(94ページ)って、すごい。学生の頃はたびたび捻挫しましたけど、それほどとは…
 靴の減り方と疾患の関係で、「内側が減るのは、扁平足変形の場合に起こります。」(129ページ)って…私は革靴を履くとかかとの内側が極端に減るのですが…扁平足って言われたことないし、土踏まずはきちんとあると思うのですが。「かかとの外側だけが大きく減るのは、中年以降の男性に圧倒的に多く認められます。これは足のつま先を外に向けて歩く『外輪(そとわ)』歩行、すなわち足を広げて威張ったような姿勢で歩くため靴の外側が減るのです。」(128ページ)に当たるよりいいようには思うのですけど…


高倉義典 誠文堂新光社 2016年9月16日発行
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

数学を使えばうまくいく アート、デザインから投資まで数学でわかる100のこと

2017-03-05 21:12:22 | 自然科学・工学系
 音楽や美術、文学その他の芸術・技術等において、数学が大きな役割を果たし、また果たしうるということについて論じた本。
 広範な分野について、数学的な検討がなされ、意表を突かれるというか、感心するというタイプの本です。
 しかし、それほど数式が羅列される場面はないとはいえ、論じられる数学的な議論を、きちんと検証する、正しいと納得できるまで読み込むことは、通常の読者には困難です。著者の議論/主張が、数学的に正しいかについては、本来はそれぞれの主張をていねいに追ってみる必要があるのでしょうけれども。
 例えば、正三角形の各頂点から各辺を半径とする円弧を描いた、要するに各辺を円弧で膨らませた形の「ルーロー三角形」と円の関係、実質的/技術的には両者を断面とする金属製のふたを製造する場合に必要な材料の量を論じているところで、「正三角形の一片の長さ、すなわち円弧の半径にして一定になる幅が
w の場合、ルーロー三角形が囲む面積は 1/2 (π-√3) w2 となる。幅 w の円盤だったら、その面積はもっと小さい 1/4πw2 となっただろう。このことから、一定の幅の蓋を作る必要がある場合、π-√3=1.41 のほうが 1/4π=0.785 よりも大きいため、断面が円形ではなくルーロー三角形をした蓋を使ったほうが材料の無駄を少なくすることができる。」と書かれています(64ページ)。いや、これ、いくらなんでもおかしいでしょう。普通に考えて「幅 w の円盤だったら、その面積はもっと大きい 1/4πw2 となっただろう。このことから、一定の幅の蓋を作る必要がある場合、1/2 (π-√3) =0.705 のほうが 1/4π=0.785 よりも小さいため」のはず。こういうのを見つけてしまうと、その数学的考察の正確性をどこまで信じてよいのか、不安になります。
 一つの記事の中にどれだけの誤植があるかを、2人の校正者に別々に校正をさせた結果から(統計的に)推定するという議論で、校正で見落とされている間違いの数は、1人目の校正者だけが見つけた間違いの数と2人目の校正者だけが見つけた間違いの数を掛け、それを2人ともが見つけた間違いの数で割ったものとなると論じています(208~209ページ)。これも、説明と数式を追っている分には、ほぉーっと思うのですが、おそらくその推定を利用するためには2人の校正者の能力と誠実さを前提にする必要があり(2人とも無能か怠惰だった場合、現実には大量の間違いを見落としていても、2人とも自分だけが見つける間違いは多くないため、推定は過少評価になると考えられる)、さらに現実には見つけやすい間違いと見つけにくい間違いがあるはずで、見つけにくい間違いは2人とも見つけられない可能性が高くなるので、現実には見つけにくいタイプの間違いの推定が過少評価になりやすいという欠陥を抱えているように、私には感じられました。
 後者で前提にされる「独立性」は曲者で、理論的にあるいは説明を受ける分には独立の事象と見えるものが現実には独立でないことがままあります。原発の大事故の確率は、さまざまな「独立」の事象の確率を掛け合わせることで、とても小さく計算されます。しかし、現実には独立している別々の機器が火事や地震で一気に故障したりしますし、検査や補修はいくつかの機能を不作動状態にして行いますのでそこに作業ミスが重なると予想外の機器不作動が同時に生じたりします。故障で運転状態がおかしくなることで運転員・作業員が動揺して通常なら考えにくいミスをするということもあり得ます。「独立」の事象を前提とする数学的考察は、原発事故の確率を現実より小さく見せるという役割を発揮してきました。数学的考察は、便利でまた説得力を持ちやすいものですが、そういった疑いの目/批判的検討が不可欠でもあります。


