文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
90以上の資格試験に合格。
執筆依頼、献本等歓迎。

書評:博物館経営論

2015-02-27 19:43:18 | 書評:学術・教養(人文・社会他)
博物館経営論 (放送大学教材)
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放送大学教育振興会


 放送大学のテキスト、「博物館経営論」(佐々木亨/亀井修:放送大学教育振興会)。私が、履修した、同名の科目で使われたものだ。タイトルの通り、博物館の「経営」とはどのようなことに留意して行うべきかということについて、詳しく説明したものである。なお、ここでいう「博物館」とは「動物園」や「美術館」なども含んだ、広い意味でのものである。

 博物館には、4つの業種特性があるという。すなわち、「装置産業」、「流行依存産業」、「メディア産業」。「公共サービス」である。博物館の経営には、これら4つが特性がすべて絡んでいるため、経営が難しいというのが本書の主張だ。しかし、本当にそうだろうか。どのような企業にとっても、置かれている環境は千差万別で、それぞれに経営の難しさがある。経営の難しさというのは、業種特性だけから来るのではなく、その企業が置かれている個別の環境にも大きく依存している。

 しかし、博物館にとって、「経営」という概念が重要なことは、間違いない。一般に博物館は、事業収入が運営費を下回るというインカムギャップが発生している。国公立の博物館の場合は、このギャップは税金で補われることになるのだ。市民の立場からは、できる限りの効率的な経営を望むのは当然のことだろう。

 そうはいっても、博物館と言うのは、その街のステイタス・シンボル的なところもある。立派な博物館があるというのは、その街の文化度を表しているとも言えるだろう。だからこそ、博物館は、税金を注ぎ込むのに相応しい価値があることを訴え続けていかなければならないのだ。

 本書では、まず博物館と社会との関係、組織や人材、行動規範などを概説した後、博物館の経営手法、指定管理者制度危機管理、博物館における連携といったことについて色々な例を示しながら説明している。更に、外国での事例として、イギリスとアメリカの博物館事情についても記されている。本書を読めば、博物館を経営するとはどういうことなのか、おおよそのイメージがつかめるだろう。

☆☆☆☆

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広島南区民文化センター内のお好み焼きの「徳川」(広島市を歩く140)

2015-02-26 20:16:50 | 旅行:広島県



 上の写真は、広島南区民文化センター。12階建の建物で、1階は展示場、2,3階が文化センター、4~6階が広島情報専門学校、それ以上はテナントオフィスになっている。この近くに用があったので、昼食を1階に入っているお好み焼きの「徳川」で摂ることにした。




 これがその入り口。そういえば、入ったのは初めてだ。ここは、広島を中心に、近隣の県までチェーン店を展開している。広島でお好み焼きと言えば、まず思い浮かぶのは「広島風お好み焼き」だが、ここはなぜか関西風お好み焼きが中心となっている。最近は、お好み焼き以外にも、メニューがかなり広がっているようだ。この「徳川」というのは、江戸時代の徳川将軍家のことで、メニューには、家康から慶喜までの将軍15代までの名前がついたお好み焼きがある。しかし、なぜ、広島で「徳川」なのかは謎だ。

 


 そして注文したのは、お好み焼きではなく、「日替定食」。これに追加でコーヒーを付けて、税抜きで770円。確かご飯とみそ汁はお代わりOKだと言っていた。普段はほとんど外で食べることはないので、たまにはいいものだ。


(関連過去記事)
放送大学近くの松屋で牛めし(広島氏を歩く139)
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書評:堕ちたる者の書

2015-02-26 16:34:34 | 書評:小説(SF/ファンタジー)
堕ちたる者の書 (パラディスの秘録) (創元推理文庫)
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東京創元社


 ダークファンタジーの女王、タニス・リーの「堕ちたる者の書」(東京創元社)。悪徳と退廃と両性具有者の都・パラディスを描いた、「パラディスの秘録」シリーズの第3弾となる。収録されているのは、3つの中編。

 「紅に染められ」は、売れない作家のサン=ジャンと、老銀行家アーロン男爵の奥方アントニーナの数奇な運命の話。「黄の殺意」は、尼僧院に住みながらも、夜な夜な男装して盗賊を働くジョアニーヌの物語だ。そして、「青の帝国」は、無名の役者、だが、大変な美貌を誇るルイ・ド・ジュニエの身に起こった恐ろしい出来事が語られる。これらの物語で共通して描かれるのは、男であること、女であることの境界の無意味さだ。登場する人物は、男装する女性、女装する男性のみならず、性別そのものが入れ替わったり、両性具有だったりする。更には、男同志で交わることも当たり前のように行われているのだ。

