文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
90以上の資格試験に合格。
執筆依頼、献本等歓迎。

書評:参考書が最強!

2015-04-30 21:48:04 | 書評:学術・教養(人文・社会他)
参考書が最強! 「日本初! 授業をしない塾」が、偏差値37からの早慶逆転合格を可能にできる理由
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幻冬舎


 著者の林尚弘氏は、武田塾という塾の経営者だが、この塾がなんとも型破りだ。なにしろ「授業をしない」というのだから。授業は時間のムダ、最強の学習法は、「参考書での自学自習」、そして「一冊を完璧に」仕上げることだという。学校に行くだけでなく、塾や予備校に通って、一生懸命勉強を「習う」のが当然というように刷り込まれている人には、目の玉が飛び出そうな主張だろうが、私には、ごく当たり前のことのように思える。私自身の体験とも重なるからだ。

 私は、塾や予備校というものに行ったことはない。なにしろ田舎育ちなので、そもそも塾や予備校なんて存在しなかったのだ。しかし、それでも別に不自由はなかった。一応本屋はあったし、そこには、数々の参考書や問題集が並んでいた。別にアメリカの大学に行こうという訳ではない。日本の大学を受験するかぎり、日本全国、少々の田舎でも、参考書や問題集に不自由することはない。

 昔から疑問だったのは、本を読めば分かるようなことを、どうして、全員が、同じ時間、同じ場所で、「習わ」ないといけないのかということだ。私など、学校の授業だけでもいやだったのに、なぜ、最近の子は、みな競ったように塾に行ってまで、もっと授業を受けようとするのだろう。何かを学ぶというのは、誰かに「習う」ということではない。多少は人の力を借りてもよいが、基本は、自分の力でやっていくべきものだ。塾や予備校に通うことで、自分は勉強をしているんだと錯覚をする。これが一番怖い。人生、学校で「習って」いる時間よりは、自分で考えて行動しなければならない時間の方が遥かに長いというのに、これでは、言われたことしかできないロボットを大量生産しているようなものではないか。そんなことを常々感じていたので、本書の主張には共感できる部分が多い。

 著者が武田塾を開いたのは、自身が高一から一浪時代までの4年間通った予備校での経験が大きく影響している。著者は、予備校とは、生徒になるべく沢山の授業を受けさせ、お金を落とさせるシステムだということに気がついたのだ。信頼していた予備校の教師も、生徒に沢山の授業を売り込むのが巧みな、トップセールスマンでしかなかった。

 意外だったのは、受験生の恋愛問題。恋をすると、女子の方がのめり込んでしまって、学業が手に付かなくなるものと思いこんでいたのだが、最近はかなり事情が違うようだ。「恋愛しても、女子は大丈夫。ペースを乱し、自滅するのは男子だけ」(p128)らしい。これは、女子が強くなったのか、それとも男子が情けなくなったのか。

 ところで、28日に放映されていたフジテレビ系の「ぺけポンプラス」という番組で、芸能人たちが、小中学校のお受験問題に挑戦していた。しかし、問題の内容は、はっきり言ってくだらないものが多かった。あんなことをお勉強するために、小さいころから大金を払って塾に通う。まったくこの国は異常である。

 本書の内容は、決して大学受験に限ったものではない。私自身、就職してからも色々な資格試験を受験し、文理の両面に渡り、90以上もの資格試験に合格してきた。資格専門の学校などには通っておらず、参考書1冊で合格したものがほとんどだ。本書で主張している勉強法と似たようなことを、昔からやってきた結果である。この勉強方法が身に付けば、社会人になってからも大きな力になるだろう。

 「独学という道もある」という本の著者の川範之氏のように、高校から大学までを通信教育で学び、東大大学院教授になったという例もあるのだ。そろそろ、「塾に通えば勉強ができるようになる」、「授業を受ければ勉強ができるようになる」といったような思い込みは捨てても良いのではないか。

☆☆☆☆☆

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書評:NASAより宇宙に近い町工場

2015-04-28 20:59:14 | 書評:ビジネス
NASAより宇宙に近い町工場
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ディスカヴァー・トゥエンティワン


