駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

宝塚歌劇宙組『カサブランカ』

2010年05月07日 | 観劇記/タイトルか行
 宝塚大劇場、2009年11月13日(初日)、29日ソワレ、30日マチネ。

 1941年12月、モロッコの都市カサブランカは、ドイツの傀儡政権であるフランス・ヴィシー政権によって治められていた。アメリカ大陸に渡ろうとするヨーロッパの亡命者たちが、リスボン行きの飛行機に乗るためのヴィザを求めて殺到している。アメリカ人のリチャード・ブレイン、通称リック(大空祐飛)は、亡命者たちの溜まり場となっているナイトクラブ「カフェ・アメリカン」を経営していた。ある日リックは、ヴィザの闇商人ウガーテ(天羽珠紀)から、ドイツ政府発行の通行許可証を預かるが…脚本・演出/小池修一郎、作曲・編曲/太田健。1942年生作のアメリカ映画で、1943年のアカデミー賞を受賞した不朽の名作の世界初舞台化。全2幕のミュージカル。宙組新トップコンビのお披露目公演。

 まず、初日を観てきました。
 わりにフラットに観るタイプなので、フィナーレのパレードで大階段を降りてくるユウヒの姿にうるっときた他は、クールに観られたかと思うのですが…
 それでも、慣れていってしまうと見えなくなってしまうこともあると思うので、書いておきます。

 原作の映画が、100分ほどの、本当にタイトで過不足ない、よくできた作品なので、2時間半のミュージカルの舞台にするには、もちろんうまいショーアップシーンもあるんだけれど、やはりやや冗長に感じないこともなかったかなー、と思ってしまいました。
 あと、やはり名画をそう簡単には改変できないという思いがあったのか、非常に忠実な展開で、気を使いすぎでは、と思ったり…
 だからやや間延びして感じられなくもなかったのです。
 映画を見ていてストーリーを知っているんだけど、だから話が進むのをただ待っていればいいはずなんだけど、本筋と関係ない歌が入ると
「先に進んでよ」
 とも思ってしまいましたし。
 私がせっかちだから?
 こういう感想は、二度目以降の観劇ではなくなるものではありますが…先の展開がわかっていれば、逆に余裕で待てて、その分歌やダンス、芝居の細かいところが楽しめるという(^^)。
 でも初見時は、けっこうイルザ(野々すみ花)の登場まで時間がかかるし、リックと再会してからの話のこじれ具合もいろいろ中断されてなかなか進まなく思えたので…じれったく感じました。

 また、ユウヒのトップお披露目公演なので、ユウヒががんがんに目立っていていいんだけど、でも新生宙組お披露目公演でもあるはずで、それからすると、やや主役一本被りすぎたかなーと…
 特にラズロ(蘭寿とむ)は辛抱役になってしまったかなーと思うと、やや気の毒でした。ユウヒが花組からの組替で落下傘トップ就任のため、二番手据え置きのラントムに対してついつい引け目を感じてしまうユウヒファンの感想かもしれませんが…

 それから、台詞がとても粋で気が利いていていい作品ではあるのですが、原作を知らない人にはその洒脱さがわかりづらい会話ややりとりもあったかと思うので、もう少しくどく、台詞を増やしてもいいのではないかと思いました。
 たとえば、ヴィザを裏で融通して小金を儲けている困った悪徳警官であるルノー大尉(北翔海莉)が、無類の女好きであり、ビザを求める人妻アニータ(花影アリス)に、金が足りないなら体を差し出せ、と言うあたり。
 もちろん原作でもそこまで露骨な会話はなかったかと思いますが、でも広い舞台で映画と同じことをやっても伝わらないし、わかりづらいだけだと思うのですよね。
 アニータがルノーの執務室を訪れるシーンは、ただ訪れただけで、そのままセリ下がりしていって場面転換してしまいますが、たとえばちゃんと会話を重ねた方がいいと思うんですよ。
「ご主人ともども、出国をご希望なんですな」
「はい、ぜひ、大尉のお力添えをいただければと」
「相談に乗らないこともないですが、相当のものはいただきますよ」
「用意できる現金があまりないんです…」
「あなたがご用意できるかもしれないものは、お金だけではないんじゃないですかな」
「…!」
 そしてにんまりとアニータを見るルノー。もしなんだったら机を立って、アニータのそばに行って、顎に手をかけて上向かせるくらいしてもいい…
 ここまでやっておけば、アニータがリックのところに相談に訪れるのも格段にわかりやすくなります。リックとの会話ももう一押し足したいところですが。

