研究機関の不正を調査する第三者機関を設置することは必須である。なぜなら、研究機関で行われる調査は保身や利害関係のために不当な結果になることが珍しくないからである。いくつか事例を紹介する。
(1)東北大学井上明久前総長の不正事件(2007~)
井上明久が複数の論文でデータの使い回し、実験条件の改ざん、二重投稿、捏造・改ざんしたデータの発表などを行った事件。大きなサイズのバルク金属ガラスの再現性も疑問視されており、捏造が疑われている。1月の東北大学有馬委員会の調査で二重投稿はしぶしぶ認めたが、懲戒処分なく猛省を求められただけで済んだ。告発者の日野、大村氏らの告発は不正の疑いが明白だったにも関わらず東北大学は「科学的合理的理由がない」として受理を拒否。特に質量保存則を破る合金質量のデータの発表は捏造が疑われ、共同研究者が実験試料や実験ノートを提出できなかったにも関わらず東北大学も日本金属学会も不正を認定せず過失で済ませた。
東北大学等に任せたのでは井上を庇うための調査にしかならないため問題だと色々なところで指摘されているにも関わらず、文部科学省は「基本的に介入する気はない。大学に任せている。」と回答し責任放棄。
JSTや告発者らは日本学術会議などに第三者機関を設置して井上の不正事件を扱うべきだと主張しているが、現在まで実現していない。井上の不正事件は現在も裁判で争われており、不正が認定されないまますでに5年以上の月日が流れている。井上は猛省だけ求められ、高額の退職金を受け取って東北大総長を任期満了退職、現在総長特別顧問。受賞理由の一部に不正論文があったにも関わらず日本学士院賞を返上しておらず、日本学士院会員として終身年金を受け取っている。
(2)琉球大学森直樹の不正事件(2010)
琉球大学医学部教授森直樹らが論文38編でデータを使いまわす捏造を行った。森直樹は捏造の責任から当初懲戒解雇。しかし、懲戒解雇は重すぎるとして提訴。自分は責任著者であり、阪大の下村伊一郎教授の捏造事件で彼が責任著者で停職14日で済んだことと比して重すぎると裁判で主張。なぜか地裁で和解勧告が出され琉球大学側は応じた。最終的に森は停職10ヶ月、現在教授として復職している。この事件の不正論文の一つには岩政輝男学長が共著論文になっているものがあり、琉球大学が設置した内部調査委員会は当初この論文は不正でないとしていたが、後に外部調査委員会が不正論文と認定。岩政輝男学長は謝罪した。
・論文38編で捏造を行っても処分がたったの停職10ヶ月だったこと
・岩政輝男学長を庇うために当初不当な調査を行ったと推測されること
といった理由から琉球タイムズでも同大の自浄作用が疑われた。
(3)独協医科大学服部良之の不正事件(2012)
独協医科大学服部良之が論文10編、46件でデータを使いまわす等の改ざんを行った。他にも3編の二重投稿が認定された。不正論文の服部以外の共著者は23名、うち筆頭著者は6名だったが、誰も不正の責任をとらされなかった。獨協医大は筆頭著者らは「服部研究者の指導を仰ぐ立場にあったので、論文について口を挟めるような状況ではなかった。[1]」、その他の共著者は「論文の基本的な内容については服部研究者に任せていたので、特段、改ざん等に該当するという認識もなかった。[1]」と裁定し全員無罪とした。二重投稿に関しても「規定が不正を捏造、改ざん、盗用に限っていること[1]」「投稿した一方の学術誌を研究会の抄録であると誤認していたため投稿したものであり故意でない[1]」とし、不正と認定しなかった。
使いまわしも「見栄えを良くするために使ったもの[1]」「論文の結論に影響を与えるような操作を行っているものではなく、むしろ真正の結果に類似する、より鮮明なデータを代用したもの[1]」とし軽く裁定。研究活動は適切に行われているとして科研費の自主的返還はしなかった。
しかし、次の点で不当。
・論文10編、46件、服部以外の共著者23名、うち筆頭著者6名という大規模な不正で服部しか不正に関わっていなかったというのは不自然。教授以外の共著者、特に筆頭著者は実験を実施しデータを作る役目を果すのが通常。チームで研究しているのに誰も不正データに関わっていない又は知らなかったというのは考えづらい。
・自分が主に研究を実施し最大の責任者となる筆頭著者がいかに教授相手とはいえ「指導を仰ぐ立場にあったので、論文について口を挟めるような状況ではなかった」から不正に関与していない、不正を知らなかったでは済まされない。いい大人が不正に該当するのに服部に抵抗、反対できなかったわけがない。
