伊東良徳の超乱読読書日記

読んだ本の感想を中心に本に対するコメントを書き散らします。読み終わった本は図書館に返すのでフォローは保証できません。

広域警察極秘捜査班BUG

2017-05-09 23:22:21 | 小説
 航空機墜落の実行犯とされて死刑囚として拘留されていた天才ハッカー水城陸が、アメリカと日本などで構成する環太平洋連合(PU)の刑事警察である「広域警察」から偽装死刑執行/助命と引き換えに無令状で盗聴その他の内偵等を行う極秘捜査班「BUG」に組み込まれ、墜落した航空機に搭乗して死んだはずのブティア博士の動向を探り通信を傍受することを命じられ、内偵を続けるうちに、水城陸が冤罪を主張する航空機墜落事件の真相、水城陸が逮捕されて絶望して自殺したとされていた父の死の真相に迫るという近未来サスペンス小説。
 悪役と被害者がはっきりとして、誰が犯人/黒幕かではなく、いかに事件解決に至るかを楽しむタイプの作品です。そういう点で安心して読める感じで、わかりやすく爽快感があるのですが、直接の悪役の動機/背景・上部組織は明確にはされず、そこには欲求不満が残ります。シリーズ化を目論んでいる様子の終わり方ですから、続編で展開するつもりなのかもしれませんが。
 水城陸から北浦教授へのメール、留守を任されたチェック担当者が削除した(156~157ページ)とされているんですが、そのメールを仲間が知らせてきた(168ページ)というのは・・・


福田和代 新潮社 2016年11月20日発行
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海を照らす光

2017-05-06 12:08:34 | 小説
 孤島の灯台守と3度目の流産をしたばかりの妻のもとに男の死体と乳児を乗せたボートが流れ着き、妻は報告の信号を送ろうとする灯台守を制止し、流れ着いた乳児を自分の子として育て、2年後に本土を訪れて夫と乳児を失いあきらめきれずにさまよう材木商の娘の存在を知り、逃げるように孤島に戻る妻と良心の呵責に耐えきれない灯台守の言動とその行く末を描いた小説。
 偶然に自らの手元に流れ着いた乳児を育てるという人道的な行為に始まった育ての親子関係が、数年の時を経たのちに、生みの母の存命と生みの母がなお乳児を探し求めているといった状況を知った場合、人はどうすべきか、子どもにとってはどうすることがよいのか、育ての親と生みの母の心情と人生観からはどうかという、重いテーマを投げかけています。
 あわせて、子の生死、子を手放すことと夫婦の愛情/関係、夫婦関係の強さと脆さもまた、さらに重いテーマとなっています。
 数週間とか数か月程度であれば、単純に生みの親に戻せばいいと思いますが、数年を経て育ての子としっかりとした関係/絆ができてしまうと簡単ではなく、私はむしろ血縁よりも共に過ごした月日の重さの方を尊重したくなります。そこは再会した生みの親側の子との関係の作り方もあって、この作品で言えば祖父セプティマス・ポッツと叔母グウェンの懐の深さで子の心を開いていく過程の大切さが沁みるところでもありますが。
 逆に、他の者たちの狼狽しながらも相対的に落ち着いた言動に比して、育ての母(灯台守の妻)イザベルと生みの母ハナの頑なで気短なふるまいは、女性/母をステレオタイプに貶める描き方とも見えます。
 提示された重いテーマについて、「決断」に至るまでの葛藤は描かれますが、「決断」したのちの苦しみ、葛藤はあっさり飛ばされています。あまり引きずって重苦しくしたくなかったのかもしれませんが、そこももう少し描いて欲しかった気がします。
 この作品を原作とした映画「光をくれた人」が2017年5月26日から公開されます。そのために原作を読んだのですが、夫婦で見に行くのが重い作品だなぁと思いました (-_-;)


原題:The Light Between Oceans
M・L・ステッドマン 訳:古屋美登里
早川書房 2015年1月25日発行 (原書は2012年)
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サーモン・キャッチャー