 ところで、そんなわけでルノーの手からアニータを助けたリックですが、ということは据え膳は食わないというか、好きな男のために女が体を他の男に差し出すことを美しいことだとは思わない、ということですよね。
 ではラズロのヴィザを求めて訪れたイルザに対しては、さて、どうだったのか、なんて考えてしまいました。
 原作映画でも、再会し愛を確かめあったふたりがすごした時間は小一時間あったかなかったか…みたいな感じではあったかと思いますが、それは何もしなくてもたつ時間でもあり、ナニかするには十分な時間でもある(^^)。
 その間に挟まれるのが、レジスタンスと語っているラズロのシーンっていうのがまた、ね…
 で、カフェに場面が戻ると、リックとイルザは椅子にもたれて抱き合っているのですが、リックは前のシーンでは着ていたスーツの上着を脱いでいるんですよね((^^;)イヤここのシャツとスラックスだけの姿がまた絶品なんですが! たとえばタキシードなんかでカマーベルトのウエストマークを上げて脚を長く見せる、というのは基本の技だと想うのですが、ここではユウヒはいっさいそういうことをしていません。だけど脚が長い!!)。
 またユウヒがさあ、いやストイックなんですよ、ストイックなリックなんだけど、でも『太王四神記』の婚約披露の場のときのホゲみたいなというか、要するにぶっちゃけ色気がありすぎていて、
「やっぱやることやっちゃってんじゃないのこの人!?」
 って感じがしたんですよね。
 このあとカール(寿つかさ)と一緒にラズロが警察から逃れて店に駆け込んでくると、リックは
「真夜中の運動会の帰りらしいな」
 と皮肉るのですが、ヤラしい私はついつい、
「アナタこそさっきまで大変な運動会を展開していたのでは…」
 とつっこみたくなるんですよね。下品ですみません。
 でものちに言うにことかいて、
「君がカサブランカに来るまで封印していた想いを、昨夜ふたりでよみがえらせたんだ」
 ですからね。ナニをよみがえらせちゃったっていうのよ、みたいな(^^)。

 で、それでさらにもしかしたら問題なのかなと思ったのが、私は舞台を観ていて、イルザはかつてパリでリックを愛していたことは間違いないし、今でもリックに対して申し訳ないと思う気持ちや、リックを好ましい人だと思う気持ちはあるんだけれど、でも、今、彼女が愛しているのは夫のラズロなんだな、と思ったのですよ。
 最初は尊敬から始まった感情で、その関係は恋愛とは正確には言いがたかったのかもしれない。でも数々の艱難辛苦をともに乗り越え、ともに長い時を生きてきたのだから、情は湧いているし、それはいまや揺るぎない愛情と言えると思うんですよね。
 だからこそ、
「僕はいつも君を愛しているよ」
 と言うラズロに対して
「私もよ」
 と答えるし、
「これからも、私が何をしたとしても、あなたを愛していることに変わりないわ」
 と言って、で、ラズロのために、リックのところに交渉に行った…ように、私には見えました。
 だとしたら、リックに対して
「あなたを愛していた、そして今でも…」
 と泣くのは、なんなのか…
 そこらへんがあいまいだと、かたや純愛を貫いているリックがちょっと哀れに見えちゃいそうで、それは困るかなあ、と思ったのです。

 観劇を重ねて、イルザにはやっぱり再会したリックはちょっと以前とは人がちがうように見えたし、ラズロのために本当に通行証が欲しくて、リックを脅してでも手に入れたかったから、リックに銃を突きつけたんだと思いました。
 だから、ここのリックの
「撃て。その方が俺も楽になる」
 という台詞は、もっとやさぐれて、熱く、ぶつけるように言われてもいいんじゃないのかなあ。その熱さが、リックがまだ本当に自分を愛しているのだとイルザにわからせ、彼が変わっていないこと、自分もまた彼を愛し続けてきたことに気づかせ、銃を下ろさせるのだと思うから…
 だから、ここは、据え膳とかいうことではなくて(^^;)愛の証として、やっぱナンかしてんだろうなあ、と思った…というのもあるのですが。

