駒子の備忘録

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宝塚歌劇雪組『若き日の唄は忘れじ/Shining Rhythm!』

2013年02月16日 | 観劇記/タイトルや・ら・わ行
 中日劇場、2013年2月13日マチネ。

 東北の小藩・海坂藩の下士の家に育った牧文四郎(壮一帆)は若いながらも太刀筋が良いと道場でも評判だった。親友の小和田逸平(早霧せいな)、島崎与之助(沙央くらま)とともに剣術や勉学に励み、青春を謳歌していた。文四郎は幼なじみの隣家の娘・ふく(愛加あゆ)を毎年七夕祭りに連れて行っていたが…
 脚本/大関弘政、演出/大野拓史。原作は藤沢周平『蝉しぐれ』、1994年星組で初演、95年に再演された佳作の待望の再演。雪組新トップコンビのプレお披露目公演。

 初演は生で観ていて、当時まだ宝塚ファンとしては駆け出しの身でしたが、「地味だけどいい作品だなあ」と思った記憶があります。でも細かくはラストの「隼人、馬引けーっ!」という台詞と主題歌、くらいしかきちんと記憶がありませんでした。
 評判がとても良く、楽しみに行きましたし、ちょっとへこんだことがあって心が弱っていたせいもあって、ものっすごくダダ泣きしてしまいました。
 なんてったってあゆっちのふくが「里歌」を歌うところからすでに泣き出していましたからね! ちょっと弱りすぎよアナタ…でもでも、とてもいい舞台になっていたと思います。

