伊東良徳の超乱読読書日記

読んだ本の感想を中心に本に対するコメントを書き散らします。読み終わった本は図書館に返すのでフォローは保証できません。

会議を制する心理学

2016-04-30 00:02:42 | 実用書・ビジネス書
 社会心理学者という資格の関係で各種の政府系の委員会等で座長・副座長を務めてきたという(19ページ)「会議巧者」とみなされることが多い(3ページ)著者が、「適切な意思決定のための会議」についての方法論を語る本。
 著者が悪い例として想定しているのが、会議開催前に少数の幹部により方向性が決まっており、それを事前にメーバーの一部に根回しをして会議では現実にはメンバーに発言させず議長が異議はありますかという聞き方で採決をせずに全会一致と見なして決定していくものです。著者が、多く参加した政府系の委員会も官僚の事務方がそういうことをやって運営しているものです(そのあたりは著者も20ページでわずかながら触れていますが)。それらの会議で、著者は、根回し、同調圧力に負けずに闘ってくれたのか、それよりも座長になった著者が根回しをしたりメンバーへの圧力をかけなかったのかの方が気になりますが。もっとも、この本で書いていない、役所の諮問機関(委員会)や「第三者委員会」ではそもそもメンバーの選定段階で反対者や異論を言いそうな人物が排除されており議論をするまでもないのではないかという問題がさらに大きいかも知れませんが。
 会議の主宰者側になった時の注意として、多様な意見が出る雰囲気作りが何よりも重要、「重大な議案の場合、参加しているメンバーは全員一つ以上は必ず反対意見を述べることをルールにするのも効果的」「もし組織の今後を左右するほどの重大な提案であったなら、必ず議案に反対している人を参加させる、という方法もあります」(176~177ページ)ということが書かれています。立派な意見ですが、それが著者が参加してきた原子力安全委員会の専門部会や各種の「第三者委員会」で実施されたのか、大いに疑問を持ちます。
 心理学関係の部分では、単独では間違わない判断が周囲への同調で流されるとか、多数者の判断の方が単独の判断よりもリスキーな方針を選択する、ブレーンストーミングでも他人がいると他人の目を気にしてアイディアを簡単に(安易に)出せないとか他人が出してくれるだろうという手抜き思考から1人でアイディアを出すよりもアイディアが出なくなる(88~102ページ)などの指摘があります。これらは、よく聞く話ですが、そう言ってしまうと会議による意思決定など無意味というかやめた方がいいということになりかねません。著者はさらに、全体での多数派がセクションに分けて少数で議論させて結果を積み上げると逆転する場合がある(少数のセクションの中での少数となった全体での多数派が意見を変えるため)とし(103~106ページ)、議論では共通して持っている情報ばかりが繰り返し議論されて強調されメンバーの一部だけが持っている情報は他のメンバーに共有されない(106~110ページ)ということを心理学の実験結果を通じて紹介しています。情報交換と議論を通じてより深い正しい見識を達して結論を出すということが民主主義の理念であるのに、この書きぶりでは、それを実現する方向ではなく、議論をしない多数決がよいかのようなニュアンスを感じてしまいます。
 全体として、「適切な意思決定のための会議」の方法論を論じているという建前ですが、実質的には、会議の改革よりは現状の会議の中でそれぞれの参加者(座長・議長側を含む)が自分の意向をより反映させるためには何を考えるべきか、あるいは会議で無難に振る舞うための処世術を論じているように見えます。


岡本浩一 中公新書ラクレ 2016年1月10日発行
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労働法実務解説4 人事

