愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題391 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (八帖 花宴)

2024-02-19 09:35:20 | 漢詩を読む

本帖要旨:内裏・南殿で桜の花の宴が催された。宴後の夜更けに、源氏は、藤壺の宮を求めて宮中を忍び歩く。その折、弘徽殿で右大臣の娘・朧月夜と出会うが、お互い名を名乗ることもなく別れる。一月後、源氏は、右大臣家での藤の宴に招かれ、そこで、朧月夜が、右大臣の六の宮である事を知る。

 

zzzzzzzzzzzzzzz  花宴-1 

2月下旬、宮中の南殿で花見の宴が催された。即興で漢詩文を作る探韻、音楽や源氏と頭中将の舞も披露された。玉座の左右に中宮と皇太子の室が設けられ、中宮は、複雑な思いで源氏を見ている。

 

夜が更けてから宴が終わり、公卿が皆退出し、中宮と春宮はお住いの御殿へ帰られた。明るい月が上がってきて、春の夜の御所の中が美しいものになっていった。

 

酔いを帯びた源氏は、中宮へ接近する機会があればと、そっと藤壺の御殿を伺ってみたが、どの戸口も皆閉じられていた。嘆息しながら、弘徽殿の細殿の所に歩み寄ってみると、三の口があいているので、中を覗いて見た。

 

皆が寝静まっている中、若々しく貴女らしい声で、「朧月夜に似るものぞなき」と歌いながら戸口を出て来る人があった。源氏はうれしくて突然袖をとらえた。女はおののく風であったが、源氏は、「怖いものではありませんよ」と言って、下記の歌を囁いた:

ooooooooooooo 

深き夜の 哀れを知るも 入る月の

  おぼろげならぬ 契りとぞ思ふ (源氏 花宴-1)  

 (大意) 貴女が、美しい朧月夜の情緒を感じたのは山の端に入る朧月のせい 

  であり、またその朧月によって迷い込んできた私、貴女と私の縁は 

  おぼろげでなく深い前世からの約束だと思う。  

xxxxxxxxxxxxxxx  

<漢詩> 

   前世緣           前世の緣    [下平声一先韻]

汝告夜深情緒牽, 汝は告ぐ 夜深きにあって情緒牽(ヒ)き,

麗朦朧月別有天。 麗わしき朦朧月(オボロツキ) 別に天有りと。

以此奇緣兩臨近, 此の奇緣を以って 兩(フタリ)が臨近(チカズ)く,

為懷明確前世緣。 為(タメ)に懷(オモ)う 明確なる前世の緣(エン)を。

 [註] ○別有天:格別に素晴らしいこと; 〇臨近:…にちかづく。

<現代語訳> 

  前世の緣

貴方が、“朧月夜にしくものぞなき”と 深い夜の情緒を牽くと言った通り、

麗しい朧月は格別である。

この奇縁により二人は近づく機会を得た、

これは明らかに前世から縁があったことに依るのだ。

<簡体字およびピンイン>

   前世缘           Qiánshì yuan

汝告夜深情绪牵, rǔ gào yè shēn qíngxù qiān.

丽朦胧月别有天。 Lì ménglóng yuè bié yǒu tiān,  

以此奇缘两临近, Yǐ cǐ qí yuán liǎng lín jìn,  

为怀明确前世缘。 wéi huái míngquè qiánshì yuán

ooooooooooooo  

その声を聞いて、女は源氏であると知ってやや安堵した。源氏は酔っていたせいか、女も若々しい一方で抵抗する力がなかったか、二人は陥るべきところへ落ちた。明け方、惜しみながらの別れ際、「お名前は?これからどのように手紙を差し上げたらよいか」と、源氏が言うと、

 

うき身世にやがて消えなば尋ねても草の原をば訪はじとやおもふ 

 (大意) 憂い多いこの世から私が消えたとき 草茫茫の原野を訪ねゆき、

  なんとしてでも 私を探すことはないのであろう と思える。 

 

問答しているうちに、女房達が起き出してくる気配がして、落ち着いていられず、扇だけを後のしるしに取り替えて、源氏はその室を出てしまった。

 