 プロローグ、本人は苦労したという16歳のえりたんがキラキラと爽やかでイイ! そして剣道の経験者ということで、剣先が早く美しいこと! 見惚れました。
 思うに、初演時は私はまだ小娘で、当時シメさんはけっこう上級生でトップに就任したと言われていて、おそらく私より実際に年上のお姉さまで、そんな人が少年役に扮しているのを気恥ずかしく感じる部分があったのではないかと思うのです。今私はいい歳で、えりたんはシメさんよりさらに遅いトップ就任だけれど私より年下で、だから少年役をやっているのも可愛らしくいじらしく見えるのでしょうか…
 野合わせから主人公のライバルや親友が上手く紹介され、続いて場面は家に転じてヒロインが現われ、家族の状況が見えて幼い恋心が描かれ…流れるようなステージングが素晴らしく、すっかり物語に引き込まれました。
 おしゃまな妹のみつ(天舞音さら)に比べてずっと娘らしいふくが、それでもやまかがしに噛まれてびっくりして泣くしかできなくて…という幼さに感動し、その心細さに感情移入してしまい、またダダ泣き(笑)。
 さらに「恋の笹舟」の場面の美しさ! 笹の櫂が似合うわえりたん!! 言うなれば初恋のイメージシーンであり幻想の場面ではあるのだけれど、後の展開を知っているだけにまたダダ泣き。
 このくだりの
「私は文四郎さまのお嫁さんになるんだから。してくださるでしょう」
「ふくは私のところにきてくれるのか」
 というやりとりはもちろん原作小説にはなくて(ですよね? 昔読んだきりなので忘れた…最近再放送を見たドラマ版ではこんなくだりはなかった。ふくは無口な少女という設定でした)、言うなれば捏造なわけですが、ラブロマンスたるべき宝塚歌劇として正しいと思いますし、きゅんとくる場面です。
 ちなみにちょっとはっとさせられたのは、喧嘩の場面で文四郎たちが大刀を置いて取っ組み合いを始めたことです。取っ組み合いには邪魔だから置いた、ということでもあるし、子供の喧嘩に剣は抜かない、という表明でもあって、なんて潔く正々堂々としているの! ルールの中で喧嘩ができるなんて、昔の子供はなんてまっすぐに育てられているの…! と感動しました。だって今のいじめとかにルールも何もないもんね。
 だからこそ、剣を置かないでいた山根(彩凪翔)が激情に剣を抜きかけ、でも抑えたくだりの緊迫感ったらなかったです。ここでもギリギリでルールは守られたわけです。すごいよなあ。
 さてしかし、物語は畳み掛けるように父親に謀反の嫌疑、捕縛…
 幼くても、まだ子供でも、長男だから、跡継ぎだから、家族からただひとりだけ許される面会には文四郎が当然のように行かされます。
 父は多くを語らず、息子もまた言いたいことが上手く言えないうちに、短い時が過ぎ去ります。ここで助左衛門(夏美よう)が言う
「父を恥じてはならん」
 がまた効きました。自分は恥ずべきことをしていない、という自信や矜持は自分のことだしわかる気がしますが、くわしい説明をしないままに家族にも自分のことを「恥じるな」と命令できるというのは、さらにかなり強いことだと思う。それだけ相手を信じているということだと思う。でなければそんな強要はできるものではありません。もうダダ泣き。
 そしてだからこそ文四郎も泣く。なさぬ仲の父子だったけれど、愛していた、尊敬していた、恩義を感じていた。でもそれが上手く言えなかった。もちろん助左衛門にはきちんと伝わっていたのだけれど。でも。
 せつない…
 そして父の遺骸を引き取る文四郎に投げかけられる、人々の心ない視線…
 ふくだけが、大八車を押すのを手伝いました。ちなみにここ、アヤカは梶棒を横から押していたけれど、あゆっちは後ろから荷台を押していて、それが重そうとか力がいるとかいう仕草の演技としてはちょっと下手で笑ってしまったんだけれど、そのあとの「お餞別」のくだりではあゆっちの仕草に泣かされました。
 数年して、長屋暮らしの文四郎の家をふくが訪ね、江戸に発つことを告げ、登世(梨花ますみ)から餞別の着物をもらい、文四郎には会えないままで立ち去りかけて…というときの足の運びのためらい方が、もう素晴らしかった! ふくの心情が伝わってきてダダ泣きでした。
 文四郎がこれを聞いてどう思ったかは語られず、引き続き剣術に励んでいる様子が語られ、秘剣伝授など。一方江戸藩邸ではふくに藩主の手がついて…歌と踊りで盆で見せる宝塚歌劇でよくある場面ですが、鮮やかでした。耐えきれず泣く伏せるふくの美しいこと! あゆっちはこういう芝居が似合うなあ。そして「望郷の琵琶歌」でダダ泣き…
 初演台本にはここにかぶさる母親からの手紙の台詞がありませんが、追加されたのかな? すごく効果的だったと思います。自分がここでこうして耐えているから、家族の平穏な暮らしが保てている。それさえなければ、逃げ出して文四郎のもとに行きたいのに、そうはできない…というやるせなさ。