 この男色や異性装というのは、キリスト教的な道徳観念に照らすと、ものすごい背徳感があるようだ。なにしろ、イブはアダムの肋骨から作られたのである。肋骨が本体を装ったり、本体が肋骨のまねをすることなど、「神様許さないよ!」ということなのだろう。また、自然の摂理に反するような男色なども神の教えに背くものである。きっと、欧米人にとっては、パラディスの都は神の怒りを買って滅ぼされた、ソドムとゴモラの街に重なって見えてしまうのではないか。ただ、この感覚は、我々日本人には少し分かりにくい。なにしろ明治になって西洋文明が入ってくるまでは、ヤマトタケルの昔から、女装は日本の伝統文化だったし、衆道行為も珍しくなかったのだから。

 ところで、各辺のタイトルは、赤(紅)、黄、青の3原色の文字が入っているが、これが、各編のキーワードにもなっている。「紅に染められ」では、紅いルビーの指環や血の色。「黄の殺意」では、黄色いトパーズの十字架や髪の毛の色など。そして、「青の帝国」では、蜘蛛を象ったサファイアや、紺碧に塗りつぶされた硝子窓のため、青く染まった部屋といったものが、物語を彩る小道具として使われているのだ。しかし、タニス・リーの描く世界は、決してこれらの原色から感じる鮮やかなどはみじんもない。そこにあるのは、漆黒の闇に包まれ、背徳と恐怖によって織り成される混沌に覆われた、どこまでも暗い世界なのである。こういったアイロニーも、本書を読む視点のひとつとして忘れてはならないだろう。

☆☆☆

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書評:ジェネレーション・オブ・カオス3 時の封印

2015-02-25 10:11:36 | 書評:小説(SF/ファンタジー)
ジェネレーション・オブ・カオス〈3〉時の封印 (ファミ通文庫)
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エンターブレイン


 桜庭一樹の初期の作品と言うことで入手した「ジェネレーション・オブ・カオス3 時の封印」(ファミ通文庫)。買ってみてふと気が付いた。タイトルに「3」の数字がついているのだから1も2もあると考えるのが普通だ。しかし、表紙カバーに印刷されている、作品リストには、それらしいものは掲載されていないのだ。

 実はこれ、「ジェネレーション・オブ・カオス3 時の封印」というゲームのノベライズ版なのである。元のゲームそのものに「3」の数字が付いている(もし数字を付けないと、シリーズの別のゲームになってしまう)のだ。だからそのノベライズ版の方にも「3」が付いているということで、この作品が、シリーズものの3巻目というわけではない。だから、話は、この1冊で完結している。文体は、現在の桜庭作品とかなり違うのだが、これはこれでなかなか楽しめる。

 内容は、ラディア王国と、ゼノン強国との戦争とラディアの軍神と称えられる、美貌の女剣士レアの「光の獣」の「封印」の謎を求める探索。主人公は、ラディアの部下で、王アルフィドの幼馴染でもある、「戦場を駆ける一陣の風」と渾名される、剣士ウェレス・ミドル。

 このキャラたちが、何とも魅力的だ。レアは、白銀の髪をした戦闘派美女。ウェレスは、戦場では血に飢えた獣のようだが、普段は、ちょっと空気が読めないところもある気のいい少年でいつも妹のティーファにがみがみ言われている。ティーファはとても可愛らしい娘で、アルフィドと互いに思いあっている。そして、アルフィドは、女に生まれれば絶世の美女になったのにと言われているくらいのイケメンだ。その他、戦闘タイプのエルフの娘ミリアや男装の美剣士ハイドといった面々も外せない。こういった色々な趣味の方のニーズに応えてくれそうなキャラが大サービスてんこ盛りなのである。

 これに、封印の謎、ラディア王家の血の秘密といったミステリー的な要素も組み込まれてなかなか読みごたえがある。憎しみが憎しみを呼ぶ戦争の悲惨さといったものも織り込まれており、ストーリーに深みもある。

 残念なのは、剣士が魔法使いに対して弱すぎること。剣士としては比類なき強さを誇るレアが、エルフの長老や、敵の魔術師にあっという間にやられてしまうのだ。ここは、剣気により、敵の魔術を跳ね返すといったようなことでもしないと、結局は魔術師が一番強いということになって面白くない。また、なかなか魅力的だった戦闘型エルフの少女ミリアが早いうちに死んでしまうのは残念だ。ちょっと、退場が早すぎるのではないか。

