文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
90以上の資格試験に合格。
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書評:堕ちたる者の書

2015-02-26 16:34:34 | 書評:小説(SF/ファンタジー)
堕ちたる者の書 (パラディスの秘録) (創元推理文庫)
クリエーター情報なし
東京創元社


 ダークファンタジーの女王、タニス・リーの「堕ちたる者の書」(東京創元社)。悪徳と退廃と両性具有者の都・パラディスを描いた、「パラディスの秘録」シリーズの第3弾となる。収録されているのは、3つの中編。

 「紅に染められ」は、売れない作家のサン=ジャンと、老銀行家アーロン男爵の奥方アントニーナの数奇な運命の話。「黄の殺意」は、尼僧院に住みながらも、夜な夜な男装して盗賊を働くジョアニーヌの物語だ。そして、「青の帝国」は、無名の役者、だが、大変な美貌を誇るルイ・ド・ジュニエの身に起こった恐ろしい出来事が語られる。これらの物語で共通して描かれるのは、男であること、女であることの境界の無意味さだ。登場する人物は、男装する女性、女装する男性のみならず、性別そのものが入れ替わったり、両性具有だったりする。更には、男同志で交わることも当たり前のように行われているのだ。

 この男色や異性装というのは、キリスト教的な道徳観念に照らすと、ものすごい背徳感があるようだ。なにしろ、イブはアダムの肋骨から作られたのである。肋骨が本体を装ったり、本体が肋骨のまねをすることなど、「神様許さないよ!」ということなのだろう。また、自然の摂理に反するような男色なども神の教えに背くものである。きっと、欧米人にとっては、パラディスの都は神の怒りを買って滅ぼされた、ソドムとゴモラの街に重なって見えてしまうのではないか。ただ、この感覚は、我々日本人には少し分かりにくい。なにしろ明治になって西洋文明が入ってくるまでは、ヤマトタケルの昔から、女装は日本の伝統文化だったし、衆道行為も珍しくなかったのだから。

 ところで、各辺のタイトルは、赤(紅)、黄、青の3原色の文字が入っているが、これが、各編のキーワードにもなっている。「紅に染められ」では、紅いルビーの指環や血の色。「黄の殺意」では、黄色いトパーズの十字架や髪の毛の色など。そして、「青の帝国」では、蜘蛛を象ったサファイアや、紺碧に塗りつぶされた硝子窓のため、青く染まった部屋といったものが、物語を彩る小道具として使われているのだ。しかし、タニス・リーの描く世界は、決してこれらの原色から感じる鮮やかなどはみじんもない。そこにあるのは、漆黒の闇に包まれ、背徳と恐怖によって織り成される混沌に覆われた、どこまでも暗い世界なのである。こういったアイロニーも、本書を読む視点のひとつとして忘れてはならないだろう。

☆☆☆

※本記事は、姉妹ブログと同時投稿です。



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