2017-05-05 10:20:05 | 小説
 郊外のベッドタウン「図図川町」で、釣れた鯉の点数に応じて景品と交換する釣り堀「カープ・キャッチャー」でアルバイトをしながら人気の黒人歌手「ムキダス」が話すアフリカの少数言語「ヒツギム語」のレッスンに夢中の春日明、健康ランド「ジョイフル図図川」に寝泊まりしつつ「何でも屋」で何とか食べてる明の父大洞真実、「カープ・キャッチャー」で神と呼ばれる釣りの名手だがボロアパートで年金暮らしの河原塚ヨネトモ、量販店でバイト中の対人恐怖症のフリーター内山賢史と心霊ものDVDファンの妹智、裕福な中年女柏手市子らが、「カープ・キャッチャー」周辺で織りなす群像コメディ。
 プロローグでバラバラに羅列される登場人物が、「カープ・キャッチャー」で出会い、実は他の人物を介して現在や過去の関係があり、という形で収斂してゆくという、舞台が「図図川」「図図川町」なる特定の場所ですから、最初からそうなるだろうという展開で、ドタバタして進みます。
 登場人物中、柏手市子という中年女性が、裕福なのに物欲しげで意地悪で身勝手な共感ができないキャラで、しかもプロローグの紅葉の「手品」「奇跡」がまったく回収されないままに終わり、どうしてこの人物を登場させたのかもよくわからない印象です。他の話は、かなり無理してつなげているのに、性格の悪い柏手市子とその息子はいかにも浮いたままで、全体のドタバタ感(登場人物とエピソードのつなぎ方がスムーズでない)とあわせて、あまりうまくないなぁという読後感です。
 架空の言語「ヒツギム語」が終盤で爆発しますが、これも、こういうのを好む読者には「面白い」のかもしれませんが、私はあまりついていけない思いです。とりわけ、終盤まで、なぜ「カープ・キャッチャー」の話が「サーモン・キャッチャー」なの?という疑問を持たされ(ふつう、終盤はもうそこが読者の関心/疑問になると思います)た挙句、ラストは、それはないだろうと思います。ヒツギム語で「兄」が「タツヤ」、「弟」が「カズヤ」(314~315ページ)というのに、ああこの作者「タッチ/あだち充」で育ったんだという感慨は持ちましたが。


道尾秀介 光文社 2016年11月20日発行
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ITSUKI 死神と呼ばれた女

2017-04-24 22:20:55 | 小説
 中2の娘を持つ結婚15年の四十路の人妻斎が、夫を捨て娘も置いて家を出て、歌手志望だが芽が出ない26歳の派遣労働者でエロ本5冊を万引きした青年志田元春と、その友人で外資系製薬会社のエリート社員の薦田潮の2人の年下男と肉体関係を持ち、それに斎の生物学上の父の妻多鶴子が嫌悪感を持ち、多鶴子の娘で斎とは腹違いの妹の朔子が嫉妬し、当初は中立的だった朔子の娘でかつて潮に振られた梢がプライドを傷つけられて逆上し、潮の父親で斎の勤務先の経営者薦田と妻範子嫌悪感を持って斎の行動を阻止しようとし、斎の生物学上の母と斎の友人のアラフォーたちが斎を唆し煽るというような関係で進められる小説。
 四十路の女が一回り年下の男2人を手玉に取り、2人から言い寄られて愛され、かつ2人が友人同士でそれを許容している「妻妾同居」ならぬ公認二股愛人関係という中高年女性の妄想炸裂小説です。こういう小説は、婦人公論とか女性週刊誌に掲載されるものかと思いましたが、これが「週刊文春」に連載されていたというのが驚きです。まぁ、「週刊文春」の読者層を見ると3分の1くらいが中高年女性なんだそうですが…
 斎の生物学上の母の海老原会病院総師長浅妻徳美のキャラクター設定があまりにもエキセントリックで図々しく厚顔無恥で、到底共感できないことはもちろん、こういう人が総師長の立場についてやっていけるはずもなく、荒唐無稽に感じられます。そして朔子の意地悪さ/執念深さ、梢の嫉妬と逆上ぶりが、無理な過剰感があります。引き立て役を悪く描きすぎて、コミカルのレベルを超えて、うんざり感があり、読み味が悪くなっているように思えました。
 終盤で、エンバーミング(遺体保存技術)についての蘊蓄があり、そこだけ少し上品に読める感じですが、通して読むと途中で気が向いてそういう話を入れてみたのねというとってつけた感があります。


中島丈博 文藝春秋 2017年1月15日発行
「週刊文春」2014年4月10日号~2015年4月30日号連載
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汚染訴訟 上下

