ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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トランプがエルサレムに大使館を移すのは危険~佐藤優氏

2017-02-05 09:24:23 | 国際関係
 ドナルド・トランプ米大統領が行うであろう政策の中東への影響については、拙稿「トランプ時代の始まり~暴走か変革か」に書いた。トランプはイスラエル支持を強く打ち出し、ネタニヤフ首相と親密な関係を持っている。また長女イヴァンカの夫でユダヤ人のジャレッド・クシュナーを無給の大統領上級顧問に任命するなど、ユダヤ人社会とのつながりの強さが目立っている。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-3.htm
 こうしたなか、トランプが、大統領就任前、エルサレムに米大使館を移す、と発言してきたことが注目されてきた。
 エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラーム教の聖地となっている。同市旧市街のわずか1キロ四方ほどの場所に、これらの宗教の聖地が集中している。エルサレムは、1947年国連で国連永久信託統治区と決議されたが、第1次中東戦争の結果、イスラエルとトランス・ヨルダンの休戦協定で東西に分割された。さらに第3次中東戦争でイスラエルがヨルダン川西側を占領した際、全市を押さえた。イスラエルは、エルサレムを「統一された首都」と宣言した。国連決議を完全に無視した行動である。そのため、世界の多くの国は、エルサレムを首都と認めず、大公使館をティルアビブに置いている。
 トランプ政権がこうした複雑な歴史と微妙な国際関係を無視して、エルサレムに米大使館を移すならば、中東情勢は一気に深刻になり、さらに世界的に重大な影響をもたらすことは、火を見るよりも明らかである。
 この件について元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は、強い懸念を表明している。佐藤氏は、産経新聞平成29年1月15日号の「佐藤優の世界裏舞台」に次のように書いた。
 「仮に米国が大使館をエルサレムに移転すれば、東エルサレムがイスラエル領であると承認する効果を持つ。これに反発してパレスチナの過激派がイスラエルに対して武装攻撃を行うことは必至だ。また、国内にパレスチナ人を多く抱えるヨルダンの政情が不安定になる。ヨルダンの王制が崩壊して、その空白を「イスラム国」(IS)のような過激派が埋める危険がある。さらに、アラブ諸国の対米関係、対イスラエル関係が急速に悪化する。米国大使館のエルサレムへの移転をきっかけに第5次中東戦争が勃発するかもしれない。そうなると中東からの石油、天然ガスの輸入に支障が生じ、日本経済に深刻な影響を与える。米国内では、2001年9月11日の中枢同時テロ事件をはるかに上回る規模のテロ事件が起きるであろう。また、NATO(北大西洋条約機構)加盟国や日本などの米国の同盟国もテロ攻撃の対象となる」と。
 同感である。さらに付け加えるならば、イスラーム教過激派はトランプの暗殺を企てるだろう。トランプ暗殺については、米大統領選挙戦の初期から彼の当選を一貫して予想し、的中させた国際政治学者の藤井厳喜氏が、起こり得る事態として警告している。
 佐藤氏は、ヨルダンのモマニ・メディア担当相が1月5日、AP通信の取材に対して「越えてはいけない一線だ。イスラム教の国やアラブ諸国の路上を炎上させるだろう」と述べ、中東の一層の不安定化につながるとして警告した、と伝えている。ヨルダンは、ハーシム家の王制国家だが、人口の7割近くを王家と関係のないパレスチナ人が占めている。さらに、この人口約630万人の小国に、近年イラクから約40万人、シリアから約70万人、合わせて100万人を超える難民が流入している。政権は民主化を求めるパレスチナ人の宥和を図りながら、統治の安定を目指している。それに失敗すれば、王制が揺らぐ可能性がある。
 いわゆる「イスラーム国(ISIL)」は内政不安定な国を狙って戦略的にテロを行っている。ヨルダンは、そのような国の一つあり、テロの標的にされかねない。もしISILの攻撃で穏健親米国のヨルダンが崩れれば、ISILは、次にヨルダンの西側に位置し、長い国境で接するイスラエルに攻撃を仕掛けるおそれがある。。
 佐藤氏が、米国大使館のエルサレムへの移転をきっかけにアラブ諸国の対米関係、対イスラエル関係が急速に悪化し第5次中東戦争が勃発するかもしれないと述べていることに関しては、アラブ諸国だけでなく、イスラエルの最大のライバルであるイランを含めて、というべきところだろう。
 中東問題の専門家・山内昌之氏は、中東複合危機から第3次世界大戦に発展するおそれがあると観測している。山内氏は「中東で進行する第2次冷戦とポストモダン型戦争が複雑に絡む事象」を「中東複合危機」と定義する。
 山内氏は「シリア内戦に関与している国々を中心に、世界的規模で第2次冷戦が進行している」と見る。第2次冷戦とは、米ソ冷戦の終結後、2010年代に入って、再び米国と中国、米欧とロシア等の間で、かつての冷戦を想起させるような対立・抗争が生じている状況を言う。
 またポストモダン型戦争とは、近代西洋文明が生み出した世界において、戦争とは国家と国家の間で行われる戦争とは異なるタイプの戦争である。ISIL等によるテロ組織によるものがその典型である。
 山内氏は、「第2次冷戦が中東の各地域で熱戦化し、ポストモダン型戦争と結合して第3次世界大戦への道を導く可能性を排除できない」と警告している。
 拙稿「イスラームの宗教と文明~その過去・現在・将来」第2部第3章に詳しく書いた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-2.htm
 もしトランプがエルサレムに米大使館を移すならば、まさに暴走である。暴走を許したならば、第5次中東戦争の勃発のみならず、中東複合危機の世界化による第3次世界大戦へと発展するおそれがある。
 以下は、佐藤氏の記事の全文。