・二重投稿は確かに規定に定められている「捏造、改ざん、盗用」には含まれないし、規定は限定的。しかし、二重投稿が不正であることは間違いなく、規定が限定的だからといって不正としないのは社会通念に反するし、どこの研究機関でも一般に研究倫理に反する行為は不正として対処し罰を与える。獨協医大がこのような当たり前の裁定ができなかったのはモラルがないと言われても仕方ない。
・研究者がジャーナルと研究会の抄録を後発投稿のものに限って3編も取り違えるのは通常考えられない。客観的にはジャーナルに投稿したわけだし、査読者との議論、アクセプトの通知、著作権譲渡契約、掲載料の支払いなど何度もジャーナルだとわかるような通知や行為を行っているにも関わらず誤解していたわけがない。著者らの内心としては研究会の抄録として投稿したのだから口頭発表するつもりだったということになるが、客観的にはジャーナルに投稿しており口頭発表したはずがない。全く口頭発表してないのに論文発表まで研究会の抄録だと思っていたはずがない。論文発表後も論文を全く取り下げることなかったことを考えても、二重投稿の著者の弁明は明らかに嘘。こんなことは誰でもわかるはずだが、獨協医大は一方的に著者の言い分を信じた。
・調査結果公表は2012月2月だが服部は調査が終了していない2011年4月時点でなぜか諭旨退職処分。論文10編、46件という大規模な改ざんをすべて単独で行ったという裁定でも「本人の本学へのこれまでの貢献度や反省度合いについても勘案」し諭旨退職。服部は高額な退職金を受け取り、なんと民間病院で部長待遇で働いている。
・告発者によれば服部らの一部の論文には再現性がなく、「論文の結論に本質的な影響はない[1]」という調査委員会の報告は嘘であること。
獨協医大の調査はできるかぎり不正処罰による不利益を小さくするように意図的に不当な判断をしたため、上のようないくつかの点で不条理さ・不合理さが発生した。この調査裁定は獨協医大や服部、及び他の研究者にできる限り不利益が及ばないようにするための不当調査だろう。
(4)東邦大学藤井善隆の捏造事件(2012)
東邦大学の藤井善隆が2011年8月、データに不審な点があるとして告発される。東邦大学は藤井のデータを調査し、「データは処分したのでない。」という説明を受けた。しかし、捏造は認定されず倫理委員会の承認を受けずに研究を行ったという研究倫理規範違反で藤井を諭旨退職にした。
後に藤井が大学院入学以降に発表した全論文である193編の論文に捏造が指摘され、日本麻酔科学会が調査。捏造は濃厚で2011年8月の捏造の指摘も正当である可能性が高い。そもそも生データ等基本的な要素が欠如したことで不正の疑いを覆せない場合は不正を認定するのがルールで、ほとんどの研究機関で同じなのに東邦大は不正を認定しなかった。
藤井は懲戒解雇や博士号撤回が当然なのに退職金をもらって医師を続けている。
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研究機関が正当に調査裁定を行わないことがあるのはわかるだろうか。こうした事態が生じたとき残念ながら現在は不当調査を改善する方法はない。監督機関である文部科学省、経済産業省等や科研費の所管機関である日本学術振興会にやる気が無く愚かにも実質的な判断を被疑者の所属機関に丸なげし、自分達はただ追認するだけだからだ。責任放棄以外のなにものでもない。
こうしたことで独協医大の事件のように本来不正に使われた研究費が返還されず、井上明久の事件のようにとんでもない不正をした人なのに1億円程度も退職金を支払い、月25万円の終身年金支給や日本学士院賞や学士院会員の栄誉を与え続けるというとんでもないことが平気でまかり通っている。これらはすべて国民の税金で賄われているのだ。
研究機関はどこも自分達の研究が有利になること等、自分達のことしか考えていない。国民のことは考えていない。だから不当な調査でも平気で行う。こんなことでは全くだめだろう。
捏造、改ざん、盗用に限らず、二重投稿や業績水増し評価、科研費の不正使用など研究機関が当事者となるあらゆる不正事件に対して調査権限のある第三者機関を日本学術会議などに設置するのは健全な学術の発展に必須である。
参考
[1]独協医大の調査結果 2012.2.3