「中央区を、子育て日本一の区へ」こども元気クリニック・病児保育室  小児科医 小坂和輝のblog

感染を制御しつつ、子ども達の学び・育ちの環境づくりをして行きましょう!病児保育も鋭意実施中。子ども達に健康への気づきを。

平成26年9月28日 日曜日18時~葛飾区医師会『デング熱を知ろう』どなたでも参加可能

2014-09-27 02:10:34 | 医療
 以下、勉強会の開催がなされます。

 「当会には、医師・医療関係者でなくても、真面目な関心をお持ちの方ならどなたでも参加できます。」とお知らせされています。

 私も、久々に大学院のない日曜日夜の開催なので、出席することができ、楽しみにしています。
 時々、患者さんから当該疾患についてご質問をいただくため、勉強して参ります。

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デング熱を知ろう
川崎市健康安全研究所長
岡部信彦

平成26年9月28日 日曜日
午後6時~
会場 葛飾区医師会館 3階 講堂
東京都葛飾区立石5-15-12 電話 3691-8536

 私がデング熱(DF)という病名を知ったのは、1980年代前半の日本感染症学会での国内発症に関する症例
報告でした。その時私が勤務していた国立小児病院に研修に来ていて一緒に学会に出席したフィリピンの若
い医師が「DFは日本のインフルエンザみたいなもので珍しくないが、中には出血やショックに陥る重症型
がいるので、それを適切に発見治療することが大切だ」とフロアからコメントをしました。
 私は1990-94年、WHO西太平洋地域事務局(マニラ)に勤務していましたが、その時の担当疾患の一つ
がDFでした。熱帯アジアの小児病棟は、点滴を受けているDFの小児が廊下まであふれている状況で、重
症型の早期検知、出血に対処する方法や適切な輸液、そして蚊やボウフラの駆逐、アスピリンを使わないこ
となどを地域に普及させることが主な仕事でした。シンガポールやクアラルンプール、バンコクなどの都会
では重症例は少ないものの、今でもデング熱は減らず、蚊の対策の難しさが現れています。
 70年前の国内のデングは、第二次大戦終了後の戦地からの復員兵や引き上げる人々からもたらされ、国
内にいるヒトスジシマカによって一時的に媒介・拡大されたものでした。当時より圧倒的な人口の拡大やネ
ッタイシマカの生息域の拡大は、アジアでの拡大にとどまらず中南米、アフリカと広がりました。さらにこ
のところアジアと我が国を往復する人々の数は70年前当時の数をはるかに上回っていることは、国内発症
例の増加に結びつき、そのことは媒介蚊であるヒトスジシマカが生息している我が国では、感染者数や重症
者数の急増のリスクは少ないものの二次感染、三次感染のリスクは増加していることを示しています。
 今回のデング熱発生は当然と言えば当然の事象で、疾病の重症度から言えば多くの人が不安に思うもので
はありませんが、これを機に海外の感染症は海外だけのものではなく国内でも発症・感染があり得ること、
またそれに対して通常からの備えをしておくことの重要性を再認識する良い機会でもあったと思います。

感染・免疫懇話集談会/葛飾区医師会
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