 では、リックはどこでイルザとラズロを行かせることを決意したのか。
 私はまた意地悪に、
「愛を確かめ合えたと思って抱き合ってみたけれど、やっぱりなんかちがうなと思っちゃったんじゃないの?」
 とか考えたのですが、ふたりはその後すぐ、愛の二重唱「世界の果てまでも」を歌っているので、ここではふたりで生きていく気満々だったということです。
 では、それを覆したのは何か。それは、警察に追われたラズロが逃げてきて、
「降りてもいいゲームがある。イルザのことです」
 と言ったときではないでしょうか。
 イルザを譲ってもいい、彼女をカサブランカから出してやってくれ、きみが一緒に行ってやってくれ…そうラズロに言われたとき、リックは、男として、負けたな、みたいに思って、ラズロとイルザを行かせることを決意したんだと思うんですよね。
 イルザを失った自分は、戦争支援もやめ、他人に関わりすぎないようにして、グレて生きてきた。
 かたや、何度収容所に入れられても奇跡の生還を果たし、世界を救うために戦い続けている男がいる。そして、それを支え続けてきた女がいる。世界が必要としているのは彼らだ、彼らこそがカサブランカを出ていくべきなんだ、と痛感したのでしょう。
 もちろんここでオチを明かすわけにはいかないので、リックの決心を大仰に演出するわけにはいかないのですが、しかし現状は淡々としすぎているのではというか、ここがターニングポイントになっている、という感じがしない…ラズロの見せ場になるべきシーンかなとも思うので、ブラッシュアップされるであろう東京公演を見守りたいです。

 しかし、ヒロイン視点から見ると、もちろんどっちについていっても多少の後悔はするんだろうなと思うのですが、イルザ自身はリックを選んだ気でいるので、リックにフラれる形になるんですよね(^^)。
 これは本当はロマンスとしては痛いところです。
 でも、こういう作品って往々にある。作り手が男性ですからね。
 イルザとの再会のおかげで熱さを取り戻し、リックは世界を救うための戦いに戻っていくのでしょう。ルノーの友情と支援を受けて。パリの思い出を胸に。心の中にイルザの面影を抱いて。
 男性はロマンティストだから、意外にそれで本当にすむんだと思うんですよね。でも女性はもっとずっとリアリストだからさ、実際に好きな人がそばにいてくれないってのは本当にしんどく感じるわけですよ。
 好きな人にそばにいてほしい、そういう女のシンプルな希望を、踏みにじって終わる物語でもあるのですよね、これは…というのは、皮肉すぎる見方でしょうか。
 しかし小池先生は、おそらく戦争に関して「テーマが時事性を失った後も」作品の命は永遠だ、と語っているのでしょうが、現代でも戦争はまだまだなくなっていないし、「過去を引きずる男と理想に殉じようとする女」というよりは、「理想に酔う男と現実の愛を求める女」のすれちがいの物語は、これからもずっとあり続けるのでは、と思ってしまったなあ…

 最初は、かぶりの時期のあるつきあいでどちらを選ぶかという話か、なんて漫然と考えていたのですが、なかなかに根深い問題なのだと理解するようになりました。
 とまれ、名作であるとは思います。
 東京公演も通い詰める所存であります。

 というわけでユウヒは問題なく当たり役、はまり役。
 そういえば舞台版でことにすばらしいのはパリ時代の回想場面ですが、アメリカから国外退去命令を受けてパリに逃げてきて、戦争支援を虚しく感じて足を洗って、青春を取り戻すべく遊びまわっているリックの若々しさ、明るさ、軽さがまたたまりません。ここではユウヒも笑うしね(^^)。
 しかし気絶したイルザを何故膝に据わらせるんだ、このプレイボーイめ!
 カジノのチェステーブルはリック専用、というのは脚本を読むまで気づきませんでしたが、物憂げに座る感じ、酔っ払ってクダ巻く感じ、すばらしい。
 トレンチコート、ソフト帽、スーツ、タキシード、シャツにスラックス、燕尾服…みんなみんなすばらしい。