原題:You Didn't Know About Maths & The Arts
ジョン・D・バロウ 訳:松浦俊輔、小野木明恵
青土社 2016年11月15日発行(原書は2014年)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

フィールドで出会う哺乳動物観察ガイド

2017-02-22 23:22:01 | 自然科学・工学系
 日本における「幻の動物とその生息地(Fantastic Beasts & Where to Find Them)」。日本に生息する野生の哺乳類について、種別に、生息地、形態・特徴・他種との見分け方、生態(夜行性・昼行性、食性:草食系・肉食系・雑食系等、営巣場所・環境、繁殖など)、観察(どういうところで、どういう時間帯に観察しやすいかなど)、生息を確認できるフィールドサイン(食痕、糞、足跡など)などを解説しています。
 日本のモグラ分布図(23ページ)で、「モグラ類の種間競争は激しく、ふつう同所的に生息せず分布域は重ならない」「西日本に分布するコウベモグラと東日本に分布するアズマモグラは、勢力争いの真っただ中にいる。先に日本に広く分布していたのはアズマモグラだが、大型で体力のあるコウベモグラが後からやってきて、アズマモグラを駆逐しながら西から東進を続けている」「今後もコウベモグラは全国制覇に向かってさらに東進、北上していくと考えられている」って…暴力団の縄張り争いみたい。地中生活中心のモグラが、そんなにぶつかったり追い出されるものなんですかねぇ。ちょっと意外です。
 ニホンノウサギ、ユキウサギは、休息するときは、そこまで歩いてきた足跡上を数メートルか十数メートル戻って、そこから別の方向に横っ飛びして進み、その先で休むそうな(それを「止め足」というようです:119ページ)。動物アニメのような行動パターンですが、捕食者を欺くための知恵(進化論的には、そういう行動パターンをとる/習性を持つものが生き延びて子孫を増やしてきた)なんですね。
 トウキョウトガリネズミは、北海道の一部にしか生息していないのに、なぜその名がついたか。「発見者がエゾ(蝦夷)をエド(江戸)と書き間違えたことによる」(11ページ)って… (-_-;)


山口喜盛 誠文堂新光社 2017年1月23日発行
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

脳は、なぜあなたをだますのか 知覚心理学入門

2017-01-08 17:10:09 | 自然科学・工学系
 外界の刺激を脳がどのように情報処理して五感による知覚・認識につなげていくか、その過程での錯覚、特に知覚刺激の操作により現実には肉体の移動がないのに移動しているように錯覚する現象(ベクション)の研究を専門とする著者が、人間の心について解説した本。
 「はじめに」で人間には自由意思はない、人間の行動はすべて環境からの刺激によって必然的に導かれたものという主張が展開され(9~10ページ)、それがこの本のキャッチになっています(本論でも第2章でそれを展開しています)。近年脳科学や心理学の本でよく見るこの議論を聞いていつも思うのですが、よくその例として挙げられる商品を購入する際に無意識のうちに宣伝で繰り返し接触(露出)している商品を選ぶとか、人間に対する評価が第一印象、顔の好き嫌いで決まる、選挙の投票もそれに左右されるというレベルの議論では、理解できますけど、著者はそれならば、この本の執筆、構成、論の運びすべてが著者の自由意思によるものではなく環境による刺激の結果だと考えているのでしょうか。自由意思はないという主張を突き詰めればそういうところまでいかないとおかしいですし、そうでなければ、どのような場合が自由意思によるものではなく、どのような条件(複雑さ、時間の長さ?)の行動が自由意思(行為者の思惟・思索の結果)によるのかを論ずるべきでしょう。
 本人の主観(気持ち、感覚の「質感」)は言葉では置き換えられず、共有できないという「クオリア」論(52~68ページ)は興味深く読めました。「君の名は。」を見て、瀧が三葉の体に入ったときついおっぱいを触ってしまうのを、瀧はただ触ってみたかったということかもしれませんが、男には知りえない、おっぱいが「ある」ことはどのような感覚なのか、おっぱいを「触られる」のはどういう感覚なのか、「言葉」では分からない(聞いてもわからない)直接的な感覚を持つ機会として、自分が瀧の立場だったら絶対やるよねと思っていました。ついでにHのときに女がどう感じるかも…といったら、「男とHするのに耐えられるか」と突っ込まれ、確かにそれは気持ち悪いと思いましたが。
 アンカリング効果(判断に当たり示された数値に、その数値が全く無意味な数値であっても、判断が影響を受ける)について、法の専門家52名に対して一定の事例についての量刑判断をさせ、その際に判断前にサイコロを振らせたところ、専門家が答えた量刑判断が振ったサイコロの目の大小と相関した(サイコロの目の数値の影響を受けた、引きずられた)という実験結果(189~191ページ)は、興味深いというか、恐ろしい。
 心理学の本の多くが実験の条件等を説明せずに結果だけを独り歩きさせていると、著者は指摘し、有名なつり橋効果(つり橋の上のような不安定な条件下で心臓がドキドキしている状態で異性を見るとその異性の魅力でドキドキしていると錯覚してその異性を好きになる)の実験の条件が揺れるつり橋は揺れるだけでなくて高さも非常に高く(水面から69m)揺れないつり橋は高さが低く(水面から3m)、標本(被験者)数はそれぞれ23と22で、好きになるという効果は女性インタビュアーが電話番号を書いた紙を渡し被験者が電話をした数が9と2ということから結論付けられている、そしてあまり知られていないが男性インタビュアーの実験も行われそちらでは電話をした被験者は揺れる方で2、揺れない方で1だったと紹介しています(201~203ページ)。心理学関係の本を読むとき、よく注意すべきだというこの指摘は、たいへん参考になります。