2016-04-29 19:26:23 | 実用書・ビジネス書
 日本労働弁護団の中心メンバーによる労働法・労働事件の実務解説書シリーズの人事関係の部分。
 2008年に刊行された「問題解決労働法」シリーズの改訂版です。
 配置転換、出向・転籍、昇進昇格(差別)、降格、教育訓練(労働者の権利と受忍義務)、休業・休職、懲戒を扱っています。「人事」というタイトルからは配転、出向・転籍、降格を予想しましたが、全体の項目立てで他に入りにくいものが集められたということがあるのでしょう。しかし、昇進昇格差別と教育訓練の差別(労働者の権利)、休業(産休・育休)による不利益取扱は性差別(このシリーズでは第6巻の「女性労働・パート労働・派遣労働」)で扱うのが通例ですし、休職の中心となる傷病休職は労災、パワハラと重なり、懲戒の記述も現実には懲戒解雇が中心となって、解雇関係の記述と重なっています。性差別指針(労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針:2006年厚労省指針614号)の文言を長々と引用する部分が多く(このパートを書くと誰が書いてもそうなってしまうのですが。しかし読んでると退屈)他のパート(巻)でも書かれていることを考えれば、そういうところをカットして、この巻の特徴といえる判例紹介をさらに増やしてもらえれば、と思いました。
 まえがきで2ページで3回も、本書では多数の裁判例を紹介していると謳っているように、このシリーズの他の巻と比較しても多数の裁判例が紹介されています。降格関係は、これまでに読んだどの本でも、今ひとつその分類説明がスッキリしません(これは私が編集責任者の第二東京弁護士会労働問題検討委員会編の労働事件ハンドブックでもそうです。あれこれ考えてみましたがなかなかうまく整理できません)。この本もそれを解決できているとはいえませんが、類型分けと対応する裁判例の紹介が比較的思考の整理によさそうに思えました。配転と降格及びそれに伴う賃金切り下げについては、労働事件を扱っている弁護士ユーザーにも買いかなと思います。
 このシリーズについて、誤植が非常に多いと文句を付けてきましたが、この巻では目につきませんでした。208ページ、209ページで紹介している始末書不提出を理由としたさらなる懲戒についての「豊橋土木事件」は、「豊橋木工事件」の誤りですが。


井上幸夫 旬報社 2016年4月11日発行
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冤罪を生む構造 アメリカ雪冤事件の実証的研究

2016-04-28 21:33:54 | 人文・社会科学系
 アメリカで殺人、強姦等の事件で有罪が確定した後に1980年代後半以降DNA鑑定によって無実と判明した250人の刑事事件記録を検討分析した本。
 「犯人でなければ知り得ない」事実を自白していた被告人たち、目撃証人(被害者等)に犯人だと指摘された被告人たち、「専門家」の鑑定意見で犯人である可能性が高い(ほぼ間違いない)と指摘された被告人たち、同房者等から犯行を打ち明けられたという「証言」をされた被告人たちが、それも相当多数の被告人たちが、客観的科学的証拠により実は無実だったと証明されているわけです。客観的には犯人でないことが証明された被告人がなぜ「犯人でなければ知り得ない」事実を自白できたのでしょう。著者は確実な証拠はないとして断定を避けていますが、「犯人でなければ知り得ない」事実ではなく、犯人と警察だけが知っていた事実だったということと考えざるを得ないでしょう。客観的には犯人でないことが証明された被告人に対して、目撃証人が確信を持って、間違いない、忘れもしないなどと証言していたり、さらに驚くべきことには、著者の分析対象となった目撃証人によって同定されていた無実の被告人のうち36%が複数の目撃者に犯人と指摘されていたというのです。私たちは、目撃証言があり、しかもその目撃証人が確信を持って間違いないと証言したら、やはりそれは信用性が高い、むしろ決定的な証拠と評価してしまいがちです。推理小説やドラマ・映画ならそれだけで決まりというニュアンスです。ましてや複数の目撃証人が一致してこの人が犯人だと証言したら、もう動かしがたい事実のように思えます。それが、信用できないとしたら、いったい何を信用したらいいのかとさえ思ってしまいます。そういった事案を分析する中で著者は、目撃証人が、最初の識別では自信がなかったのに公判段階では確信を持って被告人を指さしているケースが相当数あることを指摘しています。ここでも捜査官の態度や被告人が起訴されたという事実による暗示・思い込みが影響していることが考えられます。過去の精度の悪い鑑定や歯形鑑定、毛髪(の形状による)鑑定など科学的に犯人を絞り込めない鑑定をあたかも客観的で有効であるかのように証言する「専門家」たちに裁判官も陪審員も騙されてきたということや、検察官から刑罰を軽くしてもらうために他人を陥れる虚偽の証言をする(繰り返す)同房者証人たちとそれを利用する検察官などの恥知らずな人々が刑事司法を貶め冤罪被害者を多数生み出してきたことが、繰り返し、指摘されています。
 DNA鑑定によって救済された人々は、多くの場合、イノセンス・プロジェクトの弁護士たちの努力でDNA鑑定にこぎ着けて無実が判明しても、すぐには釈放されず、検察官や裁判官が釈放に抵抗し、近年のDNAデータベースの拡大と検索能力の進歩によって別人のDNAデータがヒットし、要するに真犯人が判明して初めて無罪判決、釈放に至るということが少なくないということも指摘されています。DNA鑑定による有罪判決確定者の無実判明が続いたことで裁判官や検察官よりも政治が動いてDNA資料へのアクセスを定める立法が続いてそちらから制度改善が進んでいるそうです。それでも無実を主張すればDNA資料へのアクセスが認められるわけではなく、相当程度の無実の蓋然性を立証しなければならないなど、まだハードルは高いようです。もちろん、DNA資料へのアクセスが制度として全くなく現実にもほぼ認められない日本の状況とは比べものになりませんが。こういう活動をボランティアで続けてきたイノセンス・プロジェクトの弁護士たちには、ただただ頭が下がります。
 著者は収拾して分析対象にした事件記録のデータをインターネットで公開しているそうです。DNA資料へのアクセスについても、刑事記録の収拾についても、その公開についても、アメリカという国でのデータの公開と適正手続、フェアネスの考え方に、日本との大きな違いを感じます。日本では、「個人情報」保護に傾きすぎのきらいがあるというか、個人情報保護や(行政・国家)秘密の名の下に市民に有用な情報を知らせまいという傾向がどんどん強くなっていると思います。
 そういった様々なことを考える上でも、一般人にはなかなか馴染みにくい本ではありますが、多くの人に読んでもらいたいと思える本です。