 本書は、北海道の赤平というところにある植松電機という町工場とその経営者である植松努さんの物語だ。

 植松電機は、決して宇宙開発専門の会社ではない。本業は、リサイクルで使われるパワーショベルに取り付ける特殊なマグネットの開発である。従業員は20人。株式会社になったのは2000年。株式会社したのは、取引先の大企業から、いまだかって青色申告している会社と取引をしたケースはないからと、急いで株式会社にするようにと言われたためだ。絵に描いたような筋金入りの中小企業なのだが、この会社は、ロケットも人工衛星も作ってしまうし、世界で3つしかない無重力実験装置の一つも保有しているのである。

 植松さんの半生には、夢が溢れている。しかし、小学校のときの教師は、植松少年の「自分のつくった潜水艦で世界の海を旅したい」という夢に難癖をつけた。中学校の教師には、将来「飛行機やロケットの仕事をしたい」と言うと、「芦別に生まれた段階で無理」と言われた。高校時代も飛行機の勉強にのめりこんで、学校の成績は低空飛行。進路指導の教師からは、大学受験は絶対無理と言われてしまう。それでも、国立の北見工業大学に進んだのだが、こんどはそこの教師から、この大学は、国立のなかで一番レベルが低いから、飛行機の仕事につくのは無理だと言われる始末。植松さん、本当に教師運が悪い。

 しかしそんなことで諦めるような植松さんではない。見事名古屋の飛行機を作る会社に就職したのだが、せっかく就職したその会社を5年半で辞めてしまう。職場に飛行機が好きではない人が増えたからだという。好きなことは、成績に関係ないからやめろと言われる。本来大学や専門学校は、好きなことを伸ばす場所なのに、成績により好きでもないような進路に振り分けられてしまう。植松さんは、そんな今の教育に、疑問を呈する。

 飛行機の会社を辞めて、植松さんが務めたのが家業の植松電機だ。元々は、植松さんのお父さんが一人でやっていた修理屋さんだったが、仕事がどんどんなくなってきたので、パワーショベルに付けるマグネットの製造に移行したということである。

 この会社の経営方針がなんともユニークだ。「稼働率を下げる。なるべく売らない。なるべく作らない」(p115)というのである。通常の会社とは真反対だ。その心は、本書で確認してほしいが、、現在の主流である、きちんと定期に壊れて、買い換え需要を煽るようなもの作りをするのとは逆転の発想ではないか。

 宇宙開発をしている理由も、それで儲けようというわけではない。逆に宇宙開発には、本業の方で稼いだ金を突っ込んでいるという。

「僕たちにとって宇宙開発は「手段」です。(略)僕たちの本当の目的は、宇宙開発を使って「どうせ無理」という言葉をこの世からなくすことなんです」(p46)

 もちろん、宇宙開発というようなことをしようとすると、前例のないことをやるわけだから、一見無理に見えることはたくさんあるだろう。しかし、そこを工夫して、世界初つまり世界一となるものを生み出すことが、今の日本に求められているものではないのか。かって、2番ではいけないのか言った、どこかの議員がいた。あまりにも技術というものを理解していない発言に呆れたものだが、世界一を目指すことによって、オリジナリティの高い技術が生まれるのである。2番ではだめなのだ。技術とは、そんなものだ。

 植松さんに言わせれば、大企業の社員は、ショッカーの戦闘員だそうだ。人材といいながらも、社員の能力を見ず、頭数でしか社員を見ていないような人事。そして、仕事がどんどん外注化され、技術力のない社員が増えていく。これが、今の大企業に蔓延している負のスパイラルだと思う。

 私は、講演会でも中小企業の経営者の話を聞くのが好きだ。大企業の経営者の話は、概して面白味がない。なぜなら、その地位は、お神輿に乗っているようなもので、上には誰が乗っても良いからである。本来経営者として必要な能力というよりは、社内政治で上りつめた人物も多いのではないか。これに反して、日々経営や技術開発に取り組んでいる中小企業の親父さんは、実に個性的で、経験に基づいた素晴らしい話が聴けることが多い。本書も、そんな中小企業の親父さんの歩んできた道のエッセンスが、ぎゅっと濃縮されて詰まっている。