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●産経新聞 平成29年1月15日

http://www.sankei.com/premium/news/170115/prm1701150032-n1.html

2017.1.15 11:30更新
【佐藤優の世界裏舞台】

「エルサレムに米大使館」の重大性、トランプ氏は分かっているのか 第5次中東戦争 日本経済に深刻な影響も

 米国のトランプ次期大統領の外交政策には不透明な部分が多い。年初に私は米国の共和党の内部事情に詳しい人と会った。その人はワシントンを訪れ、共和党関係者と意見交換をしてきた直後だった。
 私は「トランプは、選挙期間中に在イスラエルの米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると言っていたが、大統領になってからまさかそんなことはしないでしょうね」と尋ねた。その人は、「共和党関係者もやりかねないと言っていた。たいへんなことになる」と言って頭を抱えていた。
 現在、アラブ諸国のうちでイスラエルともっとも友好的な関係にあるのはヨルダンだ。ヨルダンの空の防衛に関してはイスラエルが全面的に協力している。また、ヨルダンは中東で米国と良好な関係を維持している。
 そのヨルダンですら5日に公の場で懸念を表明した。
 〈アメリカのトランプ次期大統領は大統領選挙で現在テルアビブにある大使館をエルサレムに移すと公言し、選挙後もトランプ氏の側近が「大使館の移転は最優先で行う」と述べるなどイスラエル寄りの姿勢を鮮明にしています。/これについて、イスラエルの隣国でアラブ諸国の中でもアメリカの重要な同盟国であるヨルダンのモマニ・メディア担当相は5日、AP通信の取材に対して「越えてはいけない一線だ。イスラム教の国やアラブ諸国の路上を炎上させるだろう」と述べ、中東の一層の不安定化につながるとして警告しました。/エルサレムにはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地があり、この地をめぐる対立はたびたび、多くの犠牲者を伴う衝突につながってきた経緯があるだけに、大統領就任後のトランプ氏の行動に注目が集まっています。〉(1月6日「NHK NEWS WEB」)
 イスラエルは、エルサレムを首都と規定している。しかし、エルサレムの東半分は、イスラエルが1967年の「六日戦争」(第3次中東戦争)で占領した後、併合した領域だ。そのため、エルサレムに現在、大使館を置いている国は一つもない。
 仮に米国が大使館をエルサレムに移転すれば、東エルサレムがイスラエル領であると承認する効果を持つ。これに反発してパレスチナの過激派がイスラエルに対して武装攻撃を行うことは必至だ。
 また、国内にパレスチナ人を多く抱えるヨルダンの政情が不安定になる。ヨルダンの王制が崩壊して、その空白を「イスラム国」(IS)のような過激派が埋める危険がある。さらに、アラブ諸国の対米関係、対イスラエル関係が急速に悪化する。米国大使館のエルサレムへの移転をきっかけに第5次中東戦争が勃発するかもしれない。
 そうなると中東からの石油、天然ガスの輸入に支障が生じ、日本経済に深刻な影響を与える。
 米国内では、2001年9月11日の中枢同時テロ事件をはるかに上回る規模のテロ事件が起きるであろう。また、NATO(北大西洋条約機構)加盟国や日本などの米国の同盟国もテロ攻撃の対象となる。中東専門家でなくても外交に関する初歩的知識のある人ならば、米国大使館のエルサレム移転がどれだけ大きな否定的影響を及ぼすかがわかるはずだ。しかし、トランプ氏に直言できる外交専門家が周囲にいないようだ。米国の国務省、国防総省、CIA(中央情報局)などの幹部は、中東問題の複雑さについてトランプ氏にきちんと説明すべきだ。
 筆者は、日本の対中東外交は、自由、民主主義、市場経済などの基本的価値観を日本や米国などと共有するイスラエルの生存権を承認することが基本だと考えている。また、インテリジェンス面でもイスラエルとの関係強化をもっと進めるべきだと考える。
 しかし、テルアビブにある日本大使館をエルサレムに移転することは絶対に反対だ。トランプ氏のイスラエルに対する「贔屓(ひいき)の引き倒し」のような外交を展開すると、イスラエルの国益も毀損(きそん)するような状況が生じかねないと懸念している。
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