原題:Convicting the Innocent
ブランドン・L・ギャレット 訳:笹倉香奈、豊崎七絵、本庄武、徳永光
日本評論社 2014年7月20日発行(原書は2011年)
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判決破棄 リンカーン弁護士 上下

2016-04-27 00:04:25 | 小説
 リンカーン弁護士シリーズの第3作。
 敏腕刑事弁護士マイクル・ハラーが、この作品では、地区検事長から依頼されて、州最高裁判所が有罪判決を破棄した事件で特別検察官を務めるという設定で、元妻の検察官とともに臨時に借りた事務所で執務します。リンカーンの後部座席を事務所代わりに違法すれすれで事件に勝つちょいワル弁護士という第1作の設定からは、事務所スタイルの独自性も消え、検察の正義に邁進するという、ずいぶんとかけ離れたものになっています。第1作から一貫しているのは、マイクル・ハラーの敏腕さで、ハラーが敏腕すぎるために、勝つか負けるかのハラハラさはなくて、読者の興味はハラーがどうやって勝つかにほぼ尽きてしまいます。
 業界人としては、裁判官とのやりとり、法廷での尋問場面でのどこまで尋問するかをめぐる判断と駆け引きが興味深く読めますが…
 ところで、この作品のテーマは、有罪判決を受けて服役していた元被告人が、ボランティアで無罪主張している事件のDNA鑑定をして冤罪を晴らす弁護士たちの活動の結果、被害者の衣服に付着していた精液が別人のものと判明して有罪判決が破棄されたという事案で、DNA鑑定で冤罪と裁判所(州最高裁)が判断しても、無実とは限らない、実は犯罪者だったという主張です。アメリカで精力的に活動する「イノセンス・プロジェクト」に対する挑戦というべきもので、このような検察官寄り・国家権力寄り・人権派弁護士嫌いの人権活動家の足を引っ張る言説を、ジャーナリスト(元ロサンジェルス・タイムズ記者)出身の作者が好んで採りあげるというところに、暗く哀しいものを感じました。


原題:THE REVERSAL
マイクル・コナリー 訳:古沢嘉通
講談社文庫 2014年11月14日発行 (原書は2010年) 
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夏の沈黙

