世界変動展望

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激震・STAP細胞:/上(その1) 「未熟」論文、見抜けず 理研、弱いチェック体制

2013-02-28 20:02:30 | 社会

30歳の若き女性研究リーダーが新型万能細胞「STAP細胞(刺激惹起(じゃっき)性多能性獲得細胞)」の作製を報告してわずか1カ月半。「科学の常識を覆した」とさえ言われた新発見が、一転して数多くの疑惑にまみれた。論文の主要な著者が所属する理化学研究所は14日、中間報告の記者会見で、謝罪に追い込まれた。世界を驚かせた成果は幻だったのか。ずさんな論文が生み出された内幕を探った。【八田浩輔、須田桃子、下桐実雅子】

 「科学者として未熟だった」「完全に不適切で論文の体をなしていない」。14日の記者会見で、理研発生・再生科学総合研究センターの竹市雅俊センター長らは、困惑した表情で口々に言った。そこまでずさんな論文を、なぜ共著者たちは掲載前に気付くことができなかったのか。

 会見で明らかになった小保方(おぼかた)晴子・理研研究ユニットリーダーの調査に対する発言は、驚く内容だった。「(データの切り張りを)やってはいけないという認識がなかった。申し訳ありません」

 理研の野依良治理事長は会見で、「2本の論文に合わせて14人の研究者が参加した。その中で1人の未熟な研究者が膨大なデータを集積し、取り扱いがずさんだった」と、2013年3月に、29歳で研究リーダーとなった小保方さんの研究者としての能力、責任感の欠如に言及した。

 さらにチーム内の連携も不十分だった。著者の一人、若山照彦・山梨大教授は悔やむ。「普通は共著者全員に事前に論文のゲラ刷りが送られるが、最終のゲラ刷りは発表の記者会見の日(1月28日)に初めて見た」。理研内のチェック体制の弱さを指摘する声もある。発生・再生科学総合研究センターには、小保方さんのような若手研究リーダーを育てるため、ベテラン研究者がサポートに入る仕組みがある。今回の研究チームでは、笹井芳樹・副センター長ら2人の幹細胞研究者が担当だった。笹井副センター長の論文は、毎年のように英科学誌ネイチャーなど著名誌に掲載され、他の共著者も、クローン研究の第一人者である若山教授ら日本が世界に誇るスター研究者たちだった。

 幹細胞研究に詳しい専門家は「今回のチームでは、小保方さんが研究リーダーだったこともあり責任の所在が不透明で、これだけ世界的な研究者が集まってもデータが厳密にチェックされなかったようだ。通常の論文作成では到底考えられない」と語る。

 科学誌が不正や疑惑を見抜くことにも限界がある。一般的に科学誌は、投稿論文について外部の研究者らに「査読」と呼ばれる審査を依頼し、掲載の可否を決める。ネイチャーには、世界中から年1万本近い論文が投稿され、掲載はその約8%にとどまる狭き門だ。

 ネイチャーの編集者は「掲載の原則は『信用』だ」と強調する。査読は各分野の第一人者らが、投稿された論文のデータが正しいことを前提に、論理構成が正しいかや掲載する価値があるかを見極める作業だ。「研究者性善説」に立っており、不正や疑惑を見つけることが目的ではない。

 一方、同誌は13年5月に生命科学分野の論文の審査体制を強化した。掲載前には論文の基になったデータに関する詳しい説明などを著者側に求める。生命科学分野で、信頼性に疑問のある研究が増えているためだ。米製薬企業の報告(12年)では、がん研究に関する重要論文53本のうち89%が実験結果を再現できなかったという。

 同誌広報担当者は「掲載された論文に疑義が生じた場合は、画像分析ソフトを使って調べる」と説明するが、掲載前の画像のチェックの有無については明らかにしていない。STAP論文に関しては、研究チームから元データを提供させ、独自に調査を進めている。

 ◇細胞の存在、強まる疑問

 論文の信頼性が大きく損なわれた今、大きな関心が寄せられるのが「STAP細胞」があったのかどうかだ。再現できたとする報告はまだなく、竹市センター長も会見で、「(理研内で)トータルな意味では再現されていない。第三者による確証を待つしか、科学的な答えは出ない」と述べた。

 理研は調査を開始した2月中旬、「研究成果に揺るぎはない」と説明。しかし、会見に出席した川合真紀・理研理事は「完全に捏造(ねつぞう)という証拠は(現時点で)見えていないが、当初は少し楽観的に見ていたきらいがある。真偽のほどに研究者コミュニティーから疑問が出ており、日々強くなっているのは事実」と、見解をやや後退させた。川合理事らによると、理研内の複数の研究者が、弱酸性の溶液に浸して刺激を与えた細胞が変化し、万能性を示す遺伝子の一つが活発に働くことを確認した。だが、できた細胞がさまざまな細胞に分化する能力を持つかどうかの確認はできていないという。

 論文の著者の一人、丹羽仁史・理研プロジェクトリーダーは14日、毎日新聞の取材に、今後、自身が中心となって検証実験に取り組む意向を明らかにした。丹羽さんは「厳密に検証する方法を考えて進めたい」と話した。会見では実験に使ったSTAP細胞にES細胞(胚性幹細胞)が混入した可能性も指摘されたが、「ES細胞の混入では胎盤はできず、新しい細胞があることを示している。論文の不備には科学者としての責任を痛感しているが、科学的な現象は別に考えてほしい」と強調した。

 論文のずさんさは、理研外の研究者による検証にも影響を与えそうだ。国内のある再生医療研究者は、当初はiPS細胞(人工多能性幹細胞)からSTAP細胞に切り替えることも検討しようと考え、再現実験に取り組み、細胞の変化を確認したという。だが、今はこう言う。「あまりに論文の問題が多い。最近は実験に取り組むメンバーのやる気が下がっている」

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 ■ことば

 ◇理化学研究所

 文部科学省が所管する独立行政法人で、物理学、工学、化学、生物学、医科学など、幅広い分野で最先端研究を担う国内最大級の公的研究機関。埼玉県和光市や神戸市など国内外に拠点がある。1917年に実業家の渋沢栄一らによって財団法人として設立された。ノーベル賞を受賞した朝永振一郎ら世界的な研究者を輩出した。13年4月現在の職員・研究者は3390人で、予算は844億4300万円(13年度)。

毎日新聞 2014年03月15日 東京朝刊