2017-04-23 20:47:02 | 小説
 リーマンショックのあおりを受けて企業側の巨大事務所からリストラされた弁護士経験3年のサマンサ・コーファーが、ヴァージニア州の田舎町の山地法律扶助協会で無給のボランティア(インターン)として、迫害された貧しい人々のための法律業務に、心ならずも従事する過程で、樹木を伐採して山を丸裸にし表土を剥ぎ取りそれらを谷へ投棄し岩盤を爆破して石炭の露天採掘を行い石炭を洗浄することで生じる重金属や有毒物質を含む汚泥を簡易な貯水池にためて地下水を汚染し時に貯水池が損壊して一帯を広く汚染すること、そして採掘労働者の塵肺を防止する対策を十分とらない上に塵肺の申告をした労働者に対して総がかりで異議手続を行い御用医師に塵肺ではないという診断をさせ労働者が死ぬまで手続を引き延ばすことに精力を注ぐ石炭会社とその手先の企業側弁護士と戦う弁護士ドノヴァン・グレイと出会い、ドノヴァンらの戦いに巻き込まれていくという、社会派サスペンス小説。
 都会での生活にいつまでも未練を持ち、決して志の高くない、基本的にはわがままでプライドの高いサマンサが、いやいやながら2歩進んで3歩下がるような逡巡を繰り返しつつ、自分の事件への関与と将来について決断して、成長を見せるというのがメインテーマとなっています。
 石炭会社の非道な行為とそれを支える企業側弁護士の悪辣さが、かなりストレートに描かれ非難され、それがサブテーマになっています。露天採掘による大規模な環境破壊とそれと戦うドノヴァンの姿は、日本人には/私には、足尾鉱毒事件と田中正造を思い起こさせますし、御用医師を使った公害もみ消しは水俣病問題を思い出させます。日本でも、決して他人事ではないと感じます。塵肺を申告した労働者に対する攻撃も、塵肺に関しては私はよく知りませんが、放射線被ばくによる健康被害をめぐって電力会社がやってきたことのように思えますし、今後さらに大掛かりに類似のことが行われると予測されます。
 グリシャムとしては、久しぶりに大企業の悪辣な行為を告発し、虐げられた庶民へのまなざしを感じさせる作品で、「原告側代理人」「路上の弁護士」の時代に戻ったような、悪者から悪行の証拠をコピーして持ち出す過程が焦点となる点では「法律事務所」のような、さまざまな点で初期のグリシャム感を満喫させるテイストの作品と言えるでしょう(ネタに困って古いネタでパッチワークをしているとも… (-_-;)


原題:GRAY MOUNTAIN
ジョン・グリシャム 訳:白石朗
新潮文庫 2017年2月1日発行 (原書は2014年)
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PTAグランパ!

2017-04-19 21:26:56 | 小説
 大手家電メーカー「西芝」の営業統括本部長を務めた「モーレツ社員」だった定年退職者武曾勤と、3児の母でスーパー「トモエツ」のレジ打ちのパートタイマーの内田順子が、小学校のPTA副会長を押し付けられ、ゲームセンターのバイトの24歳金髪男の会長織部結真やママ友の主吉村雅恵らと織りなす軋轢・騒動を描いた小説。
 「昭和」な会社男的価値観の中で、正義感と孫可愛さから、正論をぶち邁進する武曾勤の浮き上がり/はた迷惑をコミカルに描くことを基調に、異端を許さぬママ友軍団のプレッシャーと息苦しさに息をひそめるように生きてきた内田順子が武曾家(娘で大手商社「角紅」課長のキャリアウーマンの都を含め)への反発/嫉妬から武曾勤の正義感にほだされて踏み出すのをはじめ、対立しばらばらだった登場人物の気持ちがほぐれまとまっていく姿/それぞれの成長がテーマになっています。
 自らの現役時代は家庭をまったく顧みず娘の都の学校行事など出席することもなくわずかな家族での休日/旅行も常に途中で仕事に出て行っていた武曾勤が、孫の友理奈が都に同じ扱いをされ寂しそうにする(しかしけなげにふるまう)姿に都を叱責してしっぺ返しを食うシーンがたびたび登場します。何度地雷を踏んでも悔い改めない/自覚しない人物だから、現役時代もそうできたのだ、とも考えられますけど、そこまで学習できないものでしょうか…
 ちょうど今月(2017年4月)からNHKBSでドラマ化され、放映中だそうですけど、全然知らずに読みました。相変わらず、テレビ見ない派なもので…