 本書が教えてくれるのは、夢を諦めないことの大切さ。そして、好きという心の素晴らしさ。本書を読んで、夢を追う人が増えてほしいものだ。夢からすべてが始まるのだから。

☆☆☆☆☆

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放送大学面接授業「認知行動療法入門」2日目

2015-04-26 20:55:55 | 放送大学関係
 今日は、1週間ぶりに、放送大学面接授業「認知行動療法入門」の受講だ。2日連続で行われるというパターンが多いのだが、今回は、1週間おいて、2日間行うというパターンが結構ある。

 実は、この1週間の間に、宿題が出ていた。毎日の行動を記録し、その時の心の状態を一言の言葉と数値で記録するというもの。正直、普段あまり、感情が動くようなタイプではないので、書くのに多いの困った。

 この「認知行動療法」には、様々な理論や手法があるようだが、今回の内容は、困った行動を減らすより、良い行動を増やすようにした方が良いということや、不安の原因となることを回避すれば、一時的に不安レベルは解消するが、その後ずっと、また起きるかもしれないという不安が続くので、逃げないようにすれば、自然に不安は消えていくということ。リラックスする為の呼吸法や、考え方にはクセがあるので、根拠と反証を検証して、バランスの良い考えをする必要あるということなど。

 実際の生活にも取り入れられるようなことが多かったので、できるだけ活用していきたいと思う。



○関連過去記事
放送大学面接授業「認知行動療法入門」1日目
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書評:封印された鉄道史

2015-04-26 19:42:41 | 書評:学術・教養(人文・社会他)
封印された 鉄道史(文庫)
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彩図社


 駅の売店で見つけた、「封印された鉄道史」(小川裕夫:彩図社)。

 まず断っておこう。私は、テツではない。断じてテツではない。だから、この本も、「鉄道」というキーワードにに反応して買った訳ではない。反応したのは、「封印された」という言葉だ。「鉄道」の歴史に、どんなおどろおどろしい闇が潜んでいるのか。想像していたのは、例えば、「呪いのトンネル」とか「謎の幽霊列車」とかいった類のものだ。ミステリー好きの私としては、何とも期待が高まってしまうのだが、残念ながら、予測していたものとは、少し違っていた。

 べつに、鉄道に関する恐ろしい因縁といったようなものが紹介されているわけではない。いうなれば、本書は、鉄道にに関するかなりマニアックな豆知識集とでも言った方が良いのだろうか。1872年(明治5)に日本に初めて鉄道が開通して、はや140年以上も経ている。その影には、驚くようなことも数多く存在したというのは、当然と言えば当然なのだろう。本書には、そんな驚きのトピックスが60も収められている。これが、読みだすと途中で止まらないくらい面白いのだ。

 いくつか紹介してみよう。まず、現金輸送のためにつくられた、マニ30形という車両である。最初のうちは、この列車についての情報が比較的オープンだったが、やがて、保安上の理由から、その存在自体が隠され、鉄道ファンの間でも、タブー扱いされるようになったという。このマニ30は、現在では廃車となっているが、1両のみ、北海道小樽市総合博物館に寄贈されているそうだ。いったいどのようなものなのか。興味がある人は、行って見られたらよいだろう。

 面白いのは、かって、都市部から、農村に、肥料となる人糞を運んだ、「黄金列車」と呼ばれるものが存在していたということ。特に活躍したのは、燃料不足でトラック輸送が停滞した戦時中だそうだ。都市部から輸送された糞尿は、沿線に設置された貯留層にためられ、農家が引き取ることになっていたようだが、中には引き取り手がなく、貯留層が溢れ出ていたものもあったらしい。さすがは、お役所仕事。今も昔も変わらないようだ。

 悲惨なのは、線路の保守を行っていた線路工手たちだ。ある程度以上の年齢の方は覚えているだろうが、昔は、列車のトイレから覗くと、下の線路が見えていた。つまり列車は、乗客の糞尿を垂れ流しながら走っていたのである。この被害を一番受けたのは、線路工手たちだ。列車をやり過ごしたとき糞尿まみれになってしまうのだから。そのうえ、彼らは、時には、事故の轢断死体の処理までさせられたという。