 スミカも演技派の面目躍如ですばらしい。ユウヒとの学年差を感じさせない、けれど老けているわけでもおちつきすぎているわけでもないところがすばらしい。
 そしてふたりのキスシーンはどれもこれもすばらしい。
 女の体に腕を回して抱き寄せるのもいいけれど、リックは多くはまずイルザの手を取り、その手をそのまま自分の方へ引き寄せて、イルザの体を来させるんだよね。で、迎えるように抱きしめる。ステキ!
 でも一番好きなのは、最初のキスかな。ダンスしていて、ホールドのままに見つめあって、顔を寄せてするキス。次点は「世界で最後みたいなキス」。角度変えて二度、深く深くしますから!

 レジスタンスに対してかっこいいシーンなんかも作ってもらっているラズロのラントムですが、先述したとおり今回は辛抱役をさせてしまって申し訳ない。でも度量の大きさは見せられています。いいスターさんです。
 ルノー大尉のみっちゃんもすばらしい。胴布団を入れて、世慣れたタヌキオヤジの作りが完璧。パレードのみヒゲなし、胴布団なしのスッキリ版で登場します。
 リックに
「俺の目は茶色か?」
 と聞かれてリックの顔を覗き込む芝居がいかにも親しげで茶目っ気あふれていて好き。
 ちなみにルノーのファーストネームはルイらしく、リックはときどきそう呼んでいますが、「ルイ・ルノー」とフルネームで呼ばれることがないので、キャラクターの名前を覚えられない観客を混乱させるだけです。セリフに配慮が欲しい。
 呼び方フェチとしてはリックのことをイルザがときに「リチャード」ときちんと呼ぶのは、逆に愛情の現れだし、サム(萬あきら)がリックを「ボス」と呼ぶのも愛情深くていい。そしてルノーが「私の親友リッキー」と呼んだのはいかにも馴れ馴れしすぎてリックの逆鱗に触れたんだと思うんですよ(^^)。こういうのを嫌がるアメリカ人は意外に多いんだよ、ルイ。

 「栄光のドイツ」の歌が私はとても好き…なシュトラッサー少佐の悠未ひろもよかった。初日は固かったけれど、だんだんねちっこい悪役芝居が板についてきた気がしました。
 これが定年退団のサム、すばらしい。フェラーリのソルさんもすばらしい。
 カチャの良さが私には今ひとつわかりませんが…ソロ歌はあいかわらず不安定だったし。美形だなーとは思うんですけれどね…バウ主演、大丈夫かいな。
 若手ならみーよりちーより大です。バーガー、もちろん目立つ役なんだけれど、よかった。
 ウガーテの一人称が「僕」って小物っぷりもいい。掏るしチクるしのジャン(珠州春希)の小悪党っぷりもよかった。
 舞台版オリジナルのセザール(十輝いりす)もすばらしい。能天気なアメリカ人観光客との二役も良かったけれど、パリに現れるくだり、リックの悪夢の中でのダンス…萌えサービスと言われてもいい、よかったです。眼帯の似合うこと…!!

 そして宙組伝統のコーラスもすばらしかった。
 そして小池先生お得意の凡回しも。舞台の醍醐味ですよね。

「使うのか百万回聞かれた」
 という「君の瞳に乾杯」という名セリフ、あれは日本字幕史上最高の名訳というか超訳、ということはわりに知られた事実だと思いますが、非常にスマートな解釈でこなされていて本当に感心しました。三度も言わせてくどくないのはすばらしい。
 名曲「As Time Goes By」の使い方もすばらしい。
 デュエットダンスのスモーキーパープルか葡萄茶かという燕尾の色目が好き。
 娘役さんに囲まれてすごーくうれしそうに踊っているユウヒが好き。振り付けはたいしたことないのはご愛嬌。
 初日挨拶が意外に真面目だったユウヒが好き。
 ああ、愛される公演になっているといいなあ…

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