中澤日菜子 角川文庫 2017年3月25日発行 (単行本は2016年5月)
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今日のハチミツ、あしたの私

2017-04-08 23:34:02 | 小説
 売上の悪いカフェにテコ入れに行って回る塚原碧29歳が、相性の悪い店長との確執があり仕事に行き詰まりを感じているとき、職場に1年も勤められずに職を転々とする同棲相手安西渉29歳が父の会社を継いだ兄の下で働くと言い出して故郷に帰るのを機にプロポーズされて、仕事をやめてついていくが、安西の父から怒鳴りつけられてダメ出しされ結婚も拒否されて、近くでアパートを借り、いじめられていた中学生時代に通りがかりの女性からハチミツを渡されて励まされた思い出に惹かれて養蜂を習い始め…という青春小説。
 金持ちの安西の父が離婚し再婚相手とも別居しつつ若い女を転々とした挙句お手付きの息子の同級生を息子に押し付けようとするとか、その息子は根気も覇気もないダメダメ男で、大地主令嬢の羽島麻子は浮気をして離婚し娘に嫌われと、わがままな金持ちたちが描かれるのと対照的に、養蜂一筋に取り組む不器用な黒江、黒江に養蜂を習いながら自活の道を探る碧、スナックをカフェに改装するあざみらの庶民層の逞しさ・粘り強さが書き込まれていることに好感を持ちました。
 世の中は、わがままで嫌な金持ちたちが我が物顔して不条理ではあるけれども、懸命に生きてればいいことあるさと、背中を押してくれるようなほのぼのとした爽やかさを感じさせてくれる作品です。


寺地はるな 角川春樹事務所 2017年3月18日発行
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イエスの幼子時代

2017-04-06 01:18:38 | 小説
 難民キャンプからスペイン語圏の架空の町「ノビージャ」にたどり着いた初老の男シモンが、船中で知り合った母親探し中の5歳の少年ダビードとともに住処と仕事の割り当てを得て、ダビードが知り合った近隣の少年フィデルの母親エレナに言い寄って肉体関係を結び、近隣で見かけた独身女性イネスにダビードを押し付けながら、イネスがダビードを気に入って独占すると疎外感を感じて不平を言い募って干渉し、イネスが無頼漢のセニュール・ダガに惹かれると嫉妬してあいつとは付き合うなと説教するという中で、ダビードは読み書きも算数もできるのにできないふりをしたり奔放/気まぐれにふるまって周囲の大人から睨まれて…という展開の小説。
 この作品は、「イエスの幼子時代」というタイトル(原題もそう)からして、ダビードの成長過程がテーマのはずですが、シモンの視点で描かれているため、ダビードの内心は不確かで、ダビードは天真爛漫/天衣無縫というか気まぐれで奔放にふるまい、シモンやイネスに対しても嫌いと言ってみたリ好きと言ってみたり一貫性を感じにくく、「成長」したのかどうかもわかりにくくなっています。そして語り手ともいうべきシモンが、前半では、周囲の人々がみな鷹揚に親切にふるまう中ただ一人不平不満ばかり言い募り気難しく自尊心ばかり強い嫌な奴で、身勝手な要求・ふるまいを続けているくせに、ダビードの奔放なふるまいには突如秩序を重んじるように言い募りそれも権威主義的に上から目線で言うことを聞かせようとし、しかも他人(教師、カウンセラー、役人)がダビードとシモンに法と秩序を守るように求めるや今度はそれが気に入らないと文句を言いだすという、他人に厳しく自分には甘い、他人の権威主義には反発しながら自分は弱いものに対しては権威主義的という、どうにも共感しがたい人物なので、読んでいて、私は不快感がずっと付きまといました。人間って、こういうわがままでしかも自分がわがままとは気が付かない愚かな存在ですね、というのがテーマと読めばいいのかもしれませんが。
 この作品自体では完結せずに、続編の「イエスの学校時代」が刊行予定ということですが、「訳者あとがき」がいう「こんなに続編を読みたいと思った小説はない」(374ページ)という心境には、私は程遠いです。


原題:The Childhood of Jesus
J・M・クッツェー 訳:鴻巣友季子
早川書房 2016年6月25日発行 (原書は2013年)
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硝子の太陽R-ルージュ