妹尾武治 ちくま新書 2016年8月10日発行
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

朝起きられない人のねむり学

2016-12-24 20:53:06 | 自然科学・工学系
 睡眠外来の医師の立場から、睡眠一般の説明と、睡眠障害の診断と考え方などを説明した本。
 睡眠不足が続くと注意力が落ちていき、それは睡眠時間を8時間取る日(回復日)が1日あっても元の水準には戻らない:週末に寝だめしても効かない(19~21ページ)、人の体内時計の周期は24時間より少し長く(以前は25時間とか言われていたが最近の研究では24時間10分くらいだとか)体内時計を合わせるために朝光を浴びる必要があるが、それは「最低体温を記録した後」の光なので数時間は寝た後に朝の光を浴びる必要がある(43~53ページ)などの説明が目を引きます。う~ん、やっぱり寝だめは効かないのか、昼夜逆転生活はまずいのか…しかし…
 一般的な説明は統計でなされていますが、この本の特徴は、その人にとってのベストな睡眠時間は人それぞれだとしている点にあります。ヒトにはなぜか4時と14時ころに眠くなる時間帯があり、そこからすると午前中には眠くならないようになっていると考えられる、それを基準に考えると午前中に眠くなるのは無理をしているからで、午前中に眠くならないような睡眠時間が、その人に必要な睡眠時間だとしてます(81~89ページ)。自分の体からのサインを無視しないようにとも。
 なるほどと思い、勇気づけられるところも多いのですが、近年、平日に夜更かしして(終電近くまで事務所で仕事をする、あるいは自宅で深夜までホームページの記事を書く)土曜日昼過ぎまで寝て回復する(それですっきりして午後事務所でまとまった書面を起案する)という生活を続けている私には、寝だめは効かないとか、午前中眠くならないと言っても(土曜日は午前中は起きてないし)…とか、また悩ましく思えます。


