く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<BOOK> 岩波新書「唐物の文化史―舶来品からみた日本」

2014年06月05日 | BOOK

【河添房江著、岩波書店発行】

 著者は1953年生まれ。小学生の頃から歴史小説に読みふけっていただけに〝歴女のはしり〟を自任する。文学博士。現在、東京学芸大学教授、一橋大学大学院連携教授を務める。専攻は「源氏物語」を中心とする平安文学。異国からの舶来品全般を総称する「唐物」というテーマに目覚めたのも、「源氏物語」の梅枝巻に出てくる唐物に着目したことが発端という。国文学、歴史学、美術史など学際的なテーマとあって、各方面から多角的に掘り下げており読み応え十分。

    

 表紙をめくると、きらびやかな舶来品のカラー写真が8ページを飾る。正倉院の螺鈿紫檀五弦琵琶や香木の蘭奢侍(らんじゃたい)、中国・南宋時代の曜変天目、珠光青磁茶碗、ペルシャのタペストリーを使った豊臣秀吉着用の鳥獣紋様綴織陣羽織……。本書はこうした唐物が時の政治的権力や日本文化史の上で果たした役割を、各時代のキーパーソンにスポットを当てながら紹介する。キーパーソンとして聖武天皇や嵯峨天皇、藤原道長、平清盛、足利義満・義政、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康・吉宗を取り上げた。

 聖武天皇の遺品に舶来品が多いのは「積極的に唐の文物を採用した国際派の天皇であった」ことに加え「舶来趣味の人物」だったことを理由に挙げる。正倉院の五弦琵琶は遣唐使・吉備真備がもたらしたという説があるそうだ。嵯峨天皇はその五弦琵琶も含め正倉院の楽器や屏風を借りたり買い取ったりした。それらの文物を「唐風の文化国家としての威厳を国際的に示すため」、渤海国使の歓待の場などで活用したのではないかとみる。

 「藤原道長の為政者としての権力も文化的権威も、朝廷を凌駕する質量ともに充実した舶載品によって支えられた」。平清盛は日宋貿易を独占し平氏に巨万の富をもたらした。「平家一族にとって、日宋貿易で得た唐物の富は、経済的安定基盤であったばかりか、旧貴族層や上皇をおさえて平家政権を樹立し、文化的覇者となるための必須の糧だった」。ただ当時の唐物ブームを冷ややかに見る人物もいた。吉田兼好は「徒然草」に「唐の物は薬の外はなくとも事欠くまじ」(百二十段)と記した。

 信長は唐物の茶入「つくも茄子」など秘蔵の名物茶器をふんだんに使って茶会を開き、自らの権力を誇示した。同時に功績を上げた家臣には茶器を惜しげもなく与えて恭順を求めた。秀吉の名物茶器は〝信長御物〟の量を上回り、秀吉の死後、〝太閤御物〟は家康の元に吸収される。ただ「秀吉ほど名物茶道具に執着しなかった家康は、名物を贈与財として惜しげもなく政治的に活用していく」。

 名物茶器の持ち主の変遷を辿ると――。「つくも茄子」足利義満→義政→村田珠光→越前大名・朝倉宗滴→小袖屋山本宗左衛門→松永久秀→信長→秀吉…、「初花肩衝(はつはなかたつき)」足利義政→信長→嫡子信忠→家康→秀吉→宇喜多秀家→家康→松平忠直…、「投頭巾(なげずきん)肩衝」村田珠光→娘婿宗珠→奈良屋又七→千利休→秀吉→家康→秀忠…。その変遷は主従の関係や様々な思惑を垣間見せてくれる。

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