2016-04-26 00:01:27 | 小説
 テレビドキュメンタリー制作者のキャサリンが、夫に秘密にしていた20年前のスペインでの休暇のときの事件について、何者かが書き綴り自費出版した本を届けられ、パニックに陥り、その作者がキャサリンの周囲にその本やキャサリンの写真を送ってキャサリンを追いつめていくという展開の小説。
 子を思う親の気持ち、子の危機に憔悴し、子の死に深い喪失感と復讐心を持つ親の姿が、描かれています。私は、子の褒められたものではない言動に翻弄され、妻との距離も見失う2人の父親たちの哀れに心を揺さぶられました。
 しかし、ミステリーとしては、比較的シンプルな構成で、20年前の夏のできごとが常にクローズアップされ続け、何となく落としどころは見えてきますし、またその行き先は心地よいものでもなく、読後感はあまりよくありませんでした。
 ドキュメンタリー制作者という、作者自身の職業についているという設定のキャサリンが、仕事に対して真摯に取り組む描写がほとんどなく、責任感や倫理観を感じさせないのは、どんなものかなと思います。作者自身が自分の仕事への思い入れがないのかとさえ感じてしまいました。


原題:DISCLAIMER
ルネ・ナイト 訳:古賀弥生
東京創元社 2015年5月29日発行 (原書も2015年)
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スペードの3

2016-04-25 00:00:39 | 小説
 元大劇団雪組の男役だったミュージカルスター香北つかさのファン組織「ファミリア」の幹部江崎美知代、いじめられっ子だった小学生時代と訣別しマンガイラストの才能を発揮して演劇部の美術班に入り香北つかさのファンになる秋元むつ美、舞踊学校時代からのライバルの行動に翻弄され舞台生活の黄昏を感じる香北つかさを描いた連作小説。
 江崎美知代の第1話「スペードの3」と香北つかさの第3話「ダイヤのエース」は、一生懸命努力して地位を勝ち得た優等生が、身近に現れたライバルに生まれながらの能力や出自により軽々と乗り越えられ、しかもそのライバル側は悪意・敵意も見せず「天然」ぶりを発揮するという状況に、挫折感・焦燥感を持ち、ライバルに対する屈折した思いを持つ様子がテーマになっています。
 特に第1話の江崎美知代は、小学生時代、まじめに勉強やピアノで努力し、学級委員になり、友だちを作れない同級生に配慮したり、精一杯努力してクラス内での地位を勝ち得たのに、ピアノが上手な美貌の転校生にあっという間に追い落とされ、しかも優等生としての努力自体まで批判され、否定的に描かれます。そして、小学校時代に頑張った優等生が、希望した化粧品会社に入社できず、配送業務をする関連会社で埋もれているというのも、現代の日本の若者/労働の実情を反映したものといえますが、哀しいところです。努力した者が報われず評価もされないという社会、努力すれば未来が切り拓かれると確信できない社会は、発展が望めず、人を幸せにはしないと思います。江崎美知代も香北つかさも、最後には、屈折した思いを持ちつつその中でなお頑張ろうと思うところが救いではありますが、そういったささやかな救い/望みしか生み出せない今の日本社会の制約/閉塞感を改めて感じてしまいました。


朝井リョウ 講談社 2014年3月13日発行
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労働法実務解説1 労働契約・有期労働契約