 このほか、「容疑者を鉄道護送する際にはどうしているか」、「東京駅には事故にあった死体を安置する霊安室がある」といったことや、「整備新幹線の影で在来の地元鉄道が破壊されている」という話、関西の「(旧)国鉄と私鉄とのバトル」の話など、鉄道ファンには興味深い話題が満載だ。テツのかたには、テツ分を上げるためにお勧めしたいし、私のようにテツでない人でも十分に楽しめる一冊である。

☆☆☆☆

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書評:マンダラは何を語っているか

2015-04-24 22:16:30 | 書評:学術・教養(人文・社会他)
マンダラは何を語っているか (講談社現代新書)
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講談社


 真鍋俊照さんの「マンダラは何を語っているか」(講談社現代新書)。著者は、高野山大学の仏教学科を卒業し、東北大学の大学院に進み、金沢文庫長、宝仙学園短期大学長などを歴任し、学者であり、僧侶であり、画家でもある方だ。

 ところで、密教寺院に行けば、マンダラを目にすることがあるだろう。通常は、大日如来を中心として、その回りに、如来、菩薩、明王、天部などの諸尊を配置したものを言い、これには、胎蔵界と金剛界の2通りがある。これらは、両部マンダラとよばれ、それぞれ大日経、金剛頂経に基づいて作成されたものだ。

 マンダラとは、「本質を所有せるもの」という意味だそうで、密教諸尊の集合した場・空間を現す。そして、それは、悟りの境地そのものをも現している。その悟りの内容を、シンボル化したものがマンダラなのである。

 マンダラは、いつ頃成立したのだろうか。前兆となるものはあったようだが、マンダラの画像法と作壇法が説かれたのは、6世紀前半の「牟梨曼荼羅呪経」だという。これが、「法楼閣経」に説かれた「法楼閣マンダラ」となって完成する。ただし、このときは、中心となる仏は、釈迦如来であった。7世紀前半になると、「大日経」が成立し、胎蔵界マンダラが完成する。そして、7世紀の後半には、「金剛頂経」が成立し、金剛界、胎蔵界の両部マンダラが揃うのである。

 胎蔵界マンダラは、大日如来の内観の世界を表したもの、金剛界マンダラは、観想を体系的に表そうとしたものだそうだ。しかし、そのような理論はさておいても、多くの仏たちの造り上げる荘厳で華麗な世界には目を奪われる。そこには、宇宙の神秘が詰まっているのだ。

 密教の世界には、この両部マンダラが基本であるが、この他にも、「別尊マンダラ」というものがある。これは、不動堂、愛染堂といった個別のお堂に懸けられるもので、両部マンダラの中の一尊を取りだして、中央に配置したものだ。これには、どの仏を中心にするかにより様々な種類があるが、現世利益を望む人々の願望が現れたものらしい。それにしても、人間の欲望は、色々な物を生み出すものだ。

 マンダラとは本来密教世界のものだが、実は、この他にも、マンダラと呼ばれるものが存在している。浄土教の説く極楽浄土を表したものは、一般には浄土マンダラと呼ばれるようだし本地垂迹の影響で、なんと神道マンダラまであるという。

 本書には、マンダラの起源、マンダラの構成、それが表現しているもの、密教の両部マンダラ、そしてそれ以外の様々なマンダラについて、詳しく説明している。どのようなものなのか、多くの写真や図で具体的に示されているのでとても分かりやすい。ただ、カラーではないので、見にくいものがあるのが残念だ。

 ただし、解説されている事柄は、仏教、とりわけ真言密教の教義に関する知識がないと読みにくいかもしれない。しかし、本書は、マンダラというものの奥深さを教えてくれる。熟読しておけば、寺院などでマンダラを目にしたとき、これまでとは違った目で見ることかできるようになるのではないだろうか。

☆☆☆☆

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書評:耳袋秘帖 馬喰町妖獣殺人事件

2015-04-22 11:16:11 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
耳袋秘帖 馬喰町妖獣殺人事件 (文春文庫)
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文藝春秋


 悪人どもには「赤鬼」と恐れられていても、江戸庶民の味方。元祖刺青奉行・根岸肥前守が、江戸の不思議な事件に挑む、「耳袋秘帖 馬喰町妖獣殺人事件」(風野真知雄:文春文庫)。今回根岸が挑むのは、「馬喰町七不思議」と呼ばれるもの。