 これまた演劇ではよくある、同じ舞台にいるのに違う空間にいて、でも同じ想いでいることを表す場面がせつなく美しい。ふたりが歌い継ぐ「望郷の琵琶歌」にまたまたダダ泣き…
 地元でも時はたっていて、文四郎は城勤めを許されるようになり、所帯を持った逸平と居酒屋で飲んだりする大人になっている。
 ここでの「契る」云々のやりとりはやはりどっきりしますね。時代ものでは「契る」と言えばぶっちゃけ「セックスする」という意味だろうと思っているものなので。けれどここでは「将来を約束し合う」という意味なのでした。
 本当は、誓い合っていた。でもそれは子供のときのこと、自分たちだけしか知らないこと、今となっては否定するしかないこと…
 そして泣いていたふくも子供に恵まれれば柔らかな笑顔を見せるようになっている。そこへ襲い掛かる藩主の側室・おふね(舞咲りん)の魔の手…
 一方で文四郎の姉・留伊(透水さらさ)も夫(蓮城まこと)の浮気に泣いている…
 再度言いますが、流れるようなステージングが素晴らしい。
 そして陰謀。ところで武部がいつ「もう俺は後戻りできないんだ!」と言い出さないかとヒヤヒヤした私はまぎれもなく大空ファンです。それはともかくこのくだりの文四郎の「今からでも遅くはない、姉のところに帰りなさい」の直後に「姉に斬らせてやりたかった」ってのはちょっと言っていることがアレではあるまいか…
 舟で城下を目指すふたり。文四郎がふくの手を取っていつかのときのように水につけたのは、私は男の感傷だと思いました。だって女はそれどころじゃない、赤ん坊の命を守ってひやひやしていて、過去に似たことがあったことなど忘れていたようでしたからね。
 けれど文四郎が犬飼(月城かなと)を斬ってもう逃げきれる、といなったところにふくが「どこか遠くに連れて行ってください」と言ったのには、私は女の未練だと思いました。だってそんなことは無理なんだもの。そしてそんなことは女もわかっている、それでも言わずにはいられなかった…「またお城でお目にかかれますか」という問いには、返事すらない。そしてふたりは、藩主の想い者と家臣に戻って、突き進むしかない…
 そしてこのくだりのえりたんの、汚れた剣を振って血を落とす仕草のカッコいいことったらなかった! シビれました!!
 与之助と萩(星乃あんり)の祝言シーンは華やかで美しい。平和なときがやっときて、そして手紙が届きます。
 海を眺める庭園で再会するふたり。
 私は最初、あゆっちのこのふくはおちつきすぎなのではないかと思いました。だって尼になるとは言ったって三十そこそことかなんじゃないの?と。
 でも違いました。ふくもそして文四郎も、今では人の親なのです。現代よりずっと寿命が短く、人生の進みが早く、年齢よりずっと早く老成しなければならなかった時代の、これは物語なのでした。
 それはみつの死に言及されたときに確信になりました。
「おませなみつは他界しました」
 その死因は語られません。でもあんなにも健やかで伸びやかでおしゃまだった少女が、今は生きてこの世にない。現代よりもずっと、人が生きることが、ただ生き延びることが難しかった時代。まして思うとおりに生きることなどほとんど不可能だった時代。生き延びるために、家族のために、愛する者のために、自分を犠牲にして耐えなければならなかった時代の、これは物語なのです。幼い日の淡い恋が、たとえ本物のものであっても、つらぬけるはずなどなかったのです。もうダダ泣き。
 その意味では現代に生きる私たちは恵まれているのかもしれません。けれど私たちだって日々悩んでいるしつらい思いをしていて、それが彼らに比べれば軽いものだなんて言われても納得しがたい。むしろ同じなのです。人の世はいつでも生き難く、悲しくせつなく、しんどい。それでも人は生きていかなければならないのだし、そうして懸命に生きるからこそ美しい。蝉時雨降る輝く海のように…もうもうダダ泣き。
 何度も反芻した、美しい思い出。夏祭り、やまかがしに噛まれた指、江戸に発つ前日に家を訪ねたこと…何ひとつ忘れていない。今もすべて覚えている…ふくは泣き崩れ、文四郎は抱き止める。
 長い時がたって。女はこれで思い残すことはないと言い、男は思い残すことばかりだと言う。男にそう言ってもらえて初めて、女は本当に思いきれたのかもしれません。
 ちなみにこのくだり、私はこの宝塚歌劇版を愛しています。のちにドラマ版を見たとき、ふたりがぶっちゃけしちゃうのを見て仰天しました。生臭い!と思ってしまいました。
 いつもなら私は、大人なんだし最後なんだしやるこたやるだろう、と考えるタイプです。柴田作品だったらやってたかもしれませんよね。でもこの舞台ではしないのです。それを先に観ていたから、それがいいと思うようになりました。それは今観てもそのままでした。
 明るい日差しの中、ゆっくりと立ち去る文四郎の美しい姿を描いて、静かに幕は下りるのでした…ダダ泣き。

