文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
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書評:耳袋秘帖 馬喰町妖獣殺人事件

2015-04-22 11:16:11 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
耳袋秘帖 馬喰町妖獣殺人事件 (文春文庫)
クリエーター情報なし
文藝春秋


 悪人どもには「赤鬼」と恐れられていても、江戸庶民の味方。元祖刺青奉行・根岸肥前守が、江戸の不思議な事件に挑む、「耳袋秘帖 馬喰町妖獣殺人事件」(風野真知雄:文春文庫)。今回根岸が挑むのは、「馬喰町七不思議」と呼ばれるもの。

 この七不思議、根岸が勘定奉行の時に聞いたもので、今ではすっかり囁かれなくなったという。それもそのはず。この七不思議、なんともくだらないのである。作品中から引用してみよう。

 マミ捕まって奉行所に。
 卵を産んだ女房。
 一匹の牝犬に牡犬二匹。
 天水桶で溺れた幼子。
 仲直りのあと大喧嘩。
 三日月井戸の争い。
 鎌倉権五郎の祟り。 (p199)

 どうだろう。例えば、「一匹の牝犬に牡犬二匹。」というのは、牝犬一匹と牡犬二匹が交尾をしていたという話だし、「三日月井戸の争い。」というのは、何かと「三」という数字に縁があったというだけだ。中には、「馬喰町七不思議」のはずなのに、馬喰町以外で起きたことも入っている。

 ところが、さすがは名奉行根岸肥前守。このくだらなさこそが、却って怪しいと、部下の栗田と坂巻に、この七不思議について聞き込みをさせるのだ。案の定、思いがけない大物が、網にかかってくる。

 この「くだらないからこそ怪しい」というのは、なかなか面白い目のつけどころではないだろうか。いわば、逆転の発想とも言えるだろう。こういった視点から書かれたミステリーというのは、あまり無いのではないか。

 ところで、七不思議を調べている時に、坂巻が、「それにしても江戸ってところは化け物が多いな」(p68)と言っているが、それに対して栗田は、栗田は、「江戸は人がいっぱいいるから、誰かしらが見つけちまうからだよ」(p69)と応じている。確かにあの時代なら、そんな答えになりそうだが、少し現代的に解釈してみよう。怪異とは、人の心が作り出すものだ。だからこそ、江戸のような大都会にこそ、化け物が生まれやすいということではないのか。だからこそ、現代社会でも、口裂け女といったような怪異が作り続けられているのだろう。こういった、小説内のちょっとした会話の断片からでも、色々と考える種は見つかるものだ。

☆☆☆☆

※本記事は、姉妹ブログと同時掲載です。

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