2016-04-24 00:00:41 | 実用書・ビジネス書
 日本労働弁護団の中心メンバーによる労働法・労働事件の実務解説書シリーズの労働契約関係の部分。
 2008年に刊行された「問題解決労働法」シリーズの改訂版です。
 労働者性、使用者性、労働契約の成立と変更、有期労働契約など、幅広い領域を扱っていますが、通し読みにはつぎはぎ感があります。
 退職金支給基準変更についての個別労働者の同意の有無(有効性)の判断に当たっては、それが労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきとする山梨県民信用組合事件最高裁判決(2016年2月19日第二小法廷判決)などという判例集にもまだ掲載されていない裁判所Webの判例が紹介されていたり(110~111ページ。ただし110ページ下から5行目の引用文の「老害変更」は「当該変更」の誤り)、成果賃金制度の導入にあたり年俸を能力と成果に基づいて決定するというレベルのあいまいな基準で使用者に白紙委任することは労働契約法第3条第1項の労使対等合意原則の趣旨に反し合理的とはいえないから有効とはいえない(101~102ページ)などの私にはお題目に思えてしまう労働契約法の総論的規定を駆使した立論に著者の思考のキレが感じられ、参考になります。
 他方、2008年の旧版の記述を見直さないままに放置されていると思われる記述が散見されます。労働契約法が19条までしかない(3ページ、14ページ。2012年改正で22条までになっています)とか、偽装請負の偽装請負業者の労働者と偽装注文主(実質派遣労働者と派遣先)の間に黙示の労働契約の成立(直接雇用)を認めた松下PDP事件大阪高裁判決(2008年4月25日)を紹介しつつ「最高裁判所の判断が注目される」(40ページ)(最高裁は2009年12月18日に大阪高裁判決を破棄し労働者側の逆転敗訴の判決を出し、その後この問題については、例外的な1例を除き、労働者側の敗訴が続いています)とかは、労働事件についてそこそこ知識がある読者にはビックリものです。忙しくて、書き直すと決めた部分以外の元原稿をちゃんと読まなかったんでしょうね…(T_T)
 23ページ最終行から24ページ1行目と144ページ7行目の「期間の定めのある」はどちらも「期間の定めのない」の間違い、152ページの図6-3はたぶん作図がずれたり画像が潰れたりしたのだと思いますが何のことかよくわからず少なくとも矢印の位置は間違い、「(傍点筆者)」と書かれている2か所(18ページ、34~35ページ)が2か所とも傍点がない、などが目につきますし、他にも誤植・変換ミス等はかなりあります。このシリーズは全体的に、誤植・変換ミスが多いと思います。編集者が全然校正やっていないということなんでしょうか。


水口洋介 旬報社 2016年4月11日発行
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さよなら、ニルヴァーナ

2016-04-23 00:00:48 | 小説
 1997年の神戸連続児童殺傷事件を題材に、新人賞に応募しながら受賞できずに実家に戻るが出所した犯人に恋愛妄想を抱きストーカー行為をして事件を題材にした小説でデビューする作家今日子、阪神大震災の中で産まれ犯人の美しい顔写真に憧れてファンサイトを作り追いかける莢、娘を殺され悲しみに暮れながら犯人のファンの莢に惹かれる被害者の母、名前を変えてひっそりと生きる犯人の様子を順繰りに綴る小説。
 現実の犯罪を題材にした小説、というもの自体に、私は作家の創造力の枯渇と安易でさもしい心根を感じてしまいます。弁護士という仕事がら、私は、殺人犯にも守られるべき人権があることは当然だと思う。しかし、それと、殺人犯を殺人犯故に祭り上げ崇めたりファンサイトなど作ることとはまったく異なります。そういう感覚には吐き気がしますし、まったく理解できません。この作品は、そういった世の風潮も含めた現代の病理を描いているのかも知れません。作中で、事件を題材にした小説でデビューした作家今日子を醜く(姿形をということではなく)描いていることも自虐/戯画なのだろうとも思えます。でも、そうやって懺悔をしながら書いたとしても、この種の作品の醜さは正当化も薄まりもしないと、私は思ってしまうのです。
 被害者の母に、犯人の現在への興味を持たせて周辺を彷徨わせたり、犯人のファンサイトを作る女子高生/女子大生に親愛の情をもたせたりすることで、殺人犯を崇める連中の軽薄さ・無神経さを免罪するその手法も卑怯なものと思います。実在の被害者の家族の心情を、私は知りませんが、自分たちをそのような勝手な/犯人と犯人側の者たちを利するような目的で歪めて描かれたらたまらないのではないでしょうか。そういう意味で、この種の小説を書く作家には、想像力の方も疑ってしまいます。作者の「ふがいない僕は空を見た」「晴天の迷いクジラ」での不幸な境遇に生きる人たちの物語に私は共感を覚えていただけに、残念に思います。


窪美澄 文藝春秋 2015年5月30日発行
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一番儲かる広告戦略!