神山潤 新曜社 2016年6月1日発行
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

その〈脳科学〉にご用心 脳画像で心はわかるのか

2016-11-01 00:15:34 | 自然科学・工学系
 fMRI(機能的磁気共鳴画像法)により得られた脳スキャン画像に基づいて、被験者が一定の思考等を行ったときに脳が活性化する(酸素消費量が増える)部分を特定し、それにより一定の思考等を行う脳の部分を割り出して、脳スキャン画像から被験者の思考等を評価判断するという脳科学の試みについて、現時点での科学的評価を行うとともに、脳科学を標榜するビジネスの問題点を指摘する本。
 fMRIの脳スキャン画像の評価では、人間の心理的作業の複雑さを正しく分解・解析できているか疑問があり、ニューロン(神経細胞)の活性化から酸素消費量の変化までのタイムラグなどもあって、一定の心理的作業をつかさどる脳の場所の特定自体容易ではないこと、実験の統計的な評価での問題もあり、死んだ鮭の脳のスキャン画像で統計処理をして評価すると脳の小領域が活性化したかのような結果が出た(47~56ページ)などの指摘があり、なるほどと思いました。
 この本の表題からは、以上のような理系的な(科学的な)説明がテーマかと思ったのですが、それは第1章までで、あとは、脳科学を標榜するビジネスへの警鐘と裁判での利用への批判が中心となっています。そういう意味では、自然科学系の本ではなく、社会科学系の本と分類すべきかなとも思いました。
 終盤は、特に、「脳科学」の成果を利用して刑事裁判での減刑や無罪(自由意思がなかったのだから責任を問えない)の主張をする弁護士への批判が中心となっています。それも脳スキャン画像の解釈に誤りがあるとか、脳スキャン画像に関する現在の科学技術水準からそこまでを読み取ることはできないという科学的な指摘に基づく批判ではなく、刑事責任のあり方というような哲学的な観点からの批判に相当程度踏み込んでいるように思えます。私が弁護士だからかもしれませんが、精神科医と心理学者がする批判としては、専門知識に基づくものを超え、価値観が先行したものと思えます。著者の専門性からは第1章までにとどめるべき本ではなかったか(でも著者はむしろその後を書きたかったんでしょうけどね)と思います。


原題:BRAINWASHED The Seductive Appeal of Mindless Neuroscience
サリー・サテル、スコット・O.リリエンフェルド 訳:柴田裕之
紀伊国屋書店 2015年7月10日発行(原書は2013年)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「がん」では死なない「がん患者」 栄養障害が寿命を縮める

2016-08-08 00:55:33 | 自然科学・工学系
 癌を始め、さまざまな病気からの回復のために栄養管理が大切であり、病院が適切な栄養を与えることで感染症の防止や手術後の予後の改善ができることを論じた本。
 タイトルの「癌」の場合、癌細胞は糖を大量に消費する上に筋肉のタンパク質を分解し脂肪細胞から脂肪を血中に放出させるサイトカインを放出するために、癌患者は筋肉が細り体脂肪も減ってあっという間にやせていくが、医者は栄養を入れると癌が大きくなるなどといって栄養補給に積極的でない、その結果、患者は栄養障害になり歩行や自力排泄、食事ができなくなり、免疫機能が衰えて感染症にかかる、癌患者の8割以上は癌そのものではなく感染症で死亡しているというのが、著者の主張です(12~15ページ、34~37ページ)。
 なるほど、ではどのように栄養を摂ればいい、何を食べればいいのかと思うと、そこは著者らが工夫した栄養剤の投与(ただし、可能なら経口、できるだけ経腸)ということで、患者側からは医療機関任せになってしまうのが残念です。
 他方で、癌の最終段階では細胞が栄養や水分を受けられなくなり、栄養や水分を投与しても細胞が使うことができず、そのまま腹水や胸水、全身のむくみになって患者はかえって辛くなってしまうため、投与量を減らすギアチェンジが必要になるそうです(86~87ページ)。専門領域になるとなかなか判断が難しそうです。
 この本では、癌の話は、ある種「つかみ」でもあり、癌以外のさまざまな病気の治療、回復、退院後の生活に、入院中の栄養管理が大きく影響することが論じられています。人間の自然治癒力、免疫機能を考えれば、当然とも思えますが、医者がそのことを認識するようになったのは最近のことで、十分な栄養管理が行われていない病院も多いようです。
 著者は、患者と顔を合わせたらまず握手をして挨拶を交わすようにしている、握手をするだけで相手の握力や体温、皮膚や脂肪の状態、爪の状態、場合によっては心の状態までわかるといっています(94~95ページ)。専門家はあらゆるところから情報を得て判断の基礎にしているというわけです。これは、弁護士業務でも当てはまりますので、よくわかります。弁護士の場合、相談者の手を握りはしませんが、相談者と会話をすることでさまざまな情報を引き出し、その表情や声の調子、会話の「間」なども意識しながら相談者の話の行間を推測してさらに質問をして事実関係を見極めていくという作業をしています。そういう観点からも、メールで済まそうとせずに、現実に関係書類を持って面談した方が、遥かに深く効果的な相談ができるもので、顔を合わせてのコミュニケーションの大切さは、人間のことを扱う業務では共通しているなぁと実感します。