2017-04-04 22:51:14 | 小説
 姫川玲子シリーズの長編第5作。
 長編第4作「ブルーマーダー」の後、警視庁本庁の捜査1課に復帰し、元姫川班のメンバー菊田とともに主任(警部補)として殺人犯捜査第11係に所属する姫川が、家族3人がいずれも股間に銃弾を数発撃ちこまれその銃創から手を突っ込まれて内蔵を破壊された無残な死体で発見された祖師谷一家殺人事件の捜査を担当するお話です。
 以前から続く人間関係は、そのまま維持されて展開していますが、この作品では、姫川玲子の特徴的な部分(人柄、特異な直感とか、引きずっている過去)はあまり発揮されておらず、独断専行するところはあるもののふつうの刑事っぽい印象です。
 「硝子の太陽N-ノワール」と2冊セットで、姫川玲子シリーズと「ジウ」シリーズというべきか「歌舞伎町セブンシリーズ」というべきかあるいは「東弘樹シリーズ」というべきかよくわからなくなっていますが、その2つのシリーズの「コラボ」として売られ、この作品自体のラストは、いかにもまだ続編を書くぞという意思表示で終わっています。作品自体の中身でよりもシリーズを続けることでファンを維持しようという売り方が強まり、いやらしさが感じられます。
 この作品でも、「武士道ジェネレーション」に続き、「自虐史観」批判が登場し(206~207ページ)、「GHQによって作られた憲法」をいまだに一字一句変えないとは驚きだなどと述べ(205ページ)、沖縄の反米軍基地闘争を左翼がでっち上げたデマに煽動されたものという設定をし(172~175ページ)、作者は右翼の伝道師のような姿勢を取り続けています。この作品では、米軍兵士に「自虐史観」批判をさせた挙句に、日本人は実に勤勉で自ら規律と秩序を守る、尊敬に値する、自衛隊は世界最高水準、「本気で戦争になったら一番怖い民族」などと言わせ(80~81ページ)、アメリカ人にとって日本人は尊敬に値するし、むしろアメリカ人は日本人を怖がっていると印象付けています。日本人が自尊心/誇りを持つために過去の過ちを直視することを避けようとする姿勢はそれ自体誤りだと思いますが、そこは置いても、日本人の誇りは自らの努力と実績に基づいて実感すべきことで、外国人/アメリカ人に日本人をほめさせて(小説なのですから、架空の、幻想/妄想によって)自己満足するというのは、むしろあまりにも卑屈でいじましいと思います。


誉田哲也 光文社 2016年5月15日発行
 
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プラージュ

2017-04-03 21:38:08 | 小説
 覚せい剤使用で有罪判決を受け執行猶予中の元旅行代理店営業担当者が事件を機に失職して収入を失い火事で焼け出されたために、前科者にも貸してくれるシェアハウス「プラージュ」に移り住み、部屋にはドアもそしてもちろん鍵もないその奇妙なシェアハウスの1階でカフェを営むオーナーの朝田潤子やそれぞれに訳ありの住人たちと過ごす日々を描いた小説。
 多くの作品で、残忍でグロテスクな犯罪を描きおよそ共感する余地のない身勝手な犯罪者への憎しみを煽りその犯罪者が逮捕されたり殺されるカタルシスを読ませている作者には珍しく、前科者に徹底的に冷酷な日本社会の問題をテーマとし、罪を償った者に対しては受け入れる姿勢を示すべきだと論じ、前科者の事情や成長、個性と長所を描き出しています。率直に言って、この人にもこういういいお話が書けるんだと驚きました。
 作品のテーマとなっている社会派的なメッセージを度外視しても、失業した元旅行代理店営業担当者貴生の青春恋愛小説としても、「記者」の成長物語としても、ふつうに楽しめる作品です。
 出版時期は2015年9月15日で、作者が「自虐史観」批判を展開する右翼の伝道師へと踏み出した「武士道ジェネレーション」(2015年7月30日発行)よりも後ではありますが、この作品は雑誌「パピルス」2014年6月号(2014年4月28日発売)~2015年2月号(2014年12月28日発売)に連載されたために執筆が「武士道ジェネレーション」(初出が「別冊文藝春秋」2015年6月号:2015年5月8日発売+書き下ろし)以前なのでしょう。この作者の右翼的プロパガンダのない、残念ながら「最後の」作品ということになりそうです。


誉田哲也 幻冬舎 2015年9月15日発行
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