羽生はこれで二冠を堅持。タイトル獲得数を68期に伸ばした。棋戦優勝32回を含めると、タイトル獲得、棋戦優勝通算100回目である。
羽生はこれで二冠を堅持。タイトル獲得数を68期に伸ばした。棋戦優勝32回を含めると、タイトル獲得、棋戦優勝通算100回目である。
ヨーロッパでやっているような排出実績に応じて排出権を無償配布する方法を日本で導入するのは難しいだろうか。鉄鋼や電力に負担が大きい制度は最初のうちはつらいかもしれない。
もうすぐ雛祭りで、百貨店へいくと雛人形が売られている。現代では人形たちから見て男雛を右、女雛を左に飾るのが慣例である。しかし、どうもこの置き方が右大臣、左大臣の置き方の関係で整合性が無く違和感がある。
古来日本は唐の影響で右よりも左の方が尊いとされた。つまり、右大臣と左大臣では左大臣の方が高位なのである。男雛、女雛は天皇、皇后であり、現代では通じる考えではないが、少なくとも江戸以前は男性の方が女性よりも高位とされていた。だから古来の雛人形の置き方は、人形から見て左に男雛、右に女雛を飾る。これなら、右大臣、左大臣の上下関係からも整合性のとれた配置といえる。
しかし、現在では右大臣、左大臣の配置はそのままに男雛を右、女雛を左に飾る。それがなんとも整合性が悪い。明治時代の文明開化で西洋文化が流れ込み、上位は右、下位は左という考え方が広まり大正天皇、昭和天皇と右側に着座するのを見て世間では男雛と女雛を逆に配置するようになった。つまり、右の方が上位だからといって男雛を右においたわけだ。
右が上、左が下というなら右大臣、左大臣の配置も逆にすべきである。それなら整合性がとれる。所詮は名称の問題で、重要なのはその人の中身だから左大臣よりも右大臣が高位になったのなら旧左大臣が新右大臣になるべきだ。左右の上下関係が逆になったからといって、旧右大臣が旧左大臣よりも高位になるはずがないのである。
しかし、よく考えてみるとすごくおかしい。歴史的な事実を現代でいくら変えようとしても無理である。現代でいくらあがこうとも右大臣よりも左大臣の方が高位なのである。そして、左大臣が右に配置されたら左大臣ではないではないか。
現代式の雛人形でも左大臣、右大臣の配置を換えないのは名称故に違いない。そして、雛人形とは歴史表現だから彼らの上下関係も変わっていない。雛人形の配置では左が上位に思える。しかし、男雛を右に飾っている。なんとも整合性が悪い配置だ。
雛人形の配置などどうでもいい問題だし、時代によっていろいろ置き方があっていいと思う。しかし、現代式の配置は日本の歴史を考えると整合性のない配置である。