東口髙志 光文社新書 2016年5月20日発行
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

失われてゆく、我々の内なる細菌

2016-07-23 19:50:20 | 自然科学・工学系
 肥満、若年性糖尿病(Ⅰ型糖尿病)、喘息、花粉症、食物アレルギー、胃食道逆流症と食道の腺癌、セリアック病(グルテン:小麦アレルギーによる腸の不調、下痢・腹痛等)、クローン病(炎症性腸疾患から腸閉塞に至る)や潰瘍性大腸炎、自閉症、湿疹等の近年の急速な増加が、抗生物質の多用・濫用による常在細菌の消失によるものではないかという問題提起をして、抗生物質の過剰投与に警鐘を鳴らす本。
 人の身体の細胞は30兆個ほどであるのに対して人の身体に住む真菌・細菌は100兆個に達し、人は消化や代謝、人体に必要な物質の産生に当たってこれらの常在細菌の助けを受け、免疫も常在細菌に左右されている。常在細菌の構成は1人1人異なり、人はそれを経膣分娩による出生の際に母親から引き継ぎ、キスや性行為等の接触(広くは電車のつり革からなども含め)により他人と一部交換を続けているとか(もっとも他人から受けた細菌は、数日もすれば駆逐され元に戻るそうです:37ページ)。キスやセックスが常在細菌を一部交換する行為といわれて、常在細菌まで一部共有するほど仲がいいのだと喜べるか、気持ち悪いと思うかは、人生観によるのでしょうか、相手との関係性によるのでしょうか。
 朝起きたときに息の匂いが強くなっているのは、歯肉頸部に住む嫌気性菌が、睡眠中の呼吸が口腔ではなく鼻腔経由で行われるために睡眠中は口腔内の換気量が減って増殖し、揮発性化学物質を産生するためだそうです(31ページ)。なるほど、歯磨きを朝食後ではなく朝起きてすぐにするよう勧める見解はそういうことに基づいているのでしょうね。
 著者は、近年胃潰瘍・胃癌の原因とされて忌み嫌われているヘリコバクター・ピロリ菌についての自身の研究から、胃常在菌のヘリコバクター・ピロリ菌が高年齢者では胃潰瘍・胃癌の原因となる一方で、胃食道逆流症とその結果として生じる食道の腺癌を防ぎ(135~142ページ)、ピロリ菌感染と喘息や花粉症・アレルギー性鼻炎、アレルギー性皮膚炎の発症が逆相関になっており、ピロリ菌が免疫系に影響を与えてこれらの発症を予防しているのではないか(143~154ページ)と述べています。医師がピロリ菌を始め病原性が認められた細菌(多くは常在細菌)を駆除するために抗生物質を過剰投与することで、常在細菌が死滅して人体に有用な(必須の)作用が失われたり、常在細菌が死滅した隙に通常ならば常在菌に阻まれて人体で広範に増殖できない人体に有害な細菌が増殖し、あるいは抗生物質耐性を持つ異種株が広範に増殖することになって、新たな疾病・感染症が増え、また抗生物質耐性菌が広範に出現することを憂いています。しかも抗生物質は疾病の治療のみならず、なぜか家畜に投与すると肉量が増える効果があるので畜産家が大量購入・大量投与しており、自らが抗生物質の投薬を受けていない人までが食物を通じて抗生物質を体内に取り込むことになっている、近年の身長・体重の急速な増加の原因の一つは抗生物質の影響ではないかとも。著者は、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」になぞらえて、この事態を「抗生物質の冬」と名付けています。
 他の原因も含めた複合的な機序が予測され、このテーマが話題を呼べば当然に製薬会社からの否定を目的とした研究を含めさまざまな反論が行われるでしょうし、真相の解明には多くの困難が待ち受けているとは思いますが、貴重な問題提起として受け止めておきたいところです。


原題:MISSING MICROBES
マーティン・J・ブレイザー 訳:山本太郎
みすず書房 2015年7月1日発行(原書は2014年)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加