 というわけでえりたんは素晴らしかったですよ! 満を持してのトップ就任だし、もはや本当になんでもできるスターさんになりましたが、明るく爽やかであたたかで実直で、素晴らしい文四郎さまでした。
 あゆっちも私は鬘が似合うと思ったし、少女の輝きから大人の色香まで、素晴らしかった!
 チギはぶっちゃけ心配。逸平というキャラクターはマリコが演じていたときも意外にしどころがない役だなと思った記憶がありますが、なんというか精彩がなく見えました。
 コマは本当に達者で素晴らしい。にわにわの悪人っぷりも素晴らしい。ヒメは老婆もおふねも素晴らしい。がおりも大ちゃんも素敵だったなあ。ナギショーはもう一声大人っぽく見えるといいんだけれど、健闘していたかな。あんりちゃんも可愛かったです。

 休憩中に顔を直していたらあっという間にショーで、これは作・演出/中村一徳。キムミミからの続演で、私はかなり好きだっただけにちょっと心配だったのですが、こちらもとっっっっても楽しかった!
 まず心配していたのがえりたんの歌で(失礼!)、そらキムの美声に比べたら聞き劣りするだろうと思っていたのですが、どアタマの「♪響けリズムよお前の鼓動に」から自分でも意外なほど全然大丈夫で、違和感に当惑することなくただ別物として完全に楽しめちゃいました。なんでだろう?
 またえりたんがごく普通に、まったく臆することなく、なんの頓着もせず(私は一体この人をなんだと)センターに立っていて、それが本当に似合っていて自然で、求心力があって、観ていてすっごく安心できて、ただただ純粋に楽しめました。本当に楽しかった!
 実況CDを愛聴しているので歌が歌えるしスターが出てくるタイミングがわかっているし手拍子の入れ方もカンペキだし、チギ!コマ!大ちゃん!きんぐ!がおり!ナギショー!って目がハートになっている間にあっという間にプロローグが展開されていく感じ…
 ばーんとしたあゆっちも可愛い!! ああ楽しい!!!

 クールリズムのチギはさすがに美しく洒脱で素晴らしい。あゆっちだったところはあんりちゃんですが、歌はタイヘンなことになっていたので、いの莉ちゃんさらさちゃんに歌わせたかったよね…(ToT)
 大地のリズムはお芝居仕立てでなくなってしまってちょっと残念。でもここのあゆっちのドレスも良かったなー、髪型も素敵だったなー。
 中詰めは大ちゃんのセリ上がりから、まさかのハッチさんミトさんという濃いデュエットも含んでの怒涛の展開。客席下りはナガさんポジションでしたが離れたあゆっちばっかり見ていましたすみません。
 シメの昭和歌謡はきんぐの相手があみちゃんで、でもあみちゃんはみんなと並んでいるときは綺麗だなと思うんだけどこうしてピックアップされると地味だなと思うんだよね…使い方が難しい娘役さんだなあ。ここはイメージ的にさらさちゃんでもよかったと思うけどなあ。
 光と影ではまっつの歌を歌ったナギショーががんばっていました。えりたんのここの歌はキムのあのヨーデルふう歌唱は完全にやめちゃったようでしたが、それはそれでやはりよかったです。てかピルエットの軸とかも全然ブレなくて、失礼ですが踊れるんですねえりたん!とか思っちゃいましたよ私…
 コマの歌はもちろん素晴らしく、ロケットボーイのあすくんの笑顔がキラッキラで、黒燕尾が素敵でデュエットダンスが艶やかで…あっという間にパレードでした。
 狭い舞台にどかんと人が出る中村Bショーは密度が濃く見えて、正直本公演より楽しく見てしまったかも…夜の予定がなければ当日券を買ってダブルしたいくらいでした。
 新生雪組、上々の船出! 次の『ベルばら』も楽しみです。フェルゼンとアントワネットの夜の小船シーンでは、みんなが脳内で笹舟の歌を歌うのが決まりですね!!




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