 この七不思議、根岸が勘定奉行の時に聞いたもので、今ではすっかり囁かれなくなったという。それもそのはず。この七不思議、なんともくだらないのである。作品中から引用してみよう。

 マミ捕まって奉行所に。
 卵を産んだ女房。
 一匹の牝犬に牡犬二匹。
 天水桶で溺れた幼子。
 仲直りのあと大喧嘩。
 三日月井戸の争い。
 鎌倉権五郎の祟り。 (p199)

 どうだろう。例えば、「一匹の牝犬に牡犬二匹。」というのは、牝犬一匹と牡犬二匹が交尾をしていたという話だし、「三日月井戸の争い。」というのは、何かと「三」という数字に縁があったというだけだ。中には、「馬喰町七不思議」のはずなのに、馬喰町以外で起きたことも入っている。

 ところが、さすがは名奉行根岸肥前守。このくだらなさこそが、却って怪しいと、部下の栗田と坂巻に、この七不思議について聞き込みをさせるのだ。案の定、思いがけない大物が、網にかかってくる。

 この「くだらないからこそ怪しい」というのは、なかなか面白い目のつけどころではないだろうか。いわば、逆転の発想とも言えるだろう。こういった視点から書かれたミステリーというのは、あまり無いのではないか。

 ところで、七不思議を調べている時に、坂巻が、「それにしても江戸ってところは化け物が多いな」(p68)と言っているが、それに対して栗田は、栗田は、「江戸は人がいっぱいいるから、誰かしらが見つけちまうからだよ」(p69)と応じている。確かにあの時代なら、そんな答えになりそうだが、少し現代的に解釈してみよう。怪異とは、人の心が作り出すものだ。だからこそ、江戸のような大都会にこそ、化け物が生まれやすいということではないのか。だからこそ、現代社会でも、口裂け女といったような怪異が作り続けられているのだろう。こういった、小説内のちょっとした会話の断片からでも、色々と考える種は見つかるものだ。

☆☆☆☆

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「発明の日記念講演会」聴講

2015-04-20 21:06:45 | セミナー、講演会他


 今日は午後から、広島市工業技術センターで開催された「発明の日記念講演会」を聴講した。講師は、「やってみなはれ」で有名なサントリーの、知的財産部長である竹本一志氏である。主催は広島県発明協会。




 「発明の日記念講演会」なので、当然講演のテーマも、知財に関すること。演題は、「サントリーにおける知的財産活動」。サントリーの歴史と製品、ブランド戦略に関する話が多かったと思う。

 そういえば、サントリーと言えば、自他共に認める?窓際OL、斎藤由香さんがエッセイに書いている「マカ」を連想してしまうのだが、今回の公演では全然触れられなかった。あまり知財とは関係がないのか。それとも、触れてはいけない「黒歴史」になっているのだろうか?


○参考(姉妹ブログ「風竜胆の書評」にリンク)
窓際OLトホホな朝ウフフな夜
窓際OL人事考課でガケっぷち

 

 
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書評:京都人の舌つづみ

2015-04-20 11:45:47 | 書評:学術・教養(人文・社会他)
京都人の舌つづみ (PHP新書)
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PHP研究所


 言うまでもなく、京都は、1200年の歴史を誇る古都であり、100万都市であり、寺社と学生の街である。その京都の食文化について、京都で200年前から続いている染屋の5代目であるウ吉岡幸雄さんが語るのが、本書、「京都人の舌つづみ」(PHP新書)だ。

 本書にも紹介されているのだが、「京に田舎あり」という言葉がある。京都は、街中から少し外れれば田畑が広がっているのは、多くの方がご存じだろう。そこでは、九条葱、京菜、淀大根、賀茂茄子など、色々な季節の野菜が栽培されているのである。

 琵琶湖や福井県の若狭も近い。そのため琵琶湖の魚、、鱧、へしこ(魚の漬物)、鮒ずし、鯖寿司といったものも身近な食材だ。こういった豊かな食材が、京の洗練された文化と相まって、独特の食文化が醸成されてきた。