[補注]

・“朧月夜に似るものぞなき”の一節は、大江千里の次の歌による:

「照りもせず曇りも果てぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき」(新古今集)。

・この歌に依って、以後この女を“朧月夜”と称することになる。

 

zzzzzzzzzzzzzzz  花宴-2 

先に逢った女は、弘徽殿の女御の妹か、または五の君か六の君であろう。四の君は頭中将の妻である。六の君は4月に春宮へ入内する筈だと聞いており、これはまずいことになると、源氏は想像をめぐらしている。

 

自分へ殊更好意を持たない弘徽殿の女御の一族に恋人を求めることは世間体のよろしくないことと躊躇されて、煩悶するばかりであった。取り替えてきた扇は、貴女の手に使い馴らされた跡がなんとなく残っている。

 

3月下旬、右大臣家で藤の宴が催された。源氏も招待されている。音楽の遊びもすんで、夜更けの時分、源氏は、酒に酔った風を装い、中央寝殿の東の妻口に添った御簾の中を覗いた。令嬢たちの中で、何も言わず時々ため息をもらしている人に寄っていき、几帳越しに手をとらえて、次の歌を口ずさんだ:

 

ooooooooooooo 

あずさ弓 いるさの山に まどうかな

   ほのみし月の 影や見ゆると (八帖 花宴-2) 

    [註] 〇あずさ弓:“いる(射る)”の枕詞。

   (大意) いつぞやちらりと見た有明の月の姿が、また再び見られぬものか

  と、いるさの山をうろうろと迷っております。  

xxxxxxxxxxxxxxx  

<漢詩> 

  邂逅              邂逅(カイコウ)         [上平声十五刪韻]

略看熹微黎明月, 略看(リャクカン)す 熹微(キビ)なる黎明月, 

難忘朦朧好容顏。 難忘(ワスレガタ)き朦朧(オボロゲ)なる好(ヨ)き容顏(カオ)。 

殷切希求再逢汝, 殷切(インセツ)に希求す 汝に再び逢うを, 

徘徊転転入佐山。 転転と徘徊(ハイカイ)す入佐(イルサ)の山。 

  [註] ○邂逅:思いがけず巡り会う; 〇略看:ちらりと見る; 〇熹微:

  ほのぼのと明るい; 〇朦朧:ぼんやりしている; 〇容顏:顔立ち; 

  〇殷切:切に; 〇いるさの山:但馬の国(兵庫県)の名所。  

<現代語訳> 

 偶然の巡り合い 

先にちらっと眼にしたほのぼのと明るい明け方の月、

忘れがたい朧げなる美しきお顔。

貴方にまた切に逢いたいものと、

入佐山をうろうろと彷徨い歩いています。

<簡体字およびピンイン>

  邂逅             Xièhòu

略看熹微黎明月, Lüè kàn xīwéi límíng yuè,      

难忘朦胧好容颜。 nán wàng ménglóng hǎo róng yán.   

殷切希求再逢汝, Yīnqiè xīqiú zài féng rǔ,   

徘徊转转入佐山。 páihuái zhuǎn zhuǎn rùzuǒ shān.

ooooooooooooo   

歌に続けて:「何故でしょう」と、試す風に言うと、その人も感情をおさえかねたか、次の歌を返した:

 

心いる 方なりませば 弓張の 月なき空に 迷はましやは (朧月夜) 

 (大意) 心にかけてくださっている方なら 空に弓張の月さえなく暗い時

  でも迷うことはないでしょうに。  

 

と厳しい返事が帰ってきた。この声は、先に弘徽殿の月夜に聞いたのと同じ声であった。源氏はうれしくてならないのであるが。(この帖はここで幕。)

 

【井中蛙の雑録】 

・源氏20歳の春の出来事です。

・“朧月夜に似るものぞなき”について:大江千里の和歌の原典は、白楽天・漢詩・「燕子楼三首 其の二」中、“不明不暗朧朧月”に拠っています。この詩の詳細は、拙稿・閑話休題238(2021-11-22)をご参照下さい。

 

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