2016-04-22 00:30:52 | 実用書・ビジネス書
 ホームページ制作会社代表者の著者が、自ら手がけたホームページリニューアル例を紹介するなどして、ホームページ制作会社側から見たホームページ制作のあり方を論じた本。
 基本的には、自社のホームページ制作を広告するための本だと思いますので、割り引いて読むべきだと思いますが、現在では検索ユーザー(特に見込み客)は最初から細部を意識したキーワード検索をするのでビッグキーワードで検索1位になってもさほど効果がないとか、PCでもスマホでもディスプレイの解像度が次第に上がり表示される横幅が広くなってきている、レスポンシブデザイン(PCからのアクセスにはPC用表示、スマホからのアクセスにはスマホ用表示されるサイト)は中途半端になり魅力的に見えない、スマホサイトの情報量に物足りないスマホユーザーは結局PCサイトを見ているなどの説明は、なるほどと思います。私のサイトは、現在(2016年4月21日現在)ビッグキーワードの「民事裁判」で過去4週平均1.1位、「民事訴訟」で過去4週平均1.7位ですが… (^^ゞ
 自営業者の愚痴というか、顧客への説得として、ホームページのリニューアルの依頼で最初から作るのと同じくらいと言うと文句を言われる、0から大変な検証をしなければならない、「かえって、なにもない状態の方が作業は楽」(40~41ページ)というあたりは、同感です。弁護士のところにも、自分で訴訟を起こして相手の弁護士からこてんぱんにやられて、あるいは裁判官から弁護士を付けた方がいいよと言われて途中から依頼に来て、途中までやってるのだから弁護士費用はその分安くならないかなんて言う人が、たまにですが、います。へたな訴状や準備書面を出されると、0どころかマイナスです。変な書面を出して裁判官に悪い心証をもたれてしまってからでは、そこからリカバーするのは大変で、最初から弁護士に任せてくれれば勝てたはずの事件でもそのために勝てないということも十分に考えられます。そんなことをしておいて、途中までやってあるから楽だろうなんて言われたら、呆れ果てて依頼を受ける気にもなれません。弁護士の立場からは、そういう事件は、最初から自分でやる時の倍くらい弁護士費用を取りたいくらいです。
 いくらアクセスが増えても、見て心に響かない内容では注文に至らない、というのは、自分でサイトを持っている側としては、まったくその通りと思いますし、心しておきたいところです。ホームページは5年前のままではないですかというコラム(145~147ページ)もドキッとします。著者自身、既存の取引先は自分のホームページなど見ないだろうと思っており8年間リニューアルしなかったという紺屋の白袴的なことを書いています。私のサイトも、どんどん新しい記事は書いていますが、なかなか読み返しはしないので、昔書いたままで今読んだら間違いになってしまうようなことが残されているところも多々ありそうです (>_<)


望月聡 ごま書房新社 2016年2月12日発行
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望遠ニッポン見聞録

2016-04-21 01:10:40 | エッセイ
 イタリア、シリア、ポルトガル、シカゴなどで暮らしてきた、イタリア人夫をもつ日本人漫画家が、日本の文化、日本と比較したイタリアの文化などを語ったエッセイ。
 トイレ(ゴージャスなやつ)、ビール、電化製品、美容師、歯医者、テレビ番組(海外紹介もの)、CMについては、ほぼ手放しで日本の文化、製品を褒め讃えています。こういう読み物は、「海外の目」から褒められることで日本人の自尊心をくすぐり、自己満足的に読めて、私はひねくれ者なのでそういうニーズへの媚びを感じてしまいます。著者が文庫版あとがきで、「どうも日本についての思いを外側という立場から書こうとする時、それが具体的に"褒める"という形態の表記でなければ、単純な他国との比較論ですら『自己否定』と解釈してしまう傾向が日本の人にはある」(228~229ページ)と書いているようなプレッシャーを感じてのことなんでしょう。著者は「読者の方にどのように受け取られようと」(229ぺーじ)と言ってはいますが。
 私には、日本についての部分よりも、日本の男性ファッション誌に出てくるようなイタリア人男なんていない、イタリア男はイタリア女の怖さを知りそれでもそのおっかなさへの切ない欲求と諦めをもってこその渋みや色気なのだ、イタリア女性はキレる時は完璧にキレるとかの、イタリア人の紹介の方が興味深く読めました。著者がベルルスコーニを相当嫌っているというあたりも…


ヤマザキマリ 幻冬舎文庫 2015年8月5日発行(単行本は2012年3月)
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