 そして、終わりがかなり唐突な感じだということ。普通なら、ここで次巻に続くとなり、少なくとも全部で3巻くらいにはなりそうなのだが、これからというところで終わっているのだ。その後のことが窺える記述は、エピローグ的に書かれた、僅か2ページだけなのである。これは、ゲームのノベライズ版ということでいたしかたないのだろうか。しかし、できればこの続きを読みたかった。

☆☆☆☆

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書評:秘太刀 馬の骨

2015-02-23 22:55:02 | 書評:小説(その他)
秘太刀馬の骨 (文春文庫)
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文藝春秋


 何とも怪しげなタイトルに、いったいどんな技なんだと、却って興味が湧く、藤沢周平の時代小説、「秘太刀 馬の骨」(文春文庫)。以前、ジョナサン・キャロルのダーク・ファンタジー、「月の骨」を読んだ後、冗談半分で、まさか「馬の骨」なんてタイトルはないだろうなと思って、検索してみたら・・・「あった!」(笑)。それが、先日、近所の書店(新刊も古書も扱っている)の200円コーナーに置いてあったので、「タイトルはヘンだが、藤沢周平だしな」、外れはないだろうということで買ってみた。

 タイトルはヘンだが(しつこい!)、読んでみると、これがなかなか面白い。主人公は、近習頭取の浅沼半十郎という某藩の武士。藩名は分からないが、藩主は播磨守だそうだ。しかし、このころの○○守というのは、実際に治めている場所とは関係がないので、参考にはならない。作品の記述からは、どうも北国に位置しているようだ。彼は、130石取りというから、一応は上級武士に当たるだろう。人間が集まれば、派閥が生まれるものだ。この藩にも、2つの派閥があり、彼はそのうちのひとつで、家老の小出帯刀の率いる一派に属している。

 ある日、半十郎は、派閥の親分である帯刀に呼ばれる。甥の石橋銀次郎が「馬の骨」の使い手を探索するのに手を貸せというのだ。「馬の骨」とは、6年前、派閥の前盟主であった望月四郎右街門隆英の暗殺に使われたらしい技だ。そして、「馬の骨」とは、藩内にある矢野道場に伝わる秘太刀らしい。しかし、矢野道場の現当主である矢野藤蔵を初め、5人の高弟たちも、確かに先代まではそのような技はあったが、誰も伝授された者はないと言う。

 本書は、そのタイトルからも想像がつくように、基本的にはチャンバラ小説である。ひとつの見どころは、矢野道場の面々が、本当に「馬の骨」を伝えられていないか、銀次郎が実際に立ち会ってみて調べるというところだろう。他流試合はしないという矢野道場の面々に、銀次郎は、相手の弱みを探り出し、秘密を守る代わりに立ち会わせるというあまり褒められたものではない方法を使っている。

 しかし、銀次郎が、相当の悪党なのかと言えば、案外とそうでもないようだ。嫁に逃げられてしょぼくれている長坂権平などには、結局二人の仲を取り持つような結果になっているのだから。おまけに、立ち会っても、やられて大怪我をすることの方が多い。懲りない御仁である。一方、銀次郎の伯父の帯刀の方は、かなり腹黒い。藩主との確執もあり、何か腹に一物を持っている。

 この作品は、「馬の骨」を伝承しているのは誰かということと、帯刀が「馬の骨」の使い手を探させる裏には何があるのかという、二つのミステリー的な要素を含んでいる。チャンバラの場面を楽しむだけでなく、こういったことも考えながら読んでいくと、面白さは倍増することだろう。

 ところで、「馬の骨」の伝承者の正体。覆面をしていたので、顔は見えなかったのだが、居合わせた半十郎たちには、ある人物が正体として浮かぶ。実際にその人物の名前も出てくるのだが、それが一番妥当な解釈だろう。ところが、これについて、巻末の解説を書いている出久根達郎氏は、エピローグに描かれたエピソードを根拠に、異論を唱えている。私はこれに与しない。なぜなら、「馬の骨」は矢野道場に伝わっている流派であることは、作品の中で明確にされている。しかし、出久根氏の示唆する人物は、長谷という小太刀の道場に通っていたとあるのだ。まず流派が違う。他流派の人間に「秘太刀」を授けることなど、まずあり得ないだろう。おまけに、その人物はずっと気鬱の病にかかっていたのである。作品に描かれているような行動を取ることは難しいと思う。