 本書には、そんな京都で使われる食材とそれを使った料理、京の食に関する風俗、京の四季の味といったようなものが、多くの写真と共に紹介されている。そのため、読んでいると、どんどんお腹が減ってくるのが困ったところだ(笑)。学生の頃、京都に6年住んではいたのだが、貧乏学生にとっては、とても、京の食文化を楽しむような余裕はなかった。また、京の家庭の味は、生粋の京都人でないと、なかなか味わう機会もない。本書に書かれているいることの多くが、わたしにとっては新鮮だった。京の食文化についてイロハから知りたい方には、是非読んで欲しいお薦めの一冊だろう。

☆☆☆☆

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放送大学面接授業「認知行動療法入門」1日目

2015-04-19 20:39:11 | 放送大学関係


 今日は、放送大学の面接授業で、広島学習センターまで行ってきた。講師は、広島大学の尾形明子准教授。内容は、「認知行動療法入門」。

 認知行動療法という言葉は、よく聞くが、今回の受講で、どのようなものか、なんとなく分かったような気がする。要するに、心の中は分からないので、行動に注目して、問題行動があれば改善し、良い行動は伸ばしていくためにはどのようにすればいいかという学問のようだ。

 最近、「コーチング」なる言葉をよく聞く。私もそれほど詳しいわけではないが、以前聞いた、コーチングの概要とよく似ている。おそらく、コーチングには、「認知行動療法」の考え方が、かなり入っているのだろう。

 色々と悩ましいことが多いこのごろ。この講義内容が、役立つことを願いたい。

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書評:耳袋秘帖 妖談うつろ舟

2015-04-18 17:37:03 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
耳袋秘帖 妖談うつろ舟 (文春文庫)
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文藝春秋


、還暦を過ぎてもますます元気、綺麗な若い恋人もいるというスーパーシニア、元祖刺青奉行の根岸肥前守が、お江戸の怪事件に挑む、「耳袋秘帖」シリーズのうち、「妖談うつろ舟」(風野真知雄:文春文庫)。このシリーズは、更に、「殺人事件」シリーズと「妖談」シリーズに分かれているが、本作は、「妖談」シリーズの完結編となるようだ。

 根岸が奉行を務める南町奉行所同心の椀田が、酔っ払いから銭をくすねたとして捕まえた、寿安という奇妙な男。その男は、数々の殺人事件への関与を疑われ、金で殺しを請け負う闇の者たちとも関係していると見られている、さんじゅあんと呼ばれる謎の人物だった。この男、元は僧侶だったが、今は新興宗教の教祖のような存在だ。その名前から想像がつくように、その教えには、キリシタンバテレン的な要素が見られるが、彼がどうして、そのような教義に至ったかはよく分からない。しかし、その信者は、一般庶民だけではなく、幕閣にまでも存在している。

 さんじゅあんの評価は二通りに分かれている。彼を救世主のように崇める者と、こずるくてウソつきでちっぽけな男と思う者たち。もちろん、根岸たちの評価は後者なのだが、その一方で、彼に救われたと思う者たちもたくさんいるのだ。しかし、考えてみれば、宗教の教祖とは、誰にしてもこのような二面性を持っているものではないだろうか。それにしても、その最後は、意外なほどあっけないものだった。

 この巻では、対照的な二人の女性が登場する。さんじゅあんの本質を知りながら、それでも彼に魅かれる哀しい過去を持ったまりやと、根岸の恋人力丸の妹分である小力だ。小力は、同心の椀田のプロポーズを受け、幸せな未来が開けているかのようだ。一方まりやは、さんじゅあんが乗るはずだったうつろ舟に乗り、海をさまよう。うつろ舟とは、江戸時代に始まる伝説で、異国人らしい女が、奇妙な舟に乗って、日本の海岸に流れ着いたというものである。まりやもまた、どこかの海岸に流れ着くことになるだろうか。それとも、このまま永遠に流離続けることになるか。とても未来など開けていそうにはないが。

 シリーズ完結編だからだろうか。この作品では、根岸のスタッフ勢揃いで事件に挑んでいる。同心の椀田と栗田、根岸家家臣の宮尾と坂巻、そして、岡っ引きの辰五郎と、彼の義母で下っ引きのしめ。このさんじゅあんとの最後の対決という本筋の物語の他に、白蛇が人の後をおってきた話や、旗本が幽霊を食べた話といった小ネタ的な話も織り込まれており、読者の興味を逸らせないようになっている。

☆☆☆☆

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