 結局、最後のエピソードは、作品に一抹の明るさを残したかったから入れられたのではないだろうか。同様のことは、例えば、「隠し剣 秋風抄」に収録され、映画「武士の一部」の原作にもなった「盲目剣谺返し」のラストでも行われているではないか。もっとも、作品の解釈は色々。読者が、それぞれの解釈をしても良いと思うのだが。

☆☆☆☆

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放送大学から試験成績の通知が来た

2015-02-22 12:19:37 | 放送大学関係
 郵便受けを見ると、放送大学から、H26年度2学期の成績通知が来ていた。既にシステムWAKABAで確認しているので、郵送で来たからと言っても、特に思うこともないのだが、これで5単位増えて、放送大学で取得した単位が、全部で162単位となった。

 今専攻している「人間と文化コース」もそろそろ卒業が見えてきたので、次はどうするか、1年かけてゆっくり考えよう。地方在住の者には、一番のネックとなるのが、なんといってもスクーリングだ。地方スクーリングをもっと充実させてくれれば良いのだが、受講料との関係もある。しかし、最近は、通信制大学でも、メディアスクーリングが充実してきて、わざわざ、遠くまで出かけなくともよいようになってきている。以前より選択枝も増えているので、色々検討してみたい。



 
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書評:いまから始める「シニア人生」安心計画

2015-02-20 12:57:51 | 書評:学術・教養(人文・社会他)
いまから始める「シニア人生」安心計画: 「お金の心配」以外の「老後の不安」を解消する完全対策! (知的生きかた文庫)
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三笠書房



 <「老後の不安」を解消する完全対策>という売り込みの、「いまから始める「シニア人生」安心計画」(田代尚嗣:三笠書房)。このタイトを見て、てっきり、定年を迎えたシニアなどが、どのように第二の人生を踏み出していくのかを教える指南書だと思っていた。ところが、本書が見据えているのは、もっと先の話だった。

 人には誰でも、寿命というものがある。日本人の平均寿命は、男が約80歳、女が約86歳だそうだ。もちろん、これは統計的な数字であり、個人差がかなりあるのは言うまでもないだろう。だが、どんなに元気に見える人でも、やがてはお迎えがくるのだ。それは、誰もが逃れられない、自然の摂理なのである。本書は、その時に備えて、どのような準備をしていけばよいのかという、いわばこの世にお別れをするための計画を作成するためのマニュアルだ。

 書かれているのは、葬儀や墓のこと。体が不自由になった場合の財産管理の方法、成年後見制度、遺言書の書き方や介護制度についてなど。どれも、自分が元気なうちは、あまり考えたくないような話題だが、避けて通れないことである以上は、熟知しておかないと、いざというときに困ったことになるかもしれない。また、自分は元気でも、親などのことで、こういった知識が必要になってくる場合もある。

 若い人だって、自分には関係ないと思ってはいけない。この世は、諸行無常、想定外の出来事に溢れている。確実なものは何もないのだ。いざというときに困らないように、常日頃から備えをしておく必要があるだろう。

 ちょっとした知識があるのとないのとでは、その時になっての心の余裕が全然違ってくる。「家庭の医学」なんかと同じような感覚で、こんな本も、一家に一冊くらいは常備しておかねばならないのではないだろうか。

☆☆☆☆

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書評:大工の棟梁に学ぶプロジェクトマネジメント

2015-02-19 22:06:44 | 書評:ビジネス
大工の棟梁に学ぶプロジェクトマネジメント (マイナビ新書)
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マイナビ


 プロジェクトマネジメントを大工の棟梁の仕事に結びつけた、目の付け所が面白い「大工の棟梁に学ぶプロジェクトマネジメント」(白鳥美子:マイナビ新書)。確かに、家づくりとは、ひとつのプロジェクトである。だから、大工の棟梁は、いくつものプロジェクトを成功に導いてきた実績のあるリーダーだということで、畑違いのプロジェクトリーダーたちにとっても、学ぶべきことが多いのだ。

 ここに紹介された、棟梁たちの言葉には、最近のチームワークだとか管理だとかを口を酸っぱくして言うような風潮に慣れているものからは、少々奇異に映るかも知れない。例えば、大工の棟梁は、チームワークなんか考えたことはないと言う。やるべきことをきっちり示してやれば、どうにかなる。大事なのは、完成後のイメージを仲間たちと共有するということなのだ。また、いちいち指図してもいけない。相手もプロなのだから、信用することが大切であり、細かいことを言い過ぎないということだ。チームワークとは決して馴れ合いではない。一人一人は、プロなのだがら、自分の仕事をきっちりこなしていかなければならない。リーダーの仕事とは、メンバーの一人ひとりが、プロとして自分の力を発揮できるようにすることなのである。

 ただし、本書にあるように、頼んだ内容がうまく伝わったかは、くどいほど確認しないといけないし、任せても、うまくいってなさそうなら助けることもしなければならない。ポイントごとに確認をすることも大切だ。人材育成のためには、若い者に、まだ無理と思ってもやらせてみることも必要である。任せるということは放任しておくことではない。そして、棟梁たちの言っていることで一番大切なのは、自分が責任をとるという覚悟を持つということだろう。これなくして、形だけ真似ても。決してうまくいきっこない。

 本書に納められた、棟梁たちの言葉には、大工の仕事ではなくとも、そのまま使えそうなリーダーとしての心構えが沢山詰まっているのではないだろうか。もちろんどんな世界のリーダーもピンキリである。本書が元にしているのは、6人の棟梁たちからのサンプリングであり、すべての大工の棟梁が同じようなリーダーシップをとっているかはわからないが、書かれていることは概ね妥当だと思う。何らかのプロジェクトを任されている人には、チームをどのように運営していくかについて、多くの示唆が得られるだろう。

☆☆☆☆

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放送大学の試験結果発表

2015-02-18 23:05:43 | 放送大学関係
 放送大学のシステムWAKABAに、H26年度2学期の試験結果が発表されていた。結果は、

・博物館経営論('13):B
・ヨーロッパ文学の読み方('14):B

と、どちらもBだった。現在在籍している、「人間と文化」コースの成績は、これまですべてⒶかAだったので、今回は少しがっかりだが、あまり勉強にも身が入ってなかったので、こんなものかもしれない。でも、まあこれで自専攻の専門科目は残りあと10単位となった。H27年度の1学期は、自専攻の専門科目を6単位分履修したので、これが順調に取れれば、2学期で後4単位取ると、4回目の卒業となる。
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書評:蛇 日本の蛇信仰

2015-02-17 21:04:15 | 書評:学術・教養(人文・社会他)
蛇 (講談社学術文庫)
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講談社



 吉野裕子さんの「蛇 日本の蛇信仰」(講談社学術文庫)。1979年に法政大学出版局から刊行されたものを文庫化したものだ。著者は、津田塾大を卒業後、筑波大学で文学博士号を取得した在野の民族学者である。

 ところで、蛇といえば、一般には良いイメージを持たれていないだろう。キリスト教世界では、蛇はアダムとイブを堕落させたものとして忌み嫌われている。ギリシャ神話にもラミアという半人半蛇の怪物が出てくるし、北欧神話にもミッドガルド蛇というとんでもない怪物が登場しているのだから。

 しかし、東洋においては、蛇は全く違った様相で神話の中に登場してくる。例えば、中国の祖神と伝えられる伏犠、女媧は人面の蛇神であった。日本でも、我々の祖神には、蛇の影が色濃く見える。そもそも日本神話では。神武天皇の祖母である豊玉姫、母親の玉依姫は竜蛇と伝えられている。また、我が国の有力な神であるアマテラスやオオモノヌシなどにも、蛇のイメージがつきまとっているのだ。本書では、触れられていないが、岩国の白蛇などは神の使いとされるし、弁財天と同体とされる宇賀神も、人面蛇体の神なのである。このように、著者は、蛇とは日本民俗学で一般的に扱われているような単なる水神にとどまらず、第一義的には我々の祖先神、宇宙神であると主張する。そう、我々日本人は蛇の子孫なのだ。

 本書では、まず生物学的な蛇の生態が示された後、古代日本人がいかに蛇を敬っていたかが解説されている。縄文土器に、蛇の造形が施されているということがそれを表しているというのだ。 そして、この蛇信仰は、生活の隅々まで入り込み、多くのものが「蛇」になぞらえられる。蛇の古語は「カカ」といい、「カガチ」、「カガミ」なども蛇を表す言葉だそうだ。「鏡」や「鏡餅」、「カカ」の名が潜んでいる多くの植物のみならず、山や家屋なども蛇に見立てることができるというのは驚きだ。

 本書を読めば、我々がこれまで持っていた「蛇」に関する観念が、完全にひっくり返されるのではないか。日本古来の文化に、これだけ蛇が関係しているというのは思いもよらなかっただろう。ただ、名前に「カカ」とか「カガ」といった言葉がついているだけで、蛇に関係するというのもどうだろうか。それなら「加賀の国」は「蛇の国」ということになるし、嫁のことを「カカア」と呼ぶのは、嫁が蛇女だということだろうか。(2番目のは、賛同する方も多いかも(笑))

☆☆☆☆

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